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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
四章 機神と大会
103/197

悪魔

 ※2018.8/8:時間単位の変更・修正

「……うん、とりあえず捕まえよう」


 つかの間頭の中をなんでどうしてが埋め尽くしたけど、すぐにそんなことは捕まえてから聞き出せばいいやと思い直して立ち上がった。観戦記録のために『探査』の魔導式(マギス)は起動済みだった上に、あの位置なら標準の知覚範囲内だ。魔力反応の捕捉は終わってるから、範囲内にいる限り見失うことはない。急ぎ足で立ち去ろうとしてるみたいだけど、今からでもダッシュすれば余裕で――急ぎ足?

 ふとイヤな予感がして動きを止めた。いつからいたのかは知らないけど、ここはグラフト帝国の帝都でつまりは他国。あの時の騒動は内々で済ませるってガイウスおじさんが言ってたから、あいつがレイベアで邪教集団として色々やっていたことを知ってる人間はほぼいない。

 今はたまたま一連のことを知ってる人間が居合わせているけど、誰も邪教集団の関係者が観客に紛れてるなんて夢にも思わないだろうし、実際ボクだってあの女を見つけたのはホントに偶然だ。向こうだってボクに見つかったなんて気づいてないだろうし、となればこんな中途半端なタイミングで逃げるように動く必要なんてないはず。

 そこまで考えて思い浮かんだのがあの女を取り逃がした時のこと。あの時はボクから逃げるために咄嗟のことでやったと思ったけど、後から思い返してみればまるで元から(・・・)壊すつもりだった(・・・・・・・・)みたいな準備の良さ。

 まさかとは思ってあの女が通っただろう道筋を逆にさかのぼって――そして観客席にちょうど一人分の空白を見つけた。そしてそれを見つけたことで『探査』の反応の違和感に気づく。誰もいないはずの空間に、けれど人に紛れるような魔力反応が存在している。人が壁になっててわかりづらいけど、まず間違いなくあそこに何かある!

 そしてそこまで確かめたところであの女がちょうど客席から出て行った。どうしよう、今からでも先に回り込んであいつを捕まえる? でもあいつが置いていったっぽい何かだとしたらろくな物じゃないだろうからそっちを先になんとかする? でもその間にまた逃げられたら余計ややこしいことになるんじゃ――

 咄嗟に優先順位を決めかねて逡巡していたのはほんの数秒。だけど、その間に残されていた何かの魔力反応が急速に膨れあがった! ヤバイ、何か知らないけど何か起こる!? チクショウ、さっさと動けば良かった!

 今更に後悔するボクの耳が拾ったのは小さな爆発音。さっきまで注視していた空席で小規模な爆発が発生して周りの観客がなぎ倒された。それで周りが異常に気づく中、『探査』に映る魔力反応がさっきの比じゃないくらい跳ね上がり、同時に『闇』の塊が間欠泉みたいに吹き出してわだかまり始めた。

 立ち上るように現れたのは可視化するほどの高密度な、どす黒いほどにもほどがあるだろうってほどに黒い魔力。大人の身長の倍はありそうな直径をした闇色の靄が球体になって浮かんでいるのは、どうしたって見覚えのある光景だ。イヤな予感はしてたけど、やっぱり仕込んでたか、邪霊!

 あんな災害みたいなのにこんなところで暴れられたら被害が尋常じゃない。そんな状況を黙って見過ごしたらマキナ族の恥だ。即座に決意を固めて仲間たちを振り返り、ボクの視線を追ったんだろう、闇色の魔力塊を目の当たりにして唖然としている三人に言い放った。


「シェリア、リクス、ケレン! 急いで闘技場から離れて! 余裕があったら避難誘導よろしく!」


 そうして返事を聞く間も惜しんで飛び出した。進行方向は試合場。決勝戦に乱入することになるからあまりしたくはなかったけど、通用口から回り込んでなんて悠長なこと言ってられないし、そもそも武闘大会どころじゃなくなるかもしれないから大目に見てもらおう。


〈――なっ……あれはなんでしょう!? 突如客席に黒い靄のような物が……あれは一体?〉

出力変更(アウトプットシフト)戦闘水準(レベルアーム)!」


 ここで異常に気づいたらしい実況の人が戸惑いの声を上げるのを聞きながら観客席からヒラリと飛び降り、落下する間に出力を『本気』に上昇。ズシンと着地した衝撃を意に介さず観客席に浮かぶ魔力塊を目指して駆け出した。前の時は衝撃波を発したりしたけど、最初の内はまったくと言っていいほど動かなかった。その間に辿り着けばこれ以上被害が出る前になんとかできるかも――

 そう思って見据える先、すでにかなり混乱している観客たちの間でぼんやりと浮かんでいた魔力塊が急に体積を減らした。え、何? 前そんな動きしなかったよね!?

 前回とは違う挙動を見て慌てるけど、そんなのはお構いなしに縮んだ魔力塊がうごめいて、あっという間に人のような形を作っていき――まるで滲み出るかのようにそれが姿を見せた。

 手があり脚があり頭があり、全体としては人型に近い。けれど血が固まったかのような赤黒い肌はあちこちに腫瘍があるかのようにいびつに膨れ、右と左でまるっきり長さも太さも違う腕の先には乱食い歯みたいな指と爪。虫みたいな右脚と鳥みたいな左脚に、小鬼(ゴブリン)が可愛く見えるような醜悪な顔。あれがなんだと聞けば、何も知らない相手でも十人が十人こう答えるだろう。あれは『悪魔』だって。


「実体化した!? なんで!?」


 思わず叫んだけど、頭の冷静な部分が答えを告げている。あの時見たのも元々は『悪魔錬成』の魔導式(マギス)だった。おそらくは劣化版だろうとはいえそれは文字通り悪魔を生み出すための術式で、ならむしろ邪霊で終わったことの方がイレギュラー。それがボクの乱入っていう不測の事態のせいでそうなったとして、そしてもしこれがあの女にとって予定通りなら完成品を持ち込むのが当然だ。くそっ、事態がどんどん悪い方向に進んでいってる!

 見ただけで正気を削られそうな異形の出現に周りがパニックに陥っているのを見て蹴り足にいっそう力を込め、さすがに戦いを中断したらしい出場者二人の横を駆け抜ける。これでやっと半分。とっくに常人の全力疾走を超えているのに、思った以上に事態の進行速度が早いせいでこれでも足りないように感じる。ああもう、もどかしい! せめてあと少しだけおとなしくしててよ!?


 ――ィイイイ゛イアァア゛アァア゛ア゛アアッ!!


 そんなボクの思いを汲んでくれるはずもなく、悪魔が魂消るような絶叫を発した。あの時の邪霊と同じように衝撃を伴っているようで、今ので悪魔の周りは空白地帯になっている。

 だけど、それだけじゃなかった。ここまで届いた絶叫を聞いた途端、ゾワリと怖気が立った。たった一瞬通り過ぎていっただけの音に、言い表しようのないほど深く深く込められたどす黒い怨念。頭の中に直接憎しみを叩きつけられたとかいうレベルの話じゃない。聞いた人間の魂自体に、煮詰められ過ぎてドロドロのタール状になった憎悪や怨嗟や悪意なんかのなれの果てを浴びせられたような、前の世界の言葉で言えばSAN値直葬級の暴威。

 そんなものを浴びせられ、空白地帯より外側にいた観客が次々に倒れ伏していく。

 ……ヤバい、悪魔ヤバ過ぎる、邪霊の比じゃない! ただの叫び声なのに、魂にある程度プロテクトがかけられてるはずのボクでさえクラッと来たんだ。なんの備えもない一般人がこれに耐えられるわけがない。現に観客の人たちが老若男女問わずバタバタと倒れていってるんだ。気を失っただけならまだいいけど、正気を失ってたりしたらシャレにならない!

 だけど不幸中の幸い、悪魔の周りに充分な空白地帯ができた今なら、万一の誤射も気にせずここから攻撃できる!


「――こっちに来やがれっ!」


 急ブレーキをかけながらもはや標準装備のナイトラフを抜き撃った。高速で飛んでいった光弾は狙い違わず悪魔の頭に命中し――そしてあっけなく弾け飛んだ。うん、だろうね。弾種が『衝撃』のままだって言うこともあるだろうけど、そもそも魔力の塊が顕現した悪魔相手にただの魔力弾じゃせいぜいが水鉄砲がいいところ。ガウムンがボクに直接魔力を打ち込んできてもなんの効果もなかったのと理屈は同じだ。

 ただ、ダメージは一切なくても何かが当たったこと自体は知覚できるわけで、悪魔はまるで痙攣してるみたいに不規則に揺れながらぎょろりとボクに目を向けた。その動きを見ただけで立たないはずの鳥肌が立ったかのように感じたけど、狙い取りボクのことを認識してくれたようだ。なら次は――喧嘩をふっかける!


「ばきゅーんっ!」


 組み上げていた魔導回路(サーキット)を活性化させて『砲撃』の魔導式(マギス)を起動。ちょうどナイトラフの先端から発射したのは一抱えもあるような純粋な魔力の塊だ。魔導兵器(ギア)やサンダロアの攻撃ほどじゃないけど、ただの魔力弾に比べれば高い威力がある。

 それはあっという間に宙を駆けて悪魔に着弾してほんの少しだけよろめかせる。予想される魔力総量から考えればバケツの水を思いっきり叩きつけられたくらいだろうけど、いきなりそんなことをされれば普通は怒るだろう。


 ――ギィイイ゛イア゛アァア゛ア゛ェアッ!!


 沸点が低かったのか案の定というか、ともかく悪魔は明確にボクを睨み付けながら絶叫を張り上げた。今まで周囲に向かって垂れ流しにされていただけの怨嗟が一斉にボクに向かってきたように感じたのは気のせいじゃない! うわーい、この身体に生まれてから初めて怖いって感じたや! ロボットもどきを怖がらせるなんて、やっぱり悪魔恐るべし!

 ……だけど、誓いも果たせずただの兵器に成り下がる方がボクにとっては万倍怖い!


「やーい、悔しかったらこっち来い! 救いをもたらす者(ウルデウス・エクス・マキナ)がこの身の誓いに基づいて、悪意の権化なんかにこれ以上好き勝手させないよ!」


 理解できるのかどうかもわからないけど、感じた恐れをごまかすみたいに安っぽい挑発を交えながら再び『砲撃』をぶっ放した。


 ――ギィシャア゛アッ!!


 対する悪魔はバケツの水――じゃなくて魔力の砲弾が迫ってきたのを認識して鋭く一声叫んだ。そうしたら砲弾が何もないはずの空中で何かにぶつかったかのように弾ける。悪魔が叫んだのと同時に『探査』の魔力反応に大きな魔力が放出されるのが映ったところからして、声に魔力を直接乗せて迎撃したってところかな。器用なことをするね。

 まあ、そんなことはお構いなしに『砲撃』を連射してやる。その度に同じ方法で片っ端から迎撃してくるけど、勝手に魔力を放出してくれるって言うならそれでけっこう。いくら悪魔の魔力が莫大だからって、こっちは無尽だ。ただの放出合戦なら微塵も負けるつもりはない。


 ――シャギィァアッ!!


 そして互いに相殺しあってるせいで物騒な花火が闘技場を彩る中、しびれを切らしたのかようやく動けるようになったのか、とにかく一瞬身をたわめた悪魔が大跳躍で試合場に飛び込んできた。さすがは悪魔、人間のジャンプならあり得ないような放物線でまっしぐらにボクへと迫って来る。すかさず照準を合わせて『砲撃』を打ち込むも、長めの絶叫で魔力が障壁みたいになってあっさり散らされてしまう。

 でもまあ、遠慮なく戦える場所への誘導っていう狙いはこれで達成だね。次は跳んでくるのに合わせて迎撃――はやめておこっと。高密度の魔力はそれだけで凶悪な武器だ。まして悪魔として実体化するレベルの量と密度、ぶっちゃけどれほどのものか全然予想が付かない。

 そんな判断をして一気に飛び退った直後、それまでボクがいた空間にいびつな腕が振り下ろされた。当然のごとくからぶった一撃は勢いのままに地面へ叩きつけられ――

 ズバンッ――って擬音が一番合ってるだろうか? ともかくそんな感じの音と共に地面が割れた(・・・・・・)。そのまままっすぐに後退したボクの方へと迫る地割れには、『探査』で見れば明確な高密度の魔力反応!


呼出(アウェイク)重層結界(マルチシールド)っ!」


 咄嗟に『砲撃』を破棄して四重の『障壁』を展開。二枚を抜かれて一瞬ヒヤリとしたけど、三枚目でなんとか地割れを止められた。前回やり合った要塞の砲撃に迫る威力だ。余波でこれとか、確かに本格的に暴れ始めたら国の一つ二つは滅びそうだ。

 そんな実態を持った災厄を相手にたった一人で――なんてげんなりする間もなく腕を振り切った直後の悪魔に横合いから襲いかかる二つの人影。


「せあっ!」「加勢するっ!」


 声と同時に斧が振り下ろされて槍が突き込まれる。戦斧(バトルアックス)を振り下ろしたのは浅黒い肌をしたハゲ頭のずんぐりむっくりなデュカス族の人で、槍を突き込んだのが顎髭を伸ばした細身の犬耳アナイマ族の人。ついさっきまで決勝戦を繰り広げていたプラチナランクの二人だ。『探査』に駆け寄ってくるのが映っててどう言うつもりなのかと思ってたけど、言動からしてボクの助太刀らしい。あれだけ悪魔の威圧を受けた上でそれでも挑んでいけるとは、さすが人外(プラチナ)



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