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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
四章 機神と大会
102/197

不穏

=============


 まったくもって忌々しい。

 あの時までは全て予定通りに事が運んでいたというのに、達成を目前に控えていた要となる計画がたった一人の異分子によって完膚無きまでに潰された。辛くも逃れることはできたものの、三年越しの作戦を頓挫させてしまった責任を取らされる羽目に。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。

 確かに、不測の事態に対応して修正するのが責任者の役目であり、それをまっとうできなかったのは私の不徳が成すところであろう。もしもそれが怠慢から来る過失ならば、愚かな自身を戒めるためにも甘んじて罰を受ける心得はあった。

 だが言い訳をさせてもらえるならば、あんな規格外の異分子に、多少頭が切れる程度の私がどう対処をしろと言うのだろうか? 国境を守るのが仕事の守備兵といえども、突如襲来して来た成体竜(グレータードラゴン)に突破されたとして責められる謂われがあるだろうか? せめて排除と最低限の計画の遂行とを試みたものの、結果はどちらも芳しくない。まったくもって忌々しい。

 そして私を妬む者共にとって、この失態は願ってもない餌だろう。大きく括れば同志とはいえ、他者をうらやむのが人の常。それも組織となれば身の程も弁えずに上を目指そうとする連中など掃いて捨てるほどいる。特に若いながらに盟主様の覚えめでたい私を引きずり下ろす機会となれば、頼みもしないのに協力し合う。普段からその団結力を発揮すれば盟主様の目指す世界もより早く現実のものとなるだろうに、まったくもって忌々しい。

 だがどれほど馬鹿らしくとも、盟主様の期待を裏切ってしまったことは事実である。一部とはいえ目にした私自身ですら未だに信じられないような話を馬鹿共に納得させることを早々に放棄し、下される沙汰を待った。

 そして盟主様直々に申し渡されたのが、私が任を負っていたものと対となるはずだった計画の現場実行役。すでに最終段階まで推し進められていたそれを実行に移すという名誉ながらも最も危険な役目は、本来なら立場が下の同志が行うはずであった。それが懲罰も兼ねて私に回ってきたのだが、同時に無事に遂行すれば盟主様自ら栄誉を与えてくださる任であり、詰まるところ私に対する期待の表れである。

 まだ見放されてはいなかった――その事実に奮い立てられるように任地へと赴いたのだが……現場の下見を行った時、なんの巡り合わせかあの異分子が再び目の前に現れた。そう注視していなくとも記憶に残っている、あの虹色に煌めく不可思議な髪は見間違いようがない。せめて奴は再起不能にはなっているだろうと自らを慰めていただけに、後遺症の一つも見られない様子を見た時は信じたくなかったくらいである。まったくもって忌々しい。

 すぐさまこの計画の責任者に忠告へ走ったものの、一笑に伏されてまともに取り合われすらしなかった。いくら化け物じみていても、たった一人に何ができるかと。

 事実として私の担当した計画が潰されているのだが、私も当事者でなければ全く同じことを言ったであろうことが容易に想像できるため言い返す気力も湧かなかった。それに準備段階であった私の時とは違い、この計画はすでに実行を残すのみ。事前に悟られる要素もなく、果たされたならば異分子とはいえ個人の手には負えないことだろう。

 そう自分に言い聞かせるように決行日を迎え、私は『聖杯』を手に人々の群の中にいた。無知蒙昧な人間の馬鹿騒ぎとしか言い様のない熱狂に紛れ、奴の姿を探す。――いた、フードを目深に被っているため特徴的な虹の髪は見えないが、あの辺りで該当する背格好は奴だけだ。思った通りに目の前の光景に釘付けのようで、私の存在にすら気づいていない。

 ホッと安堵の息を吐き――安堵したという事実に苛立ちが募る。奴の意識が向いていないことに安堵すると言うことは、翻れば私が奴を恐れているということなのだから。まったくもって忌々しい。

 ――だがそれも、今日この時までだ。


「……せいぜい、足掻いてみなさい」


 知らず漏れた呟きにその様を想像して笑みを浮かべると、頃合いとなったことを確かめてから役目を実行に移した。


=============


 試合での敗北宣言から明けて翌日。準決勝から一気に決勝までが実施される今日は、実質的に武闘大会の最終日。ボクはパーティの仲間たちと一緒に観客席の最前列に陣取っていた。昨日試合に負けてバッジを返上したところ、引き替えに本戦選手優遇措置証なるものをもらった。なんでもこれを受付で見せれば特別に用意された観覧席へ案内してもらえるとのこと。一種の優待券だね。

 たぶん、本戦で敗退した出場者が一般客に煩わされずに観戦できるようにって心遣いなんだろうね。帝都じゃ本戦出場者はある意味スターみたいな扱いになるようで、あの後何度か目聡くボクに気づいた観客らしき人たちに取り囲まれるようなことがあったし。親しい数人くらいなら一緒に観戦してもオッケーって言われたから、遠慮なく使わせてもらうことにしたのだ。

 そして現在、貴賓席にほど近い他の客席とは隔離された場所で、ロヴとその対戦相手が激しく剣をぶつけ合っているのをリクスが食い入るように見つめていた。


「……もうここまで来ると本当に次元が違うな」

「だな。俺なんかどう頑張っても瞬間移動してるようにしか見えないぜ。リクスは見えてんのか?」


 言葉通り動きを捉えられないのか、諦めたような顔で試合を漠然と眺めていたケレンが尋ねる。


「……緩急付けてる緩い部分なら、ぎりぎり?」

「たいしたもんだな。俺はその緩急付いてることすらわからないってのに――ちなみにシェリアは?」

「……まあ、なんとなくは」

「おお、さすがは若くしてシルバーランク一歩手前の精鋭! 格の違いが明確だぜ、リクス?」

「くっ――おれだって、いつかは!」

「おう、期待してるぜ未来の英雄様?」


 幼馴染みの親友二人は相変わらず楽しそうだ。シェリアもいつも通り我関せずな態度だけど、話を振られたら律儀に応じているから完全に無視してるわけじゃない。カッパーランクの臨険士(フェイサー)パーティ『暁の誓い』の日常がそこにはあった。この空気、好きなんだよねー。

 ……ただし、今のは若干の不満がある。


「……ねぇケレン。その話をなんでボクに振ってくれないの?」

「お前が見えてるのは確定だろ? なんでそんな無駄なことしなきゃいけないんだよ」


 いや、確かにはっきりバッチリ見えてるけどさ。あれ、一般人には瞬間移動に見えてるの? 前の世界の記憶にあるいわゆるヤムチャ視点ってやつ?


「くっ、まさか見えてる世界が違うなんて……」

「お前が色々おかしいのはもう知ってるから。お前とロヴ・ヴェスパーの試合もほとんど何が何だかだったんだぜ?」

「おれも詳しいところは全然だったよ。やっぱりウルはすごいな!」


 純粋に尊敬を向けてくれているリクスがまぶしい! やめて! 元からその性能なだけで努力とか一切関係ないんだからそんな目を向けないで! なんかいたたまれない!

 ……ん? と言うことは観客のほとんどがヤムチャ視点な状態? それ見ててなんか楽しいのかな? それとも『なんかわかんないけどすげぇ!』ってなってるのかな? そしてそんな試合の様子を大まかにでも解説できる実況の人って何者?

 と、そんなどうでもいいことを考えているうちにひときわ大きな歓声が響いた。


〈――決着、決着です! 踊る双剣をかいくぐり、激闘を制したのはヴェスパー選手!〉


 その実況を聞いたロヴは、荒い息のまま突きつけていた長剣(ロングソード)を鞘に収めると不敵に笑いながら空いた手を差しだした。それに応じて相手も心底悔しそうに、けれどどう猛な笑みを浮かべて差し出された手を取り、互いの健闘を称えるかのようにがっしりと握手を交わした。


〈これにて今グラフト大武闘大会の第三位が決定しました! 互いに力と技の全てを尽くして死闘を繰り広げた両選手に、皆様ぜひ惜しみない称賛を!〉


 大歓声に万雷の拍手が混じる中、試合場の二人はそれぞれ褒め称える声に応じると颯爽と試合場を後にした。


「本当に、すごい。これがプラチナランク、これが――英雄」

「……そうね」

「まあ、すごいんだろうが……残す決勝も似たような感じになるんだろうなぁ……ちっときついな」


 熱心に手を叩きながら熱に浮かされたように呟くリクスに、普段と変わりない様子で淡々と、けれど止めることなく拍手を送るシェリア。対して手を打ち鳴らしはしつつもどこか憂鬱そうな呟きを漏らすのはケレン。まあ、かろうじてとはいえ戦闘を追えた二人とは違って、何が何だかわからないまま終わったように思えるケレンにはちょっと退屈かもしれないね。


「でも、ロヴでも最終結果は三位入賞なんだよね。世の中広いなぁ」


 そう、今目の前で繰り広げられた戦いは三位決定戦だったのだ。準決勝で先輩にあたるプラチナランク臨険士(フェイサー)と当たったロヴは一瞬の隙を突かれて敗退。一進一退の攻防を繰り広げていたかと思ったら、ボクでも観客席からじゃ思い返してようやくわかったくらいの小さな隙を突いてのあっという間の決着だった。本気でプラチナランクが化け物過ぎてもう笑うしかなかったよ。あれに比べたらマキナ族なんて可愛いもんだ。

 けどまあ、おかげで濃すぎる戦闘経験(データ)がたっぷりと得られた。残す決勝戦でも同等以上の戦いが期待できるわけだから、フィードバックが今から楽しみで仕方ない。


〈――さて、皆様! 未だ興奮冷めやらない様子ですが、まだ最後にして最大の戦いが残されていることをお忘れではありませんか!?〉


 そんなボクの期待を煽るかのように、止まない歓声を割って実況が闘技場に轟き渡る。


〈これから始まるのは真の最強を決める戦い! 栄えあるグラフト大武闘大会の頂点に輝くその一人を、早くその目で確かめたくはありませんか!?〉


 ノリノリの煽り文句に応えるのは老若男女の大歓声。観客の皆さんはとっくにボルテージマックスのようで、もう騒音とかそういうのを通り越して音の大爆発にしか聞こえない。


〈では皆様のご要望にお応えし、覇を競うお二人にご登場いただきましょう! まず東より入場しますは――〉


 そんな実況を聞きながら決勝の舞台に立つ選手に目を向けようとして――その途中で何かが引っかかった。気になって違和感を覚えた辺りに視線を戻してズームさせた風景を探し、そしてすぐにその正体に気づいた。誰も彼もが熱狂的に声を上げながら一心に試合場を見つめる中、ただ一人背を向けて立ち去ろうとするフードを被ったローブの後ろ姿が一つ。行く手を見れば闘技場内への通用口があるから、観客席から出ようとしてるんだろう。

 ……今から決勝戦――つまりは今日のハイライトが始まるのに、せっかく手にした席を放棄して帰ろうとしてるわけ? なんで?

 不思議に思って注視していると、ローブ姿が一人の観客のすぐ横を通りかかったちょうどその時、ふいに振り上げられた腕がフードに引っかかってその顔を露わにした。たぶん偶然だろうその出来事にローブ姿が一瞬立ち止まって、触れたことにも気づいた様子のない観客へ顔を向ける。


「――え?」


 迷惑そうにしかめられたその女性の横顔に、ボクは見覚えがあった。すぐにフードを被り直したから一瞬しか見えなかったけど、マキナ族の記憶力は優秀だ。一度顔を見たことのある相手はすぐに思い出せる――ましてや、ずいぶんな置き土産をくれた相手ならなおさら。


「――なんであいつが!?」

「……ウル?」


 思わず漏れた驚愕に耳ざとくシェリアが反応したけど、今は構っていられない。間違いない。囮捜査中のボクをさらい、『悪魔錬成』で負に染まった魂を閉じこめていた壺を壊し、邪霊が解放されたどさくさに行方をくらました邪教集団の女だ!


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