敗北
「……くそったれがぁっ!!」
どんどん広がる氷と迫るボクを見たロヴがわりと本気っぽい悪態を漏らす。その顔にはこれまであった余裕なんて見あたらない。
まあそれも仕方ないよね。跳んでくる攻撃は必殺級の爆弾、しかも足下狙いだから下手に避けるだけじゃ余波でダメージを受けつつ否応なしに吹き飛ばされるから魔導銃で確実に迎撃するしかない。そんなところに発射元のボクがレインラース片手に急速接近してくるんだ。射撃間隔が短くなる上に間合いに入れば重量武器の攻撃も加わって、おまけにボクが移動した分だけ不安定な足場が広がっていく。
うん、この時点でわりとムリげかな? これでさらにほぼダメージを受けなくて、おまけに魔力も体力も底なしなんだから、自分でもかなり手が付けられないんじゃないかと思う。
それでも長引くほど状況がやっかいになっていくって判断をしたんだろう。『爆轟』の一つを迎撃したタイミングで思い切りよく前へと飛び出した! 迫る『爆轟』の光球を紙一重でかわし、牽制の銃撃を加えながら背後の爆発の勢いすら利用するように一気に肉迫してくる! さすがはロヴ。よろしい、迎え撃とうじゃないか!
サンラストであっさり魔力弾を弾き散らしながら『爆轟』も『魔氷』も放棄。全身に『雷撃』の魔導回路を浮かび上がらせて――
「――ばりばりぃっ!」
「ガッ――!?」
全方位に向けて電撃を放出! ボクを中心にして半球状に荒れ狂う稲妻が迫り来るロヴを逃すはずもなく動きを封じた。
盛大に地面を転がるロヴ。それでも不自由な身体で最低限の受け身を取ってるところは称賛ものだけど、激しい電流を浴びた身体は咄嗟に起き上がることすらままならないようだ。逆にボクの体勢は万全で、ロヴが復活するよりも早く攻撃することなんて余裕だ。
だからボクはレインラースを振りかぶり――途中で全身の力を抜いた。その結果レインラースは手からすっぽ抜けて明後日の方向に飛んでいき、崩れ落ちた身体は駆ける勢いのままもんどり打って地面を滑って止まる。
〈……えー、いったい何が起ったのでしょうか? ヴェスパー選手を圧倒したウル選手が突然力尽きたかのように倒れましたが……〉
突然の事態にどよめきが広がる闘技場に実況の人の困惑した声が響く中、早くも復活したロヴが険しい顔をしながら起き上がる。
「……おい、どういうことだウル」
「――あー、悔しいな。ほんっとうに悔しい」
他は一切動かさず、寝っ転がった姿勢のまま口だけでそう言うと大きく息をついた。
「降参! 参りましたー!」
そのまま周りにも聞こえるように声を張り上げた。ガウムンの呟くような降参も拾ってたみたいだし、これくらいすればイヤでも聞こえるだろう。
〈え、その……け、決着、決着です! ヴェスパー選手を圧倒し始めたかと思った途端に前触れなく倒れ伏したウル選手から敗北宣言です!〉
「おいウルてめぇ……マジでどういうつもりだ、あぁ?」
思った通りにボクの声を拾ってくれた実況の人が戸惑いを隠しきれないながらも伝えてくれたのに、それを聞いたロヴは凶悪な顔をさらに不機嫌そうにゆがめて問いただしてきた。
「どういうつもりも何も、しばらく動かないから負けを認めただけだよ。このままならロヴでなくてもすぐに決着付けられるでしょ?」
なので視線だけロヴに向けてちゃんと説明してあげた。別に嘘は言ってないよ? 元々武闘大会自体『人間』としてしか参加するつもりはなかったから、クリティカル判定が入った時点で試合に負けていた。だから『兵器』として戦ってみたのは完全にボクのわがままで、それで勝ってもなんの意味もない。
だから、『奥の手を使ってみたけど、時間切れで倒しきれなかった』風な感じで勝ちを納得してもらおうと思ったわけだ。もちろんそんな事実はないんだけど、それっぽい感じで倒れて動かない――自分の意志で動かないってわざわざ宣言すれば、端から見たらそんな感じに見えるんじゃないかな? 言葉のニュアンスってムズカシイヨネー。
「――ふざけんじゃねぇぞごらぁっ!?」
ただ、ごまかせなかったのか単に自分が納得できなかっただけなのか、怒り心頭って感じでズンズンと近づいてきたロヴは、倒れるボクの襟首をむんずと掴むと目線の高さまで持ち上げた。うわぁ、総金属のボクを片手で楽々持ち上げたよこの人。まあ今更な感じがするからか全然驚けないけど。
「別にふざけてないよ、真面目だよ」
そして動かないボクは全力で脱力しながらされるがままにプラプラと手足をゆらしている。うーん、重量が重量だけにシャツの襟が伸びそうだなー……あ、それ以前の問題で穴が空いたり切れたりしてたっけ。うわぁ、里のみんなが用意してくれた一張羅なのにぃ……。
内心でちょっとがっくり来つつ、至近距離からの凶悪な睨みつけを受け流すことしばらく。バタバタと何人かの急ぎ足が近づいてきた。むぅ、ちょうどボクの後ろからみたいで見えないなぁ。
「失礼します、ヴェスパー選手。試合はすでに終了していますので、これ以上荒事にするのは――」
「……ああ、わかってらぁ」
そんな風に声をかけられたロヴがパッと手を離し、自然法則に従ってボクの身体が地面へ逆戻り。ちょっと、苛立ってるからってボクの扱い雑すぎない?
がしかし文句の一つも口にする前にくるりと踵を返したロヴは、武器を納めつつさっさと試合場から離れていった。後で覚えてろよ?
「ウル選手、大丈夫ですか? 傷や疲労が原因で動けないのでしたら神官の方に祈祷を行ってもらえますが」
落とされてもちっとも動く気配のないボクに配慮してか、正面に回り込んだ役員っぽい制服の人が尋ねてきた。その隣には白いクロークにシンプルながらもどこか神秘的な装飾を纏った、いかにも神官ですって感じの格好をしている人が付き添っている。察するに、ラウェーナ神霊教会の神官の人かな? 大会で負傷したら治してもらえるって話だったし、いきなり動かなくなったボクに回復が必要なんじゃないかって連れてきたんだろうね。
ただまあ、生身の人間相手に効果はあっても機工なボクにまで効果があるかははなはだ怪しいし、第一怪我とかで動けなくなってるわけじゃないから丁重にお断りしとかないと。
「あー、大丈夫だよ。大した怪我はしてないし、そろそろ動くからね」
そう言っておいて手先をピクリと動かし、身体の動きを確かめるような感じでゆっくりと起き上がった。それから準備体操みたいに色々と身体を動かしてみせる。うん、これで反動から復活したように見えるんじゃないかな?
「ほら、何ともないでしょ?」
「……もろに撃たれたり斬りつけられてたように見えましたけど」
「頑丈なのが取り柄の種族だからねー」
「そ、そうですか。怪我がないなら何よりです」
種族の話を持ち出すと、係員の人は困惑顔ながらも引き下がってくれた。この世界はこういうところが良いよね。メジャーマイナー含めたら色々種族がいるせいか、何かあっても『そういう種族だから』ってゴリ押せる。そのうち『マキナ族だから』って言ったら何もかも納得される日とかも来るのかな?
さてと、後はちゃちゃっと放り出した武器たちを回収して……そう言えば氷どうしよう? 明らかに次の試合に邪魔だよね?
「この氷、どうしよう? 撤去した方がいい?」
「あ、いえ。試合場の整備をするための魔導器があるので大丈夫です」
おそるおそる役員の人に尋ねると心強い答えが返ってきた。そっか、魔導器にはそんなのもあるんだね。じゃあお言葉に甘えて敗者はとっとと去るとしよう。
試合場を行き来して散らばった武装を回収。レインラースとルナワイズ、サンラストは亜空間にしっかりしまって控室を目指していると、途中で荒い足音が近づいてくるのに気づいた。しかも結構速い。これ全力ダッシュしてるんじゃない?
何事だろうと思って足を止めたちょうどその時、行く手にある通路の角から人影が飛び出してきた。赤い髪の頭が左右を素早く確認したかと思うとボクを見つけて一瞬動きを止めて――かと思った次の瞬間猛然と駆け寄ってきた!
「ウル!」
「や、やあシェリア、そんなに慌ててどうしたの?」
「黙って!」
あわや正面衝突する直前で見事な体捌きで勢いを殺しきりながら、掴みかかるように顔を寄せてくるシェリア。若干眉根が寄っている険しめな無表情がドアップで迫ってきたせいで若干気圧されつつも何事かと尋ねたら、なぜか問答無用で無言を強要された。解せぬ。今日、何か機嫌を損ねるようなことしたっけかなぁ……?
心当たりを探しながら言われた通りに口を閉じて立ちつくしていると、シェリアは表情を変えないまま何かを確かめるようにボクの身体のあちこちに触れていく。さながらボディチェックだね。端から見ると美少女の身体を無表情で撫で回す目つきのきついお姉さん。うん、なんかちょっと危なくない?
「……シェリア?」
「黙って」
「ア、ハイ」
まだダメだったらしい。おとなしくなすがままにされておこう。
そのまま少しだけ突っ立っている内に一通り終わったのか、最後に左肩の裂傷を触って顔をしかめたシェリアはすぐに力を抜いて大きく息を吐いた。
「……無事なのね」
「うん、あれくらいでどうなるような身体じゃないしね」
聞かれたからにはもう声を出していいだろうと思ってありのままに応えると、なぜかシェリアの目がいつも以上に険しくなった。
「……前の時は倒れなかったのに、今回倒れたのは?」
その口調もいつになく棘が含まれてる気がするっていうかなんか知らないけどめちゃくちゃ怒ってらっしゃる!? 何、ボク何かした!?
お、落ち着けボク。よくわからないけどこれ以上下手を打ってシェリアの機嫌がさらに悪化するのを防ぐのが最優先! まずは聞かれたことに素直に答えるのが吉! えっと、今回倒れた理由? 試合場のあれのことだよね?
「えーっと、あそこまで圧倒しておいてただ降参しただけだったらロヴも納得しないだろうからって思って、『奥の手切ったけど時間切れー』って感じに見えるように演出しただけだよ?」
「……演出? つまり、なにか不調や副作用があったわけじゃないの?」
「ないない。マキナ族は永久不滅の兵器だよ? 『本気』どころか『全力』出した程度じゃ悪影響なんて欠片もないんだから!」
断言しながらムンとマッスルポーズ。あいにく驚異的な伸縮性を叩き出す靭性緋白金製の筋肉は生身のそれほど盛り上がらないけど、伝えたいのは筋肉量じゃなくて元気満々だってことだからなんの問題もない。
「……そう」
そしてシェリアは一つ息を吐くと、ようやく納得したようで手を離してくれた。えーっと……これはセーフってことでいいのかな?
そうやって顔色をうかがっていると、他にも近づいてくる足音に気づいた。こちらもなかなかの速さで近づいてくる二人分の駆け足は、そう待つことなくシェリアも飛び出してきた通路からリクスとケレンの姿になって現れる。
「――ああ、いた! シェリア、待ってくれって言ったのに……」
「さすがは俺らの斥候様って感じだな、やれやれだぜ……お、ウルもいるのか」
「え……あ、ウル! ちょうどよかった!」
どうやらシェリアを追いかけてきたらしい二人は、ボクに気づくと慌ただしく駆け寄ってきた。
「ウル! さっき倒れてたけど、大丈夫なのか?」
「前は何ともなかったよな? 回数重ねたらまずい能力とかなのか?」
あれー、聞いてくる内容がものすごいデジャビュなんですけど……。何? ボクってそんなにひ弱に思われてるの?
「周りが納得しやすいようにちょっと演技しただけだからなんの問題もないよ? と言うか、ボクってそんなに信用ないの?」
「そう言う問題じゃないだろっ!」
ちょっと不満に思ったもんで口をとがらせて言ってみると、ものすごい勢いでリクスに怒鳴られた。解せぬ。
「あのなぁ、ウル。普段から何したって死にそうにない奴がいきなり倒れたりしたら誰だってびびるもんだぜ? ましてやあのロヴ・ヴェスパーを圧倒しだした直後だ。無理したツケが早々に出たのかって思うだろ、普通?」
そんな困惑が顔に出てたのか、心底呆れた様子でケレンが言い諭してきた。ああ、なるほど。いわゆる青天の霹靂、鬼の霍乱ってやつ? まあマキナ族について概要くらいしか伝えてないっていう情報不足から起きた勘違いみたいなものなんだろうけど、それってつまりは――
「――ボクのこと、心配してくれたの?」
「「当たり前だろ」っ!」
イントネーションは違ったけど、台詞は綺麗にハモったリクスとケレン。うわーい、なんかごめんなさい!
……ん? と言うことは真っ先に駆けつけてきて身体をまさぐってゲフンゲフン、確かめてきたのは――
「――シェリアも?」
「……悪い?」
おそるおそる確認してみたら、返ってきたのは素っ気なくて不機嫌な感じながらも肯定の一言。なるほど! さっき怒ってらっしゃったのは『心配して損した』的なやつですか! ややこしいマネしてホントごめんなさい!
「えっと、その……心配させちゃったみたいでゴメンね?」
上目遣いで媚びるような笑みを浮かべながら謝ってみたところ、慌ててそっぽを向いたのが一人と見るからに呆れ顔になったのが一人といつもの無表情のままじっと見つめてくるのが一人。くそぅ、美少女顔の効果が出たのは一人だけか。今度もうちょっと練習してみよう。
けどまあ、今はそんなことよりも言わなきゃいけないことが一つ。
「それと、心配してくれてありがとう」
顔を上げて照れ笑いを浮かべながらも、はっきりとそう伝えた。ぶっちゃけてしまえば存在自体がチートなマキナ族に生まれ変わって、死ぬことの方が難しい身体に慣れきってしまっていたから、自分が心配される可能性があるなんてこれっぽっちも考えてなかった。
だから、気の合う仲間たちがボクのことを心配してくれて――『人間』として扱ってくれていることがなんだか無性に嬉しかった。
「当たり前だ! ウルは仲間なんだからな!」
「うん、ありがとう!」
「うわ、ちょ、ウル!? いきなり抱きついてこないでくれ!」
堂々と宣言してくれる好青年リクスは、感謝の気持ちをダイレクトに伝えようと飛びついてがっしりホールドしたら覿面に狼狽え出す。即座に抜け出そうと身をよじるけど、その程度で逃がすほどマキナ族の筋力は低くない。
「おー、役得だな、リクス。羨ましいぞー」
「ケレン!? その口調絶対思ってないだろ!?」
「何? ケレンも抱きついて欲しいの?」
「いやー俺はひ弱な魔導器使いだからなーお前の抱きつきで無事でいられる自信がないわー残念だなー」
視線を逸らして完全に棒読み口調で嘯いたケレンは、ふと思い出したように不機嫌顔になるとボクを睨むようにしながら文句を言い出す。
「それより試合だ試合。お前なんで演技してまで勝負を譲ったんだよ? あのまま勝っちまえばよかったじゃねーか。おかげでお前に賭けた分丸損だぜ」
「そっかー、ゴメンねー。ボクにも色々譲れないことがあるんだよー。……ところで比率はどうだったの?」
「四対一でロヴ・ヴェスパーだ。決まってるだろ?」
「だと思ったよ。一切取り繕わないところが逆に清々しくて好きだよ」
「そんなに褒めんな。照れるじゃないか」
さっきまでの不機嫌顔から一転して悪びれない様子を見せるケレン。うん、頭の良いケレンのことだからリスク回避とか絶対やってると思ってたけど案の定だったよ。
「ま、俺らの斥候様はお前の一点買いだったけどな」
そしてニヤッと笑うと、おまけとばかりに暴露を一つ。晒されたシェリアが一瞬鋭い目つきでケレンを睨んだけど、ボクがマジマジと見ていることに気づくとフイッと視線を逸らした。
「シェリア、賭けなんてしたんだ。意外だねー」
「……最少額で一口だけよ」
「でもボクに賭けてくれたんだ?」
「……友達、だからよ」
そっぽを向いたまま、けれど心なしか頬を赤らめてそんなことを言ってくれるシェリア。やだなにこの娘可愛いんですけど!?
「シェリアー!」
思わずリクスをほっぽり出して抱きつこうとしたけど、素早く割り込んだシェリアの腕がボクの頭をガッチリホールド。目一杯腕が伸ばされれば身長差でボクの腕が届くはずもなく、それ以上距離を詰めることもできずにじたばたとするしかない。さすが速度重視の戦い方をするシェリア、あっさり不意打ちを受けたリクスとは大違いだ。まあ無理矢理突破しようと思えばできるけど、そうしたら本気で怒られそうな気がするから自重しておこう。
「もう、シェリアったら照れ屋さんなんだからー。でもシェリアが賭けてくれてるって知ってたら勝てばよかったー」
「おいウル、俺の時と反応に差がありすぎないか?」
「だってシェリアだし。いつも一緒に寝起きしてるんだから特別な気持ちになったって――あれ、シェリア。なんか急に手の力が強くなってるんだけど?」
「……嘘はつかないんじゃないの、ウル?」
「嘘なんて言ってないよ? だいたいいつも一緒の部屋で寝起きしてるし、シェリアはボクにとっても『特別』だし?」
「っ――!?」
「お、シェリアが動揺するとか珍しい――おいリクス、何をブツブツ言ってるんだ?」
「ウ、ウルとシェリアが……寝起き――」
「よしわかった親友。ちょっと向こうでオハナシしようか」
――ああ、やっぱり良いな、こういうの。
なんか顔を赤くしてボクの言ったことの一部を繰り返している挙動不審気味なリクスをケレンが問答無用で引っ張って行くのを見送り、動揺のせいかますます力のこもってくるシェリアのアイアンクローもどきを受けながら、ボクはそう思った。