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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
一章 機神と王都
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組合

「おおー……」


 両開きの扉をそっと押し開けて入ってみれば、そこには今まで抱いていたイメージに近い光景があった。 広々としたホールの向こう側にずらっと並ぶカウンターには制服姿の何人もの受付嬢の人たち。一方の壁際には大きな掲示板に張り出されている依頼票があって、そのはす向かい側は待合いスペースになってるみたいでテーブルと椅子が何脚も並べられている。その奥にある受付とは別のカウンターにメニューがあるところを見ると、どうやら食事もとれるらしい。いいね、某集会所だとかを彷彿とさせる雰囲気だ。ただ――


「――あんまり人いないなー」


 見回しながら思わず呟いてしまったように、思っていたほどの活気は感じられなくて人影もまばらだったりする。武器や防具を身につけた臨険士(フェイサー)らしき人は待合いのテーブルにたむろしてる数人だけで、おしゃべりしていたりカードをしていたりと割合のんびりしてる感じがするし、掲示板の前には人っ子一人いない。張り出されてる依頼票にしたって空いてる場所の方が目立つし、受付の皆さんも暇そうに頬杖をついたりあくびをかみ殺したりしている。うーん、建物の規模的にもっと繁盛してるって思ってたけど、案外やることなかったりするのかな。

 そんな風に内心残念に思っていたら、すぐ後ろで扉の開く音が聞こえた。


「――っとぉ! おい、入り口でボーッと突っ立ってるんじゃねぇよ!」

「あ、ごめんなさい」


 ほとんど間をおかずに飛んできた怒鳴り声に素直に謝ると脇にどいた。そりゃ扉の真ん前でキョロキョロしてたら後から来る人のじゃまになるよね。ちょっと舞い上がってたとはいえ、うっかりしてたなぁ。


「ん? なんだ、ガキか。気ぃつけろよ、ここは荒くれもんが出入りするんだから、下手すりゃこの程度でも無駄に怪我するハメになんぞ」


 そんな最初の一喝からは予想できなかった乱暴ながらも親切な忠告に振り返ると、いかにもな格好をした三十代くらいの男の人。高い身長にがっしりとした体つき、刈り込まれた頭髪とごわごわの髭が覆う傷だらけの顔(スカーフェイス)は迫力満点だ。腰には長剣、背中に長銃、身体には要所要所を覆う頑丈そうな皮鎧(レザーアーマー)。歴戦の戦士――というよりかは傭兵かな? 大きな荷物も担いでまさに今戦場帰りって雰囲気だ。


「依頼でも持ってきたのか? そうでもないんなら、悪いこたぁ言わねぇからはやいとこ帰りな。お前みたいなガキが入り浸るとこじゃねぇぞ」


 むむ、あからさまに子供扱いしてくれちゃって。言ってる内容はいい人っぽいのに口調のせいでなんだかムカッとくる。


「ボクはガキじゃないよ。これでもこの世界に生まれて十五年は経ってるんだから」


 そう口をとがらせて反論した。この世界じゃ十五で成人を迎えることは知ってるんだからね。前の世界の記憶分を含めていいなら確実にあんたより年上だよ。

 けど、言い返された臨険士(フェイサー)の人はにやにやしてる。これはあからさまに信じてない顔だな。


「へぇ、てことは何か。成人したからって臨険士(フェイサー)に登録でもしに来たか?」

「そうだよ」


 からかうような物言いについつい反射的に答える。


「ほうほう、そいつは恐れ入ったが、そのくせ丸腰か? ごっこ遊びと違ってこっちは物騒な仕事だぞ?」

「武器ならちゃんとあるよ、今日はいらないから置いてきただけ」


 厳密に言うと違うけど、今手元にないのは確かだからそう言っておこう。


「そうかいそうかい、安心したぜ。だが臨険士(フェイサー)になったら不意の事態なんてざらなんだぜ、こんな風に――」


 そんな言葉の途中でいきなり右の拳が顔めがけて飛んできた! 問答無用で子供って思ってる相手に不意打ち顔面パンチってどういうつもり喧嘩沙汰は臨険士(フェイサー)組合(ギルド)的に問題ないの!?

 なんて一瞬で思ったけど、あれ、この軌道って――

 飛んできた拳はボクの目の前ほんの数センチの空間をかすめて振り抜かれた。ちょっと手元が狂うだけで直撃するコースを何気なく狙ってやったわけか。これ、けっこうすごいんじゃないかな。


「――へぇ、微動だにしねぇか。思ったより肝が据わってるみてぇだな」


 きわきわの右フックを見送っていると、妙に感心した臨険士(フェイサー)の人の声が聞こえた。おっと、今のは驚いてみせた方が普通っぽかったかな。それはそれとして文句の一つもいっておかないと。今の風圧で少しずれたフードをなおしながら口をとがらせる。


「危ないよ。ボクだから良かったけど、初対面なのにいきなりは失礼じゃないかな」

臨険士(フェイサー)同士の挨拶みたいなもんだ、気にしてちゃこの先やって行けねぇぜ?」


 そんな戦闘民族みたいな挨拶はイヤだな。挨拶くらいは普通に言葉で交わそうよ。


「ま、将来が楽しみな新人はいつでも歓迎だぜ。上手くいきゃそのうち依頼で組むこともあるだろうよ。せいぜいがんばんな、ガキ」

「ガキじゃないよ、ちゃんとウルって名前があるんだから」

「はっはっは、ウルか、いい名前だな。覚えといてやるよ」


 それだけ言い置いて臨険士(フェイサー)の人は受付に行くと職員の人とやりとりをし出した。まあ一見不相応に思える外見の主人公がこういったところに登録する時に絡まれるっていうパターンは前の世界の記憶にある物語じゃよくあるみたいだし、ある意味しかたないのかな。

 ん? でも今ボクフード付き外套ですっぽりくるまってるのに、声と身長から外見は想像できるだろうけど丸腰なんてよくわかったな、あの人。凄腕だからかな? それともカマかけただけ? だったらボクはあっさり引っかかったことになるのか、うわ恥ずかしい。

 まあいいや。中を見るだけのつもりだったけど、ノリでも登録しに来たって言っちゃったし、ここで何もせずに出て行くのは嘘だよね。やー本当に見るだけのつもりだったのになーこの状況で登録しないのはかっこわるいからなーシカタナイナー。

 というわけで、心持ち足を弾ませながら一番近くの受付に向かった。


「すみません、臨険士(フェイサー)の登録したいんだけど」

「はい、かしこまりました。まずはこの紙に必要なことを書いてくださいね」


 一言声をかければ間髪を入れずに登録用紙らしきものが出された。どうもさっきのやりとりを見ていたらしい。まあ暇そうな目の前であんな風に騒いでたら嫌でも目につくよね。心なしか受付嬢の人の対応が子供向けな気がするけど、気にしたら負けだと思うからスルーの方向で。


「この印の入っているところだけは必ず書いてくださいね。それ以外でしたら今は書かなくても大丈夫です。もし字が書けないようなら、言ってもらえれば代わりに書きますよ」


 代筆してもらえるんだ。この世界の識字率がどのくらいなのかはわからないけど、前の世界みたいに百パーセントとはいかないらしい。

 とりあえず読み書きは心配ないから代筆は丁寧に断って書類に目を通す。なになに、名前、種族、年齢、性別、出身に所持技能、依頼傾向などなど……結構あるけどどうしよう、名前と年齢以外の項目がどう書けばいいのかすごく悩ましい。ああでも、必須項目以外は書かなくてもいいんだっけ。えっと、この印がついているのが必須項目ってことは――え?


「この印、名前のところにしかないけど、それでもいいの?」

「はい、最低限名前だけあれば登録証(メモリタグ)の発行はできますよ」


 目で見たことが信じられずに念のため確認してみたけど、受付嬢の人はあっさり肯定した。初回登録がこんなのでいいのかな。

 そんな疑問が顔に出てたのか、受付嬢の人は苦笑気味に説明してくれる。


「成り立てのストーンランクに求められる開示情報なんてそんなものなんですよ。人によっては種族とか性別を気にすることもあるみたいですけど、そんなものは本人を見ればだいたいわかるから」


 ごめんなさい、たぶんボクはわかってもらえないと思うんだ。色々ややこしいからね。あと、ランクの名称が『石ころ(ストーン)』ってすごいね。登録したてじゃその辺の石ころみたいなものってことかな。


「ただし、ランクが上がって行くにつれ求められる開示情報も増えていきます。なので、ランクアップのたびに登録情報の更新が求められるから、それだけはあらかじめ知っておいてね」


 へー、上に行くにつれて登録しとかなきゃいけないことが増えるのか。変わったシステムだね、一応覚えとこ。

 でもそうなると個人情報ってどうなるんだろう。そういった前の世界じゃ当たり前の考えがこの世界にあるとは思えないし。下手に登録して秘密がばれたりしたらまずいよね、聞いとかないと。


「登録したことって、いつでも誰でも見られるの?」

「いいえ、基本的には臨険士(フェイサー)組合(ギルド)の職員しか見れません。それもほとんどが条件指名依頼の時にあたるくらいですね。臨険士(フェイサー)は多かれ少なかれ人に知られたくないことを持ってるから、その辺はしっかり管理しています」


 意外にもけっこうちゃんとした扱いをしてるらしい。条件指名依頼っていうのが字面から想像する通りならひとまずは安心かな。セキュリティが心配だけど、それを言ったら前の世界でだって漏れるときは漏れていた記憶があるから割り切るしかないと思っておこう。

 とりあえずは名前の欄に『ウル』、年齢の欄に『十五』とだけ書いて受付嬢の人に書類を返した。


「はい、ウルさんですね、ありがとうございます。登録料に百ルミル必要ですけど、持ち合わせはありますか? なければ登録した後で受けた依頼の報酬から引くこともできますよ」


 あ、有料なんだ。こういうのは基本無料ってパターンが多いのが前の世界の記憶にあるけど、ここじゃ違うんだね。冷やかし対策かな。後払いもできるシステムみたいだけど、幸いお金はあるから素直に百ルミルの銀貨を取り出して差し出す。


「はい、確かに受け取りました。これから登録証(メモリタグ)を作ってきます。しばらく時間が掛かるので、文字も読めるようですしその間はこの規約を読んでおいてくださいね」


 登録用紙と交換で渡された組合(ギルド)規約について書かれた紙にざっと目を通すと、何回かに折りたたんでポケットに入れておく。さすがに今日これから依頼を受けるつもりはないから、ガイウスおじさんの屋敷に帰ってからゆっくり読ませてもらおう。

 そのまま何となく受付嬢の人の姿を目で追った。カウンターの奥のスペースで事務職っぽい人とやりとりを交わすとなにやら手続きを済ませ、記録晶板(オクタメモリア)らしき物を受け取って一番奥の壁際に向かった。やけにメカメカしい壁にいくつか備え付けられている端末の一つに手にした物をあてがって操作すると、その壁全体が低い駆動音を響かせ始める。

 ――って、まさかあの奥一面が記写述機(メモリルーラー)なの!? うわー、あれもう据え置きどころか備え付けだよ。もうそのまま壁にしか見えない。あれが一般的なのかはわからないけど、置き換えようとしたら改築が不可避なレベルだね。

 たぶん型としてはそんなに新しくないんだろうけど、イルナばーちゃんの研究所にはなかった超大型の記写述機(メモリルーラー)が逆に珍しくて遠目に色々と観察しているうちに、低く響いていた駆動音が鳴りやんだ。作業が終わったらしい受付嬢の人が戻ってくる。


「お待たせしました。こちらがウルさんの登録証(メモリタグ)です」


 受け取った綺麗な八角形状の結晶板は間違いなく記録晶板(オクタメモリア)だ。ただ、ボクが今まで見たことのある物とは違って、片方の面には同じサイズの薄い木の板がかぶせられていて、それを固定するかのように周囲を結晶板ごと金具で覆っている。金具の一端からはチェーンを通した部分が付いていて、首から提げたりもできるようになっているみたいだ。木の板の表面にはでかでかと一面に描かれた臨険士(フェイサー)組合(ギルド)の紋章の上にさっき書いたばかりの簡単すぎるボクのプロフィールと、発行した支部名に続いて通し番号らしき長々とした数字の列が記載されている。ひっくり返してみれば低品質らしい結晶板は全体的に靄が掛かったように白く濁っているのがわかるけど、その内側にほんの少し傷のようなものがついているのは見てとれる。ちゃんと情報は書き込まれているみたいだ。これは前の世界で言うところの電子カードってところかな。


「それには開示情報の他に、依頼の達成履歴や昇格点など色々と記録されるので、なくさないようにしてください。万一なくしてしまった場合、再発行手数料として五百ルミルが発生するのに加えて、再発行する組合(ギルド)に保管されている直近の情報しか反映されないから気をつけてくださいね。だから初めて訪れた組合(ギルド)での再発行になると真っ白な状態になりますから、その場合必ず以前訪れた組合(ギルド)で更新をしないと最悪それまでの功績がなかったことになるから注意してください」


 へぇ、ある程度バックアップは取ってくれるんだ。なら新しい街に行ったりしたらそこの組合(ギルド)で更新してもらった方が良さそうだね。もちろんなくさないのが一番だろうけどさ。


「ありがとう、だいたいわかった」

「え……?」


 手の中の登録証(メモリタグ)をしげしげと眺めながらそう言うと、受付嬢の人が意外そうな声を上げた。不思議に思って視線を合わせれば、受付嬢の人は慌てたように取り繕う。


「あ、すみません、初めて登録するのに一度この説明を聞いただけで理解する人はほとんどいなかったから、つい」


 ああうん、そういうことか。セーブとロードの仕組みなんて情報化社会に適応してないとピンとこないだろうしね。その方面に関してはこっちの世界じゃまだ有線通信が最先端らしいし、情報端末もあれが一般的じゃあね。

 チラリと受け付け奥の壁を見て納得しながら適当に返しておくことにする。


「やればできる子って評判だからね、ボクは。いろいろありがとう。それじゃ、今日は帰るね」

「あれ、さっそく依頼を受けたりはしないんですか? 確かにこの時間じゃストーンランク相当の依頼なんてあまり残ってませんけど」


 ボクの言葉に今度は意外そうな顔になる受付嬢の人。まあこういった職業になれたならさっそくって気持ちはわかるけど、そんな我慢の効かない子供じゃないんだ。約束もあるんだし、下手に時間の掛かる依頼なんか受けたりしたらすっぽかす羽目になりかねない。決して掲示板に貼ってある依頼が残り物っぽいからあんまり興味をそそられないとか、そもそも登録したての新人が取れるような依頼はあんまりおもしろそうじゃないとか、そういったわけじゃない。


「ボクは血気盛んな無鉄砲なんかじゃないからね。今日は準備もあるし、また今度にするよ」


 それだけ言ってきびすを返すと、少し離れた受付カウンターからさっきの戦闘民族のおっさんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。うん、なんだかあの笑い方は無性に腹が立つ。歯を剥いて威嚇でもしてやろうかと思ったけど、それはそれで子供っぽい気がしたからここは大人の対応をしよう。

 ということでこれ見よがしに鼻で笑ってやると、そのまま視線を外して澄ました態度で臨険士(フェイサー)組合(ギルド)を後にした。



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