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機神漫遊記 ~異世界生まれの最終兵器~  作者: 十月隼
序章 ウル
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転生

初投稿です、よろしくお願いします。

楽しんでいただければ幸いです。

 気がつけばまどろみの中にいた。まるで小春日和に日向で昼寝でもしているようで、心地いい意識の揺らめきにずっと浸っていたくなる。

 けれどそんな思いとは裏腹に、意識は少しずつ少しずつ鮮明になっていく。


「ん~……」


 もっともっと気持ちいい揺らぎに浸っていたくて、子供がぐずるような声を無意識のうちに漏らしながらささやかに抵抗を試みる。がしかしそれも無駄に終わり、むしろそれが呼び水になったみたいに急速に意識がはっきりとし出した。

 あっという間に覚醒状態になり、もはや実質目を閉じているだけとなってしまう。それでもあきらめ悪くもう一度まどろみの中に戻れないものかとそのままじっとしていた。


「――失敗、かね? いやでもさっき確かに発声してたってのに……」


 おや、誰かがすぐそばにいるらしい。呟き声がごくごく近くから降ってきた。

 さすがに誰とも知れない相手がいるのに無防備に寝ているのは何となく気恥ずかしかったので、渋々ながら目を開けた。視界に入る景色はなぜか妙に霞みがかっていたけど、二度三度と瞬きを繰り返す内にすぐにはっきりと映るようになった。


「おお、よかったよ、第二段階も成功だね! はあ、反応が乏しいから心配したよ」


 そうすれば目の前には横に九十度傾いた満面の笑顔。くすんだ灰色の髪を後ろで無造作にくくった、顔の端々に皺が目立つ初老の女性だ。ただし、整った顔立ちの真ん中で生き生きと輝く榛色の瞳と、まるで子供みたいに無邪気な笑みがその人をとても若々しく見せている美老人といった風情。若い頃はさぞかしモテたことだろう。

 ……うん、誰だろう、この人。

 全く記憶にない人に全開笑顔でのぞき込まれているシチュエーションに戸惑いしか浮かばない。何がどうなっているのやら。

 とりあえず、目の前の超絶機嫌が良さそうな美老女に聞いてみよう。


「あの~、あなた誰ですか」

「ん、あたしかい? あたしゃイルヴェアナ。けど発音が面倒くさいからイルナと呼ぶといいさ」


 発音がめんどくさいからって理由で自分の名前を略させる人は初めて見た。というか、見た目も名前も完全に外国なんですけど。残念ながら、知り合いにカタカナ表記の名前を持つ人は存在しない。それにしては流ちょうに話してるななこの人。


「えっと、外人さんですか?」

「『ガイジン』? なんだねそれは? あたしの種族のことなら見たとおりのヒュメル族さね」


 あれ、なんか会話がかみ合わない? 感じる違和感に首をかしげると、目の前にあった笑顔がふと真顔になった。


「ん? 待ちな……まさか…………いや、けどそんな……しかし……」


 なにやらぶつぶつと呟きながらフレームアウト。目の前に人の顔があったせいで今まで起きるに起きられなかったので、これ幸いとばかりに横たわったままだった身体を起こした。その途中、身体に違和感を覚えて見下ろすと――


「……わーお」


 ベッド――というよりも診察台っていった方がしっくり来る台に寝かされていた身体は見事に素っ裸、腰の周りをかろうじてシーツみたいな布が覆っているのが救いだ。


「こんなの誰得な状況――」


 思わず漏れ出たぼやきは、急激に湧き出た強い違和感に途切れてしまう。

 もう一度目をこらして先の方からよく身体を観察する。足、臑、膝、腿、腰ウィズシーツ、腹、胸、首――は物理的に無理だけど、しっかりあるのは感じられる。

 続いて目の前に両手を持ってきた。開いたままかざして表裏表、握ってまた開いて、思った通りの動くのを確認してから視線を動かして手首、前腕、肘、二の腕、肩から胴体としっかり連続しているのを見ていった。

 開いたままの手をゆっくりと近づけて手のひら全体で顔に触れた後、そのまま指先だけを顔のあちこちに這わせる。目元、眉、額、こめかみ、頬、顎、口、そこからすっとスライドさせて耳。頭の形をなぞって髪の毛がちゃんと覆っているのを確かめる。ついでに下まで動かして首。大丈夫、ちゃんとつながってる。

 今見下ろしている、やや華奢に見えるもののちゃんと肉の付いている人体は間違いようもなく自分の身体。それは誰がどう見たって確かな事実のはずだ。

 なのに、なんだろう、自分の身体のはずなのに、服を着ているとかいないとかそういうレベルじゃなく、まるで()()()()()()()()()()()()()()()強烈な違和感は。

 言い知れない不安を感じて身体を縮めるように腕を胸の前に持ってきて、何度も手を握っては開く動作を繰り返す。うん、大丈夫だ。ちゃんと思った通りに動いてくれる。この身体は間違いなく自分のもの。そうに決まってる。

 自分に言い聞かせるように心の中で何度も繰り返し、知らないうちに荒くなっていた呼吸を落ち着かせようと身体全体で深呼吸を繰り返し――

 さらりと、視界の端に映ったものを信じられない思いでつまんだ。少し引っ張れば頭の方から抵抗を感じる。そう、さっき確かめたばかりの髪の毛、それは自分の髪の毛だ。

 それは白かった。いや、違う、ただ白いんじゃない。まるで金属みたいな光沢の上を見る角度によって変わる虹色が踊る、知っている中で一番近いのはたぶん真珠色。

 少なくとも、知る限りじゃ人間の頭から自然に生えているような色合いじゃない。


「なに……こんな……なんで――」

「少しいいかい?」


 あり得ない自分の髪の毛を凝視したまま呆然とつぶやいていると、遠慮がちに声をかけられた。髪から手を離して半ば逃避のようにそっちを向けば、白衣をまとうさっきの人が打って変わって難しい顔でこっちを見ていた。


「これからいくつか質問させてもらうよ。ゆっくりでいいから、心を落ち着けて、答えられる範囲でいいから答えてちょうだいよ」

「……はい」


 半分くらい止まった思考のまま頷けば、その人は一呼吸置いてからその言葉を紡いだ。


「――お前さんは、誰だね?」

「ボク、は――」


 答えようとして愕然とした。

 ボクは、誰だ?

 自分を表す記号が思い出せない。自分は一体何者なんだ?

 必死に記憶をたどった。変わりばえのしない仕事にうんざりした毎日、気の合う友人達とバカ騒ぎしたキャンパスライフ、周りに合わせることに気疲れしていた中学高校生活、初恋の相手をからうしかできなかった小学生時代、ただ両親といられることが嬉しかった幼少期。

 どんどん記憶は出てくるのに、肝心要の自分のことがまるでわからないし名前すら浮かばない。いや、それだけじゃない。そこにいたはずの誰かの顔も名前も思い出せない。

いつの間にか自分で自分の身体を抱きしめていた。自分が自分じゃなくなってしまったような、そんな言い表しようもない途方もない不安感が身体を震えさせる。


「だ、大丈夫かい? 落ち着きな、無理に答えようとしなくていいんだから」


 震える肩に手が置かれ、反射的に見上げた先には本当に心配そうな顔。


「ちょっとばかし迂闊なことを聞いちまったみたいだ、すまないね。もう少し落ち着いてからにするかね」


 そう紡ぐ口元を見ていて、気づいた。その決定的なことに、気づいてしまった。

 今までなんの違和感もなく理解できていたから見逃していた、彼女の話す言葉。


「********――」


 五十音を発声しようとして自分の口から出てきた知らない音。

 ――()()()()()()()

 それどころか聞いたことすらない言語。そんなもので違和感なく会話が成立しているというどうしようもないほど決定的な違和感。

 できないはずのことがなんの問題もなくできている、その事実にもう自分を騙していられなかった。


「――ぁぁああああぁアァアアアア!!」


 頭を抱え、思い通りに動いてくれる身体をめいっぱい縮めて絶叫した。

 どうして!? なんで!? 何があった!?

 ボクは誰!? 今はいつ!? ここはどこ!?

 ボクハイッタイナニモノナノ――

 錯乱した思考が空回ってどんどん深みに入り込み、自分が自分である最後の何かが切れてしまいそうになって――


「ウル! あんたはウルだよ!」


 耳元で聞こえた大音量がかろうじて頭の中に引っかかり、藁にもすがる思いでそっちへ意識を向けた。

 そうすればさっきの人が、いつの間にか縮こまった身体を覆うように強く抱きしめていた。


「ウ……ル?」

「そうだよ、ウルだ」


 掠れた声で呆然と呟いた言葉に、その人は力強い声で応えてくれた。


「ここにいるお前さんはウル。この稀代の大天才、イルヴェアナ・シュルノーム様の子だよ」




 この日この時、ボクは『ウル』としてこの世界に生まれた。いや、きっと生まれ変わったって言う方が正しいんだろう。


書き貯めた分があるので、しばらくは隔日で投稿します。

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