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虫かぶり姫  作者: 由唯
婚約者陰謀編
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冬下虫の見る夢─23




 日が落ちたモッズスの町には、怒号と喧騒が入り混じっています。いくつも焚かれた篝火と降りだした雪の中、松明を手に指示を出す者。


「灯りを絶やすな! ハーシェの町から随時、荷と人が届く。今はまず、モッズスの住人と分けて作業させろ。感染者を増やしかねない。目印は赤い布だ。口元を覆うそれがないやつは、まず風呂に入って来い!」


 指示を出す黒髪の男性に屈強な男性陣が従います。彼らはハーシェの町にいた、出稼ぎの鉱山夫たちでした。ウルマ鉱山で暴動が起こり、不安定な状況下で先の見通しが立たず、職にあぶれそうになっていた人たち。

 それを雇い、近隣との荷運び兼、突貫の仮小屋建設に携わってもらっていました。


「エリアーナ! 木材が足りない。この辺の建物壊していいか!?」


 声と同時に建物に手をかける勢いに、わたしエリアーナは、あわてて口元を覆う布越しに返しました。


「ダメです!」

 と、当たり前の返答を。


「木材の追加は日が昇るまで待ってください。今はとりあえず、屋根があればいい。地面には使い終わった火石──砕いて砂状になったものを。保温効果があります。その上に厚手の布を敷いて。壁の代わりは、防御壁に使っていた立板と家財道具。今は外気が防げれば、それでいいです!」



 了解、と返すのはわたしと行動を共にしてくれているマルドゥラ国王子、アーヴィンさまでした。


 わたしがこのモッズスの町に乗り込む際も、馬に不慣れなわたしを乗せて早駆けをし、背後を守ってくれていました。あの時──暴動を起こした人々が救済に気持ちを切り替え、ようよう動きだした流れに、緊張と安堵でドッと鳴り出した鼓動、そしてふらついたわたしを支えてくれました。


 手綱を()った片手がわたしの頭に乗って、たった一言。「……頑張ったな」と、笑うように労わる声で。


 グッとそれにこらえ、日が落ちる焦燥とやるべき事柄に急かされて、自身の思いは二の次でした。馬を降りた次には先行していた伯爵夫人レイチェルさまと状況を確認し、泣き崩れる彼女を叱咤して閉ざされた町中へ踏み込みます。


 起こした行動はまず三つ。


 ひとつ。町中の状況と病人が押し込められた集会場の様子を確認して、別場所に仮小屋を数軒建てる。病人は今、一箇所に等しく並べられている。軽症者、重症者、その中間の者、まずはそれを分ける必要がある。軽症と中間の者は仮小屋へ分けて、一番多い重症者を重点看護対象とする。


 ハーシェの町で重症に近い、灰色の斑点が出始めた病人に薬を投与したところ──、はじめはこれといった変化は見られませんでしたが、徐々にその色が薄まり、一日経つ頃には意識が戻る状態になりました。


 予断を許しませんでしたが、眠ったままでは水を飲むことも咳をすることも、喉に詰まった異物など自身の困難を伝えることもできない。でも、意識がある状態が保てれば。


 そばについていてくれる人の顔もわかる。頑張れ、という言葉も聞き分けられる。それは──死の淵にいる者に、なによりの活力を与える。生きたい、という願望を与える。

 ハーシェの町で薬作りに追われていた際、手伝いに参加したヘスター先生が言っていました。


『あたしら薬師や医師ができることなんて、限られてるんだよ』と。


 病に罹った者に症状を診て処置をする。処方をする。病を退治する薬は体内に入り、病の元と戦う。けれど、身体が弱っているとその作用も正常に働かない。そのためには、患者本人の体力を上げるしかない。結局は、どんな治療薬を作ろうと有効な手立てを取ろうと、最後は患者本人次第なのだと。


 この世に万能薬なんて存在しない。──そう言われたようでした。


 では、と思わず唇をかむ自分がいました。わたしが『ヒューリアの壺』を求めたのは、なんだったのだろうと。ここまで苦労をしてきた意味は──大切な人を亡くし、たくさんの人を傷付けた。そこまでした意味は。


 ちょうどその時、アレクセイさまから治療薬を確実にモッズスに届ける作戦を伝達されていました。手紙を読んだその時には受け入れられない、と思いましたが、それが今取れる最善の手段なのも理解していました。


 ──リリアとメイベルを、囮にする。


 他の人ならいいというわけではない。アレクセイさまやラルシェン伯爵だって危険に身をさらす。今わたしが最も優先すべきことは何か。それを考えるべきだと頭ではわかっていても、心がついていきませんでした。


 自分の無力さ、不甲斐なさ、自身の行動にはてしなく落ち込みそうになった時。


「万能薬って、希望なんじゃないの」


 ぶっきらぼうに口にしたのは、ヘスター先生の孫であるジーンさまでした。これはボクの持論だけど……、と薬の調合をしながらそのままの口調で続けます。


「ボクが『ヒューリアの壺』と言われるような知識を継承していたからって、今この薬にたどり着けたとは思えない。他のだれかに作れと言われたって、無理だって、たぶん拒絶してた。でも……あんたが来たから」


 眸は調合と真剣に向き合っているのに、言葉だけがわたしに真摯に向けられていました。


「あんたがここまでやって来て、『ヒューリアの壺』を探してボクらと出逢った。あんたは、これまでの研究成果を教えてくれた。作られた薬も。……あんたがいなかったら、ボクだって今この薬を作れたかわからない。あきらめたりはしなかっただろうけど……限界は感じてた。ばあちゃんが言うように、人ができることには限りがあるんだよ。医師も薬師も病人も。でも……そこで止まったら終わりだって、人があきらめない限り、希望は必ずあるって。そう言ったのはあんただろ」


 『ヒューリアの壺』をなくしたと思った時。ジーンさまがそれを受け継いでいると知った。希望はまだあると。


「だれだって……病に罹った人だって、本心ではあきらめたくなんかないはずだ。生きる希望をだれだって持ちたい。医師や薬師や看護人は、そのための手助けをする。治療薬だってそのひとつだ。生きるための希望。それが万能薬なんだと、ボクは思う。あんたは──それを届けてくれたんだろ」


 希望を。

 人があきらめない限り。この世のどこかには必ず存在する。それは、とても漠然としすぎていて、とほうもなくて、つかみどころがないものだけれど。


 確実に存在する。あきらめない人の中に。


 わたしは、それを届ける存在になれたのでしょうか。昔──今の世では見付からなくても、次の世に思いを託した『ライザの導』のように。


 希望を繋げる人間に。




「エリアーナさま! 検査薬の数が足りない。住人はいったんまとめて隔離か、後回しにしたほうがいいんじゃないの!?」


 声を飛ばしてくるのは、病人対処とは別の区画、町中に取り残された人々の対処と調査に回されていたアランさまでした。彼は動ける役人に指示して探索にあたっています。

 それに対しても、わたしは大きな声を向けました。王宮書庫室にいたのなら、決して出さなかったであろう声を。


「検査薬は、体調不良を訴える方を最優先にします! その他の動ける方はまず、レイが手配している蒸し風呂へ。それが済んでから駆り出してください。今は手が足りない。モッズスの住人、すべてを調べます。手伝える男性はアーヴィンさまの仮小屋建設と乾燥小屋の建設へ。女性陣は洗濯と洗浄を手伝ってください。洗い物は山のようにあります!」


 了解、と明るく返る声が夜の町に響きます。──彼らはすべて、承知の上でわたしに声をかけている。


 モッズスで取るべき行動は、すべて事前に話し合っていました。それでも彼らはわたしの指示を仰ぎ、あえてわたしに言葉を口にさせている。それは、モッズスの町の住人にも、対処を言い聞かせるように。


 わたしを仮の名ではなく、本名で呼ぶのもそうでした。王太子婚約者──その後ろに王家が控え、これは王家と国の采配であると印象付けるように。救いの手が差し伸べられているのだと、だれの目にもわかるように。


 これがふたつ目でした。

 ひとつは病人を分けて重症者へ薬の投与をはじめる。ふたつ目は町の状態を調査しながら感染しない知識を広げ、病人の看護以外にもできることがあるのだと人手を募ること。


 なによりも──。


 町の中心部、目立つ場所でわたしは采配をふるうよう言われていました。情報が届き、状況が把握できる場所、護衛の目が届きやすい衆目の場。届く荷の仕分けをしているそこに、宿屋のご主人ベルントが息を切らして来ました。


「嬢さん、頼む。ちょっと来てくれ」と。


 急いた様に問い返す間を惜しんでその場をレイチェルさまに託し、わたしは彼に続きました。周囲に続く数人が、王家の影と呼ばれる方々なのだと、今は理解して。


 鉱山の町モッズスは労働者が寄り集まって町の形を成し、その後に国が体裁を整えた町です。そこにはもちろん、人の営みも信仰もある。ご主人が向かう一角は、集会場を小さくしたような祈りの場なのだとわかりました。


 そこで言い合う数人をわたしも目にします。


「……だから、薬が届いたって言ってるだろう! 意地張ってないで役場のほうに来てくれ!」


 声を張り上げているのが暴動の首謀者、ラッカ・アルクト氏だとわかって、わたしも少し緊張を覚えました。本来なら彼らは騒動を起こした者として拘束されてしかるべきです。ですが、今は人手が足りない。なにより町の状態を把握している者として、お目付け役のご主人や兵士を付けて暫時駆り出されていました。


 彼らが言い合う様子に、もしやと思ったわたしの耳にも、言葉が飛び込んできます。凝り固まった考えの、偏屈そうなお年寄りの集団。頑ななそこから。


「がなり立てるな、このぬけさく。こんな騒ぎを起こしおって、バカモンが。わしらはライザ教の教えに従っているだけだ。かまうな。捨て置け」

「できるわけないだろ! この前から咳することが増えてるじゃないか。頼むから検査と治療を受けてくれ!」


 ひっしな声に返った言葉が、わたしをも震撼とさせました。


「ライザ教の教えに悖る。これは神が与えた試練だ。傲り高ぶった我らに、神が下された罰だ」


 そうだ、と続くのは六十代半ばと見られる、町の生き字引のような老人たちでした。鉱山の町では労働力にならない人たち。けれど町の歴史を知り、根付いた教えを今も敬虔に守る。


「神が与えた試練に抗うのは冒瀆だ。今私たちにできるのは、おのれの罪と業と向き合い、粛々とそれを受け止め、神の思し召しに従うことだけだ」

「わしらにはライザ神がついている。いざという時には、神がお救いくださる。神の御業が必ず起こる」


 それがなければ、ただ信仰心が足りなかったのだ、神の御許に行くだけだ、と妄信的なその声。


 ライザ教は、ライザ神を信じる一神教。神は人に試練と慈悲を与える。信じた者には救いを与える。奇跡の御業を。


 奇跡? とふるえるほどの感情が身内でかけめぐるのを感じましたが、今は抑えてそこにかけ寄りました。言い合っていた皆の目がいっせいにわたしに向けられます。それを受けて、静かに指示を出しました。


「モッズスの住人の皆さま。わたしは王太子婚約者、エリアーナ・ベルンシュタインです。王家と国の方針によって、モッズスの住人は皆検査対象としています。具合の悪い方は名乗り出てください。その他の方々は蒸し風呂へ。病の元を一掃します。この町から──灰色の悪夢は食い止めます」


 かつてのアズール地方コルバ村のように、人々の憎悪の対象にはしない。ここまでの騒動になり、病が広まっている現状。今度はモッズスが病発生源の地として憎しみを向けられる対象になりかねない。


 そんなことはさせない。もう誰にも、生まれ育った場所に負い目も引け目も感じさせない。


「サウズリンドは、信仰の自由を認めています。ライザ教の教えを守るのも、あなた方の自由です。しかし、今、感染者を増やすことだけは国の方針として決して許しません」


 決然と言い切ったわたしに老人たちもひるんだようになり、顔を見合わせるようにします。嬢ちゃん、とラッカさんと言い合っていた老人が代表して言葉を発しました。


「あんたがこの町を救おうとしてくれたことはわかる。それはほんとうに感謝する。短気なバカモンどもを止められんかった、わしらを許してくれ。だが、もういいんだ」


 わたしのほうこそ、疑問を覚える言葉でした。──もういい?


「わしら老人は、もう十分生きた。もう十分だ。あとはただ、安らかに神の御許へ参りたい。あんたらが持ってきた薬は、この先の、若いもんに回してくれ」

「……っ」


 よみがえる言葉がありました。

 おまえを守るために、この老骨が役立てるのならば──ここまで生き長らえてきた意味が。意味。それは何と、自分の中でずっと声を上げる思いがありました。


 老人がさらに言葉にします。


「あんたがここまでやって来てくれた気持ちはわかった。もう十分だ。あとは、先がある者を優先してくれ」


 何かを口にしたのがわかりました。けれど、それは自分でも意識しないもので、震え上がるほどの感情とせめぎ合うような記憶の奔流で息もできませんでした。


 そのまま言葉を発しようとしましたが、声が出てこない。ようやく出たのが、引きつった変な声でした。命に、と。


「……命に、老いも若いもありません。命は、命です。あなた方は、サウズリンドの民で、わたしは、この国の王太子婚約者です」


 民を、と声がふるえて、なさけなくも熱い感情のままのものが頬をぬらすのがわかりました。


「民を見捨てるようなことは、決してしません……っ」


 ひっしの思いで治療薬をここまで届けに来た、たくさんの努力よりもなによりも。わたしの中を占めていたのは、悔しくてたまらない思いでした。


 治療薬を作り上げた数多の人の思いを、奇跡なんて言葉で終わらせたりしない。だれもがその時、奇跡を求めていた。この病を退治する万能薬を。

 けれど、それは叶えられなくて。その時生きた人々が万感の思いを込めて次代に希望を託していった。ライザの導のように。


 たくさんの名もない研究者たちが死の病を退治したいと願い、日々の研鑽を紡いで、そして、すべての思いと研究が積み重なって、今治療薬に繋がった。

 それを、神の御業、奇跡なんて言葉で修飾するのは許さない。人の努力は、今生きているこの世にある。


 そしてそれを──自分たちはもういい、先がある者に、なんて、今命ある者が諦めの言葉を口にする。そんなこと、だれが許せると言うのか……! 先人たちが託した思いは、命の選別ではない。


「モッズスの住人はすべて、検査対象です。あなた方はこの町の生き字引でしょう。今この時も、わたしたちが行う対策を厳しい目で見て批判し、次の世に伝える義務があるはず。──しっかり、生きて、見て、王家に批判的な目で、わたしたちの至らないところを指摘し続けてください」


 それがあなた方の役目です。もう十分生きたなんて、悲しいことを言わないで。


 固い袖で頬をぬぐって、感情を収め、周囲の人に検査場所へ誘導するようお願いしました。呑まれたように従う老人たちに、他にも同様の箇所がないか、ぐるりを見渡します。これが三つ目──病人へ薬を届ける次の目的でした。


 ライザ教が根付いたこの地では、信仰心ゆえに治療を拒む人がいるのではないか。信仰を左右することはできない。けれどこの国に住む民である以上、彼らを見捨てることも決してしない。


 その思いで自ら町の端を回っていこうとした時、かけられた声がありました。少し固い声で、嬢さん、と。


 ふりかえると、はじめに言い争っていた男性、ラッカ・アルクト氏が少し(こわ)い面持ちでわたしに向き合っていました。かるく構えたそこに、


「──ありがとう」


 と、思いもかけない言葉がその頑強そうな口元から発せられました。

 瞬いたわたしに、ラッカ氏は小さな小山ほどもある両腕で拳をにぎりしめ、そして深く頭を下げました。はじめにわたしに対峙したものとは、真逆のものを。


 そしてそこから紡がれたのは、町の顔役である彼の顔を見てはいけないのだとわかる、ひどくふるえたものでした。あんな、と喉の奥が詰まった言葉。わたしにも、わかる感情。


「……あんなオヤジでも、オレの、たった一人の、残された家族なんだ。……ありがとう。オレの家族を救ってくれて、──ありがとう」


 さらに深く頭が下げられ、そしてラッカ氏と共にいた暴動の数人も口々に同じ言葉で頭を下げました。


 ラッカ・アルクト。彼が暴動に踏み切った思いは、状況を確認したレイチェルさまからさわりだけ聞きました。小さな頃に見た戦禍。十六年前の病。それらを体験した人が、絶望とそれでも諦められない思いの中で求めていたもの。


「…………」

 間違っていなかった……?


 セオデンおじいさまや他にもたくさんの人を傷付けて、自分の思いと考えで突っ走って、この行動は正しいのか、これでほんとうにいいのか。自分がするべきなのは、王都に戻って国難にあたっている殿下をそばで支えることなのではないか。何度も何度も迷いが浮かびました。


 答えが見つからないまま、がむしゃらに難事にあたって、今ふいによみがえる記憶がありました。



 過日の交わした、何気ない会話。読んだ本の感想を話していた、ありふれた日常。


 歴史書で読むたびに思う、この時の英雄王は何を考えていたのだろう、という思い。歴史の表舞台に立つ為政者の決断。迷いもためらいも、幾多の感情があったに違いない。

 それでも決断し、国の命運を動かした。それができたのは、なぜだろう、と。


 そうだな、と答える方の声はやさしいもので、けれど言葉はそれに反したものでした。


『──私にも、わからない』と。


 でもきっと、と語る方の眸はわたしを見ていなくて、温室の向こう、青い空の彼方に見えるものをその目に映していました。わたしには見えない、その先に広がる青さ。


『それが間違った決断かどうか。その時はわからなくても、選択を迫られる時もある。私たちはきっと、いつも自分に問いかける必要がある。これがほんとうに正しいのか。他に手はないか。すべてを見極めたか。誤っていないか。見過ごしていないか。──常に問いかけて、そして決めたら、迷いを見せてはいけない。上に立つ人間が迷う治世に、だれがついて行くだろうか』


 この方は王なのだと、ふいに強く刻まれる思いがありました。この方が見つめる青く若いもの──けれどきっと、見たこともないまばゆさを放つ国。それをわたしも見てみたいと。


 強く惹かれた想いをまるで感じ取ったように、眸がわたしに移されると、フッとうれしそうな笑顔で返されました。胸に焼き付く、あざやかさで。


 エリィ、と想いのこもった声が今現実と結び付きます。


『私たちの行動には、きっと、答えを返してくれる人がいる。それは、歴史書にもあるように──』

 必ず、と。


 殿下、とどうしても胸でつぶやいた言葉にもう一度感情があふれそうになりましたが、どうにかこらえて収めました。


 まだ、何も終わっていない。病に対する結果を示せていない。町中で起こっている事態は結果に比べれば些事で、大きな要因ではない。


 病人を救ってこその、灰色の悪夢の治療薬。その事実を広めること。そして、この町から病を収める模範にしていく。人の手で可能なこと。救いはだれにも差し伸べられること。この町のように、苦しんでいるすべての町──国中に広めてみせる。

 希望を。


 その思いと指針をあらためて告げ、そして依頼しました。

「手伝ってください」と。

 強く、迷いなく告げたわたしに、顔を上げたラッカさんたちの同意が大きな声で返されました。


 そうして動きだしたわたしたちですが、時間が経つごとに事態は深刻になっていくのがわかりました。まずはどうしても──。


「お姫さま……! 重症者看護に人手を回して! みんなもう限界なんだよ。ずっと不眠不休で看護人のほうが重症者みたいだ。もともと手が足りてない。このままじゃ、みんな別の病気になりそうだよ!」


 ジーンさまの要請に返そうとする先で、また別のほうから声が上がります。


「嬢さん……! 町外れの一家がみんな感染者だ。乳幼児もいるがどうするんだ。母親と一緒のままでいいのか? 別にするなら乳幼児を見る人間がいるぞ。あと、子どもも多い。疫病とは別の病人もいる。どうするんだ……!?」


 宿屋のご主人ベルントさんたち、町中の視察隊も、ひっきりなしに報告を届けてきます。こまめに指示を出しながら、どうしてもその場しのぎなのは、わたし自身ひしひしと感じていました。予想よりも被害は大きいのだという事実も。


 どうすべきかと、めまぐるしい思いで頭が動き、解答を出すよりも早く、現実が迫ってきました。

 すぐに、手に負えなくなる、と。


 焦燥が冷静を覆いはじめるのを感じていた時。再度わたしの名を呼ぶ声が聞こえます。また別の場所からの要請、と息が詰まりながら顔を上げたそこに、聞きなれた声がありました。


 いつの間にか明けていた、北の地の長い夜と遅い日の出。


「エリィ姉さま……!」

「エリアーナさま……!」


 重なった声と、いくつも連なった荷馬車の列。それは間違いなく、救援の手でした。







お知らせ

3/27発売予定の月刊ゼロサム5月号、『虫かぶり姫』コミカライズが巻頭カラーです。

喜久田先生の美麗カラーが見開き!

他にも19周年フェアが開催されますので、ぜひチェックしてみてください(*´∀`*)


※5/31 改稿済み

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