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カオスな恋

作者: 三郷 柳


可愛い子は上手くこの世界を生きていける。甘え上手な子は皆が手を差し伸べてくれる。じゃあそれ以外の子は? 可愛いわけでもなく、人に甘えるのが下手くそで卑屈な女の子はどうやって生き延びるのか。面と向かって非難されはしないが、好かれることはない。

だから強くならなければいけないのだ。誰も守ってくれないのなら、自分の身くらい守れなきゃいけない。物語のヒロインになどなれるわけもなく、むしろヒロインの一番近くで、幸せには一番遠い場所で地味に生きてくのが関の山。別にそれを不満に思っているわけではない。……多分。お世辞にも可愛いとは言えないきつめの顔立ちに、決して可愛くない性格。きっと王子様を待つくらいなら自分で解決してしまう。魔女だって魔王だって倒しに行くだろう。強い、と言えば聞こえはいいが男性受けはしないことも分かっている。だからこういう日が来るのもうすうす気付いていた。

「ごめん、ユウ。俺やっぱり朝香の傍にいたい。あいつを支えてやりたい」

4年付き合っていた彼氏に振られるのも、その相手が妹なのも仕方ないのかもしれない。

「分かった。好きにすればいいよ」

彼のことはそれなりに、極稀に弱みを見せるくらいには信用していたし好きだった。だけどなけなしのプライドが『別れたくない』という言葉を零させなかった。ここで素直にそう言える私であったなら、そもそもこういう事態に陥ってはいない。

「本当にごめん。別にユウが嫌いになったわけじゃないんだ。ただ俺が!」

「朝香を好きになったって? 別にいいけどさ、そんなの個人の自由だし。でもそれ私の前で言うこと? 妹に恋人とられた哀れでこの上なく惨めな私に向って、よくそんなこと言えるよね」

「……本当にごめん。ただ、朝香は何も悪くない。俺のせいでユウ達の関係が崩れるのは嫌だから」

はぁ? 何なまっちろい事言ってるんだこのダメ男。しかも私が悪者かよ。ふざけんな。

「じゃあ初めから朝香と付き合えばよかったのに。お前は最低だ。生きてるだけ無駄で誰も救えない、最低最悪、社会のゴミ、人間のクズ。生まれてきたことさえ間違いだったんだよ。もう二度と私の前に現れんな」

罵詈雑言を浴びせた私に逆上するでもなく、ただ静かに受け入れてる姿に今更ながら『あぁ終わったんだな』と思った。





「というのが昨日の事の顛末です。あぁ、これでまた私の可愛い子アレルギーがひどくなる」

「本当クズみたいな男しか引かないわよね、あんたは」

昼休み、かび臭いが冷房が効いていて、私たち以外誰もいない展開教室で弁当を広げていた。そして私の愚痴を聞きながら辛辣な突っ込みを入れてくれたのが親友のサクこと小此木咲耶(おこのぎさくや)。名前通り、木花咲耶姫(このはなのさくやひめ)の如く美しい女の子だ。ちなみに私のフルネームは綾辻夕陽(あやつじゆうひ)。夕陽と朝の香りじゃ親の愛情の割合も見え見えだ。

「あいつが、というより男は皆そういうもんなんじゃない? 結局は可愛い子が好きなのよ」

「出た、偏見~。あんたも顔は悪くないんだから、てか美人なんだからもっと気合い入れて男探しなさいよ。懐のでっかい大人な男を」

サクは行儀悪く箸を私に向けて力説する。

「大人な男ねぇ。それこそ甘え上手な子とかが好きそうじゃん。それにもう恋愛なんてしばらくはいいや。神経磨り減るだけ。あと精神ガリガリ削られて終わり」

「ま、そのうちいい出会いがあるでしょ。ユウは口が悪いだけで性格はそこまで酷くないんだから」

……うん。君のそのはっきりした物言いが好きだよ。



「お姉ちゃん、今帰り? 一緒に帰ろ」

出た。純粋培養ゆるふわ綿アメ系女子。もう自分でも何言ってんのか分からない。

「いやだ。そっちの彼氏と二人で帰ったら?」

昨日、振ったんだか振られたんだか分からない形で別れた男が、気まずそうにこちらを窺っている。こいつ妹と付き合ってたらいつか胃に穴開くな。

「でもほら、お姉ちゃんと環先輩仲良かったでしょ?」

これは決して私の神経を逆なでしようとして放った言葉ではない。純粋に、そう、ただ残酷なまでに純粋にそう言っているのだ。コレと一緒に暮らしていて、尚且つ比べられ下だと評価されてる私ってなんなんだろう。

「そうだね。昨日のあの時までは良かったね、関係は。でもそれは昨日までで、今の関係は私を振った元カレと振られた元カノでしかないから」

「あ……私のせい、だよね」

泣くな泣くな。お前が泣いたら全部悪いのは私になるんだよ、この世界では。

「違うよ朝香。朝香は何も悪くない。ほら、もう帰ろう?」

そうそう。悪いのは姉の彼氏だと知ってて何食わぬ顔で奪った朝香ではない。可愛くない性格で、妹が彼を好きになったと気づきながら別れなかった私。妹が欲しがったなら全部明け渡すのが正しいこの世の理。

「お姉ちゃん……ごめんね」

ウサギみたいに目を赤くしながら謝る私の妹は非常に愛らしい。そしてどうしようもなく憎たらしい。

「いいよ、別に。そんな男もういらない」

泣きたいのはこっちだ。泣くことすら許されない私の気持ちをこの子は知らない。

「行こう、朝香」

さも被害者の如く苦し気な表情を浮かべた環は、朝香を促して去って行った。

「世界っておかしい。被害者は私だっての」

ものすごくムカついて、家に帰ってもあいつらがいると思うと、まっすぐ帰るのも躊躇われた。

「公園でも行くか。久々に」

家の近くにある公園は、はっきり言って廃れている。遊んでいる子供もいなければ、人がいることすら珍しい変わった公園。まぁ、すぐ近くに結構大きくて遊具がたくさんある公園があるから皆そちらに行くのだろう。一人になりたい時にちょうどいい場所である。

「呪いとかって、効くのかな。丑の刻参りくらいしてもいいんじゃないか?」

「ネガティブな発言は控えてくれないか。私の銀時が怯えている」

錆び付いてギィ……と怪しげな音を立てるブランコに腰かけて呟くと、やたら体に響くテノールが降ってきた。

人がいるとは思ってもいなかったため、いきなりの声に驚いて顔を上げると、仕立ての良いスーツをかっちりと身に着けた美形の男性が、左肩にカラスを乗せて私を見下ろしていた。

ありえない光景に、金縛りにあったかのように体が動かなくなる。というか、私の中の時間が止まった。確実に。

「隣に座ってもいいだろうか」

再び聞こえたテノールのいい声に意識が復活する。そして隣というのは私が座っているボロボロのブランコの隣、つまりもう一つのボロボロのブランコのことを指している。

あ、この人絶対危ない人だ。

「警察は、110。いかのおすし」

「すまないが、君が何を言っているのかよく分からない」

美形のカラス男は冷たい無表情に僅か、困惑を滲ませる。

「私もあなたの存在が良く分かりません。てか、そのカラス本物ですか?」

「ただのカラスではない。銀時だ。御堂橋銀時(みどうばしぎんとき)

いや、そんなドヤ顔で言われても。でもちょっと可愛いなその顔。

「御堂橋さんて言うんですね、ごつい名前」

「ごつい? 良く分からない単語だが、君は見たところ高校生か」

ごついが分からないってどういう育ち方してきたんだよ。

「はい。綾辻夕陽って言います」

「私は御堂橋左門(みどうばしさもん)だ」

「名前までごついんですね。あ、隣どうぞ」

怪しいけれど危なくはないだろうという直感と、この人のシュールさに若干ハマってしまった私がいるので通報はしないでおこう。

「あぁ。失礼する」

御堂橋with銀時はブランコに腰かけると、ゆらゆら動くだけで無言で遠くを見つめている。てか銀時動かないんだけど、本当に生きてるの?

私も特に話しかけるでもなく、ただ二人と一羽は無言でブランコに揺られていた。

「あ……お姉ちゃん」

非常に不愉快な声が聞こえたが幻聴だろうか。

「少女が君のことを見ているようだが」

御堂橋さんがご丁寧に私の現実逃避をぶった切ってくれた。

「みたいですね。でも敢えて聞こえないふりをしてるんですよ。面倒なことになるから」

「そうか」

御堂橋さんは物分かりがいいのか、はたまた興味がないのか(恐らく後者)再び視線を前方に戻した。

「ん? どうした、朝香」

てかなんでお前らがここにいるんだよ。

「ユウ……」

不愉快な声パート2。ホント胃がねじ切れそうだわ。

「少年も君のことを見ているようだが」

御堂橋さんは恐らく天然だ。じゃなきゃ、相当高いユーモアの持ち主だ。

「知ってますよ御堂橋さん。私が全身全霊で呪いたい人たちですから」

「そうか。だが、人を呪わば穴二つと言ってな、自分にも返ってくるものだ。夕陽は悪くないのだろう? 悪いことをした人間には必ず報いが来るものだ。夕陽が直接手を下さなくてもいい」

何気に怖いこと言うなこの人。そしてさりげなくファーストネーム呼びですか。美形に言われると満更でもないな。

そして何も言っていないのに、私は悪くないと言い切ってくれるとか、惚れそうなんだが。まぁ、肩にとまったカラス、もとい銀時の存在が私の理性を保たせるのだけれど。

「銀時は本物ですか?」

突然会話の方向を転換させた私に驚きつつも、よほど銀時が好きなのだろう。御堂橋さんは無表情を少し崩して、かつ目を輝かせて語りだす。どうしよう……可愛い。

「勿論本物だ。飛べるし喋れる」

「喋んの!? カラスですよね!?」

御堂橋さんは誇らしげに銀時の頭をなでる。

「銀時、夕陽に挨拶を」

『コンニチハ』

うわぁー。マジで喋った。九官鳥かよ!

「お姉ちゃん!」

御堂橋さんと銀時と、ほのぼの楽しく会話していたのに、不動のヒロインがヒロインっぽく叫ぶ。さすがに無視できなくて振り返った。

「なに、朝香。帰ったんじゃなかったの」

「だって……っ。お姉ちゃん怒ってる……!」

本当、このお姫様には困ったものだ。私が折れてやると言っているのに、どうしても私を悪者にしたいらしい。

「怒ってない。てか、今本当にあんた等のこと忘れてたくらいには気にしてない」

銀時の芸達者ぶりについはしゃいでしまった。

「そんなのウソだよ! だって、私が環君の彼女になったから……」

「じゃあ、あんたは私にどうしてほしいわけ? 罵られたいの? 打たれたいの?」

「お姉ちゃん、私のことそんなに嫌いだったんだ……っ。そうだよね。私が不器用で、お姉ちゃんみたいに強くないから……」

ホントなんなんだこのメンヘラ女。終いには泣き出すし。だから泣きたいのはこっちだっつーの。

「ユウ。もういいだろ。朝香はこんなに自分を責めてるんだ。俺のことは一生恨んでいいから、朝香のことはもう許してやってくれ」

なんなの、この茶番。許す許さないの話? もういいって言ってるのに蒸し返してきたのはあんた等じゃないか。なんで私が責められなきゃいけない? なんでいつも悪いのは私なの?

「……ぅ……っく」

もう何年も耐えてきた涙が馬鹿みたいに流れてきた。ヒーローとヒロインは茫然とし、そんな二人を冷ややかな視線で見下ろしている変人とカラス。

「私はっ悪くないのにっ悪いのはっお前らだ! ふざけんなっ」

嗚咽を漏らしながら肩で息をする。泣き方を忘れているので、だいぶ無様だ。やっぱり私は可愛くはなれないのだと思いながら、また物悲しくなる。

「強い私が好きって、言ったのはあんたでしょ!?」

結局妹に乗り換えてんじゃないか。

「強くなるしかないじゃない! 可愛くない私を守ってくれる人なんかいないんだから!」

お前だって私を捨てた。

「じゃあ私が夕陽を守ろう」

どこか場違いな美しく落ち着いたテノール。この修羅場で発言する変人は一人しかいない。

「夕陽は可愛い。はしゃぐと子供みたいだ」

いや、別にそう言うたぐいの可愛さは目指していない。……嬉しいけど。

「だから夕陽は私が貰おう」

あの、御堂橋さん? 守る、から貰うに変わってるのは気のせいでしょうか?

「そういうわけだ君たち。夕陽を傷つけることはこの私が許さない。私の持つ力すべてを以て排除する」

「さっき、人を呪わば穴二つって」

「……」

長い指を唇に当て、シーッとか……可愛すぎるんですが。

「えーと、だいぶカオスな空間になってきたし、君らそろそろ帰ったら?」

カラス乗っけた美形に固まる二人にフォローを入れ、この空間からの脱出を促した私は偉いと思う。

困った二人がぎこちない歩みで帰ったあと、私としては少し気まずい空気が流れる。

「目が赤い。……ウサギみたいだ。可愛い」

無表情で甘くささやいてくる御堂橋さんをどうしたものかと。

「あの、御堂橋さん?」

「なんだ」

「私のこと、好きだったりするんですか?」

さっき会ったばかりだが。まぁ、この人の頭の中は常人とは違うのだろうけど。

「あぁ。私のことを普通に受け入れる人間など初めてだ」

あ、自覚はあったんですね。

「君は強くて綺麗だ」

御堂橋さんは一応黒髪に黒い目だけれど、外国の人だったりするのだろうか。

「私も御堂橋さんのシュールなところ好きですよ」

カラス肩に乗せてる美形の男性とか、そんなコメディーそうそうない。

「じゃあ」

――君は私のもの。

御堂橋さんの言葉は私の口の中に溶けた。


ひねくれ者の女の子は恋をした。肩にカラスを乗せた無表情で美しく、少し天然な青年に。





fin


ぐだぐだですみません。恋愛要素強めですが、一応文学にしました。

ユウは「可愛い」という言葉に、というか可愛い妹に激しい劣等感があります。ユウ自身はクールビューティーです。普通に美人さん。ただ、性格が可愛くないだけ。強い、というより強がりに近い感じです。

そして御堂橋さんは……ただのカラス好き? 結構シリアスな裏設定があったりしますが、今のところはカラス好きなお兄さんということで(;^ω^)

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