王女と銀色
ソフィアは王族の礼服や礼装でなく、メルが出てくる前に着ていたレディススーツめいた服のままだった。
改めてみると、それは優雅というより普段着に近かった。ちなみにエブロイなどと呼び、ビジネス系の女性などが好んで着るあたりもレディススーツ的。だけど中身がロイヤルなもので、それでもソフィアは王族の気品を持っていた。
いや、それよりも。
メルには、彼女とその部下らしい兵隊たちが、気配もなく突然湧いてきたように思えた。
いったいなんだろうと悩みかけたが、メヌーサがその疑問を晴らしてくれた。
「あら、ちょっと懐かしい転送光と思ったらヨンカ式かぁ。さすがアルカイン、懐かしい転送機使うのね」
「よ、ヨンカ?メヌーサ、なにそれ?」
「近距離転送装置のひとつよ。ずっごく古い型だけど、優雅に見えるし保守しやすいから一時期ブームになったのよ。
だけど近距離転送って雰囲気は満点だけど、危険もあるしエネルギー消費も多いの。それに悪天候だと動かなかったりする問題もあってね。わたしもひさしぶりに見たかな」
「へー」
「こんにちは、小さなエリダヌス教徒さん」
ソフィアはメヌーサとメルの話には関心がないのか、いきなり声をかけてきた。
「……」
メルは、ソフィアの発した『エリダヌス教徒』の言葉に少しだけ反応した。だけどメヌーサから、エリダヌス教に関する全然別の話を聞かされたばかりである。
まぁ初対面のメヌーサの言葉を完全に信じたわけではないが、しかし説得力もあり信用がおけるとも感じていた。だから、ソフィアの言葉に含まれた『危険人物』というニュアンスには、さすがに違和感を覚えた。
ふとメルは、さっきのメヌーサの言葉を思い出した。
(ああなるほど。敵対する側からすれば、危険な宗教扱いって叩きやすいもんな)
昭和しか知らないメルにはカルト宗教という語彙がない。でもソレのもつ意味はわかった。
「まさか堂々と入り込んでるなんて予想もしなかったわ。せいぜい何かを命令された洗脳済みの連邦人を送り込んでる程度だってね」
「それでわたしをエリダヌス教徒扱いかぁ。はぁ、アルカイン王家の情報網って意外にレベル低いのね」
ソフィアが姿を見せた瞬間、メヌーサはとても不機嫌そうな顔をした。まるで場違いな登場人物がやってきて「この野郎、空気読めよな」といわんばかりのものだった。
しかしすぐに、何か面白がるような態度に変わった。
上機嫌と不機嫌が次々に変わるさまは、まるで見た目通りの少女のようだ。でもその紫の瞳はどこか魔物、または老獪な悪女のようで、面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりにソフィアを見ている。
さすがに、そこまではメルには読み取れない。
しかし、何かメヌーサの態度に不穏なものを感じてはいた。
ふむ、と少し考えるような顔をすると、メヌーサは胸をはり、語り始めた。
そう。
それはまるで、先生が出来の悪い生徒に要点をかいつまんで教えるように。
「貴女たちがわたしをエリダヌス教徒だと判断したのは、今のエリダヌスに関する会話からかしら。それと先刻の兵隊さんとの会話の時に、ボルダのオルド・マウ大神官の名前を出したあたりと、それと『メヌーサ・ロルァ』って名乗った事からエリダヌス教徒に違いないって思ったのかしら?
でもねえ。
貴女たち、いくらなんでも失礼じゃないの?
きっちりと本名を名乗り、ちゃんと証明のための手続きもしたのよ。それも連邦未加盟とはいえこの国と友好関係にある一国の大神官の名前でね。
それを無視して、単なる危険人物として捕まえにくるなんて。
いったいこの国は、どういう運営をしているわけ?
よくそのざまで、この銀河系の何割かを束ねている連合組織の中枢なんて言えるものだわ、恥ずかしい!」
「な……」
安い挑発だなとメルは思ったが、実のところ挑発でなく、単に事実を指摘しただけだった。
メヌーサは別に変装もしていない。実際に名乗りをあげ、問い合わせ先についても説明している。そして一度照会らしき事も行われているわけで、ソフィア側がそれを認識していないわけがない。
つまり。
ソフィアたちはそれらの認証情報を無視したか、それとも単なる思い込みで偽証か何かと決めつけ、やってきた事になる。
本当にメヌーサが偽証しているのなら仕方ない。
しかし彼女はメヌーサ・ロルァ本人であり、何もごまかしてはいない。証明の方法だって、ここ何ヶ月かのおりに勉強したのでメルにもわかるが、別におかしなところもない。
しかも先刻の兵士の会話からすると、かのボルダ国における彼女の扱いは結構、重要人物っぽい。
ここまで揃えばメルにだってわかる。
確かにソフィアたちの応対は、現時点で最悪のものだと言えた。
さて。
悠然とソフィアに対しお怒りのメヌーサを見て、そして眉をしかめるソフィアを見て、周囲の兵士たちは考え込んでいた。
彼らの大部分はメヌーサの正体なんて知らない。ただ照会結果のデータをソフィアに報告して、そしてソフィアがそれを偽造である、教団の者がきたのねとなぜか決めつけたというのが実際のところだった。
つまり、命令者がソフィアだから従っているだけの話であり、彼らも状況がよくわかっていなかった。
命令がないので警戒しつつ待機しているものの、内心困っている兵士たち。
「……」
その中にひとりだけ、ちょっと違う行動をとっている者がいた。
彼はメヌーサの言葉をじっと考え、そして改めてメヌーサを見た。
そして「まさか」という顔をした。
「ま、まさか……そんな」
「え?何?」
「そんなまさか……生きているはずがない。そんな!」
「どうしたの?何が『そんなまさか』なの?兵士長?」
ソフィアに兵士長と呼ばれたその兵士はソフィアの言葉に手ぶりで『ちょっと待ってください』と合図をした。そしてメヌーサに一歩近付き、そして重々しく口を開いた。
「失礼ながら、よろしいでしょうか?」
「なぁに?……えーと、ヘンダス・マドゥル・アルカイン・コマオ兵士長?」
「え……よ、よくご存知で」
「知ってるわけじゃないわ、いま知っただけよ」
「えっと、それはつまり?」
突然に名前を言い当てられたらしい、その兵士は目を丸くした。
「ああごめんなさい、わたし連邦標準語って好きじゃないから、軽く言語面にアクセスしつつお話しているの。
あなた今、わたしが言った名前で自己紹介しようと思ったのでしょう?」
「ああ……読み取り会話ですか、わかりました」
なるほどと兵士はうなずいた。
「自分は兵士ではありますが、ソフィア様と同門の考古学も専攻させていただいております。現在はソフィア様も関心の事象、古代遺失文明について調べさせていただいているものです。
失礼を承知でお願いがあるのです。
あなたがメヌーサ・ロルァ殿ご本人であるならば、是非とも一つ伺いたい事があるのです。かまいませんか?」
「ふうん?」
メヌーサは、きちんと礼をしてきたそのヘンダスという兵士を見て、ふむふむとうなずいた。
「いいわよ。わたしに答えられる内容ならね」
「おお、ありがとうございます。
質問というのは他でもない、あなたのお名前でもある銀の四番と対をなす鉾についてでございます。
自分はトゥエルターグァに関する文献を調べ、番号で呼ばれる至高の武具について調べておりました。ですが銀の四番、つまり究極の防御に対する究極の破壊槍、金の一番についてはかの星には存在せず、他の星にて育まれているという記述の他には何も発見できませんでした。
いかがでしょう?もしもよろしければ、何か御存じではございますまいか?」
あら、とメヌーサは目を丸くした。
「こんなところでそんな話を聞くとはね。まぁ二千年前まで現存したものだし、不思議はないか」
「おお、では現存したのですか!」
「本来は最高機密だけどね、今はもうない国のことを隠してもしかたないでしょう。いいわ、教えてあげる。
究極の破壊槍、その名は星の光を蹴散らすもの。名前は知っていたかしら?」
「はい」
「それはあなたの指摘の通り、わたしの星にはなかったの。正しくは、あったけど持ち去られたのだけどね。
わたしの暴走に対する抑止力として使うために、かの国の王が友好の印として求め、わたしが受理したの。あれは元々彼らの祖先による奉納物だったし、まぁ返却したと思えばいいかな。
その国、キマルケの大神殿ではつい二千年前まで大切に伝えられ続けていたの。
あとはわかるわね?
結局、キマルケが光の国という連中に滅ぼされた時にそれは失われてしまった」
「おぉ、なるほど!ありがとうございます銀の聖女。これで研究が一歩前進いたします!」
連邦式とは違う、でもあきらかに礼と思われるお辞儀をする兵士に、さらにメヌーサは声をかけた。
「ヘンダス兵士長、あなたは連邦の人間でしょう?どうしてわたしにそこまで最敬礼するのかしら?」
「いかにもその通りですが、同時に自分は研究者でもあります。昔年の謎であった金の一番についての口述を、なんと伝説の銀の聖女ご本人から伺えるなど、学問をする者としてこれほどの感激が他にありますでしょうか?
聖女殿、誠にかたじけない。心からお礼を申し上げます!」
うやうやしく一礼をする兵士。その横でソフィアが眉をしかめていた。
「えっと、なに?銀の聖女?何言ってるの?」
ソフィアは混乱していた。
「銀の聖女っていえば連邦設立の時、ボルダの初代神官の隣にいたっていう異星の女の子の名じゃないの。実在すらも怪しい、しかも二十万年も昔の人物よ?
どうしてそんな、歴史上の人物の名前がここに出てくるの?」
「ですがソフィア様、この方はその聖女殿、銀色の四番という意味をもつメヌーサ・ロルァご本人です。信じられないことですが間違いございません。その理由を申し上げます。
ソフィア様も御存じのように、自分が専門で調べておりますのはトゥエルターグァ関連の故事、特に銀の聖女にまつわるものでございます。この結果は、ひいてはソフィア様のご研究にも関連する分野であり……」
「私の事はいいのです、それで?」
「はい。これは自分の集めたデータからの推測ですが、おそらく間違いございません。
信じられないとお思いでしょうが、この方は間違いなくメヌーサ・ロルァご本人です。キマルケについて書かれた古い書物に、その友好国の聖なる娘として記録されている姿とも完全に一致いたしますし、何より、最先端の研究者でも知らない伝説の武具についての話をスラスラと答えている時点で、ただの偽者という方に無理があります。
そして、記述にもあるのです。
曰く『その姫は人の姿もつが人にあらず。永遠に銀色に輝くその娘こそ究極の盾なり。永劫に欠けることなき、星を砕く力さえもたった一言で受け止めてしまう、おそるべき究極の護り。かの星の生み出した稀代の傑作である』とのこと。
ひとの歳月など問題ではないのです。そもそもこの方は人ではないのです。少なくとも数十万年の歳月を生きて……いや存在を続けている、大銀河エリダヌス教団の大教祖、そして同時に御神体」
「御神体?教祖?」
いやに宗教がかった表現にメルが眉をしかめたが、メヌーサは涼しい顔であった。
「紹介してくれてありがとうヘンダス兵士長、いえ研究者ヘンダス。
でもね、わたしは教祖にも御神体にもなったつもりはないわ。ただひとつの目的のために存在するだけ。人の身にはあまりに過ぎた途方もない時を越えて、とある大仕事をする小さな子たちを助けるために生き残ってきた、時代遅れの古代の遺物よ。
彼らはわたしの生い立ちと能力を知り、あがめてくれただけ。まぁわたしとしては、どんな形であれコトバを伝えつづけてくれるならば他のことはどうでもよかったのだけどね?」
「謙遜なさいますな聖女殿。
確かにあなたは人ではないのでしょう。しかし地質年代にも匹敵する時を生きつづけた知恵ある存在ならば、たとえ人の被造物とはいえ既に目をおくべき対象ではないですかな?現代のドロイドと同列とは思えませぬな」
「ありがとう兵士長。あなた連邦人にしておくには惜しい人ねえ。うちにこない?」
「ありがたい仰せで恐縮ですが聖女殿、自分はあくまでアルカイン王宮の者でございますので」
「そう?残念だわ」
クスクス笑いがメヌーサに戻った。兵士長も愉快そうににやりと笑い、他の兵士たちも愛想をくずした。
そんな中、メルはメヌーサや兵士の話を聞きつつ、じっと考えていた。
(……ああ、なるほど。だからなのね)
エリダヌスについて、まるで我が事のように詳しく、しかも表面的な事でなく本質的な部分を説明してくれたメヌーサ。
(メヌーサ自身の経験だったってことか。なるほど)
そしてそれは同時に、自分を連れだそうとしているメヌーサが、実は何千万年を生きた途方も無い存在であると理解した事をも意味した。
だけどメルは、それを不気味とも異様とも思わなかった。
なぜなら。
(宇宙ってすごいなぁ。見た目は何でもない女の子なのに、こんなすごい裏話抱えた人もいるんだ)
そう。
メルはもともと銀河文明の住人ではない。つい一年前までネットすらない四国の片隅で空に、外に憧れ暮らしていた、ごく一般的な日本人。当時とは環境も、自分の性別すらも変わってしまったとしても、生まれ持った本質まで容易に変わるわけがない。
そんなメルにしてみれば、万年が億年になろうと大きな違いがあるわけがない。途方も無い時の彼方というだけの話。
だがメルにはそうであっても、この場には、そうでない反応を示す者もいた。
たとえば。
「そう……そういうことなのね」
「!」
突然、周囲から笑いが消えた。冷徹な顔で見ているメヌーサ以外の者の顔がその瞬間、凍った。
ソフィアだ。
ソフィアが怒りに燃えていた。怒りとも悲しみともつかない鬼気迫った容貌でメヌーサを睨みつけていた。
「確かに不穏な噂は聞いてたわ。
連邦が転覆するような途方もない計画を彼らが進めていて、それは地質年代に数えるほどの遠大なものであるとか。いやそもそも、エリダヌスというのはそれ自体が、そのたったひとつの目的のために作られたものであるって途方もない話もね。
そんなうわさ話を捏造してばらまくなんて、そんな事までしてエリダヌス教は神秘性の確保に忙しいのねって大笑いさせてもらったのだけど」
「あら、やっすい挑発ね。まぁそれ以前に言う相手を間違えてるけど」
はぁ、とメヌーサはためいきをついた。
「その考えは半分正解、しかし半分は間違っているわアルカインの幼子。でも」
そう言うと、メヌーサはソフィアを見て苦笑した。
「今の、その無知な背伸びを見て考えが変わったわ。
色々教えてあげようと思ったけど、やめとく。連邦以外の陣営のお友達に、わたしやエリダヌスについて詳しく尋ねてみるのね。
あなたはもう少し……そうね、ケロアドの皇帝さんのとこにお嫁入りして銀河の情報から遠のく前に、このあたりのお勉強はちゃんとしておいたほうがいいわ。後々のためにね」
そこまで微笑んでいうと、ああそうとメヌーサは付け足した。
「わたしたちはここから去る。でも、あなたたちに、わたしたちは絶対傷つけられない。自滅したくなければ手出しはしない事ね。それじゃ」
そう言うと、ソフィアはメルに「行くわよ」と目で示しつつ身を翻した。
「ケロアド?」
「イーガ帝国の昔の呼び方だそうだ」
「なるほど」
兵士たちの会話が聞こえてくる。
しかしメヌーサたちに手を出そうという者たちはいなかった。横に主人がいるのに。
そう。
実は彼らは、目の前のメヌーサと、子供の頃に聞かされた昔話が重なっていたからだ。
いわく。
『言うこときかない悪い子は、銀の魔女に食べられちゃうのよ?』
それは確かに、親が子を寝かしつけるための昔話にすぎない。
だけど兵士たちは理屈以前に、メヌーサの雰囲気と会話の中から察していた。
そう。
自分たちの目の前にいる銀色の娘は、あの、おとぎばなしの銀の魔女そのものなのだと。
あとでその話を聞いたソフィアは、なにをバカなと兵士たちを叱る事になる。
だがこの場合、実は兵士たちの方が正しい。
これら、銀の魔女伝説は多くの連邦系の国に広がっているが、言うまでもなく、これのモデルはエリダヌスの銀の聖女。つまりモデルは冗談でもなんでもなく、このメヌーサ本人なのだから。
彼らはもちろん、それを知らない。正しくは、ヘンダスなる兵士兼研究者の彼は別として、それ以外の誰も。
だけどこういう時は、へたな論理より直感の方が正しいものだ。
さて。
「何してるの、あれを捕まえなさい!」
「!」
我にかえった兵士のひとりが銃をかまえ撃った。おそらくは神経麻痺銃の類なのだろう。
しかし。
「な……!」
神経麻痺銃の光はメヌーサとメルの手前で、何か見えない壁に遮られるように止められた。
それを見たメヌーサは、ひとこと言い添えた。
「今、止めたのは警告。次からはどんな攻撃だろうと全て反射するからね。それじゃ」
それだけ言うとメヌーサは歩き出した。
「……」
メルはそれに続こうとし、そして一瞬、背後にいるソフィアに気づいて立ち止まった。
そしてそのタイミングで、ソフィアから声がかかった。
「誠一君!」
「!」
背後からソフィアの声が聞こえて、私は思わず立ち止まった。
「その子についていけば、あなたも危険人物として追うことになる。最悪、ドロイドとして破壊指令が出るかもしれない。行っちゃダメよ!」
「……」
メルは少しだけ天をあおいで、そして言った。
「でも、ここにいても私はただの異邦人。お荷物だよ」
「そんな事ないわ。おじい様のところで最低限の社会勉強もしてきたようだし、なんとかなるわよ」
「いや、そういう意味ではなくてね」
そういうと、メルは右手にある杖を握りしめた。
「何だかよくわからないんだけどね、心の中で何かが私にささやくんだよ。今は行くべきだって」
「……」
「ごめん、ソフィア。本当にありがとう」
メルはそう言うとソフィアに一度向き直り、そして、ふかぶかと日本式のおじぎをした。
そして。
小さく微笑むと、メヌーサの後を追って歩き出したのであった。