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銀の四番  作者: hachikun
7/22

エリダヌス[1]

 マーケットの裏に出た。

 もともとメヌーサたちのいた場所は裏通りの奥のはしに近く、裏からマーケットの外に出る方が容易だった。メルとメヌーサは、誰にも見とがめられないままに外に出られた。

「ここから歩くわ。少し遠いけどがんばって」

「歩く?急ぐんじゃないの?」

 急ぐはずなのに歩くのか。メルとしては当然の疑問だった。

「もちろん急ぐわ、でも慌てる必要はないの」

 メルの疑問に、メヌーサはウフフと楽しげに笑った。

「考えてみて。逃亡者を追いかける人がいるとして、その人は、のんびり歩いてる人をいちいち気にするものかしら?通りに出て呼び止めれば、コンテナがすぐに捕まるのに?」

 コンテナというのは自動運転タクシーのこと。基本は利用登録者しか使えないのだけど、実は連邦仕様のマネーカードを提示すれば乗る事もできる。要するに外国人対策だ。

 しかし。

「コンテナ?あれって市民しか使えないんでしょ?」

「……は?」

 メルの言葉にメヌーサの目は一瞬、なにいってんのこの子、というものに変わった。

「メル、いくらなんでもそれじゃ不便すぎるでしょ。外国からきたお客様とかどうするの?」

「あ、確かに。でも、あれ?」

「あれ、じゃないの」

 メヌーサはためいきをついて、そして、

「まぁいいわ、歩きながら説明しましょ。ほら、いくわよ」

「う、うん」

 

 

 街路樹の建ち並ぶ昼下がりの郊外の道。

 背後は巨大なアルカインシティとマーケットだが、そうして風景は全て後ろのもの。前にはない。

 遠くに山脈が見え、そしてだいぶ手前に小さな森が見えた。周囲は草原だった。

 てくてく、てくてく。

 小さな影がふたつ、その雄大な景色に向かって歩く。

 見ていてメルはふと、その風景がそんなに地球とそう大きく変わらないことに気づいた。

「そんなに変わらないのはどうして、って思ってる?」

「うん」

「メルの記憶から見る限り……そうね、同じアルカイン族の生活領域だからじゃないかなぁ」

「同じ?」

「ええ。同じ種族(・・・・)が似たような環境に同じように住む以上、風景も似通ってくるんじゃないかしら?」

「なるほど」

「わかった?」

「とりあえず」

「うふふ、何でも聞いてね?」

「あ、うん」

 メルは、メヌーサが奇妙な微笑みを浮かべたが、その意味には気づかなかった。

 さて。

「そんじゃ、まずさっきの事からいこうかしら。メルはコンテナを使ったことがないのよね?」

「うん。ソフィアが乗せてくれた事はあるけど」

 なるほどとメヌーサはうなずいた。

「まず来訪者が使いたい場合だけど、連邦市民なら連邦式マネーカードを提示すれば乗れるのよ。料金体系がどうなっているのかは知らないけどね」

「へぇ……あ、そうか」

「なぁに?」

「メヌーサは連邦市民じゃないから、コンテナ乗れないってこと?」

「まさか。マネーカードくらい持ってるわよ、ほら」

 そういうと、メヌーサはポケットから小さなカードのようなものを出した。

「あれ、ほんとだ。じゃあメヌーサは連邦市民でもあるわけ?」

「まさか。これは外国人むけにクォード星系ってところで発行されている特別カード。一種の信用取引でね、一時的に連邦市民としてのサービスがきちんと受けられる合法的なものよ。

 これを使えば、ちゃんと食事もできるし標準ホテルくらいまでなら泊まれる。コンテナも使えるのよ?」

「え、そんなものあるの?それ、誰でも作れるの?」

「つくれるわよ?まぁ、サービス対象の外国人である事を示す証明書は必要だけどね?メル、あなたの所属はルドくんのとこでいいの?」

「うん」

「じゃあ、これは使えないわね。このカードはね、クォード星系ってところと独自に商取引をしている友好国むけのものだから」

「へぇ……」

 そこまで聞いて「ふむ」と頷いていたメルだったけど、途中で「ん?」と眉をしかめた。

「なに?」

「メヌーサだって、その友好国とやらの人じゃないんでしょう?」

「えー、それはないでしょう。だって、そしたらどうして、わたしはこのカードを持っているわけ?」

「んー、偽造した!」

「連邦のセキュリティはそんな甘くないって」

「んー……じゃあ、その友好国の証明書を偽造した!」

「ん、方向性は合ってるわね。もう一声」

「もう一声?」

 むむむ、とメルは唸っていたが、「ああ」と納得げにうなずく。

「あ、そうか。別に偽造しなくても何らかの手段で、その証明書を普通に発行してもらえばいいのか」

「はい正解」

 ウフフとメヌーサは笑った。

「ちなみに、この連邦式カードのセキュリティはなかなか強固なものよ。何しろ、このカード自体は単なる鍵にすぎなくて、他人がこのカードを使おうったって使えないし、色々な工夫もなされている。大したものだわ」

「けど、それをメヌーサは堂々と使ってるわけだよね?連邦とは利害が対立するところの人なのに」

「政治的にはそうかもね。でも、きちんと支払いがなされて証明書も出されているのよ?で、きちんと合法な手続きで発行してもらってるんだから、この点を非難されても困るわね」

「……そりゃそうか」

「ええ、そうよ」

 ちなみにメルの日本の知識は昭和57年どまり。だから、こういう抜け穴的な知恵を表す言葉は存在しなかった。あえて言えば生活の知恵だろうか。

「話を戻すけど。じゃあ、ちゃんとコンテナも使えるのに利用しない理由は?」

「言ったでしょ?てくてく歩いてる人にいちいち目を止めないものだって」

「でも、この格好だよ?」

 メルは自分とメヌーサの着ている、まるでどこぞの聖職者のような民族衣装を指さした。

「こんな格好の女の子ふたり歩いてたら、それ自体目立つんじゃない?」

「大丈夫、わたしたちの姿は誰の目にも止まらないから」

「そうなの?」

「ええ。まぁ例外も設定してあるけど、それが来ない限りはね」

「例外?」

「そりゃもちろんお姫様よ。この星におけるメルの保護者でしょ?」

 当然のように言うメヌーサ。しかしメルは逆にあわてた。

「ちょ、ソフィアにみつかったら最悪じゃん!」

「大丈夫大丈夫、どうにでもなるから。

 それより、メルを連れ出す以上、本当はちゃんと挨拶すべきなのよ。でも、さすがに王宮に顔出すのは余計な騒動の元にしかならないから、だからここにいるんだけどね。

 けど、向こうから顔出してくれるなら、それはそれでいい。その時は、ちゃんと挨拶くらいはしていきましょ?」

「本当に大丈夫なの?」

「もちろん」

「……わかった」

 

 てくてく、てくてく。その中を歩く異国姿の少女ふたり。

 しかもひとりは長い杖をもち、もうひとりは何故かドヤ顔で上機嫌。

「銀河連邦、かぁ」

「?」

 なぜか、しみじみとつぶやいたメヌーサに、メルが首をかしげた。

「なに、いきなりどうしたの?」

「何でもないわ。ただしみじみ、ここも変わらないなぁって」

「来た事があるの?」

「ええ。まぁ厳密には色々あるし、用があったのも楽器工房(ナーダ・コルフォ)であって王国とか知らないけどね」

 ふふ、とメヌーサは意味ありげに笑った。

「あのねメル、銀河連邦っていうのは比較的新しい組織なの。

 その成立はメルの国の時間でも……そうね、たったの二十万年しかたってなくてね。このナーダ・コルフォ……いえ、この場合はアルカイン王国と名乗るべきかしら。アルカイン王国はその中でも長く議長国を続けているところだけど、それでもわずか二千年にすぎないのよね。

 連邦というのは通商圏、つまりお互いに商売をするために手をとりあった一種の商業連合でね、いくら巨大でもそれは商工会議所の寄り合いのようなものなのよ。そもそもアルカインは楽器の製造販売で食べてる小国で、議会の運営は各国の寄付で賄われてるんだし。

 つまり、のどかなこの風景がこの国の本当の姿というわけ」

「へえ……こっちが本来の姿なの」

「ええ、そういうこと」

 どこか、この風景を懐かしそうにみるメヌーサを、思い出に浸ってるんだなと思ってメルは眺めた。

 知らないということは、ある意味残酷なことである……。

「それにしても凄いよねえ」

「なぁに?」

「いや、連邦ができて二十万年って話。アヤもオン・ゲストロの人たちも『それがどうのしたの?』って感じだけど、二十万年ってすごいと思う。ま、思うのは私が田舎者だからだろうけど」

「あー、そういうこと」

「うん」

 フムフムとメヌーサはうなずいた。

「でもそれは当然よ。メルの故郷で一番古い国って、どのくらい前って言われてたの?」

「知られてるもので数千年かな。伝説じみたものを入れても万年いくか微妙ってとこ」

「あー、そりゃびっくりして当然でしょ。ゆっくり慣れればいいだけの話だしね」

「確かに」

 そんな事をメルたちは話していたが、

「そういえばさ、前にアヤと話してて、一番古い文明の痕跡は何十億年も昔だって聞いたんだけど」

「ええ、それが何?」

「痕跡めいたのじゃなくて、今も現存する団体とか組織とかで古いのって、どれくらいなんだろ?」

「団体とか組織?」

「うん。現存するものなら伝説と違って色々と調べられそうだし」

「ああなるほど、銀河についてもっと知りたいのね?」

「うん」

「じゃあ、強固な国家組織とかでなくても、銀河のありようが理解できそうな、そして古いものならいいの?」

「あ、それでもいいかも」

 なるほどなるほど、とメヌーサは大きくうなずいた。

「わたしもそんな詳しくはないんだけど……そうね、じゃあエリダヌスはどうかしら?お姫様やルドくんのとこでは習った?」

「エリダヌス?……ああエリダヌス教のことかな?」

 ソフィアが一度だけ話してくれた、謎の巨大宗教のことを思い出した。

 対するメヌーサはメルの言葉で「そうきたかぁ」と苦笑した。

「まず断っておくけど、エリダヌスは宗教じゃないわ」

「え、そうなの?」

「ええ。まぁ確かに、エリダヌスの思想そのものを宗教というカタチで伝えている団体があって、なるほど、それらはエリダヌス教と呼ばれているんだけどね。でもそれはエリダヌスそのものではない、ただの派生物にすぎないの」

「……詳しく教えてくれるかな?」

「ええいいわ、それならわたしにもわかるから」

 メルの言葉にメヌーサはうなずくと、説明をはじめた。

「エリダヌスは単一の国や組織ではないの。ひとつの考え方かな?しいていえばエリダヌス計画」

「エリダヌス計画?」

「ええ」

 メヌーサはうなずいた。

「昔、とあるひとつの目的のために、未来を変えるために、たくさんの国の専門家や政治家が集まったの。そして議論を重ね、さまざまな実験の果てに実施に移された。今はないわたしの祖国、トゥエルダーグァもそれに参加してたのよ?」

「へぇ……で、そのエリダヌス計画ができたのは、いつの話?」

「ユムタンって単位知ってる?」

「ごめん、知らない」

 そう、とメヌーサは言った。少しさびしそうな笑顔で。

「ユムタンというのはね、この銀河系そのものの自転周期をもとにした単位なの。

 で、エリダヌスができたのは0.3ユムタンほど前の話なんだけど、これをメルの国の単位にすると、そうねえ……」

 ちょっとだけメヌーサは頭をめぐらしていたが、やがてウンウンと納得したようにうなずいた。

「うん。ざっと六千万年ってとこかしら?」

「……は?」

 メルの目が点になった。


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