銀色の悪魔
メルは言葉の意味を考えるのに夢中で、メヌーサの言った言葉の意味を理解してなかった。
そう。『自業自得』という言葉のもつ意味。
つまりそれは、アヤこそがその『おそるべき怪物』伝説の元凶そのものであるという意味ではないのだろうか?
それにメルは気づかない。
メルが気づかないからこそ、メヌーサもその点には触れない。
「ま、だからこそアルカインのお姫様も貴女に教えなかったんでしょうね。女の子タイプのドロイドにそんな名前がついてるなんて悪趣味にもほどがあるってね」
「なるほど、だね。不吉だもんね」
「うんうん」
そんな会話をしつつ時間は過ぎていく。
メヌーサは囚われの身とはいっても知識も学もあるようで、実に話題豊富だった。メルはその知識量に圧倒されつつも、銀河の事でよくわからない事、疑問に思っている事をいくつか質問もした。
自分が話している相手が誰なのか?そして、その質問がどういう意味をもつのか?
知らぬが仏という日本語は、実にこの状況をよく表わしていた。
さて。
しばらくそんな会話が和やかに続いた後、ついに話題はそこに触れる事になった。
「ねえメヌーサ、ひとつ聞きたい」
「なあに?」
「この身体がドロイドなのは当然知ってるとして、この中身が何者かは」
「少しなら知ってるよ?本当は『お兄ちゃん』だっていうんでしょう?」
「!?」
あっけらかんとメヌーサに言われ、メルは思わず唖然としてしまった。
「……なんでわかるの?」
「それはたぶん、この後に続くメルの質問に関係すると思うの。先に本題に入ってくれる?」
「あ、うん」
言われるままにメルは話しはじめた。
「そもそも、私……いや、俺は男だった。この身体になったのは単に」
「アヤによって再生されたから、でしょう?ドロイドの再生技術は『男』は絶対に再現しないものね」
「そう!それなんだよ!」
一発でメヌーサが理解してくれたのに安心したのか、メルは一気に語り始めた。
「この事について、宇宙に出てから色んな人に聞いたんだ。
でも綾は『規格でそうなっていて変更できない』の一点張りで、あとは連邦や銀河の社会について学べば自然とわかるよっていうんだよね。
他の人に尋ねたら、医学的措置をみんな進めてくれるんだけど、女にされた理由だけは誰も教えてくれなかった」
「医学的措置?……ああ、元の人間としての肉体を新たに再現して、今のドロイドの身体を捨ててそっちに移るってこと?」
「うん、それ。
なんていうかね。皆、ドロイドの身体で男っていうのは存在しなくて、それが当たり前なんだと思ってる?そんな印象があってね」
「そっか……」
「うん」
メヌーサはメルの質問の全てを理解したのだろう。ウンウンと静かにうなずいた。
「今のお話の中に全ての答えは入っていると思うけど……まぁ一応、簡単に教えてあげるわ。
つまりね、禁止されているのは『ドロイドで、なおかつ男である存在』なの。どうしてかわかる?」
「……まさかと思うけど、ロボットの反乱とかそういうやつ?」
「あー、それは微妙に違うかな。むしろ、ドロイドたちが自然な生命体に混ざり込み、そしてその系統樹を滅ぼして自分たちが置き換わらないようにしているというべきかしら?」
「どういうこと?」
「つまり、彼らが種として自然界に混じってしまえば、自分たち元の人間がドロイドの系統樹に潰されるというわけね」
くふ、とメヌーサは笑った。
「ドロイドにそういう封印をした偉い人たちは、彼らを便利な道具として使いたいわけよ。
彼女らが『男』を得てしまったら『種族』が成立してしまうでしょう?人間なんかいなくても繁殖して、自分たちだけに都合のいい世界を作れる、そして元の人間は踏み潰されると思ったのね。
彼らはそれが気に入らない。だからこれを封印したってわけ?」
「……なんだよそれ」
メヌーサの話を聞いたメルだったが、みるみるうちに、その表情に怒りがさしはじめた。
「おかしいだろそれ」
「そう?どういう点が?」
「全てのドロイドがそうかはわからない。でもアヤはどう見ても人間にしか見えないし、そうでなくとも同等な何かだろ。
それなのに、なんでそんな、コンピュータの反乱みたいな話になってるんだ?」
「そうね、その意見にはわたしもわりと同意かな」
ふむふむとメヌーサは言って、そしてメルを見た。
「これはちょっと意訳なんだけど、メルが言いたいのはこういう事でいいのかしら?
ドロイドが人間である、というのはちょっと違う。
でも、限りなく人間と同等にあろうと作られているアヤのような存在をも別枠と考えるのはおかしい。少なくとも、人間と対等に並び立てる存在であるべき。
つまり、どこまでが人間で、どこからが道具かの境界線が明らかに間違っている……と。
うん、こんな感じでどう?合ってる?」
「……」
「メル?」
「あ、ごめん」
メルはしばしポカーンとしていたが、メヌーサに促されて我に返った。
「うん、それで正しい。というか、どう言葉にするか迷っていたところまで要約してくれてありがとう」
「どういたしまして。
でもそっか。それはなんというか……」
そこまで言ったところで、メヌーサは一瞬、口ごもった。
「(まさか、ここまで完全無欠に狙い通りとはびっくりね)」
「え?なに?」
「ごめんなさい、なんでもないわ」
メルが首をかしげたのにメヌーサは苦笑して返したが、
「じゃあね、メル。いくつか確認していいかしら?」
「え?何を?」
「大事なこと。アヤにも関係するし、これからのためにも大切なこと」
「わかった。で、何を?」
メルが姿勢をただしたのを確認すると、メヌーサはうなずいた。
「まずひとつ、男に戻りたい?それも、連邦の人が言うような問答無用な医学的措置じゃなくて、ちゃんとメル自身が納得できるような事で」
「納得できるようなこと?」
「たとえばね、その七型由来の身体のまま男に戻れるとしたら?」
「できるの!?」
「今は無理。でも、今からいう事が現実になれば可能だと思う」
「……」
「確認、続けていい?」
「うん、よろしく」
だけどメルは、メヌーサが発した次の言葉に本気で驚いた。
「次に、アヤたちがちゃんと普通に子孫を残せるようにしたい?」
「できるの!?」
「できるわ。ただし、メルが手伝ってくれるならね」
「……俺が?」
「そう、メルが」
あまりに慌てているのだろう。『私』が『俺』になってしまっているのにもメルは気づいていない。
メヌーサはうっすらと微笑むと、さらに続ける。
「で、最後。今まで言った事を実現するには、どっちにしろメル、あなたの協力が必要なの。
まぁ、厳密にはあなた自身でなく、アヤによって再生されたその身体と、
そして、男性でありながら女としてアヤに再生されたという、メル自身の心がね」
「……心」
「ええ」
にっこりとメヌーサは笑った。
「で、どうかしら。手伝ってくれる?」
「……今までいった事が嘘じゃないなら、もちろん手伝う、むしろ手伝わない理由もない」
メルは困惑していた。
当たり前といえば当たり前だ。
メルたち有機体のドロイドに『男』が禁止されている件については、今までなんら建設的な言葉をもらえなかった。禁止されているのは当たり前で、わざわざ男を製造する意味がわからないと言われるだけ。
それに、病気などで別の身体が欲しいという向きには「生身の人間男性の身体」を作ってもらえるのに、なぜわざわざ『ドロイドの』男性ボディが必要なのか?と。
そして何より、彼らはアヤのような存在を道具と思っており、アヤを人間そのものではないにしろ、対等にあるべき何かと考えているメルに対し、困惑もしくは忠告を返すだけだった。
いわく、その考えは星間文明の世界にはそぐわない。
いわく、ロボットも人間というのなら、人と機械の境界線がおかしくなり、社会は大混乱に陥る。
いわく、君はもっと銀河の社会の成り立ちを知るべきだ。
なのに。
メヌーサの言葉は彼らの言葉を全て無視し、ストレートにメルの質問や願いに対応するものだった。
「……あ」
そこまで考えたところで、メルはひとつ大切なことに気づいた。
そう。
メヌーサはおそらく、アヤたちを単なる道具とは考えていない。
人間扱いとは違うだろう。それは何となくわかる。
しかし少なくともメヌーサはアヤたちを単なる道具ではなく、もっと大切な何かと考えているようだと。
「……うん、わかった」
長い沈黙のあと、メルはそう返答した。
「そう?何がどうわかってくれた?」
「あ、その前にひとつ質問なんだけど、いいかな?」
メヌーサが話を再開する前に、メルが先に言った。
「えっと、なに?」
「まず確認するんだけど、メヌーサがここにいる理由っていうのは俺に……正しくは、この身体の持ち主に会うためだった。これは間違いないかな?」
「微妙に違いはあるけど、その理解で大体オッケーね」
「そう。じゃあ次の質問、メヌーサって反連邦だよね?」
「なんでそう思うの?」
「だって、さっきいった事を本当に実現したら、今の連邦社会って大混乱に陥る可能性があるだろ?
だったら、たとえメヌーサ本人がそう思ってなくても、連邦側からは反連邦呼ばわりされるんじゃないか?」
「ああ、そういうこと……ええそうよ。自分で名乗った事はないけど、そういう意味では確かに反連邦といえるわね」
「で、最後に質問」
「うん」
そう言うと、メルはメヌーサの顔をまっすぐ覗き込んだ。
「えっと、なに?」
「……今まで話したことに嘘はないよね?」
「ないわ」
あっさりとメヌーサは答え、そしてメルに微笑み返した。
「ひとつ言い添えれば、わたしはこの件で絶対に嘘をつかない。正しくは嘘をつく理由がないの」
「理由がない?」
「どうせ、嘘かホントかなんてこの後すぐにわかるからよ」
うふふ、とメヌーサはいたずらっぽく笑った。
「疑わしいとか嘘だと思うなら、その時点ですぐに見切ってくれてかまわないわ。まぁ、後になればなるほど条件が厳しくなってくるでしょうけど、それでも離脱は不可能ではない。
ま、個人的には離脱しない事をオススメするけどね」
「えっと、それはどうして?」
「んー……」
メヌーサは、人差し指を自分の口にもっていくと、何かを確認するかのようにメルの顔を見た。
「職業適性ってやつなんだけど……メルにぴったりのお仕事があるのよね」
「仕事?」
「お姫様のお友達、トカゲくんのとこで職業訓練してたでしょう?彼は人材の見極めがうまいものね。
だけど、トカゲくんだって専門外の職種があってね、で、わたしはむしろそっちの専門家なのよ」
「トカゲくん!?」
「ああ、さすがにわかんないか。ルドくんって言えばわかる?つやつやのウロコが可愛いアルダーの男の子でね」
「……えっと?」
「あ、そっか。彼もうおじいちゃんなんだっけ。あははごめん」
「……」
まるで歳下の可愛い男の子か何かのように言う。見た目上はどう見てもメヌーサのほうが曾孫以下なのだが。
しかし。
「ま、いいわ。ここでお話していると時間がなくなりそうだし、とにかく始めましょうか?」
「はじめるって?」
「え、そんなの決まってるでしょ?」
メルの質問に、何いってるのと言わんばかりにメヌーサは苦笑した。
「アヤたちが『男の子』も産めるようにするの。さっそく始めましょ、喜びにためらうなって言うしね」
「え?あず……?」
「ああごめん、メルにわかりやすく言えば……良い事は急げだったらわかる?」
「そんな早口言葉みたいなのは……!?」
聞いたことがない、とメルが答えようとした瞬間、
くらっと、世界の全てが揺れたような気がした。
「おいで。『星辰の愛しい迷子』」
「……」
呼ばれるままに、メルはメヌーサに向かって足を踏み出した。
「ほら、こっちよ。さぁここに横になって?」
言われるまま、メヌーサの足元に座り、横になった。
ゆらゆら、ゆらゆら。
揺れる世界の向こう。メヌーサの声がやさしくメルの脳裏に響く。ぼんやりとして何も見えない。
メルはメヌーサに逆らえない。
いや、正しくは、逆らうという意思も持てない。
(無駄。もう逃げられないからね)
意識をなくす前にメルが聞いたのは、そんな言葉だった。