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銀の四番  作者: hachikun
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銀色の娘

 やっとこさ登場です。


 セブルの背後についていくメル。

 『売り場』とやらはメインストリートにはさすがにないようだった。ごちゃごちゃとわけのわからない店の並ぶ場所から中に入り込んでいく。

 それを見て、メルはぽつりと言った。

「なるほど、裏通りなんだ」

「もちろん。法的に問題ないとはいえ外見上の問題はあるからな」

 そういう『濃い』ものは裏通り。

 メルは知らないが、それは日本の秋葉原、それにタイのマーケットなんかのセオリーと全く同じ、万国共通の原則だった。

 大きなマーケットにはよくこういう『地元や濃い人しか知らないスポット』があるものだ。

 ぶっちゃけそれは、どう姿や習慣が変わろうと人間は人間で大差ない、そう言っているようにも見えた。

 通路を奥に向かっていく。

 表通りも混沌としていたのだが、こちらの濃厚な空気はそれとは全然違っていた。

 ウエルカムな空気は次第に息を潜め、そしてマニアックな店が説明もなしにずらりと並ぶようになるとそれはもう露骨に「イチゲンさんおことわり」な空気を全面に張りつかせている。店番している者たちもどこか商売っ気がなくて「あの娘何者?商品かしら?」「ドロイドボディだから客じゃね?」みたいな目でメルをじっと見ている。

「セブル、客かい?それとも商品かい?」

 その言い方にメルは眉をしかめたが、セブルはそんなメルを見てわずかに苦笑した。

 セブルはそういう連中にいちいち「どっちでもねえよ」と答えると、さらに進んだ。

「意外にビビらねえな。いいことだが」

「こういう雰囲気はちょっとだけ知ってるから。人身売買は知らないけど」

「そのようだな」

 面白そうにセブルは笑うと、奥を指さした。

「あのカーテンの中がそうだ。悪戯(いたずら)すんじゃねえぞ」

「あれ?おじさんは来ないの?」

 メルの言葉にセブルは肩をすくめた。

「つきあってやりてぇのはやまやまだが、こっちはこっちで仕事中なんでな。

 帰りがわからなかったら今ここで顔の見えてる連中に聞け。おまえの顔は覚えたはずだからな、商品と間違えやしないだろ。

 まぁ最悪、俺が戻ってくれば誤解もとけるが」

「それは大丈夫。いざとなれば自力で抜け出すから」

 メルは苦笑しつつ頷いた。

 しかし、そのメルの言葉をきいたセブルは逆に苦笑いした。

「勘弁してくれ。七型譲りの大馬力で暴れられたら大惨事になっちまうだろ?」

「あ、そっか」

 そりゃそうだ、ごめんとメルは自分の頭を叩いた。

 そんなメルをセブルは目を細めて見ると、「じゃあな」と手をふって去っていった。

「……さて、じゃあ入りますか」

 セブルを見送ったメルは少し考えると、自分を叱咤するように声に出して言った。

 当たり前だが、昭和50年代の四国のど田舎出身のメルが、人身売買の現場なんぞ見た事あるわけがない。その身体が人間をはるかに越えた能力を持っているからこそ、こうして大胆に現場を見に来ているわけだけど、かつてのメルならセブルに現場を見せてもらおう、なんて考えもしなかったはず。

 だけど今、メルは自分にそれが必要とも考えていた。

 ここは地球ではなく、宇宙文明の世界。そしてメルは、この世界ただひとりの地球人。

 よい所も悪いところもしっかりと見て、そこから自分のスタンスを決めたいとメルは考えていたし、その価値基準を誰かに頼るつもりもなかった。

 さて。

 目的地は紫色のカーテンに覆われていた。その向こうから光が透けていて、かなり小柄な子供のような人間がそこにいるのがわかる。たぶん女の子だなとメルは判断した。

 ごくりと唾をのみこみカーテンに手をかけようとした、ちょうどその時。

「リャン?」

「!?」

 女の子のシルエットから突然に、聞いたこともない言葉が聞こえた。

 相手からアクションがあるなんて想像もしてなかったので、文字通りメルはびっくり仰天した。思わず無意識に後ろに下がってしまう。

 余裕のないメルは全然気づいていないが、そのビビリまくりのメルを物陰から見て、まるで迷子の仔猫でも見るように目を細め、クスクス笑っている者たちがいるが、まぁそれはそれ。

 さて、メルは返事に困った。困ったが反応したほうがいいだろうと思い、とりあえず冷静を装い、連邦標準語で答えてみることにする。

「あ、あのー。怪しい者じゃないんだけど……入っていいかな?」

 だが、声は完全に腰が引けていた。しかもメル当人はそれに気づいていない。

 声をかけると、女の子のシルエットがクスクスと笑いだした。

「あぁごめんなさい、連邦標準語(トゥム)じゃないと通じるわけないわね。

 うふ、いちいち許可なんかいらないのよ?お客さまが入っていいか尋ねるべきは店員さんか店主でしょう?商品のわたしに聞くのはおかしいわ、違うかしら?」

「う……うん」

 だが、それでも進もうとしないメルの足に、女の子の方から助け舟が入った。

「入っていらっしゃいな、お姉さん?」

「あ、うん」

 お姉さんと言いつつも、その口調は子供をからかう年配の女性のように聞こえた。声は思いっきりお子さまなのだが。 メルは導かれるままにカーテンをくぐり、中に入った。

 

 

 そこはまるで、サーカス一座のテントの中のようだった。

 円形のフロアだった。壁は布製で移動が可能のものらしい。床にはその円形にあわせた丸いプラスチックのような質感のプレートが敷かれていて、メルの履いている日本製のスニーカーごしですら、コツコツと妙に硬めの音をたてた。

 部屋の中心には灰色の丸いカウチのようなベッドのようなものがあり、声の主であろう女の子はそこにいた。

 最初、メルは彼女が人形じゃないかと思った。あまりにも美しかったからだ。

 小柄な少女だった。

 銀色の髪は、ブロンドのソフィアや黒髪のアヤとはまた違う雰囲気を醸し出している。目もそうで、紫色の瞳は謎めいていて深く、覗きこむと吸い込まれそうだった。

 焼けてない素肌は、人肌の色でありながら病的ではない程度に白く、ゆらりと動くそのさまはどこか子猫を思わせる頼りなさと、そして触りたい、頬ずりしたいという気持ちを見る者に起こさせる。

 服は何も身につけてない。つまり生まれたまんまの全裸。

 そして……鎖と枷。

 金色の枷が彼女の両手を固定していた。首には首輪と鎖がとりつけられ、彼女の動ける範囲はその灰色のカウチもどきからそう遠くない。もちろん部屋から出るどころか、この部屋の隅に行くことすら難しいだろう。

 それはつまり、彼女が商品であることを否応が無しにメルに認識させるものだった。

「うふふ、びっくりした?売られてる人間なんてはじめて見るんでしょ?」

 現状に思考が追いつかないのだろう。メルは女の子の言葉に、素直にコクンと頷いた。

(かせ)はね、実はワザとなの。本当は足首を片方固定すればそれだけでいいんだけど、こうすると大概のひとは眉をしかめるのよね。かわいそうだ、外してあげたいって。だからセブルに提案して、こうしてもらったの。

 ようするにこれも商品陳列の手法のひとつなわけ。わかった?」

「あ、うん。でも……こんな」

 当然だが、メルの頭は理解を拒否しているようだった。

 女の子は子供といっていい年頃だった。口調は大人びているが地球なら小学校高学年、せいぜい中学生になるかならないかと思われた。そんな幼げな女の子が全裸で拘束され、売られているだなんて。しかも自分の悲惨なありさまを「そういうものなの」と当然のように説明するなんて。

「……ひどい」

 メルの口から、嘆くような言葉が漏れた。おそらく本人は意識してないのだろうが。

「さて」

 女の子はそんなメルを値踏みするように見て、そして何か納得したようにフウっとためいきをついた。

 鎖が小さく、じゃらりと鳴った。

「……これ、外したい?」

「え?」

 ふと湧いた女の子の言葉に、メルは一瞬、理解がついていけなかった。

 しかし、そんなメルの同様を見透かすように女の子はクスッと笑うと、メルの方に顔を寄せ、そして耳元でささやいた。

「これ、お姉ちゃんなら外せるんだよ。知ってた?」

「え」

 ちゃら……っと、見せつけるように手枷を挙げてみせる女の子。鎖がちゃりんと軽い音をたてる。

「これを外すには腕力じゃダメなの。特別な仕掛けがしてあって、外せるのはセブルと、あとそれから、ごく限られた一部の人だけなんだけど」

 そこまで言うと、女の子はうふっと笑った。

「ちょっとした大人の事情でね、七型ドロイドは除外対象なの。七型のボディなら外せるのよコレ」

「……はぁ?」

 女の子の言葉に、メルは盛大に眉をしかめた。

「それって、七型ドロイドがくれば外せるってこと?なんでそんな風になってるの?」

 メルが問いかけた。当然といえば当然の問いだった。

「設定が作られた理由は知らないわ。どうせ昔、何かあったんでしょ?だけど、設定が放置されている理由は簡単じゃないの?」

「そう?」

 あったりまえでしょ、と女の子は苦笑いした。

「七型って銀河にたった六体しかいないのよ?そんな貴重な存在がコッソリやってきて鍵をあける可能性がどれだけあるのかしら?

 中身が欲しいんなら、普通に交渉すればいいじゃない。貴重な七型がくれって言ったら、セブルだって考慮してくれるわよ。違うのかしら?」

「……そうかも」

 あのおやじ(セブル)相手ならその手もあるかと、フムフムとメルはうなずいた。

「で、どうするのこれ?外してくれるの?」

「……あ、うん」

 普通に考えたら、そこで言われるままに外すのはおかしかった。

 メルなら確かに外せるのかもしれない。だけど目の前の女の子は、ちゃんと社会的な手続きをふんで「所有」されている可能性が高い。悪法でも法は法であり、勝手に女の子を解放すれば、メルは犯罪者にされる可能性が高いだろう。

 だけどメルは疑問を浮かべる事なく、誘われるままにメヌーサの枷を外してしまった。

 かしゃん、かしゃん。

 軽い金属音と共にそれらは外され、女の子は自由の身になった。

 ふうっと女の子はためいきをついた。

 そんな女の子をじっと見ていたメルだったが、

「えーと服は……」

 まわりをキョロキョロと見回すが、服らしきものは全く見えない。

「服?んー、それは後で何とかするわ。それより自己紹介いいかしら?」

「え?あ、うん」

 ちゃんと着ているメルよりも全裸の女の子の方が堂々としている。ちょっとだけ奇妙な光景だった。

「ここに来てくれてありがとう。何よりもまず、最大級のお礼を言わせてちょうだい。

 わたしの名は銀色の四番(メヌーサ・ロルァ)。発音しにくかったらメヌーサ、あるいはメヌでもいいわ。

 ずいぶん待った。本当に……本当に長かったわ。

 やっと来てくれたのねじゃじゃ馬の娘(ドゥグラール)

 それとも連邦式にメル・マドゥル・アルカイン・アヤと呼ぼうかしら?」

「え?……!?」

 一瞬、女の子……メヌーサというらしい……の言っている事の意味が、メルにはわからなかった。

 だがさすがに違和感はあったようで、すぐにハッとメヌーサの方を見た。

「ど、どうして私の名を知ってるの?それにドゥグラ……何?」

「うふふ」

 楽しそうにメルを見るその目は、ちょっぴり意地悪な近所のお姉さんという印象をメルに与えた。悪意のある存在ではないのだが、黙っているとオモチャにされる、そんな風に思えた。

 実際の見た目は、決して大柄とはいえないメルよりも、さらに小さな身体なのに。

「知らないんだ。いいわ、じゃあ教えてあげる。

 貴女がアヤと呼んでいるあの存在なんだけど、アヤは呼び名よね?本名はなんていうか知ってる?」

「アヤ・マドゥル・アルカイン・ソフィアかな。最後はルドかもしれないけど」

 すらすらとメルはその質問に答えたのだけど、

「それは連邦名よ。あの子が作られたのは連邦じゃないから、それは本名とは言えないわ」

「あ、そうか」

 はじめて気づいたと言わんばかりに眉を寄せたメルに、メヌーサは言葉を続けた。

「あの子の本名については諸説あるかもだけど、まぁ、あえて本名といえる名前はアヤマル・ドゥグル。これがアヤの本名よ。

 あなた、アヤの娘でしょう?

 実の娘のことを古い言葉でアールというの。ドゥグル・アール、だからあなたはドゥグラール。わかったかしら?」

「……そ、そうなんだ」

 やっとの事で答えているが、メルはかなり混乱していた。

「アヤマル・ドゥグルって連邦では『怪物』とか『魔王』の意味なのよね。まぁ自業自得かもしれないけど」

「自業自得?」

「キマルケ語でアヤマル・ドゥグルを要約すると『お転婆』とか『じゃじゃ馬』なの。アヤマルは可愛い女の子、それも小さな女の子を示す言葉で、そしてドゥグルはドゥ・ルール、つまり落ち着きのないトラブルメーカーって意味だからね。本来、これは元気印すぎて問題を引き起こす、でも憎めない可愛い女の子、くらいのニュアンスでよく使われた言葉なの」

「よくわからないけど、言葉の意味が変わったってこと?」

「ええ、昔にね。たったひとりで2つの星間国家を滅ぼし、そのおそるべき破壊力とエネルギーで銀河を震え上がらせた『アヤマル・ドゥグル』がいたの。

 で、それ以降、この名前は女の子の姿をした怪物の代名詞になってしまったわけ」

「……へぇ」

 メルは言葉の意味を考えるのに夢中で、メヌーサの言った言葉の意味を理解してなかった。

 そう。彼女は『自業自得』といった。

 それはつまり、アヤこそがその『おそるべき怪物』そのものであるという意味ではないのだろうか?

 それにメルは気づかない。


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