マーケットにて
マーケットという場所をひとことで称すると「いかがわしさを秘めたごった煮」だろう。
多少の規約はあれど路上で自由に商売できる。
店舗を必要としない市場であるがゆえに通常の商用ベースとは若干違うものがよく売り買いされる。
地元の人しかわからないようなマニアックなものや、誰かが長旅のついでに持ち込んだ遠方のものが並ぶこともある。
一般の通商ルートに乗らないとはそういうことだ。ひとつ間違えるととんでもないものを掴まされることだってあるし、本来ならば大変貴重なものを安価に入手できることもある。そして、そのあたりを判断するには多少の目利きや幸運が必要な事もある。
メルは、このちょっと不謹慎な猥雑さが子供の頃から大好きだった。
「はいよー、はいよー。キンジムシは如何かな?今朝エディハラの港で水揚げしたばかりの新鮮なやつだよー!」
「デム、マトゥルバ、ストゥル……痛ミ、よく効く。安イ」
「お守りいらんかね?連邦時間で三年は持続するよ?ほれこの通り!」
いつもなら閑静なアルカインの街角。森か町かわからないほどに緑が侵蝕し、昼下がりともなれば何処かから音楽も聞こえてくる。よく言えば優雅、悪く言えば賑わいがない。それが銀河連邦の中枢を握る中央都市・ケセオアルカイン本来の姿。
そこが今、巨大なマーケットになっていた。
いつもなら閑散としているところに賑やかな露天がぞろぞろとならび、遥か遠方のアーロン広場までの全てが露天街となっている。
知っている言葉、知らない言葉が飛び交う。
アルカインと同じタイプの種族もいれば、もちろん蜥蜴型のアルダー人もいる。もっともっと別タイプの『人々』も普通にいて、わけのわからない無数の品物を見定めたり、あれこれ購入してみたりしている。
アルカインマーケット。年中どこかで音楽の聞こえるこの国の、これが唯一のお祭りらしいお祭り。
「ふわぁ……すご」
遠くの人並みなど霞んでいる。とんでもない規模に唖然とする。さすがは宇宙規模。
どこかからいい匂いもする。料理の屋台も結構あるらしい。
「そんなに面白いかい?」
その声にメルが振り返ると、でっぷり太った中年女。何かフルーツのようなものを売っているらしい。
「うん面白いよ。こんなでかいマーケット見たことないし」
「おや、そうかい?このアルカインマーケットは連邦じゃ小規模な方なんだがね」
「そうなんですか?」
ああ、そうさと女は笑った。
「食事なら2ブロック先にアルカイン族むけの屋台が集まってるよ?お嬢ちゃんの好みにあうかどうかはわからないが、すくなくとも食べることはできるさ」
「あはは……食べたいですけど、お金もってないんですよー」
「ありゃりゃ、文無しかい?でも風変わりだけど手入れされた服着てるみたいだし……!」
ああ、と女はポンと手を打った。
「あぁそうかい、あんたが噂のお姫様が拾ってきたって子だね?ダメだねえ王宮逃げ出しちゃあ、今ごろ大騒ぎだよ?」
「え?」
なんで知ってるんだろうと、メルは眉を寄せた。
この星は森ばかりで人口も多くない。だけど村社会の感覚が通じるほど田舎ってわけでもない。確かにソフィアはお姫様だけど、異星で拾われてきた現地人なんかのことがどうして噂に?
それとも、もう追手がかかったのだろうか?何も聞こえないが?
正直にそのへんを聞いてみることにした。
「どうして知ってるんですか?そんなに噂になってる?」
「なってるさ。あたしらドロイドの間ではね」
「あ」
そういわれてみれば、この女には心音がない。
人間ならば他人の心音なんて簡単に気付かないだろう。しかしメルはそれを感知する事ができた。
アルカイン人は地球人とほとんど変わらない。異星とはいえ同じタイプの生き物は同じような生体構造をするものなのか、心臓の位置までご丁寧に同じである。環境がほとんど同じとはいえ全く無関係の異星生物のはずなのに。
その心臓がない。
代わりにあるのは疑似心臓と呼ばれる合成人間特有のバイオコアモーターの反応。つまりこのおばさんは合成人間、または重サイボーグということになる。
「……って、あれ?」
と、そこでメルは女の発言の意味に気付いた。
「噂?ドロイドの間だけで?どうして?」
あっはははと、女は朗らかに笑った。
「さァネ、それはあたしにもわからないねえ。
でもまぁ、あえて言うならあんたを再生した子のせいだろ。彼女は……アヤは『特別』だからね」
「特別?」
メルの質問に、女はうなずきで答えた。
「あの子たちはこの広い大銀河にたった六体しかいない。知ってるだろ?」
「はい」
「あたしらドロイドにとっちゃね、そのたった六体の七型の末っ子に娘ができたことの方が重大なのさ。お姫様には悪いけどね。……そら、これやろう。うまいよ?」
ぽんとオレンジのような黄色い果物を渡された。
「そいつは皮なしっていうんだ。名前の通り皮ごとかじれる果実さ。人間どもはお上品に皮をむこうとするがね、もともとペイローは買い食いの大好きな国の人間が作った果物でね、そのままかぶりつくのが本来のスタイルなのさ」
そう言って、上についているヘタの部分だけをナイフでピッと飛ばした。
「ヘタは不味いんだ。でもこれをとると鮮度が落ちる。歩きながら食べな」
「ありがとう!」
夏蜜柑ほどもあるペイローはポケットにはおさまらない。メルはそれを右手に持ち、女に礼を言った。
「なぁに、いいってことさ。……こんなもんでよきゃ、いくらでもね」
「え?」
「ああ、なんでもないよ。さ、おいき」
「あ、うん」
最後の女の反応が気になったが、質問しても答えてくれそうにない気もした。
だから、結局メルはそのまま歩きだした。
ペイローはオレンジに似た味だった。
小夏のように丸かじりできるのにオレンジのような味。柑橘系の果物が異星に存在するだけでもメルには驚きだったが、ここまで味が似通っているにも本気で驚かされた。
人間といい食物といい、驚くほど地球と変わらないのはなぜだろう。何か理由でもあるのだろうか?
もちろん、これが全てでないのはメルだってわかっている。
環境が違えば生態系は当然違うはずで、当然食べ物もひとも違うはず。たまたま、この星やその近隣では地球タイプの生態系と人類種が多いだけ。その推論は、ソフィアやルド翁に聞いた話、そして学んだ連邦の銀河史テキストも肯定している。
しかし。
本当にそうだろうか、と悩む心もメルの中に存在した。
確かに環境が合えば同じようなものができるのかもしれない。同じような生態系、同じような生物になるのかもしれない。同じようなタンパク質が生まれ、同じような生体機構になるのかもしれない。
だけど……本当にそれだけだろうか?
何か重大な隠し事、あるいは謎をそこに孕んでいるのではないか?
視界を巡らす。
どっちを向いても屋台と露天商ばかり。文字どおり星まで届いた巨大文明の中枢だというのに、そのさまはまるで故郷の日曜市のようだった。もちろん規模も違うし、飛び交う言葉が見知らぬ言葉。さらに異星人のお客さんがわらわらいたりするのは当然違うわけなのだけど、驚くほど地球の風景と重なる。
不思議だ。
こういうのも何か理由があるのだろうか?
そんな事を考えつつメルは歩いていたのだけど、そうしたら再び背後から声をかけられた。
「ヘイそこの愛らしいお嬢ちゃん!この大アルカインマーケットの案内なんぞ如何かな?今ならたったの2連邦ゲル……」
「あは、ごめんね。お金ないんだ〜」
「おっと!なんでぇ文無しかよ」
商売っ気たっぷりにやってきた禿げおやじがそこにいた。
メルは、なんだか出鼻をくじかれたようなおやじの顔を申し訳なさげに見ていたが、やがておやじの方がメルをまじまじと見た。そして上から下へと確認し、ああと納得したようにうなずいた。
「なんでぇ王宮逃げ出し組か。そりゃ仕方ねえな」
「……なんでわかるの?さっきも果物売りのおばちゃんに見抜かれたけど」
「そりゃおめえ、王宮御用達の高級石鹸の匂いプンプンさせてて文無しだぜ?しかも見たこともねえ異星の服だしよ。誰かのオマケでついてきたものの退屈こいて逃げ出したってあたりが定番じゃねえのか?」
「あら?」
スンスンとメルは自分の臭いをかいでみて……「あー……石鹸の臭いかぁ」などとつぶやいた。
人間、自分の発している臭いというのはよくわからないものである。常に臭うもので慣れてしまうからだ。
そんなメルを見てニタニタと笑う禿げおやじ。下品なことこのうえないが悪意は感じなかった。
「しょうがねえお嬢ちゃんだな。マーケットは危ねえって言われなかったのか?ここは雑多な異星人がいっぱいうろついてる。中にゃおまえさんを拐って売りさばこうなんて奴もいるかもしれねえぜ?」
「え……人さらいなんているの?」
初耳の情報にメルの目が丸くなった。
宇宙文明でも人身売買をやるとは知らなかった。まさかとメルはおやじの方を見たのだが、
「もちろんいるとも。連中、俺みてぇな合法の人身ブローカーと違って連邦人でも堂々拐いやがるからな。気をつけなくちゃダメだぜぇ?」
ふふん、と胸をはる禿げおやじ。どことなくコミカルなその態度にメルは苦笑しかけたのだが、
「合法の人身ブローカー?なにそれ?」
「はぁ?いや、お嬢ちゃんの聞くような話じゃないと思うが……」
「なんで?合法なんでしょ?」
おやじは渋ったが、メルの方が思いっきり食いついた。
そんなメルの態度に、おやじは少し悩んでいた。しかしメルが引っ込みそうにないと思ったのか、やれやれとためいきをついた。
「やれやれ、しょうがねえな。ちょっとだけだぜ?」
そういうとポケットから愛用らしい潰れた帽子を取り出し、内側から手をいれた。ポンっという音がして潰れた帽子は、どこか山高帽風のちょっと古風な感じになった。
どうやら愛用品らしい。
おやじはその帽子をかぶると、同時に後ろの屋台になぜか声をかけた。
「キリアの、このお嬢ちゃんと俺にパイロジュース一杯出してくれ。小さいコップでな」
「あいよセブルの旦那。珍しいねあんたがおのぼりさんに講義なんざ」
「なに、気まぐれだ気まぐれ」
屋台の後ろから大柄の女がニュッと現れた。
一瞬、メルはさきほどのペイローをくれた女を想像したが、どうやら別人らしい。背格好ななんかがよく似ているのだが。
おやじはジュースをコップで受け取ると、ひとつをメルに渡した。
「まぁ飲め。口にあうかどうかは神のみぞ知る、だがな」
「ありがとう……あ、美味しい」
メルがお礼を言うとおやじは困ったように眉をよせた。
「ちったぁ疑うことも覚えな、お嬢ちゃん。宇宙はな、いい奴ばかりじゃねんだからよ。これが睡眠薬だったりしたらどうすんだ?」
「うん、でもありがとう」
渋い顔をするおやじ。背後でクスクス笑う女。実に平和な光景だった。
「ま、いい。俺の仕事のことが聞きてえんだな?」
「うん」
おやじはちょっとだけ躊躇すると、やがてぼそりと語った。
「俺の名はセブル・ケトゥラ・エムノゼ・ラーン。その名の通りエムノゼ人だ。仕事は言った通り合法の人身ブローカー。お嬢ちゃんはなんていう?」
「メル・マドゥル・アルカイン・アヤ。今は勉強中で無職」
「なんだって!?」
おやじ……自称セブルはメルの名を聞いた瞬間、あからさまにたじろいだ。後ろの女も目をむいている。
「えっと……なに?」
「いや、なんでもねえ。ははぁ、しかしそうか。そりゃ右も左もわからねえわけだわなぁ」
「?」
「いやいい。まぁそれ飲め。毒じゃねえからよ」
思いっきり苦笑いをするセブル。メルはわけがわからなかったが、とりあえずジュースに再び口をつけた。
「うめえか?」
「……」
「言わんでも顔に美味いって書いてやがるな。
さて、そんじゃあいっちょ、このセブルさんが連邦高等生物売買法の講義をしてやろう」
そういって胸をはるセブルは、さっきより楽しそうだとメルには思えた。
実のところ、メルの名前を聞いた瞬間にこの男は商売っ気をなくしてしまっているのだけど、さすがにそこまでメルは気づかない。自分の立場がどういうものかメルは正しく理解していないから、想像もつかないのである。
しかし、知ろうと知るまいと事態は進んでいく。
「つまりだ。おまえさんは俺を人身売買する人間だと思ったわけだな。
だけど、それは正しいし同時に間違いなんだな。俺が売り買いするのは確かに人間なんだが同時に人間じゃねえ。意味わかるか?」
「ごめん、わかんない」
メルは素直に答えた。
「つまりだ、連邦における人間っていうのは宇宙文明をもつ世界の奴だけなのさ。
宇宙文明のない星の住人は、連邦の規約上は人間じゃねえ。動物扱いだから売り買いしてもいいんだなこれが。
つまり、俺が合法だといったのはこのためだな」
そういうとセブルは胸をはった。
「俺の仕事は、そういう星の餓鬼どもをさらって人口の足りない連邦加盟国に連れていって売る事なのさ。
はっきりいや、法的にはペットショップと変わらねえ。
だけど念のために言っとくけどな、いくら未開人とはいえ同じ人間をペットにする阿呆は普通いねえ。ゼロじゃねえだろうが、連邦人の感覚じゃあそういう事は非常識なうえに割にあわねえんだよ。
だってそうだろ?だいたい市民権の有無なんて外見からじゃ区別できないんだからな。それに教育上も倫理上も、とても好ましいとは言えねえだろ?」
「それはそうだね」
「買われていった餓鬼どもは、まぁ間違いなくその国の人間として教育を受ける。そして、大抵がそこの一員になる。いわば強制移民って感じと思えばいい」
「……それのどこが合法かって言いたいんだけど」
メルは少し考えて、そう答えた。
地球的感覚でいうと、どう聞いても人身売買であった。だからメルはそれに納得する事ができず、うーんと考え込んでしまった。
「ん、じゃあなに?もしかりに私が連邦の市民権なかったら?連れてっちゃうわけ?」
「いや、それはねえ。おまえさん身体がドロイドだろ?完全ドロイドボディの原住民なんて誰も信じねえだろうしな。
ちなみにあと犯罪者もダメだ。逃亡の手助けになっちまう。
これでも結構難しい仕事なんだぜ?商品に偽装して逃げようってやってくる馬鹿は冗談でなく本当にいるしな」
「お金とって逃亡の手助けしたりしないの?宇宙文明ないってことは連邦加盟国じゃないんでしょ?バレないんじゃない?」
ちょっと悪戯な質問もしてみるメルだったが、セブルはあっさりと否定した。
「んな事してたら連邦か現地国か、どっちかの信用なくしちまうぞ。これでも信用第一の商売なんだぜ?
アーロンもリョーロンも生きててこそだ。目の前の小銭のために命張る気はねえよ」
きっぱりとした発言に、メルは少し見直したように表情を引き締めた。
「じゃあ聞くけど、もし私が生身で犯罪歴なし、市民権もなかったら?」
そういうとおじさんは得たりと笑い、
「そのジュースに睡眠薬混ぜて出してるかもな。
もっともお嬢ちゃんの場合、王宮逃げ出し組って時点で普通は手出ししねえだろ。リスクがでかすぎらあな」
「……」
メルはちょっと顔をひきつらせた。
さて。
人間のブローカーだというセブルの話をきいて、メルはちょっと気になった事があった。
「ねえおじさん」
「ん?」
「おじさん、拐うだけでなく売るって言ってたよね?」
「ああ、そうだよ」
「まさかだけど、このマーケットでも売ってる?」
「もちろんだとも。今はドロイドに店番させているわけだが……」
そこまで言ったところで、おじさんはじっと私の顔を見た。
「……見たいのかい?もしかしてだが」
「見たい」
メルの即答に、セブルは再び困ったように頭をかいて、そして言った。
「本来なら客と御得意さん以外には絶対見せないんだがな。
……まぁいい特別だ。ただし他言はすんな、いいな?特にお姫さんには絶対いうんじゃねえぞ?」
「わかった」
メルはこの時思った。
セブルの真剣な顔よりも、言葉よりも、そのセブルの背後にいる女の驚いた顔に。
そう。
なぜか理由はわからないが、自分はものすごく特別扱いをされているのだと。