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銀の四番  作者: hachikun
22/22

彼方へ(5)

ラストでございます。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

 市場での一件の後、二人はただちに天翔船に戻った。一泊するつもりだったが予想外に早く追手が来てしまったし、すでに開放の鍵を渡す任務は終えていたし、その方がよいと考えたからだった。

 あのロボットたちがどれだけ時間を稼いでくれたのかはわからないが、少なくとも天翔船に到着した時点では軍や警備隊はまだ動いていないようだった。そしてこの船は普通の船とは根本的に違うから一度見失ったら追尾も難しい。探知機に写ったとしてもそれはただの岩塊と区別もつかないそうだ。広大な砂浜でたった一粒の砂を探すに等しい事になってしまう。

 そんなわけで、とりあえず一息をついた二人だったが。

「メル、ほっぺに油」

「なんだかなぁもう。ひとが感慨にふけっているのに」

「は?お肉の油つけた顔で何かっこつけてるの?」

「いや、それはその。だって冷たくなる前に食べろって」

「言い訳になってないでしょ?もう。どこの子供よ?」

 苦笑しながらも丹念に口の回りを拭いてくれるメヌーサに、メルは苦笑しながら、されるままになっていた。

 

 

 いかに天翔船がすごい船だからって、一瞬で天空に上がれるわけではない。それに警備に見つからないようにもしなくちゃならないわけで、飛び立ってから安全確認が終わるまでは少し時間がかかる。

 だから、せっかくもらった肉にメルがようやくありついた時には、二時間近くが経過してしまっていた。

 しかし、包みを開いた肉料理はなんと、老人の手にあった時の熱さをほとんど失なっていなかった。ただの紙袋か何かのようにしか見えないのだが、どうやらこのペラペラの紙も何らかの保温効果を持っているらしい。

 場末の屋台で普通に使われているような紙にまで、こんな付加能力がある。宇宙文明の底力を感じてしまったメルは思わず感嘆の声をあげ、そして食べていた。

「ところでメヌーサ、聞きたいことがあるんだけど」

「なぁに?」

 やがて、名残惜しげに食べ終わった袋を指定のごみ箱に入れると、メルはメヌーサに質問した。

「ドロイドに子供が産めるようにするっていう考えは理解した。途方も無い事だしすごい事だと思うし、そして銀河連邦の考えとそれが折り合わない事もよくわかった」

「うん」

「ただ、もっと根本的なところがよくわからないんだけど」

「根本的なこと?」

 メルは大きく頷いた。

「いったいどうして、ここまでの大仕掛けをする羽目になったの?もっとゆるやかに、時間をかけて変えていくって手段はとれなかったの?」

「……なるほど、そこが知りたいのね」

 納得したように、メヌーサはにっこりと笑った。

「エリダヌスの目的については理解したわよね?宇宙に適応できる血筋を銀河に広げて、銀河生命の進化を促すっていう」

「うん……お、ありがと」

『いえいえ』

 話していると、天翔船がお茶のセットを運んできた。

 触手もどきの蔓草がティーセットやら食器を運んでくるというシュールな光景にもいいかげん慣れた。そもそもこの天翔船自体がファンタジーな技術の塊なのだから、いまさら驚くにはあたらないというか。

 最近のメルはむしろ、故郷の野山で動物たちの生態を見ていた時のような興味をもってこれらを見ている。

「さて」

 メヌーサもお茶を受け取り、うなずくと話し始めた。

「まず最初に言う事だけど。

 生命体には進化という道筋がある。つまり必要ならば進化は起きるという事ね。実際、空間生物といって最初から宇宙に適応している生命の系統樹もあるわけだから、自然進化で宇宙に適応する可能性は確かにある。

 だけど……現在こうして宇宙文明を作り、現実問題として大量のエネルギーを消費し続けているわけ」

 そして真剣な顔になった。

「水中から地上にあがるためには何億年もの時間を要した。だけど大気中から真空中には何億年かけようと出られない。正しくは不可能ではないけど、いまいちど原生動物まで堕してから外に出て途方もない時間をかけなくてはならない。そうしなければ惑星生命から星間生命に昇華することはできない。ふたたび高度な知性体に到達できる保証もない。

 だから、わたしたちエリダヌスは、その途方もない時間を一気に縮められないかと考えたわけ」

「つまり、進化の方向付けと加速って事だよね?」

「ええそうよ」

 メヌーサはにっこりと笑った。

「だけど、ソフィア姫のあの態度を見たでしょう?六千万年前にもこの種類の勢力にずいぶんは悩まされたのよね」

「原種原理主義?」

「そうよ」

 苦笑いと共にメヌーサはうなずいた。

「宇宙において種を守ろうという考えはたしかに間違っちゃいないわ。だって宇宙には遺伝子を傷つける放射線や有害物質が大量にあるわけで、いつ致命的な遺伝子を取り込んでしまうとも限らない。初期の宇宙文明ではどうしても必要になる考え方よね。

 でもエリダヌスを進めるには、どうしてもソフィア姫みたいな人たちが障害となってしまう」

「うん、それで?」

「だから……わたしたちは伝言ゲームをはじめる事にしたの。最低でも六百万年、長くて二億年と見込んだ壮大な伝言ゲームをね」

 そういうと、メヌーサはなぜか少し胸をはった。

「要するに『数』が必要だったの。『種の維持』に懸命になる事も確かに大事だけど、皆で手をとりあって宇宙に拡散する事はもっと大切なのよってね。スローガン?宗教観?なんでもいいわ。とにかく、原種に執拗にこだわる系統の『民意』を弱め、追い風を増やす事を考えたの」

「……言い方は悪いけど、全銀河向けの壮大なプロパガンダってとこかな?」

「ええそうね。ぶっちゃけるとそうなるわね」

 ウフフとメヌーサは笑い、お茶を少し飲んだ。

「もともと、増えて拡散したいって願望はどの種族でも持っているものよ。特に、宇宙までのこのこ進出してくるようなバイタリティにあふれた種族ならね。ただ宇宙は過酷だから、いつのまにかそういう、地上時代の名残みたいな『古き思想』に再びしがみついてしまうのよね。

 でもね。結局それはエリダヌスと同じで、ひとつの考え方にすぎない。絶対の真理ではなく、ひとつの選択肢にすぎないの。

 だったら。

 それなら、よりよい形に上書きを試みてもかまわないでしょう?」

「……まぁね」

 メヌーサの話を聞きながら、メルは内心、冷や汗を流していた。

 確かに、考え方としては理解できる。

 宇宙には有害な放射線などが多く、人は生きにくい。

 その中で、腐ったみかんをより分けるように制限をつけて種族としての遺伝子情報を守ろうというのが連邦の多くの国で行われている対策。だから、放射線障害や先天的な病気などで遺伝子に問題を抱えている人は、連邦では子孫を残す事が禁じられる。

 エリダヌスはまったく逆で、放射能などに破壊されない遺伝子を、過酷な環境でも生きやすい体を持とうという事になる。人間の肉体を遺伝子レベルで作り替えるわけだから、当然の事ながら連邦には相容れないし、また、連邦人でなくとも原種原理主義の人たちは絶対にこれを受け入れられないだろう。

 だから、メヌーサたちはこの広い大銀河系に自分たちの『思想』そのものをばらまいたというのだ。あらゆる手段を使い、そして六千万年もの時をかけて。

「あきれたな。どんだけ気長な計画なんだよ」

「あら。でも、この方法が一番なのよ?だって、ものの考え方なんてものは他から押し付けるものじゃないでしょう?」

「そりゃそうだね」

 ふむ、とメルもうなずいた。

「で、ある程度進んで、もういいかな、それじゃそろそろ実際の体現を試みようかって話になったんだけど……ちょうどその頃、七型の規格が提唱されたのよね。提唱者はこれを表向き、医療などに成果を役立てるために提唱してみたと言ったのだけど、わたしたちには一目でわかったの。そう、これは『仕掛け(カルカラ)』だってね」

「カルカラ?」

「メルの言葉でわかりやすいニュアンスっていうと……ああ、これかしら?『トロイの木馬』?」

「トロイの木馬だって!?」

「ええそうよ」

 メルの驚きに、メヌーサは微笑んで答えた。

「ドロイドは本来、新種族として成立するだけのポテンシャルを持っているのに、それを人間側のエゴで封じられている……提唱した人はどうもこれが気に入らなかったんだと思う。そして、七型規格を作り上げ、わたしたちに投げかけてきたんだと思う」

「推測なんだ。でも、どうしてトロイの木馬だってわかったの?」

「男性を再生する時に女の子になってしまうっていうのは他のドロイドも同じなの。でも、七型の規格を読んでみると、細かい仕様が違っていたのよね。つまり」

「つまり?」

「……」

「メヌーサ?」

 ウフフ、となぜかメヌーサはメルに笑った。そして、

「なんでもないわ。

 まぁ結論からいうと、七型の再生データを元に『鍵』の作成が可能になってるのに気付いたって事よ」

「……」

「あとは簡単でしょう?

 二千年前、わたしはキマルケの金色王に七型ドロイドの制作を持ちかけたの。そしてアヤが製造された。アヤの身体には七型の規格にぴったりあわせて作られた。つまりそれは、条件があえば『鍵』の材料が揃うという事。

 未来予測により、わたしはその実現が約二千年ほど未来だとふんだってわけ」

「そっか……」

 メルは少し考えると、でもなぁともう一度首をかしげた。

「でも、だったらどうして『私』だったのさ?私以前にも七型に再生された人はいるって聞いたよ?」

「ええ、いるわね。でも彼らは『鍵』の条件を満たさなかったの」

「条件?」

「ええ」

「それはなに?」

「……ごめんね、それは今は教えられない」

「なんだよそれ」

 うふふ、とメヌーサは笑ってごまかした。

 

 

 実のところ、メヌーサここで全てを言わなかったのは「やさしさ」だった。

 今それを告げればメルを傷つけてしまう。彼女はそれが本意ではなかったから、だから告げなかったのだ。

 そして、露骨に話をそらす。

「いつかは教えてあげる。まぁ、その前に自分で気づくかもだけどね。

 それより、今、メルにはやるべき事があるでしょう?」

「あー……それは、うん、まぁね」

 痛いところをつかれて、メルはちょっと渋い顔をした。

「アルカインを出た時みたいな、あんな犠牲を出さなくてもいいようにしたいんでしょう?修行、頑張らなくちゃね」

「うん。でも、私に本当にできるかな?」

「今は無理ね。でも将来的には可能だと思うわ」

 メヌーサは、少しまじめな顔でメルに(さと)した。

 

 実は、メルがアルカインでの犠牲者数を知ったのは、今回が初めてだった。

 あの時の戦いで何千も犠牲が出たと知ったメルは大きなショックを受けた。そして落ち込んだ。

 だが実際にはメル自身はひとりも殺していないわけで、メヌーサもそれを指摘した。

 しかしメルは、それでもと言った。

「だけどあの時メヌーサ言ったよね、自分ひとりなら問題ないって。で、私をちらっと見たよね。

 あれってつまり、私に見せるためにわざわざ、あのオロチに殺させたんじゃないの?」

「ええ、そうだけど?」

「じゃあ、それって私が間接的に殺したようなもんじゃん」

「……あー、そうくるのかぁ」

 

 ソフィア同様、メヌーサもメルの性格を高潔で、しかも厄介なタイプだと考えた。

 ただソフィアと違ってメヌーサは、そんなメルを見て「たのしいおもちゃ」とも認識していた。壮大な年月を生きる彼女にとり、ややこしい性格の人間というのは盆栽やパズルのようなもので、いじりがいのある存在という事も意味したからだ。

(元男の子だし、自分の性別をどっちに認識しているかとか、つついてみると面白そうよね。誰かあてがうとしたら男と女、どっちがいいのかしら?

 うん。落ち着いてきたら、どこかの星で何か拾ってきてみようかな?)

 内心でそんな不穏な事を考えつつも、メルの前ではまじめな指導者の顔を崩さない。

「メルが今使っているのは、初心者用の『理力の杖』でしょう?それを使いこなしたら下座(しもざ)、つまり下級巫女用の『こおろぎの杖』に取り換えるの。

 それができたら、中座(ちゅうざ)用の『可視の杖』、そんで上座(かみざ)用の『森の杖』になって。

 ……これはたどり着けるかどうかわからないけど、最後の杖は『星辰(せいしん)の杖』。ま、ここまで使いこなせたら巫女として一人前どころか、わたし自身にとっても本当に色々とありがたいんだけどね。

 ま、さすがにそこまでは無理でしょ。でも中座までくらいならメルだと余裕だと思う」

「……基準が全然わかんないんだけど」

「大丈夫、その時がくれば自然とわかるはずよ」

「そうなんだ」

「うん」

 ふたりは空をみあげた。そこには見知らぬ銀河の星々が、素晴らしい速さで流れ続けている。

『まもなくハイパードライヴに入ります。そこにいると目が回りますよ。お風呂にでもどうぞ』

「そうね、剥き出しの星空だものね。いきましょうメル」

「エロエロ触手風呂……」

「あら、結構気に入ってるの誰だったかしら?」

「っっ!?」

「あははは、さ、入ろ?」

「あ、うん……ねえメヌーサ、次に行くとこってどこだっけ?」

「オルコ星系ね。アルカインのあるマドゥル星系とはちょうど銀河をはさんだ反対側になるわ。裏銀河最大の大都市圏よ」

「またずいぶん遠くだけど……どれくらいかかるの?この船ってソクラスみたいに速くないよね?」

「銀河系最速の高速船と比べられてもね。ま、七か月ってとこじゃないかしら?」

「七か月ぅ!?」

「そう?真っ当な定期便なら一年半はかかるのよ?」

「そうなの?」

「だから、ソクラスと比べちゃダメだってば」

「うーん……」

「そのかわり、あっち側の半径二万光年くらいの担当が集まるはずだから、あとは楽になるだろうし、ゆっくりメルの訓練もできるしで言う事ないと思うよ?」

「そうなんだ。でも都会の星なんかにこの『森』を降ろせるの?」

「連邦はこの船が銀河の反対側まで飛べるなんて知らないからね。むしろ偽装は簡単でしょ」

「そういうもの?」

「ええ、そういうものよ」

「ふうん……」

 ふたりの少女……少なくとも少女に見えるふたりは、押し合うようにしながら風呂場の入口の方に回っていった。

 

 

 

 無限にひろがる大宇宙。

 無数にきらめく数多(あまた)の星々、そのひとつひとつに様々な人々の生き様がある。それぞれの暮らしと歴史があり、そうした無数の命を載せてこの銀河は流転を続けている。

 その中を駆けていく、不思議な船。

 それはまるで、漆黒の宇宙空間の中に浮かぶ大きなシャボン玉。中に不思議と夢をいっぱい詰め込んで、まるで、そこだけが異世界のファンタジーワールドであると言わんばかりにゆっくりと宇宙を飛んでいく。

 

 

 地球を遠く離れた星空は、今夜もおそろしいほどに美しかった。

 

 

 

(『とある旅路の日記』につづく)


 天翔船のデザインについて。

 宇宙飛行中の天翔船の外観をひとことで言えば、下半分が岩塊で上半分が森というスタイルです。もっとも近い形を既存の商業作品で挙げるなら、アニメ『魔法のプリンセスミンキーモモ』に登場した夢の国フェナリナーサでしょう。ただし天翔船は内部に人工の建造物を持たず森ばかりなので、あれほどファンタジー全開ではありません。


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