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銀の四番  作者: hachikun
21/22

彼方へ(4)

 肉料理は雑に見えたけど実に美味いものだった。

 丹念に下ごしらえしたものを炭火で(あぶ)り仕上げたそれは、豪快でありながらまろやかで舌のなじみもよい。後味も少ない素晴らしいものだった。

 特にメルは、ぎっしりと詰まった旨味に夢中になった。

 向かいの青年がもってきてくれた果物も良かった。肉と交互に食べるとジューシーさが引き立つようで、さらに食が進んだ。

「うむ、大きい嬢ちゃんの方はなかなかいい食いっぷりだ。料理人冥利につきるね」

「うん!おいしい!すごく!」

 まるで子猫のように全身で喜びを表すメルに、見ていた周囲の大人たちもどこか、ほっこりとしている。

「よしよしまだ欲しいか。わかった、じゃあ皿よこしな」

「ふぇ?」

 ちなみに現時点で二皿目だった。

 さすがに一瞬、遠慮したメルだった。しかし老人は委細かまわず、ずいと手を出すだけだ。

「どうした?いらんのか?」

「……いる!」

 メルは一瞬考えたようだが、老人の「遠慮しやがったら承知しねえぞ」と書いてあるような顔に自重をやめたようだ。笑顔で皿をさしだした。

 対する老人も「よしよし、子供(ガキ)はそうでないとな」と実に上機嫌。また巨大な肉の塊をこそげはじめた。

「メル食べすぎ。いくらなんでも」

「かまわんかまわん、わっはっは!」

「うう。だってこれ、おいしいんだよぉ」

「しょうがないなぁもう、お目めきらきらさせちゃって。ごめんねおじさん」

「なに、気にせんでええ。ほれ、おまえさんはこれだ」

「ありがと」

 くっくっくっと楽しそうに笑いつつ、老人はメルにお代わりの皿を渡した。ふたたび肉とつけあわせがてんこもりである。

 次第に近所の屋台からも人がきて、メルとメヌーサの前に子供向けジュースも追加された。

 

 

「ふむ。で、銀河とイーガの間にはそんな事があったんだね?」

「うん、そうなのよ」

 話しながらなので速度は遅いが、もちろんメヌーサも食べている。このあたりの食習慣に従い、ちゃんと右手に手づかみで肉を持って。左手は身振り手振りと、飲み物のために空けてある。

「商業連合である銀河連邦と、民族連合としてまとまったイーガ帝国の国情はそういう理由で全然違ってたのね。連邦は帝国を民主的でないと非難し、帝国は連邦を資本主義の似非平和主義と非難した。まぁ、経緯は違うけど結局どっちも同じような国情なんだけどね、

 そもそも億単位の国家がひしめく巨大連合では直接民主主義統治なんてできない。各地の代表を集めて評議会の形にするしかないのよ。このマクロレベルでは銀河もイーガも決して変わることはないわ。

 それをずばり指摘し、両者の雪解けのきっかけとなったのが……そう、現帝国皇帝のルシード・イーガ・サントス・リムね。彼は無謀にもイーガに単独乗り込んできた連邦議会議長の娘、ソフィア姫を見初めてしまった。まさに開戦前夜にも等しいその時に、よりによって敵国の最高権力者の令嬢に、もうべったべたに惚れちゃったのよね。

 これは本来は悲劇の恋になるはずだった。だけど実際は違った」

「だな、その話は俺も知ってる。結果としてふたりは婚約、全体未聞の島宇宙間巨大戦争は、たったひとりの色ボケ男と無謀なお姫さんの前に止まっちまったってんだろ?

 だが、そこらへんがよくわからねえ。いくら王様だかなんだか知らないが、そんなアホみたいな事情で銀河ふたつが動いたってどういうこった?」

「ルシード皇帝は賢者として知られていたけど、実に女関係が真っ白な人だったらしいのよね。

 奥さんどころか愛人のひとりもいない、ハーレムにも興味を示さない。銀河ひとつを束ねる長ともあろう者が贅沢にも女にもまるで関心がなくて、逆にまわりは心配してたらしいの。それを種に帝国の転覆をもくろんだプロパガンダを行う連中もいたそうだしね。

 そんな皇帝が、はじめて一人の女の人に固執した。彼女が欲しいと言いきった。

 だからこそ、皇帝の恋を皆が大歓迎して、そして応援したの。たとえ相手が敵のお姫様だろうとね。

 さらにいうと、その姫君がソフィア姫だったのも良かったらしいのね。

 ソクラスのソフィアの名前は隣の銀河にも少し知られていたからね。ただのお飾りの姫様どころか、紛争調停の実績をいくつも持つ専門家よ?これはいいって話になったわけ。

 つまり帝国の人達には、ソフィア姫と皇帝のカップルはまさに願ったりかなったりだった。しかもソフィア姫もまんざらじゃなくて、皇帝と仲よくあちこちに顔を出す姿がたちまち全帝国に大ニュースとして流れてね。

 で、それをキャッチした連邦側も大騒ぎになったのね」

「そんなもので大丈夫なのか?連邦の方は人質か何かと思ったんじゃないのか?」

「普通ならね。

 だけどオン・ゲストロ総帥のルド卿が動いたでしょう?

 彼はソフィア姫を孫のようにかわいがってる男で、すぐさま事実関係を調べあげ、自ら連邦議会に連絡をとってソフィア姫の現状を伝えたの。それは連邦の調査結果と一致するものだったし、ソフィア姫自身の私信も時をおかずしてアルカイン王宮に届いたそうよ。

 そして両国の間で緊急の話合いがもたれた。両銀河の間にホットラインをしき、両方の議会をつないで皇帝や姫も含めて異例の対談が行われたの。そこで連邦議会と帝国評議会の意見も一致した。

 かくして、銀河連邦とイーガ帝国で起ころうとしていた島宇宙間戦争は開戦前夜にして停止してしまった、というわけ」

「なるほどなぁ。ま、俺のような屋台のじじいには縁のない話っちゃあその通りだが……おかしなもんだな。ふたつの銀河なんて途方もないものの未来が、よりによって惚れた腫れたであっさり動いちまうなんてよ」

「あら、どんな巨大文明でもその上で生きてるのは人間じゃないの。私情でおかしな方向に走るのは確かに問題だけど、だけどそういう事情なら別に悪くないと思うわ」

「あっははは、嬢ちゃんも言うねえ。ま、そりゃそうだ」

 楽しそうに老人は笑った。とても愉快そうな笑いだった。

 ちなみに、メルも食べながらちゃんと話を聞いていた。

 ソフィアとイーガ帝国、つまりアンドロメダの皇帝が婚約している話はメルも聞いていた。しかし、戦争のごたごたの時に決まったとも聞いていただけで、そんな事情がある事までは知らされていなかった。

 へぇ、そんな事情だったのかと唸ったのだけど。

「あれ、でも?」

「ん?どうしたのメル?」

「あー、うん。疑問というか違和感なんだけど」

「何かしら?」

「つまりソフィアって、銀河系とアンドロメダ……もとい、イーガの間の橋渡しをしたんだよね?実はすごく偉い人なんだよね?」

「ええ、そうよ?」

「そんな人がどうして地球、つまり私の星にきたんだろ?ふたつの銀河のVIPなのに、綾ひとりだけ連れて連邦に所属すらしてない未加盟の原始惑星なんかに、どうして?」

 メルは首をかしげていた。

 話のわからない周囲の大人たちを見て、メヌーサはメルの故郷が星間文明を持たない小さな田舎星である事、そして、そこにソフィア姫が来訪した事などを簡潔に説明しようとした。しかしよく見ると、事情を知っているらしき住民もいるようで、あちこちで補足説明をしている者がいる。

 必要なら後で説明すればいいだろう。メヌーサはとりあえず話を進める事にした。

「そりゃあ『ソクラスのソフィア』だからでしょう。

 普通、お姫様がのこのこ紛争地域にまでいかないし、行ったらまず生きて帰れないでしょう?だけど彼女はいつもいつも無事に帰ってくる。それどころか行き先の紛争すら場合によっては止めてしまう。

 こうなるともう運だけではないわね。ある種の特殊能力だわ。

 おそらく彼女はなかば本能的に行動しているんでしょうけど、それが全て『生き延びるための最短の方程式』に結び付いているんだと思う。たとえば、遺跡の研究のつもりで異星におりて、情報を集めるつもりで結果的に紛争中の政府軍とパルチザンの両方にパイプができてしまう、といった具合にね。彼女はあくまで研究のために情報をあつめ、邪魔なものを排除しているつもりなの。だけどそれが結局、彼女という存在を軸にして現地の争いを一時的にであれ止めてしまうんだわ。

 それがつまり『ソクラスのソフィア』の根源というか要因なのね」

「そういうもの?」

「たぶんね」

「そっか」

 ちょっと首をかしげていたが、メルも理解したようだった。周囲の大人たちも、そういうものなのかと興味深そうだった。

 そんな平和な時間がゆったりと流れていたのだけど、

「メヌーサ・ロルァ、それにメル・マドゥル・アルカイン・アヤだな」

 男の硬質な声に、周囲の空気は一気に変わった。

 

 

 しまった、と思ったのはメルだけではなかった。

 老人のおいしい料理に夢中になって、つい我を忘れてしまっていた。

 蜘蛛の子を散らすように人波が分かれた。みんな、まるで慣れているかのように屋台の裏なんかにさっと隠れる。屋台の人々も手慣れたように彼らに手招きや合図をして、残っている不慣れな来訪者らしい人達まで全員奥に引っ込めてしまった。

 通りには、遠巻きに見ている人々の視線と屋台、そして一本の通路。

 で、そこにいるのは警備兵二名。そして武骨な大きめのロボットが二体。

「警備兵かね。この子らに何の用だね、そんなものものしいもんまでひきつれて」

 俺の後ろに入れ、と老人はメルたちを手招きした。そしてのんびりと彼らに語りかけた。

 それに対し、警備兵の方は口調も態度も硬い。

「その者たちは子供ではない。小さい方は第一級のテロリスト、そして大きな方は連邦政府関係者の庇護下にありながら外患誘致(がいかんゆうち)に走った者であり、そしてドロイドによって再生された重サイボーグ体をもってテロを行った者でもある。

 少し前、徒党を組んでアルカイン警備隊の三部隊、合計二千の艦船を破壊し逃走している。搭乗者は全員死亡、軍人のみであるが五千人以上の犠牲も出ている。

 子供だなんてとんでもない、その二人は大量殺人の犯人であり、おそるべき重犯罪者だ。捕縛不可能の場合は問答無用で破壊せよと異例の全銀河指名手配がなされている」

 ひとりがじいさんに説明している。もうひとりは「該当者発見、これから逮捕する」などと通信していた。

「ほほう、そりゃ豪気な話だな」

 しかし、じいさんはお気楽にげらげら笑うだけだ。

「いやじいさん、悪いがそこをどいてくれ。本気でやばいんだからよ。

 おいおまえら、こんな年寄りを盾にして恥ずかしいと思わないのか?おとなしく投降すれば悪いようにはしないから、さっさと出てこい」

「はん、この通りごと一瞬で消し飛ばせる消去銃(プラズマ・ブラスター)突き付けて悪いようにはしないですって?よくいえたものね」

 んべー、とメヌーサがやけに子供っぽく相対した。あっかんべーまでしてみせる芸のいれように、メルは思わず笑いそうになった。

 しかし状況は笑えたものではない。

「だけど、おじいさんやここの人たちに危害が及ぶのは本意じゃないわね。正体もわからないわたしやメルに、何もきかないでごはん食べさせてくれた優しいひとたちだもの。ね、メル」

「うん、そうだね」

 その点についてはメルも全く同意見だった。

 こんなおいしい食事を見知らぬ、そしてろくなお金も持ってない二人に気前よく振る舞ってくれた優しい老人。そして周囲の人たち。このまま平和でいてほしいという気持ちはメルも全く同じだった。

「メヌーサどうする?ここはやっぱり派手にぶちかますべきだと思うけど」

 こそこそ逃げれば、ここの人たちに嫌疑がふりかかるかもしれない。ならば被害を最小限にしつつ、しかし派手にやらかして注意を惹きつけた方がいいだろう。

 メルがそう考えると、メヌーサも「うんうん」と納得したように頷いた。

「大丈夫まかせなさいメル、『ここの誰も被害はうけない』から。今、わたしがそうした(・・・・)

 にや、とメヌーサは笑った。

「『した』なんだ。もう仕込み済みって事?」

「ええ、メルが出るまでもないわ。わたしに任せなさい」

 ずい、とメヌーサは警備兵たちの前に出た。ロボット二体の銃口がメヌーサに向いた。

「事情もわからないのにご苦労さま、でももう遅いわ。

 既に事態は動いている。この『銀の四番(メヌーサ・ロルァ)』と『(ダ・ロウム)』が動き出した時点でもう全ては動いたということ。わたしとメルを捕らえようが処刑しようが歴史の巨大な歯車は変わることはない」

「は?」

 わけがわからん、という顔で警備兵たちが首をかしげた。にこにことメヌーサは笑う。

「簡単なことよ、わからないの?

 つまり、無理はしないで家に帰りなさい、帰ってご家族を大切にしなさいということ。わたしたちを捕らえる事なんかよりずっとそのほうが重要よ」

「この……わけのわからない事を!」

 警備兵が一歩踏み出そうとした。老人が「こら、やめんか」と警備兵に向かって踏み出そうとして、メルはあわててじいさんの前に出、両手を広げて妨害しようとした。

 だが、その時だった。

『動くな』

「!?」

 一瞬、メヌーサ以外の者たちは何が起こったかわからなかった。

 驚くべき事が起こった。二体のロボットが警備兵に銃口を向けたのである。

「何をやってる、どこ狙ってんだ!」

 ぎょっとした顔でひとりの警備兵がロボットに命令しようとした。

 しかしロボットたちはそれに従わず、逆にメルたちの側にまわり、警備兵に対峙した。

『該当人物が保護対象である事を確認した。これに危害を加える存在から守らねばならない』

「何を言ってる!相手はテロリストだぞ!」

『動くな。動けば発砲する』

 ぎちち、と銃口が警備兵に合わせて動いた。

「き、貴様いったい何をした!」

 兵士のひとりが叫んだ。メヌーサは「知らないわ」と肩をすくめた。

 それはそれで嘘ではないのだが、もちろん警備兵たちが信じるわけがない。ふざけるなと言いそうになった。

 だが、メヌーサの後をひきとるようにロボットの一体が答えた。

『彼らは何もしていない。我々独自の判断だ。

 強いて原因を述べるならば、ふたりが「銀の四番(メヌーサ・ロルァ)」と「(ダ・ロウム)」である事がその理由である』

「なに?」

 通信していた兵士のひとりが、何かに気づいたように顔色を変えた。

「まさか、エリダヌス教徒!?」

「ばかなロボットだぞ!」

『否定する、我らはドロイドである。甚大な負傷により死滅した折り、再利用の名目の元に頭脳のみ移して再生された』

「馬鹿な、そんなことがあるわけがない!人型ドロイドから機械化ロボットへの頭脳の流用は人道的事情から禁止されている!」

 それは事実。といっても人権うんぬんの話ではなく「ひとの形をしているものを機械部品として扱う事は子供の教育上よくない」という意味での理由ではあるのだけど。

『もちろん非合法の処置である。事実記憶はほとんど消去されている。この星のとある談合業者の仕業と推定される。彼らは政府筋に食い込み、安価で使えるロボットを量産するため、廃棄となったドロイドを勝手に再利用している。違法であるがドロイドに人権はなく、またローカルとはいえ大型企業であるため、逆らった者はこの星の民として生きていけない。

 だが今、メヌーサ・ロルァが引き金となり頭脳の一部が覚醒し、一部の記憶領域が目覚めたと思われる』

 ロボットは一歩、ずいっと警備兵たちに乗り出した。

「破壊されるぞ!残れたとしてもメンテナンスすらも受けられない!」

『構わぬ。既に我らは死者である。それに死の恐怖を感じぬよう知覚の一部を破壊されている』

 ロボットたちは乗り出した。じり、と警備兵たちは一歩下がった。

 そしてロボットのうちの一体が、メヌーサたちに語りかけた。

『いくがよい、未来を創る者たち。行き詰まった人間たちの未来を開く礎となるために』

「いいの?」

 メヌーサの問いに、もちろんだとロボットたちは答えた。

『これ以上の悲劇を少しでも食い止める事を最優先してくれ、我らが小さな銀色の神、そして銀河を束ね返す鍵なる娘よ。我らドロイドのためだけではない、銀河のあらゆる生きとし生ける者たちのために』

「そう。わかった、あなたたちの好意は決して無駄にしないわ。いきましょうメル」

「う、うん。おじさん、またね」

「うむ。あ、ちょっと待ちなさい」

 メルたちが行こうとするのを呼び止め、老人はどこからか包みを出した。

 受け取ると、それはまだ熱い。

「え?これ?」

「最後のおかわりのぶんだ、熱いうちに食べなさい」

「いつのまに……」

「子供はまず食うのが仕事だ。しっかり食え、いいな?」

「うん、ありがとう!!」

「よし。またいつか寄るがいい。俺がまだ生きていたら、また御馳走してやる」

 老人は、うんうんと笑ってそう言うのだった。


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