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銀の四番  作者: hachikun
20/22

彼方へ(3)

 遥かな闇の中、何かが動いた。

 直径十万光年の大銀河系。そこには無数のドラマがある。海のしじまに、星屑の片隅に、そして煮えたぎる天体の中に。いたるところに物語はあり、そして続いていく。

 その中のどこかで、小さな何かが脈動した。

 それは小さなものだった。しかし小さな水滴が巨大な模様を水面に浮かべるように、広大な銀河という世界のどこかを駆け巡った。そしてそれは、何かに小さな、しかし決定的な影響を与えた。

 そしてそれに呼応するかのように、銀河の全てで目に見えない何かがゆっくりと、しかし着実に動きはじめた。

 まだそれは序章にすぎない。

 されどそれは近い未来、必ず起きる巨大な出来事の序章ではあった。

 

 

 

「はいはいペリチァムあるよ。うまいよー」

「わとー、ぱらはね、きんかい」

「今朝届いたばかりのランファ織りはいらんかね?冬の寒さもなんのその!」

「ハルフォンの剣。少し高い、しかし効果確実」

 またもやメルはマーケットにいた。ほんの十日前にアルカインのマーケットを歩いたばかりなのに、またしても知らない言葉、知らない商品ばかりのごった煮のマーケットをまったりと歩いていた。

 空は、晴れ。人、人、人の群れ。

 アルカインのマーケットも大規模だったがこれも桁外れの巨大さだった。あまりに広大すぎて向こうなど見えたものではない。端から端まで歩けば二日はかかるという銀河有数の巨大マーケット。

 アルカインの事件より、既に半月以上が経過。

 場所はタータン星系の惑星カラテゼィナ。

 連邦系に属してはいるものの、混沌とした大マーケットを開催するので有名な国。

 ちなみに余談だが、メルはこの名前を聞いた時「空手品(からてじな)?」と妙な反応をして首をかしげ、なぜかメヌーサを大笑いさせたりもした。

 それにしても、マーケットというものはどこの世界も大差ないものだとメルは思う。

 惑星カラテゼィナは貿易国であり、国際見本市などもよく開かれている。そちらはいかにもSF的で未来的な光景が広がっているのだけど、それは外向けの顔にすぎない。

 ダウンタウンに降りると結局、大昔から続く路上マーケットが広がっている。そしてその光景はメルの故郷とも、そして先日のアルカインのマーケットともあまり変わらない。

「マーケットは交易の基本のひとつだわ。こういうのは銀河のどこでも不変のものよ。単純すぎて変化のつけようがないとも言うけどね」

「なるほど」

 簡素な店舗による移動販売の集合体。確かに、単純すぎてあまり変化のつけようもないだろう。

「でもいいの?メヌーサ、仕事があるんじゃないの?……この肉なんだろ?」

 露店のひとつにぶらさがっている燻製肉を見ながらメルはつぶやいた。

「たぶんヌート肉よ、みた事ないの?」

「あ、ヌートか。なるほど」

 ちなみにヌートというのは地球における牛や水牛のような家畜動物で、穏やかで強く肉も美味い。どこでも重宝され、特にアルカイン系住民の多い地域ではたくさん飼われている。

「ここに来た理由なら、もちろんお仕事よ。そのために来ているんだからね」

 メルの問いにメヌーサは、うふふと笑って答えた。

「マーケットではあらゆるものが売り買いされているの。情報もそのひとつね。露店ばかりに目をやっていては大切なものを見落としてしまうのよ」

「……ああ」

 メヌーサの言葉をメルは、少しだけ吟味するように考え込んでいたが。

「なるほど、そういうことか」

 何か理解したようで、ぽんと手を叩いた。

「なぁに?」

「いや、地球でもそういうのがあるって聞いた事がある。私の故郷ではあまり聞かないけど、偽造書類とか偽社員証作ってくれるとこもあるって」

「……それはちょっと極端な例じゃないかしら」

「そう?」

「まぁ、そういうのもなくはないけど、とりあえず今回は普通のとこよ?」

「そうなの?」

「あたりまえでしょう?わたしを何だと思ってるの?」

「んー……現代科学の時代に生きる巫女(ドルイド)の長?」

「なにそれ?」

 そんなこんなでしばらく歩いている彼女たちだったが、とある屋台の前で足を止めた。

「あ、ここね」

 メヌーサは屋台のひとつを見て瞳を輝かせると、のこのこと店員らしい女性……やたらと割腹のいい『おばさん』な感じの人……の前に歩いていった。

 ちなみに彼女の屋台は乾物の店だった。

 乾物というのは地球の市もそうだが、子供は寄り付かない。そのまま食べられないし見た目の派手さも乾物にはないからだ。ゆえに少しだけ他の屋台より静かな事が多い。

 だけど料理に乾物の類は必須に近い。つまり「わかるものにはわかる」食材のひとつとも言える。

 メルは、そんな乾物の屋台をじっと見た。

 魚らしいものや肉らしいもの、あるいは地球のイカみたいな動物の燻製や干物がところせましと並んでいる。特有のいい香りもする。現物の見た目は露骨に地球と違うものもあるが、乾物というカテゴリ自体は全然変わらない。どうやらこのあたりでも、だしとりなどに干物を使うらしい。

 食文化って不思議なものだなとメルは思った。

 隣の屋台はというと、つり下げられた巨大な肉が目立つ店だった。メルは地球で似たものの写真を見た事があるが、名前が思い出せずにいた。頑固そうな老人がはりついていて、黙々と作業をしている。

 それはトルコ料理のドネルケバブに少し似ていた。

 炭火のような熱気と油の焦げる煙、そしてなんともいい匂いが充満していた。隣の乾物屋台を静とすれば、まさにその屋台は動。

 乾物におばさん、そして肉料理にじいさん。実に対照的ではあるが、それゆえに両者にはなにか関係があるのだろうかとメルは思った。

 そんな事を考えていると、メヌーサが動いた。

 乾物屋台の女性の方に近づくと、何やら古風なしぐさで挨拶をしたのだ。

平安とさらなる道を(アズダ・アルラム・ラーラマット)。こんにちは」

「え?……あぁ、彼方の風に祝福を(カイラーラ・ルーラ・ダズア)

 女性は少し驚いたようだった。

「こんにちはお嬢ちゃん、こりゃまた懐かしいねえ。そんな古い正式な挨拶は随分とひさしぶりに聞いたよ。で、お嬢ちゃんのご用は……?」

 女性はその、いかにも肝っ玉母さんという感じの恰幅のよい姿をピクッと震わせると、しげしげとメヌーサを見た。

 そしてメルを見て、そして何かに気づいたようにもう一度メヌーサを見なおした。

「ま……まさか貴女は」

「うふふ、覚えててくれたの?うれしいわ。エリツィズ動乱以来かしら?」

 ひぇ、と仰天顔になった女性は、あわてて居ずまいをただして挨拶した。

「まぁ、まぁまぁまぁまぁ、なんと、メヌーサ様ではございませんか!こんな雑兵のわたくしなぞの元に来てくださるなんてまぁ、まぁまぁまぁ、ほんに夢のようでございますよ。まぁとんだご無礼を。まさかいらっしゃるとはよもや思いもよらず」

「ううん、いいの。わたしこそうれしいわ。何千年も昔にほんのちょっとお話しただけなのに、顔まで覚えてくれてたのね。光栄だわ。

 それよりあなたに頼みがあるの。まだ身体機能は正常かしら?」

 メヌーサにぺこぺこと頭をさげはじめた女性は、得たりと微笑んだ。

「もちろんでございますとも。まぁ少々歳をとってしまいましたがこのファルタ、メヌーサ様の御為(おんため)ならば。してメヌーサ様、どのようなご用件で?」

「これよ」

 メヌーサは、すっと女性(ファルタ)の胸元に右手を伸ばし、そしてかざした。次の瞬間、ぱぱ、と刹那、何かが光ったように見えた。

 しかし、それはひとの目に止まるようなものではなかったようだ。

 これだけ人でごったがえしているというのに、周囲の誰もそれに反応すらしなかった。いや、ただしくは少しだけ反応している人がいたのだけど、それは人間ではなくドロイドだった。

 生身の人間には見えないのだなとメルは思った。

「お……おぉ、こ、これは!」

 女性(ファルタ)の目の色が変わった。まさに劇的に。ぽろぽろと涙を浮かべだした。

 メヌーサは手を戻すと、ふふんと腕組みをした。

「封印解除の最終キーよ。これをこの星系の皆に配りなさい、連邦にみつからないようにね。できるかしら?」

「なんと、このわたくしにそのような大役を!おぉ……なんという光栄でしょう!」

 感無量といった顔で、ファルタは自分の胸をだきしめた。

「メヌーサ様、これで全てが報われます。いよいよわたくしどもは本来の道を進めるのですね?ついにこの日がやってきたのですね?」

「そうよ」

 ふふ、とメヌーサは笑った。心優しい穏やかな笑いだった。

「お任せくださいメヌーサ様。このファルタ、この身に代えてもこの大役、お引き受けいたしましょう。ただちに各地の女どもを巡る旅に出立いたします」

「ええ、すぐ行きなさい。

 わたしとこの子は既に探知されている。あなたも、わたしと会ったことがわかればすぐに追われるでしょう。気をつけてね」

「おまかせを!」

 どん、とファルタは自分の胸を叩いた。

「それでは、さっそく失礼いたします。ところでメヌーサ様、本日のお宿とお食事のほどは?」

「んー、いきあたりばったりかな。最悪あてがないわけではないけど、カラテゼィナまできて船内食というのもちょっとね」

 メヌーサがそういうと、ファルタはうんうんとうなずいた。

「そりゃあいけませんね、ではちょっと商工会の方に声をかけて」

 おきましょう、といいかけたファルタをメヌーサは押しとどめた。

「わたしの事はいいわ、とにかく今すぐ行きなさい。ここはすぐ危険になるから。これは至上命令よ」

「は、わかりました!それでは!」

 ファルタは、その屋台のおばさん然とした恰幅のよい姿からはとても信じられないほどきちんと起立すると、まるで王宮兵士か何かのように静かに(こうべ)を垂れた。

「ではまいりますメヌーサ様、そして鍵のお方も。おふたりの上にいつもよき風あらんことを」

「ええ、ファルタ、あなたもね。ごきげんよう」

「は!」

 次の瞬間、ファルタは一陣の風だけまとって幻のように消えてしまった。

 あれれとメルが思っていると、そのメルの頭の中に杖の声が響いた。

『光学迷彩を使った移動術だな。ある程度のステルスもかかるものだ。古い形式だし万能のものでもないが、何しろ歴史が長く枯れた技術ともいえる。推測になるが、どこかの国の伝令係だったのかもしれないな』

『なるほど。で、さっきのなんとか動乱って時にメヌーサと会ったわけね』

「そう、あれは連邦以前の古い移動技術よ。技術としてアナクロなものだけど前線では昔からよく使われるものよ。でもよくわかったわね」

「杖が教えてくれた」

「あら、そうなの?」

 どうやら、杖の声はメヌーサには届いていないらしい。その事をメルが説明すると「ああ、そういう事ね」とメヌーサは納得げにうなずいた。

 そして消えたファルタの隣の屋台に声をかけた。

「こんにちは、おじさん。この子がその肉料理を食べたいらしいんだけど、いくら?」

「!」

「ん?どうしたのメル?」

「あーいや、その」

「あっははは、もしかして隠してたつもりだった?おなかすいたよーって顔に書いてあるわよ?」

「……あはは」

 見透かされて、困ったようにメルは苦笑いした。

 老人は、今までの会話に気づいてないのか知らぬふりなのか、黙々と巨大な肉を料理し続けている。

 で、じろりとメルたちを見て、そしてファルタのいた屋台を見て、ためいきをついた。

「ファルタの客か。しょうがねえなあいつは、お嬢ちゃんらを置き去りにしやがったのか」

「ううん違うの。わたしが難しいご用を頼んじゃったから」

「いや、それはまぁ見てたが……しかし急ぎなら急ぎで飯くらい頼んでけってんだ、こんな餓鬼ども飢えさせるなんてまぁ、あいつらしくもねえ」

 しゃあねえな、と老人は大きな皿をふたつ出した。

「お嬢ちゃんたち、そこの椅子出しな。飯は俺が食わせてやる。ヒナダ、おいヒナダ坊!」

「なんでぇボゾじいさん」

「このお嬢ちゃんらにてめえんちのデザートよこせ。代金はつけとけ」

「お?どしたいその子らは。曾孫(ひまご)か?どこの国から尋ねてきたよ?」

「ばっきゃろ細けえ事言ってんじゃねえや。いいからもってこい!」

「おほ、わかったわかったそう怒るな。ちょっとまちな!」

 通りの向こうとこっち、大声て見ぶりてぶりでその会話は行われていた。通りを向かう人はときどき「む?」と顔を向けるが特に足は止まらない。よくある光景なのかもしれなかった。

「いいけどおじさん、わたしたちあまりお金ないのよ?ほら、これ」

 メヌーサが懐から小さなコインのようなものを取り出した。

 しかし老人はそのコインを一瞥すると、肉を塊から切り落としながら言った。

「連邦古銭かい、そりゃまた珍しいもんを。何十年ぶりかなそれを見るのは」

「これで足りる?」

「いやいい、いいからしまっとけ。それじゃ高すぎて貰うわけにゃいかねえ」

 でも、と珍しく殊勝な態度のメヌーサ。老人の目が優しくなった。

「よし、じゃあ何か話せ。それを代金の代わりとしよう」

「話す?」

 ああ、と老人は肩をすくめた。

「俺ぁこのマーケットで生まれ育ち、ここで生きてきた。外の世界はしらねえんだよ。よその星の話題、最近のニュース、なんでもいいぞ。どうだ?」

「ん、いいわ。なんの話がいい?」

 うふ、とメヌーサは笑った。


古式あいさつの例。

 

 こんにちはが、「平安とさらなる道を(アズダ・アルラム・ラーラマット)

 それに対する返答が「彼方の風に祝福を(カイラーラ・ルーラ・ダズア)」。

 

 古代カラテズィナ周辺にあった言葉遊びで、古代文字で書くと後者は綺麗に前者を後ろから読む形になっています。


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