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銀の四番  作者: hachikun
2/22

二千光年の迷子

連続投稿ですが、前のは設定資料です。

読むだけなら、こちらだけでOKです。


さて、いよいよ『α』第二部の開幕です。

 銀河文明。

 この銀河系は無数にあるこの宇宙の渦状星雲のひとつにすぎない。だけどそんなこの銀河系ですら直径は十万光年を数え、中には億に達する数の国家群がひしめているという。

 その膨大な国家群のうち、自称六割が所属していると言われる巨大な通商連合、その名を銀河連邦(ぎんがれんぽう)

 ここはその中枢であるマドゥル星系の惑星アルカイン。二千年ほど前から連邦議長国を務めている、アルカイン王国の王宮の一角である。

 王宮というと豪華絢爛なものを想像してしまうが、アルカイン王宮は立派ではあるが豪華絢爛かというと微妙ではあった。というのも、元々この星は楽器工房で名を馳せている職人惑星であり、政治機構など全く存在しなかったのだから。

 つまり、議長国を努めてほしいという打診があってから『代表者』が欲しいという事になり、そこで初めて楽器職人ギルドの中から国王を選んだという。ちょっと、いや、かなり変わった経緯をもつ国なのである。

 そのあたりの大人の事情については又の機会に説明するとして、問題はアルカイン王宮だ。

 森と楽器工房と炭焼き場しかないような田舎星に、そもそも壮大な王宮をぶったてる余裕があるわけもない。つまりこの王宮は連邦加盟国の寄進によるものであり、輸送も、移築も、環境整備も全部、各国の寄進である。

 まぁ、これらについても別にアルカイン国に対する善意によるものではなく「まぁ、連邦中枢というからには、このくらいは必要だろう」という感覚によるもの。何しろ億にもなろうという国家群の中枢を自称するのだから、せめてそれっぽい権威くらいはあるべきだろうというわけだ。

 スケールが大きいのか、それとも小さいのか。

 ほんのちょっと前まで狭い地球上で、宇宙人なんて夢物語だと信じて暮らしていた彼女、メルにはどちらにしろ、途方も無い夢物語としか思えなかったのだけど。

「ま、人生なんてそんなものよ。意外性と突然のイベントはつきものよね」

「そりゃあソフィアはそうだろうけど……」

 波乱の象徴みたいな人生歩いてる人に言われてもと、メルは困ったように言った。

 

 ここは執務室であり、室内にはソフィアとメルのふたりだけがいる。

 ソフィアは王族用のそれではなく、事務作業用のスーツを身につけている。スーツといっても地球のレディススーツにあたる服というだけでデザイン的にはだいぶ違うのだけど、色がグレーなのもあって、どことなくビジネス用のレディススーツを思わせる雰囲気だけは地球のそれと変わらなかった。

 さて。

 状況からするとメルがここに呼ばれたようだ。ソフィアは木製の大きなデスクについており、そのデスクごしにメルを見ている。なんとなく、校長先生が生徒に話しかけている図に見えなくもない。

「ここに呼んだ理由だけどね、メル。今日は悪いけどおでかけしないで、一日おとなしくしててちょうだい。できるわね?」

「へ、外出禁止?」

 珍しい事だった。

 そもそもメルは、ここアルカインで何か仕事をしているわけではない。普段生活しているのはソフィアの友人の治めている遠くの星系であり、だいぶ銀河の生活に慣れてきたという事でソフィアにこの星に招待された身だからだ。そもそもソフィアの方もいよいよ結婚が目の前に近づいていて、のんびりとメルを案内できるのも今のうち、という事もあったのだけど。

 だからこそ、突然の外出禁止は何かの問題発生と思われた。

「何かあったの?厄介事?」

「ひとことでいえば、不審人物ね」

「へ……ここ連邦の中心地だよね。それなのに?」

 不思議そうにメルは首をかしげた。

「町にマーケットが立っているのは知ってるでしょう?

 いつもこの時期には開かれるもので、本来なら行ってきなさいって言ってあげたいとこだけど、今回はちょっとね。悪いけど次の機会にしてくれるかしら?」

「マーケットって……ああ、日曜市みたいなアレかぁ」

 メルの出身地、日本の高知県には日曜市という路上マーケットがあった。それを思い出し、なるほどとメルは微笑んだ。

「ニチヨウイチ?ええそうね、確かにああいうものね。

 もともとウチって、連邦議長国になる前は小さな楽器工房の星だったのよ。だからまぁ、資材なんかはいいんだけど食料問題はいつも深刻でね。特に連邦会議の季節になるともう。で、彼らの持ってくる食料には結構助かっているんだけど。

 そうねえ、そんなわけだから、かれこれ連邦単位で千四百年くらいは続いてるのかしら?」

「千四百年って……そんな軽々と」

 宇宙文明のスケールの大きさに、改めてメルはためいきをついた。

 うんうんとソフィアはつぶやき、だけど真顔に戻った。

「ただ残念ながら規模と内容に問題がありすぎるのよね。もともとの伝統から基本的には食糧の売り買いが多いんだけど、雑多な異星人が集まるから中には違法な連中も混じってるの。取り締まりも追いついているとはいえないし、はっきりいって治安もいいとはいえない。

 特に今年はいろいろあってね、警備警報が出てるくらいなの。

 銀河文明をよく知らないメルには危険だと思う。行くなとは言わないけど次の機会になさい」

「はい」

 ちょっと不満だけど、ここは頷いておくべきだろうとメルは思った。

「ところでソフィア、不審人物って?」

「……あー」

 ソフィアはそんな私の疑問に「ちょっと言いすぎたかな」って顔をした。

「連邦未加盟の国……いえ、はっきりいうと反連邦の連中が混じってるって情報があるの」

「反連邦?過激派みたいなもの?」

「ええ」

 首をかしげたメルに、ソフィアは簡単に説明をはじめた。

 

「おじい様のところでも学んだと思うけど、銀河はいくつかの国に分かれているわ。

 だけど敵対する事はまずない。だって宇宙は広いんですもの。利害が直接対立するわけでもないのに、わざわざヨソの利権に手を出す必要などない。そうでしょう?」

「うん、そう習ったよ」

「だけどね、そういう単純な利害を越えて、連邦と敵対している組織もまた存在するの。これを総称して反連邦というのよ」

「……はじめて聞いた」

「でしょうね。反連邦はまさに銀河連邦と対立しているだけで、おじい様のとことは別に対立してないんですもの」

 そう言うと、ちょっと困ったようにソフィアはうなずいた。

「彼らについても、いずれ学ぶ事もあるでしょう。でも今はまぁ危険分子の一派とだけ覚えておくといいわ」

「ふむ。ちなみに組織構造とか聞いていい?単一国家なの?それとも色々な集合体?」

「どっちとも言いがたいわね」

「?」

「彼らは別に、ひとかたまりの集合体ではないの。ただ彼らの中でも最大勢力とされているものなら説明できるけど」

「最大勢力?」

「ええ……エリダヌス教よ」

「は?」

 メルは一瞬だけ黙り、そして目をぱちくりさせた。

「えーと……名前からすると、なんか宗教団体みたいなんだけど?」

「ええその通り、エリダヌス教は宗教よ。それも銀河系を広くまたぎ、何千万年も続いているって噂すらある団体。一説にはとある時代、連邦よりも広い勢力圏を持っていたと言われているわ」

「……うそ。そんなのあるんだ」

「意外かしら?」

「うん。これだけ進んだ宇宙文明なのに、そんな巨大な宗教があるなんて」

「あら、宗教のある地域は多いわよ。もっとも連邦加盟国のそれはほとんどが各国独自のものだし、そもそも形骸化、儀礼化していて単なる慣習と区別がつかない事が多いのだけどね」

 そう言うと、ソフィアは笑顔をやめ、渋い顔になった。

「エリダヌス教は本当に厄介ね。長いこと活動しているにもかかわらず、私たち連邦は彼らの中枢がどこにあるかすらも知らない。つかみどころのない危険な存在よ。

 ま、さすがにエリダヌス教の関係者がこの星に入ってきてるっていうのはないでしょうけどね。いくらなんでも、この星の入国管理はそこまで甘くないから。

 でも、彼らの命を受けた何かが入ってきている可能性は否定できないの」

「不法侵入ってことか……そりゃ放置はできないね。あ、でもそれなら私は問題ないと思うけど?」

 相手が軍隊ならいざ知らず、ただの一般人にメルの身体はどうこうできない。だから問題ないんじゃないのではないか?

 でも、そう言うメルの発言は、ソフィアのためいきに打ち消された。

「そういう考え方だからこそ、出すわけにはいかないのよ」

「……えっと」

 わけがわからないという顔でメルが首をかしげていると、

「貴女の身体は確かに強いかもしれない。でも制御がまだちゃんとできてないでしょ?もともと普通の人間だった貴女がその身体をうまく扱いきれているとはとても思えないわ。

 そんな貴女がマーケットのど真中で戦闘モードになってごらんなさい、どれだけ犠牲者が出ると思うの?」

「なるほど」

 ぽんっとメルは手を打った。

 メルには、七型ドロイドとしてのアヤの能力が引き継がれている。だからスペックとしては凄まじい戦闘力を持っているのだけど、しかしメルの頭の中身は平和ボケ日本人の、ただの一般人のそれでしかない。

 つまり。

 市街地のようなところでは、ありあまる戦闘力を生かすどころか、まわりを巻き込んで大惨事になりかねない。

 取り扱いひとつ間違えると、メルは歩く爆弾になってしまう。

 なるほど、そんな者を政情不安定な町に行かせるわけにはいかないだろう。危険すぎる。

「そっか。わかった」

 そんな話をしていると、コンコンと扉を叩く音がした。

「はい?」

「ソフィア様。会議のお時間です」

「わかった、今いくわ」

 ソフィアはそう言うとメルの方を向きなおって、

「いいわね、外に出てはダメよ?城内にも通達してあるからね」

 そう念をおすと部屋から出ていった。

 

 

「……そう言われると行きたくなるんだよな」

 困ったようにメルは頭をかいた。

 メルは今でこそ黒髪に黒い瞳の女の子だけど、わずか一年前までは少年だった。地球にある日本という国に生まれ、それなりの人生を生きていく、平凡な人になるはずだった。

 色々あって一度死に、そして全くの別人に成り果てて宇宙文明の中で人生をやり直しているわけだが。

 そんな身の上をもつメルなのだけど、彼女にとり異星の路上マーケットというのはあまりにも魅力的だった。

 もともと生まれ故郷である高知県にはそういう路上マーケットの慣習がある。高知市の日曜市は有名だが、実は木曜市だの金曜市だの、小さいものなら他にもいくつかあり、そして小さい頃から母に連れられてそういう市場を見て育ったのだから。

 買い物自体は決して好きな方ではなかったが、色々なものが手作りで取り引きされていく場面はを見て歩くのは、いかにも生活しているという感じで、とても好感がもてたのを覚えている。

 そして、そういうとこに行くためにこっそり抜け出す手間や、後で食らうだろう大目玉すらも(いと)う性格ではなかった。

 ふと、鏡を見た。

「……」

 そこには黒髪の美少女がいる。長い髪を後ろで束ね、王宮のドレスを着せられた女の子。外見はよく似合っているのだけど、どこかちぐはぐなその姿。

 一年がたち、言葉遣いや常識は色々と馴染んできたものの……やはり違和感が大きい。

 メルはこの銀河、たったひとりの地球人。

 地球と連邦の暦は異なっているので断言できないが、おそらく今は1985年かそこいらだろう。つまり今も20世紀。二千光年の彼方で今も彼らは狭い地球上、政治ゲームを繰り広げているはずだ。こんな宇宙文明の存在すら知らず、世界に人類は自分たちだけだと何も知らずにほざいているに違いない。

 まぁしかし。

 『知ってしまった』代償としてこんな遥かな彼方に放り出される。あるいは何も知らずあの星で生きつづける。いったいどっちが幸せなのかというと、それはメルにはわからない。

 仲間がいないという意味では不幸だろう。

 だけど、本来誰も見る事のない世界を見られるという意味では、幸せものだとも言える。

 わからない。

 しかし今はわからなくていい、そんな気もするメルだった。

 

 親を失ったのは悲しいが、誰もいない故郷に帰りたいとは思わない。

 故郷で果てることを望むほどに、歳老いてもいない。

 ここ一年の生活で多少の知り合いもできたし、もっと色々な人にも会いたい。

 いつか過去を振り返る日も来るとは思うが、今は未来を見ていたいとメルは思う。

「それに」

 窓から見上げれば空がある。

 そこにあるのは餅つくウサギの白い月ではない。そしてさらに向こうには、この星系のもうひとつの世界、惑星ボルダがぽっかりと浮かんでいる。

 少なくとも今、メルの頭上には宇宙(そら)がある。そしてそこは機会さえあれば誰でも行ける場所。おとぎばなしでしか行けない場所ではない。

 ここは地球とは違う。宇宙文明の世界なのだ。

「服、あるかな?」

 クローゼットの中を見る事にした。

 見事なまでにドレス類ばっかりだ。ソフィアの買ってくれた赤いドレスとか、そういうものがいっぱい。一度も着てないものの方が多いのだが。

 見慣れたデニムのジャケットを取り出す。昔入手したもので、もちろん地球の洋服。こんな衣服はこの星にはない。

 何があるかわからないのだから、活動的な衣服がいいに決まっている。

 

 

 さぁいこう。お楽しみの時間に。

 メルは微笑んだ。


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