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銀の四番  作者: hachikun
19/22

彼方へ(2)

 メルが夢うつつの中にあった、ちょうどその時。

 テーブルの方ではメヌーサが、アルカイン王宮のソフィアと通信で対談中だった。

「……」

 通信の向こうのソフィアは苦々しい顔をしていた。

 無理もない。

 銀河のためメヌーサを殺そうとしたが、それが全て失敗に終わった。そればかりか、各国の寄進で成り立っていたアルカイン防衛軍のうち、航空部隊と空間機動部隊の艦艇や艦載機、そのほとんどを失ってしまった。

 おまけに友邦である隣国ボルダはアルカイン王国を敵とみなして臨戦態勢に。さらに、かの星のもつ連邦とは無関係の通信チャンネルにより、アルカイン王国がメヌーサ・ロルァを殺そうとした情報が急速に広まりつつある事が、比較的情報の速い連邦加盟国筋から早くも伝わり始めていた。

 アルカイン近郊にいるのは警備軍だけではない。加盟国の合同軍、それから一部の有力国が誇示やメンツのために送り込んでいる独自の機甲部隊などもいて、その規模はアルカイン警備軍のそれをはるかに上回る。さすがに連邦の中枢だけあって、警備は手厚い。

 だが彼らは『メヌーサ・ロルァ』への攻撃には便乗して来なかった。

 これもまた当然といえば当然。

 そもそも銀河連邦とは通商連合である。住んでいる者たちは一枚岩ではないし、加盟国であっても取引相手が全て加盟国というわけでもない。これらの国の中にはエリダヌス系の国家とつきあいがある国もあったし、中には経済的理由で連邦に属しているが思想的にはエリダヌス寄りの国すらあった。

 そんな中、エリダヌスの女神にして聖女とされるメヌーサ・ロルァに手出しをしてしまえばどうなるか?

 しかも問題はそれだけではない。

 エリダヌス教徒が過激に反応するのはもちろんだが、その実、危険なのはエリダヌス教徒だけではない。もっとはるかにおそろしい存在がいる。

 ドロイドたち。

 国によっては、市民の数よりも生体ドロイドの方が多い国すら存在する。そして、それらドロイドたちにとってもメヌーサ・ロルァは何故か愛され、崇拝されているらしい事を一部の国は知っていた。

 社会を支えるドロイドたちが、もしも敵に回ってしまったら?

 間違いなくその国は、社会の隅々まで一気に崩壊してしまうだろう。

 とまあ、そんなわけで。

 ソフィアとメヌーサは対談していたものの、話している内容は戦闘や政治の事ではない。むしろそっちの話題は徹底的に回避され、メヌーサ本人やら文化についての話。それから、主にメルの今後についての話題が中心になっていた。

 もちろん、そんな話を伊達(だて)にしていたのではない。

 そもそもソフィア側がメヌーサに連絡をとったのは、平和的な接触を行ったという記録を公式に残すためという、父王の指示によるものでもあった。ソフィア本人としては内心はらわたが煮えくり返る思いを抱きつつ、怒りをぶちまけずにはいられない直接的な戦いの話題を避け、なるべく穏便な話題を選ぶ形で対話がなされていた。

『それじゃ、貴女はメルの職業訓練をするつもりなの?貴女自身がわざわざ?』

「ええそうよ。だってキマルケ巫女の訓練を実際に見た事のある者なんて、わたしの他には誰も残っちゃいないんだもの。昔の約束もあるし、頑張ってやらせてもらうわ」

『確かにそんな教育は連邦でも無理ね。連邦ではキマルケ自体が伝説の存在だし、それがどういうものかすらも知られていないもの。

 だけど、そもそも今は存在しない国、忘れられた宗教の仕事なのでしょう?

 こう言うと角が立つのは承知で言うのだけど、今はもうない宗教の神職になるって事に意味があるのかしら?どのような国で、地域で信仰されるにせよ、宗教とはまず人ありきのものでしょう?』

「その意見はわかるわ。ただそれは、キマルケ巫女がどういうものかについて知らないだけの事だと思うけど」

『どういうことかしら?』

「詳細を話すわけにはいかないので簡潔にいうけど、キマルケ巫女というのは一種の特殊能力者なの。当時は神職として重宝されたし、育てるには巫女の方式が最もいいのだけど、その素質や能力そのものにはキマルケの信仰は関係ないのよ。そう言えば、なんとなくイメージは掴んでもらえるかしらね?」

『えっとつまり……蓄積されている具体的なノウハウが宗教的というだけで、メルの素質そのものは宗教とは関係ないってこと?』

「そういう事になるわね。

 そもそも、わたしだって貴女の言う事はわかるわ。もうない国、忘れられた宗教の神職になっても確かに意味があるとは思えないものね」

『よくわからないわね』

 画面の向こうでソフィアは眉をしかめた。

『宗教と関係ないなら、どうして詳細を話す事ができないのかしら?それに宗教絡みでないのなら、どういう育て方をすればいいのかを私たちに託してくれれば、それだけでいいでしょう?わざわざメルを連れ出す必要はないはずよ?』

「は?あなたに巫女の育て方を教えて託す?」

 メヌーサは呆れたような顔でソフィアを見て、

「それは無理ねえ」

 と、クスクス笑って言った。

『どうしてかしら?自分で言うのもなんだけど、私は銀河の六割をまとめている大銀河連邦の議長の娘よ。かりに私本人が個人的に信用できないとしても、肩書が示す背後の組織力の方はさすがに信用がおけるのではないかしら?』

「信用する?銀河連邦を?なんの冗談かしら?」

 メヌーサの笑みがひきつった。冗談でなく本気で不快感をにじませていた。

「あのねえ。わたしはその連邦がまだ、たった3つの通商圏すらまとめられないチャチな新興連合で、アップアップしていた頃をこの目で見てる人間なんだけど?

 しかも、色々と円滑な運営に尽力していたボルダを連邦式の重工業を持たない国という理由だけで追い出した経緯も知ってるのよね。いまさらの事だけど、実にくだらない『大人の事情』だったわ。当時のボルダの大神官の激怒した顔も、今もまだハッキリとおぼえてる。

 はっきりいって信用も信頼も無理。むしろ個人的には「最も信用出来ない組織」のひとつが銀河連邦といってもいいわね」

 ばっさり切り捨てるメヌーサ。

 対するソフィアはというと、

『悪いけど、お話が平行線になりそうなので戻すわ。メル、いえ、ここは誠一君と言いましょうか。彼の事なのだけど。教育方針という意味でなく彼の今後の事で、あなたに預けると問題が発生してしまうの』

「あら、どうしてわざわざ言い直すの?メルは女の子でしょう?」

『いいえ、事情により今は女性タイプのドロイド体に入っているだけ。連邦市民として生活できるだけの教育が終われば、アルカイン系の男性の身体に戻す事が決定しているわ』

「決定?」

 へぇ、とメヌーサは首をかしげた。

「メルのような場合、どちらの性を選ぶかは本人の希望に任せるのではないの?メルはその選択をまだしていないはずなのに、どうして問答無用になっちゃってるのかしら?」

『本来は確かにそのとおりね。

 でも彼はもともと未開文明の住人だし、今回のような問題が起きるのは彼の未来にとって良い事のはずがないでしょう?彼本人だって当たり前だけど男に戻りたいはず。当然よね。

 それに。

 あなたが彼に接近したのも、おそらくは「アヤに再生された」あのボディであって、誠一君本人の心がほしいのではないはずだしね』

「当然って……そんな大事な事、本人に確認もしないで勝手に決めるわけ?」

『今の彼に意思を確認するのは無意味でしょう?だってまだ連邦暮らしに慣れてないのだもの』

 ソフィアは肩をすくめた。

『彼の祖国『ニッポン』は、連邦のような賑やかさはないけど、活気と静けさの共存する良い国だわ。

 そんな祖国から引きずり出されたんだから、一年やそこいらで連邦生活に順応できるわけがない。不安を感じるのは当たり前だし、今の彼なら、今せっかく持っているドロイドボディの能力を失うくらいなら、女の子の姿のままでいいって考えが出てもおかしくないと思ってるわ。

 でも、それは一時的なものよ。

 落ち着いて生活の算段がたてば当然、元の性別に戻りたいもの。当たり前よね?』

 そこまで言い切ると、ソフィアはにっこり笑顔になった。

『まぁ、遺伝的に合成した肉体だから子供を作る権利まではあげられない。だけど、ちゃんと元の彼とほとんど変わらない生身の男の子に戻せるんだから、そうしない理由は全くないはずよね。

 少なくとも、今の不安定な状態の彼の気持ちを利用し、得体のしれない昔の星の巫女にする必要なんて全くないはずよ。違うのかしら?』

 フムフムとソフィアの言葉を聞いていたメヌーサだが、最後の方になると眉をしかめた。

「ずいぶんと勝手な決め付けで動いてるのね。まるでメル本人よりも本人の気持ちがわかると言わんばかりね」

『否定はしないわ。彼のような例は他にも知っているし、ほぼ間違いなく同じような経緯を辿ったもの。彼だけが例外になるとも思えないし』

 しかしメヌーサは、自信満々なソフィアの言葉を鼻で笑って、

「うふふ、思い込みって凄いわねえ」

 と平然とのたまった。

『なんですって?』

「ま、言わせてもらうけど、貴女が今言ったレベルの事ならこちらでも対処できるから問題ないわ。本当にメルがそれを望むなら手配する事には全くやぶさかではないの。

 貴女がメルにどういう気持ちで接しているのかは知らないけど、わたしにとってもメルは功労者なのよね。だからその程度、本当にメルが望むならしっかりかなえてあげられる。お安い御用よ」

『……』

「そして、うちでは同時に、そちらがやろうとしても絶対できない未来の選択肢も提示できるの。

 ね、もうわかったんじゃないの?

 他の政治的な事はともかく、メルの事については問題ないわ。粗略に扱うつもりは全くないし、最終的なところは彼女の意思を尊重する。なんならこの場で名をかけて保証してもいい。

 それでいいんじゃないの?」

『……』

 ソフィアはしばらく悩んでいたが、

『本当に彼の人権を尊重するのね?』

「逆に聞くけど、メルの意思に反して何かする事で、わたしにメリットって何かあるのかしら?何も思いつかないのだけど?

 だいたい、貴女の言葉を借りれば、今はもうない宗教の神職にしようっていうのよ?はっきりいって余計な手間暇以外の何者でもないわ。

 それでも、あえてそれでもメルを育てようって所にある個人的な理由といえばせいぜい『もったいない』ってくらいだし」

『もったいない?』

「誰もが生来持っている才能を生かして生きれるわけではない。そうでしょう?

 だけど、開花できるものをつぼみのままで放置するなんて、わたしにはできない。美しく咲けるのにつぼみのままでいいなんて、そんな悲しい事はないわ。そう思わない?」

 会話はそんな調子で、続いていくのだった。

 

 

 

 結局、その長い通信が終わったのは数時間もたってからだった。

 その頃になると、もちろん天翔船は完全に大気圏を離脱し、宇宙空間を飛び始めていた。

 漆黒の宇宙を進む天翔船は、外から見ると球形の巨大なシャボン玉、あるいは生命球(せいめいきゅう)のようだった。それはどこかの童話に出てくる夢の国の映像のようでもあったが、いかにもファンタジーなお城などはその中になく、かわりに巨大な木を中心にした大きな森が中には広がっていた。

 しかし、宇宙空間にそれがぽっかりと浮かび、ゆっくりと加速を続けているさまは奇妙を通り越しており、一般的な宇宙文明の住人なら間違いなく我が目を疑う光景ではあった。

 そんな中、ようやく目覚めたメルとメヌーサは、まるで森の野外キャンプか何かのようにまったりとしている。

「ねえメヌーサ、誰とお話していたの?」

「ソフィア姫よ。メルに巫女の修行をさせる話をしたら、もうない国の忘れられた宗教の巫女なんてなんの意味があるのって食いつかれてね。さっきまで色々と説得していたの」

「うわ……で、納得はしてくれたの?」

「納得させた、が近いかな?」

 ちょっぴり苦笑いのメヌーサだった。

「そういやメル、ソフィア姫に聞いたんだけど、あっちじゃメルを男の子に戻すつもりだったんだって?」

「あーうん、正式な打診はないけど何度か言われたよ。将来、ちゃんと職業訓練するようになった頃に選択肢が出るはずだって」

「あれ、選択肢って言われたの?」

「どういうこと?」

「いえね、ソフィア姫はそもそも、メルがなんと言おうと男の子に戻すつもりだったみたいだけど?」

「あー、うん。決まりだから選択肢を出すけど、もちろん戻るわよねって言われてたっけ」

「……あまり乗り気じゃなかったみたいね」

 メルの表情を見てメヌーサはそう指摘した。

「そりゃそうでしょ。

 今後、銀河で何か仕事するとしてもさ、手に職は必要だろうけどさ、私は異邦人なんだよ?職業訓練を受けるにしろ、どうしても制限あるよね。

 なのに、せっかくこれだけ頑丈で色々な能力をもつ身体持ってるのに……そりゃま、男じゃないってのは確かに大きな問題だけどさ。

 でも、そんな元の性別と違うって理由だけで、それを手放すなんて冗談じゃないよ」

「……あら予想外」

「?」

「いえね、もっと感情的に悩んでるのかと思ってたの。思った以上に割り切ってるのねえ」

「そう?私が言ってるのは、身よりもない異邦人がひとりで生きるっていうのがそれだけ大変って、それだけの事だと思うけど?」

「うん……まぁそうなんだけどね」

「?」

 メヌーサが、ちょっと困惑したのも無理もない。

 そもそも、メルの実年齢は十代半ばである。中二病なんて言葉からもわかるように、この年代はやっぱり子供時代の延長めいた部分があるし、ファンタジックな冒険ものの主人公のように、慣れない異世界や異星で大活躍する青少年世代の物語というのは、実はどの世界でも結構似通っていたりするものだ。少なくともアルカイン系人類の星ならば。

 しかし、メルの発言にはそういう浮ついた雰囲気が少ない。皆無ではないようだが……。

「ねえメル、ヘンなこと聞いていいかしら?」

「?」

「故郷での生活なんだけど……もしかしてお家が極度に困窮してたり、未来に不安のある状況だった?」

「……なんでわかるのさ?」

「あ、やっぱりそうなんだ。ううん、なんとなくだけどね」

「そう」

「ちなみに、どんな感じだったのか少しだけ聞いていい?」

「うち商売やってたんだけどさ。全然うまくいってなくて……正直、親のお金で高校、つまり上の学校だけど、行けるか微妙だったと思う」

「そうなの?」

「うん」

 ふむ、とメヌーサは考えた。

 メルの考えを聞いて、どうも年代とつりあわない気がしていた。だからおそらくスラム出身なりなんなり、生活が困窮している環境の出身なのかと思っていたわけだが。

 どうやら、心身の不安定な思春期に家庭内に不穏な空気があったらしい。

 なるほど、それが原因なのねとメヌーサはひとりごちた。

(家族に頼れる保証がなくて危機感を抱いていたと。で、生活できるだけの最低限の能力は自分で持たなくちゃと考えるようになったわけね。なるほど現実的ね。

 だけど、性別なんて根源的な要素よりも優先するくらい『能力』に固執するというのは……さすがにちょっと病的な気もするわね。それだけ強い不安を持っていたって事かしら?

 まぁ、スラムの子とかも考えればよくある事なのかもだけど……わかっちゃいるけど釈然としないわね)

 実際、メルの予測はあながち間違ってはいなかった。

 中二だった当時のメルは既に進路を決めていたのだけど、中学のほとんどの生徒が進路としていた進学校から、工業高校の情報科に進路変更ずみだった。大学どころか高校生活すら満足に送れないかもしれない以上、奨学金を利用する、定時制に変更するなどの可能性も考え、ならばと手に職をつける方向にあっさりと切り替えたわけだ。

 しかしそれはつまり、別の夢……すなわち『はかせ』になりたいという小さい頃の夢を永遠にあきらめたという事でもあった。学者になりたいのなら、さすがに大学にいかないという選択肢はなかったろうから。

 確かにそれは、どこにでも有る事ではあったろう。

 しかし。

(まぁ、結果として元の性別では無意味なはずだった、巫女の才能が活かせるわけだけど……なんともね)

 内心、メヌーサは苦笑するのだった。


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