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溺れる日々

久しぶりの投稿です

 ランポートはシズカの甘い口付けで今日も優しく起こされた。

シズカと契りを結んでから1ヶ月が立っていた。ランポートは寝所をロマレダ城から、サナダ家の離れに移していた。彼がサナダ家で寝起きをすると伯爵に告げると、伯爵はひどくニヤニヤしながら許してくれた。シズカとの事は絶対にばれているに違いない。

 まあ、少し恥ずかしい思いをしたが、お陰で毎日こんな風に素敵な朝が訪れる。

 サラゴサの三月はまだ肌寒いが、夜具の中はシズカのお陰でとても暖かく快適だ。

 外はまだ暗く、ランポートは起きるのをごねていたが、シズカに手を引っ張られて渋々布団から抜け出した。

 ランポートとシズカは、一糸纏わぬ姿で離れの庭に出ると、小砂利を踏みしめて下男が汲み置きした水の張ったタライに歩み寄る。

 ランポートが、ここに越してきてからの習慣である。『ニッポン』語ではミソギと言うのだそうだ。意味は神聖な道場(剣術や武道の稽古をする所は神聖な場所なのだそうだ)で鍛錬をする前に身の汚れや穢れを清めるのだという。古代キリスト教で言うところの『沐浴』に相当する。

 それ以外にも、『ニッポン』の武士は、戦場でもし『討ち死』した際に身体が女犯の匂いなどで臭かったりすると軽蔑されるのだそうだ。ランポートは「確かに今の僕とシズカは結構匂ってるよな?」とか考えてちょっと恥ずかしくなった。

 因みに庭に小砂利が敷かれているのは、防犯の為と履物をドロで汚さない為らしい。西欧の思想とは根本的に違い、やる事成す事が全く無駄が無い。

ランポートとシズカは、冷たい水でキャッキャと燥ぎながらお互いに身体の隅々を洗い合った。そして、タライの傍に用意された手ぬぐいで身体を拭いて、用意された下着と道義を付ける。

 ランポートの武術の日課は、大まかに朝=ウコンと体術の訓練、今の処基礎体力の鍛錬なので、武術の型と鉄製の三尺棒での素振りを延々と昼まで繰り返す。忍耐力が試される内容だ。

 簡単に昼食を済ますと、屋敷の北に隣接した竹薮の中の東屋で瞑想の訓練、その後サナダ家の人間が代わる代わる各々の得意な体術や知識等を教えてくれる。その内容は、馬術・弓術・鉄砲・縄術・水泳術・投擲術・狩猟術・忍術等多岐にわたる。そして屋敷に戻り風呂に入って夕食を取る。ランポートはサナダ家に来てから初めて風呂を体験したが、大いに気に入っていた。

 夕食の後は、ランポート達の寝所で叔母のヒサ立会いの下、房中術の訓練がある。

 最初は非常に恥ずかしかったが、叔母のヒサから懇々と説教された。

 ヒサ曰く。『人が子を成す行為は至極自然な行為です。また、ランポート様はこれから西欧に留まらず世界各地を旅される折に、現地で最速に情報を入手したり援助を獲得する為には、有力な女性を性技の力により篭絡するのが最も合理的なのです。女子は一旦男により篭絡されてしまえば、時には命を掛けてランポート様を庇護してくれるでしょう。ですから、房中術は武術以上に乱世を渡り歩くには必須な術なのです』

 ランポートの隣で神妙な顔つきで聞いていたシズカの目には涙が滲んでいた。それはそうだろう、夫であるランポートが行った先でほぼ確実に他の女性と関係を結ぶことになるのだ。

 シズカの表情を読んだヒサは自らの額に手を当てて、まるで頭痛もちの様に大きな溜息を付いた。

「シズカや、殿様がどの女子を抱こうとそれは仕方の無い事なのです。殿様はその身一つで乱世を渡っていかなければならず。貴女以外の御味方が絶対に必要になります。相手が殿様をお助けするのは、房中術の術の効果なのですよ? 女子とは肉に支配されやすい生き物です。殿様の術は確かに相手をコントロールできますが、術が効力を持つ期間はたかが数ヶ月から数年です。貴女の様に殿様に溺れきってしまっている女子とは違うのですよ?」

 サトはシズカに噛んで含める様に言った。

「それに、殿様が房中術を修めれば、御種の放出を完全に思いのままにする事ができますから、殿様の御種を授かる事が出来るのは貴女だけという事で納得するのです」

 シズカは『御種伝々……』の話を聞き、こっくりと頷き瞳を輝かした。

 房中術の指導は、殊更厳しい物だった。数百種に及ぶ男女結合の体位の習得や主に女性に対しての愛撫の手練手管、女性の気を引く表情や仕草の訓練、更に麝香猫や麝香牛、鯨の香等の誘引具の使い方や、女性の性癖を看破し術によって虜にする技術などを徹底的に仕込まれた。

 そして、ヒサの指導が終わるとランポートとシズカは、摂せとその技術習得の復習を夜半まで延々と続け、疲れきって泥の様に眠るという生活を繰り返す。ランポートはそんな生活に溺れて行った。

 サラゴサの大地に春が来て夏が始まった。ラ・ロマレダ城の周辺は、春小麦の畑やブドウ畑、オリーブの果樹園、オレンジやイチジクの果樹園など様々な緑に燃え立って初夏の清々しい風が吹き渡っていた。

 丁度そのような頃、ベガ伯爵の奥方となったファナ嬢が元気な女の赤ん坊を出産した。伯爵は大喜びで近隣の名士を集めて、誕生祝いの小さな祭りを主催した。サラゴサ市内からは、市長を始め有力な地方貴族や役人が慶弔に訪れ、周辺のジプシー(英語名)なども芸能の糊を求めて集まってきていた。

 ランポートは、基本的にロマレダ城に来てからは引き篭もった生活をしてきたので、スペインに多く住むジプシーやモーロ人を見るのは初めてだった。スペインのジプシーはヒターノと呼ばれており、この地がイスラム教の勢力に占領されている時期に住み着いたロマニ人達の事である。ロマニ人達は、ペルシャ帝国に組み入れられたインド北方の民族の事で、ペルシャ人の支配階級の奴隷若しくはペルシャ軍の雑兵としてスペインに連れ込まれた。

 しかし、スペインがキリスト教勢力に回復されてからは、そのままキリスト教に改宗して居ついた人達だ。その中で農園の働き手として移動生活を行っている人々をジプシーと呼んでいる。イスラム教から改宗しキリスト教信者になったといっても、その浅黒い肌の色、黒髪、黒い瞳などから差別され、更に教会が正当な信者と同列に扱っていない為、定職に就ける機会は殆んど無いに等しかった。しかも、スペインでは20年前にモリスコ(これはペルシャ人ロマニ人、イスラムからの改宗者全般を指して言う)の追放令が発布されてからは、益々定職に付き辛くなっている。

 ランポートはその様な知識を持っていたが、本物を見るのは初めてだった。彼は後々ヨーロッパを放浪して巡る際、彼らに大いに助けられるのだが、今は彼らのエキゾチックな装いや、祭りのあちこちで舞踏の小屋掛けをして素晴らしい踊りを見せる女達に興味津々の態だった。

 そんな雑多な人々がテントを構えるロマレダ城周辺の喧騒を楽しみながら、ランポートとシズカが城の中のファナ嬢の居室に見舞いに行くと、そこで懐かしい友人(実質1年も経っていないのだが……)に再開した。アカデミアの同窓のガスとジャンだった。

「やあ、久しぶり」

 ランポートから二人に挨拶をすると、彼等は目を見開いて驚いた顔でランポートを見返した。

「お主、本当にウィリアムなのか?」

 ガスは、嘆息の混じった声で言った。

 逸れもその筈、ここ1年余りでランポートの背は急激に伸び、毎日の鍛錬で身体には結構な筋肉が付いていた。相貌も少年から青年に成りかかって溢れ出る若者の色気を発散し出していた。

「あの、優しげで可愛かった僕のウィリアムは何処にいってしまったのかね?」

 ジャンも大袈裟な仕草で手を広げながら言った。

「それで、どうなんだ? お主の求めていた物は手に入れたのか?」

 ガスが聞いた。

「ありがとう、全て君達のお陰で手に入れつつあるよ」

 ランポートは満面の笑みでそれに答える。

 そして、3人はお互いの肩や背中を荒っぽく叩きあい、再会の喜びを堪能した。


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