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結婚

 ランポートは一日いっぱい落ち着かない気持ちで過ごした。

 修道院で育った彼にとっては、あまりにも女性と触れ合う機会が制限されていたので、女性に対するごく当たり前の知識さえなかった。

 頭の中には、教会で目にする宗教画で描かれた裸婦像のイメージしか浮かばない。その首をシズカに挿げ替えてみても、何かピンと来ないのだ。

 市井の人々は、ランポートの年ならばもう十分大人といってもいい。早い者なら、もう何人もの女性経験があるだろう。若しくは男性経験か?

 そんな愚にもつかない事をあれこれと考えているとウコンが彼を迎えに来ていた。

 サナダの家はラ・ロマレダ城から森を一つ挟んだ北側に建てられていた。建物の殆んどが木造のスペインでは珍しい建築様式で、屋根は竜の鱗の様な石で葺かれている。太陽が沈んだ後の残照に浮かび上がるその姿は、一種独特の圧迫感をランポートに与えた。

 庭に敷かれた踏み石を伝って、彼は開け放された玄関に案内された。

「こちらで履物を脱いでお上がりください」

 ランポートはウコンに促されるまま、革靴を脱いで一段高くなった板張りの廊下に上がった。

 屋内は柱ごとに簡素なランプで照らされ、黒光りする板張りの廊下が左右に長く続いていた。それはまるでドラゴンの体内に踏み入ったような錯覚をランポートに与えた。

 彼は大人しくウコンの後をついて通路を奥へと進んでいった。

「ここでお待ちください」

 ウコンは屋敷の奥の十畳程の部屋にランポートを通した。

その部屋は同じ大きさの草の絨毯の様なものが敷き詰められ、桜の花が描かれた衝立状の板が部屋の片側の壁に立てかけられていた。

 その衝立がある壁以外の三方は、細かい木の珊に白い紙を張った滑り戸で外界と仕切られている。

 その花の絵の前に四角く平べったいクッションが2つ置いてあり、ランポートはその片方に座らされた。

 部屋は沢山の灯明の光で明るく照らし出されているが、家具などの調度品は一切無く潔いほどすっきりとしていた。そこには神学に通じる哲学が垣間見られ、不思議な静寂との調和があった。

 やがて、真っ白な上着に赤いスカートを穿いた女性二人が滑り戸を開けて入ってきて、ランポートの前に背の低い小さなテーブルを二つ運んできた。それぞれには取っ手が付いた朱塗りの平たい水差しと三段に重ねられた朱塗りの平皿が載っている。

 二人の女性はランポートの左右に控えるように腰を下ろした。

 ランポートは興味深くそれを見ていた。静寂の中、衣擦れの音が心地よく聞こえた。

 気が付くと二つの白い影が部屋に入ってくるところだった。

 片方はウコン、彼は白い上着に白いスカート、頭上にはひし形の黒い小さな帽子を載せている。もう一方は、白いローブのような着物に白いフードを目深に被っている。そのローブはただ白いだけではなく、輝く純白の糸で複雑な刺繍がしてある。その人物の目元は隠れているが、ランポートには鼻梁の形、見覚えのある唇からそれが「シズカ」である事が分った。

 両脇に座った女性達がいつの間にか取り出した笛と弦楽器で、ある種独特な音楽を演奏し始めた。長く伸びる甲高い笛の音とリュートのような弦の響きが、スコットランドの民謡を連想させ、ランポートを郷愁に誘う。

 厳かな楽の音の中、ウコンとシズカはゆっくりとランポートの前に歩み寄ってきた。

 ランポートの目は魅せられたようにシズカに吸い込まれていった。美しいなんてもんじゃない、神と並ぶ存在がそこにはあった。

 この館に来てから朝な夕なに甲斐甲斐しくランポートの面倒を見てくれたシズカ。爽やかな風のような微笑で彼の心を掴んでしまった女神がそこにいた。

 シズカは兄のウコンにまったく似ていない。母親が西洋人だったということは、彼女から聞いて知っていたが、黒い瞳と黒髪が無かったら、フランス人で通るような顔立ちをしている。だが、その身体は贅肉一つ無く野生の鹿のように優雅でそのくせ俊敏な躍動感を感じさせる筋肉が付いている。

 ランポートは良く知っている、神秘的で愛しい女性、それがシズカだった。

 シズカは芳しい花の香りを纏って滑るようにランポートの隣のクッションに座った。

 ウコンがランポートとシズカの正面に膝を折って座る。

「この度は、ランポート様シズカ様。ご結婚の儀真におめでとうございます。神の御前での結婚ではありませぬが、ハポン式の婚儀の儀にて両家の結びつきをお喜びいたしたいと思いまする」

 ウコンは平身低頭して祝いの言葉を言上した。そして膝で二人ににじり寄ると、朱塗りの平たい水差しを手に持ち、朱塗りの平皿をランポートに差し出した。

「これは縁固めの儀式と申しまして、新郎と新婦がこの杯に注がれた酒を三度掛けて飲み干す事を三回繰り返す儀式で『三々九度』と呼ばれております」

 ウコンから儀式についての説明があり、ランポートはそれに従って杯の酒を飲み干していった。シズカも傍らで同じ儀式をこなしてゆく。

 儀式が終わると共に楽曲も終了した。

「本日慶兆なり、プランタネジット家サナダ家両家の婚儀滞りなく済みまして候。長上の至りに御座います」

 ウコンは儀式が終わると祝辞を述べた後、シズカに向けて言った。

「シズカ殿、そこな懐に差たる短刀は粟の名工国綱が作、代々サナダ家に伝わる家宝で御座る。プランタネジット家に仇名す者あればそれで魔を退けよ」

 そして、再びウコンはお辞儀をした。

 これでランポートとシズカの結婚は済んだ。

 ウコンがポンポンと手を叩くと、十人以上の男女が足つきの小型の木のテーブルに様々な食べ物を盛って滑り戸から入ってきた。ランポートとシズカの前にもご馳走が並べられる。先ほどまで簡素だった部屋がいっぺんににぎやかな宴会場に変身していた。

 ランポートはハポン流の習慣に驚きながらもその合理性に感心していた。

「さあ、殿様も召し上がりなさいませ」

 シズカはそう言って器用に二本の木の棒で食材を挟み、ランポートの口元に運んでくる。彼は照れながらもそれを口に含み租借する。

「うん、これは旨い」

 ランポートの言葉にその場の者は安心したらしく、堰を切ったように彼に話しかけてきた。

「拙者ヒサモトと申します。シズカ殿の叔父にあたります。さ、お近づきの印に一献傾けられよ」

「この度はおめでとう御座います。叔母のヒサです。シズカ殿がこのような清清しい武士に嫁ぐとは、お亡くなりになった先代やマリア様も草葉の陰でお喜びの事でしょう」

「私は姉のカズホと申します。今後ともお見知りおきの程を」

「私は従姉のサトと申します」

 人々がランポートとシズカを囲んで次々に酒を勧めてきたり、昔のシズカのエピソードを語る。彼は親しみやすいこのハポン風の宴が気に入っていた。

 その様な和気藹々とした酒宴が1時間あまりも続き、かなり酒を飲まされたランポートは酔いが回ってきた。

「殿様、後は叔父上達に勝手にやってもらって、私達はこれでお暇いたしましょう」

 シズカがほろ酔い加減のランポートに耳打ちした。

「はあ、でも私達が退席したら皆が残念がるのでは?」

 ランポートもシズカに囁き返す。

「良いので御座いますよ。叔父や叔母達は結婚にかこつけて飲みたいだけですから」

 ふうん、そんな物なのかとランポートがぼんやり思っていると、シズカは彼の手をとって立ち上がった。

「兎に角、私に付いて来て下さいませ」

 シズカが強引にランポートを立たせる。

 ランポートは借りてきた猫のように大人しくシズカの後をついていった。

 部屋を後にして廊下に出ても、人々はお構い無しに酒宴を繰り広げていた。

 二人は連れ立って屋敷の奥にどんどん進んでいった。ランポートが「もうこれ以上奥はないのではないか」と思い始めた頃、ある部屋の前でシズカは立ち止まった。

「殿様、私は服を着替えてまいりますから、暫くこちらでお待ちくださいませ」

 シズカはそう言うと、部屋の引き戸をガラッと開け放った。そこにはランプ一つで照明された薄暗い部屋にハポン式の寝具が敷かれていた。

 ランポートが言われるままに部屋に入ると、背後で引き戸がピシャッと閉じられ、シズカがどこかへ歩み去ってゆく足音がした。

 ランポートは、ため息と共にハポン式の寝具の上にゴロンと横になった。

「まったく奇妙な結婚式だった」

 ランポートはそう呟いて先ほどの結婚式の事を思い返していた。

 相手の身体に触れない、キスもしない、お互いに見詰めあう事すらしない。淡々と時が過ぎ、自分自身の意志の固さを確認する。

 ニッポン人は強いのだとランポートは思った。西洋人は相手の反応を確認する、自分のことを好きかどうか確かめようとする。だから第三者の神に誓いを立てる。自分自身に自信が持てないのだ。

 だが、ニッポン人は自信が相手を愛する事に自信がある。何があっても、例え相手が他の男や女に現を抜かそうとも、愛し続ける自信があるから、何者にも誓いを立てない。

 ニッポン人はすごい民族だとランポートは思った。今より千年以上も昔から同じ土地同じ環境で生きてきたから、人というものを深く理解しており、他人を西洋人より深く理解する。

 夜具の上で採り止めもない事を考えていたランポートは、微かな衣擦れの音に首をもたげた。そこにはいつの間にかシズカがいた。結婚式の衣装から、透けるように薄い前あわせの寝巻きへと着替えている。

「殿様、さあこちらへ。汗をかいたお体をお拭きいたしましょう」

 跪くシズカの傍らにはお湯を張ったたらいが用意されていた。

 今まで毎日のようにシズカがしてくれていた事であったが、今日は妙に気恥ずかしく感じられた。

「あ、ああ」

 ランポートは身体を起こしてシズカの前に立った。

 シズカの手がランポートの上着のボタンを外してゆく。いつものシズカの手だが、今日は指先が少し震えていないか?上着に続いてシャツも脱がされ、シズカの熱い吐息がランポートの胸板に微かにぶつかって来る。

 シズカはゆるく絞った布でランポートの上半身の汗を丁寧に拭うと、半ズボンのベルトに手を掛けそれを脱がそうとした。

「シズカ……そこは今ちょっと……」

 ランポートは腰をくねらせて、シズカの手から逃れようとした。

「殿、動かないで」

 シズカはピシャッと言った。

 ランポートは力を抜き、シズカのしたい様にさせた。シズカは手際よく半ズボンを脱がし、ストッキングを脱がし、下着も脱がした。

 シズカが大きく息を呑む気配がした。

「……お、大きい……」

 シズカの視線がランポートの男性自身に向けられている事を痛いほど意識する。

「と、殿、さ、触ってもよろしいですか?」

 シズカがごくりと唾を飲んで言った。

「あ、ああ」

 おずおずとシズカの柔らかい手がランポートを包むように触ってくる。そこはランポートの支配を離れ猛々しく暴れ始めた。

「……こ、こんなに?」

 既に暴れ始めた物に彼女の吐息が当たり、ランポートは尚更いきり立った。

「う、うおぉ」

 ランポートは獣のような声を上げシズカに覆いかぶさりその唇を奪った。シズカも甘い鼻声を漏らし口を割ってランポートの荒々しい舌を受け入れた。

 ランポートの頭は痺れていた。男性自身から吹き上がる熱い塊が脊髄から頭に直接注ぎ込まれているようだった。背中に廻されたシズカの手も最初はためらいがちだったものが彼をまさぐる様にそしてきつく抱きしめるように変わる。

「シズカ、君は素晴らしい」

 荒い息を吐きながらシズカの唇から顔を離すとランポートは微かに微笑みながら囁いた。

「ああ、嬉しい。シズカは、全てあなたに捧げます」

 ランポートはシズカを抱き上げると夜具の上にそっと降ろした。そしてシズカの身体を覆っていた薄絹を開いた。

 彼が想像していた以上の物がそこにあった。

ランポートの求めてきたが得られなかった物、当然手にするはずだった女性の愛、男には理解できない素晴らしい物が詰まったシズカという袋がそこに在った。

「俺は君を一生愛する」

「ああ、私は彼方の物、この私の血の一滴まで……全て」

 二人はもう頭で考える事を止めていた。

 お互いを感じる事が全てとなり、溶け込むように混ざっていった。二つになった器が元に戻るように…………。

苦手な表現なので、あまり繁々と読まないでください!

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