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地の文読んでますっ!?~嘘憑きフレンド~

作者: こしあん

 





★★★地の文視点





 今日は、4月の初旬。

世間一般ではいわゆる『入学式』なるものが催される日だ。


 日、麗らかに。桜、咲き誇る。


 そんな日。


 そしてその入学式はここ、私立〝大瑠璃高校〟でも執り行われていた。

入学式と高らかに書かれた立て看板の横を通り、新高校生が続々と校舎に入っていく。



 ある者は期待に胸を膨らませ


 ある者は不安そうな顔をして


 ある者は友人と談笑しながら



 そんな中、一人だけ明らかに周囲から浮いている男子生徒がいた。



 見た目はまぁ普通。

何処にでもいそうな男子生徒。

強いて特徴を上げるとすれば、不健康そうな目の隈であろう。

きっと夜通しでゲームでもやっていたのだ。


 そんな引きこもり脱却初日のような風貌の生徒は怨敵のように校門から校舎を睨み付けていた。


 周りの生徒は希望、緊張、不安といった入学式に抱くべき感情を抱いているにも関わらず、この生徒だけが強烈な負の感情を振りまく。



「負の感情じゃねぇよ。これが俺の緊張の仕方だ。

勝手に変な解釈すんな」



 何もない中空に向かって生徒は呟いた。


 どうやら、彼は緊張の仕方が通常の人間とはズレているか、〝緊張〟という言葉と〝憎悪〟という言葉を取り違えているようだ。「取り違えてねぇよ」

……だが現に、彼の周りでは彼の入学式にあるまじき感情を感じとり、彼を中心にして半径3メートル程の空白の円が出来ている。



「えっ!?ウソ!?マジで!?」



 慌ただしく周囲を見渡す。


 その結果、現実を確認するだけでなく、目があった人全員から目を逸らされるという追加の精神攻撃を受けた彼は、思わず地面に手をついた。



「や、やっちまったぁ……」



 円は5メートルまで広がった。




☆☆☆神影視点




 あー、どうもこんにちは。

入学早々、周りから引かれちゃった人です。


 名前は神影みかげ 神使シンジと言います。







 はは、いいさ……笑いたきゃ笑えよぉ!!


 何だよ神使って……しかも何で〝シンジ〟なんだよ!!

スゲー普通の名前じゃねぇか!!


『すごーい神使ってこれ何て読むのー?』

『シンジ』

『あ……そうなんだ……ふ、普通に良い名前だね』


 期待ハズレで悪かったなぁ!!

何か会話を繋げろよ!!何だよ普通に良いって!!

そんな誉めてない誉め言葉なんかいらねぇんだよっ!!


 ……はぁはぁ、失礼。

まぁ、名前には少々のコンプレックスがあってな……取り乱してしまった。


 ふぅ、よし、切り替えていこう。

そうさ俺はレッツポジティブシンキング。

全然暗い人間じゃない。


 さて、話は現実に戻るけど今は入学式の真っ最中。

ひじょーに暇だ。

だが、入学早々寝るわけにはいかない。

なので現在は脳内会話をやって暇を潰している最中なのだ。

会話っつーか投げ掛け?


 どっちでもいいか。


 ただ、1つ言わせてもらうとこれは俺が


 ぼっち!!!!!!!!!!


 だとか


 イタイ子!!!!!!!!!


 だとか


 厨二病!!!!!!!!!!


 という訳ではない。断じて違う!!!


 理由があるのだよ、理由が。


 つまり、アレだ。

俺にはある特殊な《能力》があるんだ。

……変な人じゃないからな?

安心してくれ、雷を纏うだとか炎が吹けるだとかそんなファンタジックなもんじゃない。

むしろ、え?それって何に使えるの?

無意味じゃね?って言うタイプのやつだ。


 







 地の文が読めます。







 ハッハッハー、凄いよねー、地味過ぎてビックリするだろ?

いや、〝地の文〟って言ってもな、俺が勝手にそう読んでるだけで本当にそうだって決まってる訳じゃない。


 漫画のフキダシってあるじゃん?

時は戦国――、時代は24世紀――、みたいに書かれてるやつ。

四角く囲まれてるやつな。

あんな感じに地の文が読める。

本当に漫画フキダシみたいに四角くて白いボードみたいなのが空中に浮いてて、そこに地の文が書かれてるんだ。


 だから何だって話だけどなー。


 まー、そんな訳で俺は地の文が読めます。


 でも正直、かなり邪魔。


 勉強の時とか最悪。

地の文で教科書とかノートが全部隠れる。

『神影という男は勉強を始めたはいいが、一向に進まない――』いや、お前だから!!

お前のその白いフキダシが教科書を覆って勉強が出来ねぇんだよ!!!



 ……こほん。



 で、だ。

その地の文を見えなくする方法を俺は中学二年の段階で編み出している。


 それがこの脳内会話と言うわけだ。


 正確には〝集中すること〟だけどな。


 地の文の入り込む隙をなくすくらい集中すれば地の文は見えなくなり、俺は快適な生活を送れるのだ。


 ただ、並の集中じゃ消えてくれない。

もう穴が空くほど教科書を見るとか、地の文を弾き飛ばすくらいの脳内会話でないと消えない。


 けど、ま、そのおかげで俺はこうして大瑠璃高校に入れたんだけどな。


 自慢だけどこの高校は……県内有数の進学校だ。

死に物狂いで勉強しました!!って顔した奴等が何人も落ちていく様を俺は見た。

優越感ぱないっす。やったね。

大瑠璃高校は何人かの総理大臣も出して、スポーツの分野でもオリンピック選手を輩出してるスーパー高校だ。


 そんな高校にどうして俺なんかが入れたのか。

それは一重に集中することを覚えたお陰だ。


 地の文が見えだしたら勉強なんか出来ないから嫌でも集中する。

そのおかげでメキメキと俺の学力が音を立てながら上がり、合格までこぎ着けたと言うわけだ。


 だからね、この脳内会話。

無駄じゃないんだよ。

意味のあるものなんだよ。


 だからそこのお前、可愛そうなものを見る目を止めなさい!!





★★★地の文視点




 長い長い校長のありがたいお話が終わり、一年生は各教室で顔合わせを果たしていた。

同じ中学からやってきた者同士で談笑をしたり、新たな仲間と親睦を深めたりとその形態は様々だ。


 もちろん、人に話しかける勇気がなく、周りをキョロキョロと見回すような人間もいる。


 その者の名は神影 神使シンジ


 孤高のぼっ「ちじゃねぇ。これはあれだよ?

人間を見極めてるんだよ。

ほら、友達選びは大切じゃん。

だから俺は周りを見回して、友達になるやつを探してんの。

ぼっちじゃないから。

そこんとこは分かって欲しいな」



 と、言い張るものの実際は誰かに話しかける勇気がな「そんなことない。

そんなことはないからなー、俺はそんな消極的な人間じゃない」



 積極的な人間は入学式にぶつぶつ独り言を言ったりはしない。

そのせいで誰も近付けないのが現状である。「え、そーなの?」



 そうではある……が



「なぁ、お前、どこ中?」



 そんな神影の肩が、不意に叩かれた。



「え?あ、俺?」



 話し掛けられることを期待はしてたものの予想はしてなかった神影は急に話し掛けられても対応できない。

そんな戸惑う神影を前にして、首を傾げた生徒は何かを納得したように手を叩く。



「あ、ワリィ、いきなり言われてもビックリするよな。

俺は佐古川中学出身の宮永みやなが 健斗けんと

お前は?」


「俺は……神影 神使。

緑ヶ丘中学から」


「緑ヶ丘かぁ……知らねー。

あ、俺、出席番号お前の一個後ろだからさ、これからよろしくな」


「おう、よろしく……」



 話し掛けてきた生徒、宮永健斗は気さくな人物のようだ。

独り言を呟く神影に何の躊躇もなく話しかけた。


 神影も初めこそ戸惑っていたが、親しみやすい宮永の雰囲気に流されて何とか持ち直すことができた。

やればできる子だ。「……うるせぇ」小声である。



「お前さ、ゲーセンとか行くタイプのやつ?」



 宮永はそんな神影に構わずに話を続けた。



「……ゲーセン?

まぁ……行くっちゃ……行くかな」



 入り浸っていたクセに。

少しでも印象を良くしようと必死である。(黙れ)



「おー、何やんの?ヌル音とか?」


「ヌル音!?

初対面でいきなりヌル音の話すんの!?」



 神影は同類を見つけて思わず緊張を忘れて宮永に食ってかかる。


 ヌル音とは、〝ヌルヌル音楽カーニバル〟の略称である。

簡単に言えば音ゲー。

自分で創作したキャラクターが画面上でヌルヌル動くのだ。


 まぁ、変態的なキャラクター、つまりはアバターを使用する人が後を立たないのでヲタク御用達のゲームと言われ、一般人は忌避する人が多い。


 神影のアバターはもちろん美少女。

ボン、キュッ、ボンの「俺は何も見えねぇ」である。



「ん?何か言ったか?」


「いや……何でも……。

ってか、お前、初対面でいきなりヌル音の話はないんじゃないか?

知らねーやつからしたら引くレベルのゲームだぞ?

まぁ、俺も大好きだけどさ」


「俺はやったことないけどな」


「……は?」


「へぇー、神影くんってぇー、ヌル音やってるんだぁー、意外だなぁー」



 宮永はニヤニヤしながら抑揚のつけない間延びした声で神影をからかう。



「な……っ……ぁ……」


「どんなアバター、ねぇ、どんなアバター?」


「お、お前……俺を嵌めたな!?」


「嵌めたって……大げさだな」


「ヌル音のユーザーだと嘘をつき、俺の口を割らすなんて……」


「まぁ、嘘だけどな」



 宮永は、猫のような悪戯じみた笑顔を浮かべた。



「……は?」


「ユーザーだよ、ユーザー。ほれ、カード」



 宮永は財布の中から一枚のカードを抜き、神影に手渡した。



「お、お前……!?」


「どうだ、スゲーだろ」



 驚愕の表情を見せる神影と得意そうな宮永。


 そして、神影はおもむろにポケットから財布を取り出し、同じカードを取り出して、宮永に渡した。



「なっ………お前これは……っ!?」


「俺の自慢の〝女〟だよ」



 得意気な神影は気持ち悪かった。


 (落ち着くんだ神影、今ここで叫んでしまえばクラスでの立ち位置を見失ってしまう。

クールになるんだ。

クールに。

地の文なんて俺には見えない。

俺は気持ち悪くない)

 


「ダメだな」



 カードを持ったまま、宮永はため息を吐く。



「は……?」


「お前は全く分かっていない」


「何がだよ」


「女の魅力は胸だけじゃない!!」



 いきなり大声で叫ぶ宮永。

その声量にクラスのメンバーがチラリと宮永を見る。

得心するような視線と、汚物をみるような視線が混ざっていた。



「な、なんだよいきなり……」


「何だこの煩悩の塊のようなアバターは」



 そう言って宮永は神影にカードを突き付ける。

そこにはボン、キュッ、ボンのグラマラスなボディーをした黒髪黒目の眼鏡委員長の姿があった。

ちなみに絶賛放映中の大人気アニメ『絶対王政いいんちょーさまっ!』の主人公がモデルである。



「……っ!!

お前、いいんちょーさまに文句をつける気か……?

全国の下僕クラスメイトが黙っていないぞ……!!


 それをいうならお前だってどうなんだ?

何だこの変態趣味全開のアバターは」



 神影が突き出したカードに描かれていたのは一言で言うならロリ。

修飾するなら、スクール水着に浮き輪の銀髪オッドアイの、と付けるのが適切だろう。

ちなみにこれもアニメキャラであり、『魔法なんて非科学的なもの、わたしは絶対に認めないんだからねっ!』と題された魔法少女系のアニメのキャラである。



「全く……これだからちっぱいの魅力が分からん奴は……」



 やれやれ、と宮永は首を振る。

神影は額に青筋を浮かべた。



「全くじゃねぇよこのロリコン」


「小さな胸……素晴らしいと思わないかい、ミカゲン?」


「誰がミカゲンだ」


「〝小さな〟って冠詞をつければ何でも素晴らしく聞こえるよ」



 神影は唐突にこの鬱陶しいテンションになった宮永を何とかして論破したい衝動に駆られた。

(何でも素晴らしく聞こえるだぁ?

ほっほう、おもしれぇじゃねか……)


 カーン、とどこかで勝負を告げる鐘が鳴った。



「小さな器」


「幼女が頑張って運ぼうとする姿が目に浮かぶ」



 切り返しが早い。だが神影も負けてはいない。



「そっちの器じゃねぇ。

小さな人間」


「人間はお前が思ってるよりずっと強いんだ魔王!!」


「誰が魔王だ。

小さな橋」


「すごいでちゅねー、もう箸が使えるようになったんでちゅかー」


「ストライクゾーンどこからだよ。

漢字もちげーし。

小さな巨人」


「そんな身体で魔王に打ち勝ってくるとは……もうお前をチビとは呼べんな。

〝小さな巨人〟よ」


「俺やられた!?

っつか展開についていけねぇ!!」



 結果、論破されてしまったのは神影だった。(あれは断じて論破じゃねぇ)

論破した側の宮永は得意気に鼻を鳴らす。



「どうだ、分かったか。

小さいということの魅力が」


「いや、あんまり。全く。

これっぽっちも」


「なら、教えてやろう」


「いや、別にいいよ」


「未発達な身体!!」


「聞けよ犯罪者」


「空気抵抗とかを感じさせないフォルム!!」


「誉めてんの?それ」


「むしろ魚雷型!!」


「だからそれ誉めてんの?」


「飛行機の翼はきっとちっぱいを参考に作られたんだ!!」


「お前が何に魅力を感じてんのか分かんなくなってきた」



 いつの間にか机の上に登り、高らかに宣言し始める宮永。

それに合いの手ツッコミを入れる神影。

“視線”を注ぐ生徒。

額に青筋を浮かべる教師、という図が完成した。「……教師?」



 神影がこそりと呟くと宮永もその高説を止めた。



「「あ」」


「今年の一年生は随分と“個性的な方々”がやってきたようで……私もこんな生徒は初めてなんですけど……


 一体、どげん、しくさりよって、くれるとよ?」



 実は神影達の担任である教師はマジギレすると色々な方言が混ざる……らしい。

マジギレの程度はあえて詳しくは触れまい。

彼らが今からまさに体験するのだから……。



「さっさ座らんかいワレェェエエエ!!!!!」


「「すいませんっしたぁ!!!!!」」



 こうして、神影の高校生活初めてのHRが始まったのだった。







★★★地の文視点





 キーンコーンカーンコーン。

キーンコーンカーンコーン……。



「今日のHRはここまでです。

皆さん、明日のテスト頑張って下さい。

そこの二人、上位じゃなかったら……分かっとりやすか?」


「「イエス、マム!!」」



 軍人のように素晴らしい敬礼を決めると、先生は口調を元に戻した。



「では解散です。

学級委員は明日決めるので……とりあえず出席番号で……朝霧さん、号令をお願いします」


「きりぃーつ、れぇーい」


「「「「「「さよーならー」」」」」」



 鞄を手に下げ下校するもの、クラスメイトと談笑に励むもの、等々。

様々な生徒がいるが神影と宮永の二人は机に突っ伏して動かない。

その突っ伏した体勢のまま、神影は宮永に話しかけた。



「死ぬかと思った……」


「俺は思ったより、平気だったぜ……だらしねぇなぁ……神影……まぁ、嘘だけどな」


「見りゃあ分かるよ。

顔面がヨウ素デンプン反応くらいに青紫になってんだから」


「やったなー、ヨウ素デンプン反応。

お前んとこ何でやった?」


「んー、普通に葉っぱじゃねぇの?

あれって光合成の反応を確かめる為に使ったろ?

高校じゃ溶液同士の反応を確かめるのに使うらしいけどさ。

お前んとこはどうなんだよ宮永」


「俺んとこはな……クラスに光合成してるんじゃねぇかっていうくらい物静かな奴がいたんだよ。

転校してきたばっかで、何か仲良くなるきっかけが欲しかったんだ。


 だからそいつにヨウ素溶液ぶっかけた。

そしたら反応がマジで起こって焦った」


「何だそれ!?

イジメの如き描写が見えたけどそれ以前に化学的にありえないことが起こってんぞ!?」


「まぁ、嘘だけどな」


「……」


「ぶっかけたんじゃなくてお茶にヨウ素液を入れたんだ」


「反応は事実!?」


「身体中に青紫色の斑点が出てきてなー」


「ホラーだな」


「それが原因でさぁー、主犯だった俺に変なアダ名がついちまって……」


「自業自得だ。

いいんちょーさまに裁かれろ。

ギルティだギルティ」


「“ぶつぶつ紫の宮永”とか“青紫イボガエル”とか“佐古川の妖怪”とか……」


「お前飲んだ側かよ!!?」


「俺……皆と仲良くなりたかっただけなのに……話題が欲しくて……皆と違うことをすればヒーローになれると思ってぇ……っ!!」


「やめろ。痛いから。

心が痛いから。

なんか……心に染みるから」


「その日のプールは地獄だった……」


「だろうな」


「時間が経てば経つほど、斑点が広がって……」


「光合成してやがる!?」


「ヨウ素が身体から抜けるまで大変だったぜ……」


「すげーしみじみとしてんな」


「でも、あの日見た同級生のパンツは忘れられない」


「お前の原点を見た気がする」


「くまさんパンツ……ぐへへ」


「もしもし、警察ですか」


「まぁ、嘘だけどな」


「そうだと言ってくれてよかったよ」


「オトナなスケスケ黒パンツだった」


「おまわりさぁーん、こいつでぇーす」


「あのギャップは反則だぜ……小学生の癖に胸が大きかったのはマイナスだがな」


「その話詳しく」


「110……と」



 流れる会話。避けられる二人。

定型文のように繰り出される会話は一種の漫才のようであるが、内容が内容なのであまり感心できるものではなかった。

吊り橋効果というものだろうか。

恐怖を共に乗りこえた二人は知り合って数時間で、その距離をかなり縮めていた。



 そして、無駄話が続き……



「明日のテスト終わった後、何か予定あるか?」


「テストの後?

うーん……特に何するかとか決めてねーけど……」


「じゃあさじゃあさ。

駅前のゲーセンで〝ヌル音〟やろうぜ」


「おっ、いいねー、やろうぜ。

俺のいいんちょーさまの動きを見せてやるぜ」


「舐めるなよ。

俺のさやかたんの動きでお前を酔わせてやる」


「あれ?

お前の使ってるキャラってアイリスたんじゃなかったか?」


「………………ないわー」


「はい?」


「そこは『はは、お前のキャラなんかじゃぼくちんは酔わねぇよ』とか言ってさ」


「俺の一人称はぼくちんじゃねぇ」


「そこですかさず俺の口癖であるところの『まぁ、嘘だけどな』を炸裂させるところだろーよ」


「あれ口癖だったのか!?」


「まぁ、嘘だけどな」


「ツッコミからの口癖!?

ってか結局どっちだよ!!」


「まぁ、嘘だけどな」


「脈絡を考えろぉおおおお!!!!」




 まぁ、そんなやり取りがあった後、神影と宮永は家路についた。

そして帰り道……神影はこの会話を思い出して………







 とても興奮していた。




☆☆☆神影視点




 うっっっっっひょぉぉぉぉぉほぉぉぉおおおおおぉぉぉおぉおぉおおおおおおおおぉぉぉおぉおぉおおおお!!!!!!!


 やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべぇ!!!


 きたあぁぁあああぁぁあぁああ!!!!!



 『友達』が出来たぁぁああぁぁああぁぁぁぁあぁあ!!!!!!!


 あの会話の感じ、あの親しげなやり取り、もう『友達』確定だよね!?

ね!?

別に俺の勘違いなんかじゃないよね!?


 うっっっっっひょぉぉぉぉぉほぉぉぉおおおおおぉぉぉおぉおぉおおおおおおおおぉぉぉおぉおぉおおおお!!!


 『テスト終わった後どーするよ神影』

『駅前のゲーセンで〝ヌル音〟やろうぜ』


 遊びのお誘いふぉぉぉおおおおおぉおおっい!!


 あ、あそっ、遊びふぉぉぉおおおおおぉおおぉぉぉぉおぉぉぉおぉおっっい!!!!!


 やったぜ……やったぜ神影 神使!!


 お前やればできるじゃねーかっ!!


 中学2年から足掛け2年……友達のいないぼっちライフからとうとう脱却だぜっ☆


 明日は友達と遊びに行く……〝友達〟と遊びに行く……ひゃっっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっい!!!


 あぁ、何処か不自然なところとかなかったかな!?

大丈夫だよなっ!?

この胸のドキドキはバレてないよなっ!?

うん、バレてないバレてないバレてないっ!!!


 いやー、ホントにいいもんだね、〝友達〟って。

まずね、響きがいいよ。

あと友っていう文字も素敵だよね。

人と人とが支え合うから……ってこれは人か。

あれ、友だっけ?

まぁ、いいや。

細かいことなんていやっふぅ。

もー、どうでもいいやっふぅ。いやっふぅ。いやっふぅ。いやっふううううう!!



★★★地の文視点



 家にたどり着くまでこのウザいテンションの神影であった。

心の声など誰にも話せないような酷いものである。

脈絡も皆無。死ねばいいのに。

「そんなツレない地の文も許しちゃうぜいやっふぅううう!!!」もう死ねばいい。



☆☆☆神影視点



 気が付いたら家の前だ。

いやー、テンション上がってたもんな。

楽しい時ほど時間が早く過ぎるって本当だなー。

















 ………………………………殺気を感じる。


 あ、いや、頭は大丈夫ですよ?

今、俺は自分の家の扉に手をかけたまま固まってる。

横にスライドさせる和風の扉な。

ガラガラって音が鳴るやつ。

俺ん家、神社だから和風な家なんだよ。


 その奥から明らかな殺気を感じる。

いや、ごめん嘘ついた。

まぁ、嘘だけどな、ってやつだ。

殺気は感じない。

ただ『さぁ、その扉を開けた瞬間がお前の最期だぜっ!!

だから早く扉を開けろぉ!!』っていう気は感じる。


 だってね、もう見えてるもの。

曇りガラスでもさ、奥に人が居るかどうかくらい分かるじゃん?

だから奥に黄色い服着たナニかがクラウチングスタートの姿勢で待ち構えているのが見えるんだ。









 くっ、くくく……あぁ、いいぜ。

来ると分かっていれば怖くない。

一瞬、強烈な気に気付いて身構えちまったが、別にこれはいつものことだ。

家にいる人間でクラウチングスタートの構えをしながら俺を迎えるような奴は一人しかいない。

攻撃パターンだって研究済みだ。

負ける気がしないね。

恐るるに足らず、だ。

まぁ、勝敗は見えてるが……勝負といこうか!!



「てやっ!!」


 ガララララっ!!!!

勢いよく扉を開ける。


「あちょーー!!」


 踏み込み三歩目からの顔面に飛び蹴り!


「ふっ!!」


 華麗に避ける!


「チェストぉお!!」


 そのまま空中で回し蹴り!


「甘いっ!」


 華麗に避けるっ!

ふっ、まだまだだな……我がいもう―――


「ふぉあっっちょおおおおおお!!!」


「へぶっ!!!?」



 地面に……叩き付けられた……だと!?

一体どうやって……?

いや、予想はつくけどありえない。

俺はそんなの認めねーぞ……………。



「甘いのはそっちの方だったなにぃちゃん!!

今までのあたしじゃあ空中での技は連続で二つ出すのが限界だった!!

だが、限界を越えてこそにぃちゃんの妹である神影 御雷ミカだろ!?

予想を上回ってこそあたしってもんだぜ!!」



 ……くっそ、マジかよ……もう人間じゃねぇよ俺の妹。

なんで空中で三回も技を繰り出せるんだよ。

二回の時点でもう人外だろうが。

なんでそれを上回ってんだよ。

なんで空中回し蹴りから空中かかと落としが繰り出せるんだよ。


 伏せている俺の頭上で得意気な声を出しているのは俺の妹、神影 御雷ミカ

黒髪、短髪、拳法着。

女子にしては高めの170センチオーバー。

中学生なのに俺よりちょっとだけ高い。くそう。

Cカップ。

ネコ目、喧嘩っ早い。

見た目だけなら、カッコイイ系女子ナンバーワンだ。

以上、見た目説明終わり。


 ちなみにこいつの名前である御雷は建御雷神タテミカヅチノカミから来ている。

雷を司る神様で武神だ。

名は体を表すと言うが、こいつの場合はまさにその通り。

だって名前負けしてねーもん。

雷までとはいかなくても、50メートルを六秒台で走る。

まだ中二なのに。

半端ねぇ。

あと、一番の特徴は身体が柔らかいことだな。

雑技団に入れるんじゃね?ってレベルの柔らかさだ。

それが人間に不可能な動きを実現させていると言っても過言ではないだろう。

そして当然のごとく運動神経抜群で、特に武術関係に才能があり、色々手を出して自分独自の技とか作ってたりするんだが……。



「ふむ、にぃちゃんを打倒せしめたこの技を〝超ウルトラハイパーミカ式暗黒武術其の参拾陸さんじゅうろく・大火炎雷落とし〟と名付けよう」



 技名がその……アレだ。


 暗黒と火炎要素なんかねーだろ。

百歩譲って雷は自分の名前ってことで……あ、ダメだミカ式って言ってる。

雷の要素もねーわ。


 それからこいつは名前を付けても絶対に覚えてねぇ。

断言出来る。

参拾陸さんじゅうろくとかテキトーだろ。

ばーかばーか。脳筋妹め。

身体能力は負けてても頭の出来は天と地ほどの差があるぜ。

なんてったって、こいつ九九が出来ねーもん。

中二なのに。

ぷぷー。はずかしー。

こいつのアホさ加減はビックリだぜ。

この前だって、小学生にバカにされて悔しがってたもんな。

足し算を間違えて。

それも一桁のやつ。

ほんと、姉妹で足して2で割ればちょうどいいのにな。


 ……と、うつ伏せのまま、心の中で俺はミカを罵る。

すると頭上で気合いの入った声が聞こえた。



「さぁ、にぃちゃん!!今日こそあたしに朱印を教えてくれ!!」



 予想の斜め上を行く発言だな相変わらず。



「お前はどこと貿易する気だ」



 清はもう滅んだぞ。



「じゃあ押韻!!」


「踏んでどうする」



 そもそもお前、韻って書けねーだろ。

押も怪しいけどな。

これは決して押韻を即興で思い付かなかった言い訳じゃない。



「索引!!」


「英語でいうと?」


「サックイン!!」


「チャップリンみたいに言ってんじゃねぇ!」



 しかもサックインて……sack in か?

えーと、確か意味は……〝寝る〟だったな。

寝とけ永遠に。

それともあれか?

(メリケン)サック(をお前の顔面に)イン(するぞ!!!)

って意味でのサックインか?

はは、笑えねー。

こいつにメリケンサックなんか渡したら死人が出る。

多分一人目は俺。



「じゃない!!そうだ!

呪印だよにぃちゃん!!

呪印を教えてくれ!!

あの漢字がいっぱい並んだかっこいいやつ!!」



 ……っち、思い出しやがった。

このまま流せるかと思ったのに。

初めの朱印が一番近かったな。

漢字的にも発音的にも。

まー、でもこんな俺でもにぃちゃんなんだ。

ここはにぃちゃんらしく……



「無理だな」



 うつ伏せの状態から片膝を立てて座る。

顔を下に向けて深刻そうな声音と表情をするのは怠らない。

ドラマのシリアスシーン顔負けの演技力が今……!!



「なんで!?」


「実は……あの呪印には副作用があるんだ」



 拳を固く握り締め、歯を噛みしめながらミカの目を見る。



「な、なんだってぇ!?」


「あの呪印は、刻まれた内容を理解していないと……」


「していないと……?」


「……死ぬ」


「えぇっ!!!?」


「だからっ……お前に呪印を託すことは……できないんだっ……!!」


「そ、そんな理由があったなんて……」


「俺だって理解するのに何年も修行したんだ……お前には……無理だ」


「そ、そんな……」


「だが、悲観することはないぞミカ。

呪印に頼らずともお前には神より承りしその肉体がある」


「お、おう」


「自分の限界を定めず、向上を続けるのは素晴らしい。


〝神のゴッド・オブ・アイズ


 全てを見通し、予見する俺の目だからこそ分かる。

お前は……まだまだ強くなれる」


「分かったぜにぃちゃん!!

あたしはもっともっと強くなる!!

そんでもって世界を救ってみせるぜぇええ!!」



 びしっ!、と天を指差すミカ。

ほんとちょろいっす。

いや、妹が間違った道に進むのを妨げるのも兄の勤めだと思うんだよ。

神のゴッド・オブ・アイズ

ナニソレオイシイノ?

そんなの堂々と言うなんてまるで厨二病じゃないか。

呪印?

はは、なんのことかな、僕にはさっぱりだよ。


 昔のこと何て忘れたヨ?


 とにかく、俺はミカを守ったんだ。

厨二病という魔の手から。

今でも軽く厨二は入ってる……ってか現在中二だけど、まだあれはバカの部類だ。

アホの子だ。

厨二病ではないはず。

そう信じたい。



「そーだにぃちゃん、話は変わるけどさ。

明日のテストの後、どーせ暇だろ?

あたしもテスト終わったら暇なんだー。

だーかーらっ、何かしてあそぼーぜっ!!」



 思い出したようにファイティングポーズを決めたミカに俺は戦慄した。

冗談じゃない。何して遊ぶつもりだバカ。

だが、まぁ、お前と遊ぶことはないがな。



「あーゴメン、無理だわ。

俺、“友達”と約束があるから」



 友達と約束があるから……なんて素晴らしい言葉だろうかっ!!

あぁ、この言葉を言える日が来るなんてっ!



「うええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!??


 に、にぃちゃんに友達だってぇぇええええええええええええ!?」



 ふっ、どうだ驚いたろう?

そうだ、俺に友達が………



「くそう!!

一体そいつは何が目当てなんだ!?

金か?身体か?身代金か!?肉体か!?

どんな目的があってにぃちゃんに近付いていたんだぁああああ!!?」


「おいやめろバカ、そんなんじゃねぇよ」


 

 どんだけ俺に友達が出来ることが異常なことなんだよ。

お前だってあんまりいねぇだろ。



「違うの!?にぃちゃんのお尻が掘ら「そおいっ!!」へぶっ!」



 殴った。

聞いてはいけない言葉が聞こえそうになったので。

手遅れな気もするけど。



「何すんだっ!!」


「ごるぶふぉぁっ!!!!」



 殴られた。

多分三メートルくらい空を飛んだんじゃないかな?

倍返しなんてもんじゃねぇ。

百倍くらいはあるじゃないか?

骨が折れてない俺を誉めてやりたいぜ……。



「とにかく、明日は用事があるんだ」


「ふーん」


「なんだその目は」


「にぃちゃんが騙されてないか心配する目」


「騙されてねーよ、

ほら、いつまでも家の前で話しててもしょうがねーだろ。

俺をさっさと家に入れろ」


「へーいへいっと」


「今日の夕飯は?」


「神影神社まんじゅうinカレー。

甘かったよ」


「だろうな……ってかまた(売れ)残り物の創作料理か……」


「売れないんだからしょーがないじゃん」


「そのまま食べる選択肢っていつから消えたっけなぁ……」


「にぃちゃんが――」




★★★地の文視点



 こうして残りの時間は何事も無く過ぎ去り、神影 神使シンジの一日は更けていく。

だが、これは始まりに過ぎない。

密度の濃い一日ではあったが、これは言うなれば起承転結の“起”の部分なのである。



「……あ、フラグ立った」



★★★地の文視点



「そこまで!

最後尾の人は前の座席の人の解答用紙が上になるようにして回収してきて下さい」



 だんっ、と神影は解放感から机に突っ伏す。

担当の教員のお疲れさまでした、の声と共に喧騒がやって来る。

テストが何事も無く終了した。



「……ほんとに何も無かったな……」



 神影は机の木目をぼんやりと眺めながら、自身の思考を口に出して整理する。



「もしかしたら、俺の高校生活というスパンで考えた起承転結かも知れないな……

うん、きっとそうに違いない。

フラグなんて無かった。

残りの承転結は一年くらいしたら出てくるさ」



 うんうん、と一人納得する神影。

そんな神影に、後ろの席に座っていた宮永からやる気のない労いの言葉が飛ばされる。



「おっつーみかげー」


「おっつーみやながー」



 お互いにそれとない脱力感を感じさせる掛け合いだ。

試験監督の教員が教室から出ていき、それと入れ替わるように担任の教員が入ってくる。

神影はそれに疑問を感じた。



「あれ、なぁ宮永。

テスト終わったら即解散って流れじゃねーの?」


「いや、なんか学級委員だけ決めなきゃいけないらしいぜ」


「えっ!?マジで!?」


「まぁ、嘘だけどな」



 にやり、と人を小バカにしたような笑みを浮かべる宮永に神影の血管が浮き彫りになる。



「お前ちょっ「昨日連絡した通り、本日は学級委員を決めてから解散します。

成りたい人は挙手をお願いします」……嘘じゃねーじゃん」



 怒鳴り付けようとした神影の言葉に被せるような担任の言葉。

人を混乱させるようなことを言った宮永に、神影はジト目を向ける。



「………………………えっ?」


「聞こえないフリしても意味ねーよ」


「俺は動揺なんてしてマセン」


「動揺が後ろ三文字に出てんぞ」



 この学校は生徒の自主性を強く重んじることを校風にしている。

そのため、学級委員、生徒会などの権力が高い。

さらに言えば、学級委員は内申が高い。

しかもその内申はかの大瑠璃高校のものだ。

なので……



「うわぁ……」


「えぇ……」



 神影、宮永、朝霧以外の全員が手をあげるという日本の高校では異常な光景が見られることとなった。「朝霧?」


 そういえば昨日の号令をかけていた生徒が朝霧という名であったことを思い出し、神影は右前の席の方を見る。



「えぇ……」



 神影は先程と全く同じ声を漏らした。

そこにいたのは昨日は目にも止めなかった朝霧という生徒ではなく、金髪、ピアス、膝上15センチスカートという姿の、いかにも“女子高生”といった女生徒だった。


 不機嫌そうに脚を組み、鞄を持っている。

早く帰らせろ、と暗に主張しているようだ。


(昨日一日で一体何が……?)



「おや、今年は三人も手を上げてない生徒がいますね」


「三人……も?」


「そうですよ宮永君、三人も(・)です。

では規定通り立候補してない人からの投票で決めたいと思います」


「「え?」」


「誰がいいですか?」


「「俺らの疑問の声は無視ですか!?」」


「はい」


「「即答!?」」


「……仲いいですね、君達」



 そうは言っても投票しないことには帰れないことを悟っていた二人はクラスを見渡して……



「あの巨乳ちゃんで」「あのちっぱいちゃんで」



 などという言葉を吐いた。

指名された二人は喜ぶべきはずなのだが、下を向き、顔を赤らめる。

担任は一瞬顔をしかめたものの、すぐに元に戻して一番前の席に座る朝霧にも意見を尋ねた。



「朝霧さんは誰がいいですか?」


「……布乃瀬ふのせさんで」



 その瞬間、神影のクラスに巨乳委員長が生まれたのだった。










★★★地の文視点










「はい、無事に学級委員も決まったことですし、今日はこれにて解散と致します。

学級委員の布乃瀬さんはこの後4時から生徒会室で行われる学年会議に参加してください。


 朝霧さんは個人的に話があるので私と一緒に生徒指導室まで来てください。


 神影君と宮永君は帰り道の闇討ちに気をつけて下さい。


 では、布乃瀬さん、号令を」


「起立、礼」


「「「「「「「さよーならー」」」」」」」




 神影、宮永両名は礼と共に教室から逃亡したことをここに記す。

胸の大きさで委員長を決めた罪は重い。「人聞きの悪いことを言うなっ!!

俺はあの子なら委員長をやれると思ったんだ!!」

などと本人は述べており「だぁーっ、もう!!

消えろ地の文!!俺の悪口を止めろぉっ!!」




☆☆☆神影視点




 ふぅ、全く……地の文はほんとにいらないことまで書きやがって……暫くは脳内会話でいこう。

うん、そうしよう。

折角友達と遊ぶんだ。

地の文なんかに邪魔されてたまるかっ!!





 ってなわけで……



「来たぜゲーセン!!」


「やって来たぜヌル音!!」



 平日の昼間のゲーセンの人の少なさったらもうアレだけど、そのお陰で誰の視線も気にすることなくヌル音が出来るぜ!!



「先攻はもらうぜ神影」


「おう、映像ばっかに集中して手を止めんなよ?」


「フ……そんな心配が杞憂だということを教えてやろう」



 ちゃりりん、と音を立ててヌル音に吸い込まれていく200円。

そして画面には、カードをセットしてください、の文字が現れた。



「いくぜ、アイリスたん。

俺達の熱い絆をあいつに見せてやろうぜ!!」



 そう言って宮永は自分のカードをセットする。

うん、リアルにこういうことを言いながらセットするやついるよねー。

バカだよねー。

そんなバカを俺はリスペクトするけどな。


 そして、画面に宮永のアバターであるアイリスたんが出てくる。


 スクール水着に銀髪、浮き輪を装備した緑と赤のオッドアイのロリ。

いつ見ても変態なアバターだ。



『うん、おにいちゃん!!

今日もアイリスといっぱい遊ぼうね!!!』



 画面上に文字が現れる。

このゲームはアバターの容姿だけでなく、要所要所の台詞までも自分で作ることができる。


 つまりこれは宮永が考え出した文章だ。


 ……俺は何も言わないよ?

暖かい目で見てるだけ。



「ふおおおおおおお、行くぜギアセット!」



 用語解説・ギアとは


 別売のゴーグル状の機材で、VR技術の疑似再現を名目に作られたものだ。

五感は無理だとしても視覚だけなら再現に成功している。

さらに防音機能付きでもある。



「フッ、お前のプレイ……見せて貰うぞ。

未来の利器マーシャルアーツ!!

プラグイン!!」



 未来の利器マーシャルアーツとはつまりギアのことだ。

俺は未来の利器マーシャルアーツを観賞用とかかれた穴に差し入れた。

やめて。

そんな目で見ないで。

ちょっと宮永のテンションに流されただけだから……








 世界が切り替わる。

あらゆる音と光が煌めくゲーセンがいかにもな南国ビーチへと様変わりだ。

……まぁ、少しはゲーセンの音が聞こえてるけどな。

ヌル音が始まれば気にならなくなる。


 さて、目の前にいるのはギアを掛けた宮永と、銀髪オッドアイスクール水着浮き輪のアイリスたん。


 周りの雰囲気がビーチであるのでアイリスたんの衣裳もそこまで気にならない。

だが、少し犯罪的な匂いがするのは俺だけだろうか?


 宮永お前……防音されてて何言ってるか全っ然聞こえねぇけど興奮しすぎだ。

鼻息を止めろ。その手つきはなんだ。

おい、これは映像だ早まるなっ!!!!



『おにいちゃん、アイリスと踊る音楽を選ぼうよ!!』



 よくやったアイリスたん。

君は何とベストなタイミングで喋ってくれるんだ。


 いや、っていうか……アイリスと(・)踊るだと……?

まさかアイツ……



『魔法少女だって信じてよぉ……、だね♪

アイリスの曲を選んでくれてありがとうっ!

大好きだよおにいちゃん!!』



 補足説明:魔法少女だって信じてよぉ……とは


 まぁ、要するにキャラソンのことだ。





 ~~~~~~~♪♪♪



 お、音楽が始まったな。

宮永も集中してる。

アイリスたんが楽しそうに身体全体を使ってリズムを取る。


 アイリスたんがくるっとターンする。


 ターンするときの一瞬の溜めだとか、ターンでつんのめる仕草だとかこの前奏でおしりを横に振る動作だとか……


 萌えるね。

やっぱりヌル音さんいい仕事やってるわ。




《わたし、魔法少女なのに……信じてよぉ……》




 始まった。

そしてこのセリフと共に変化したアイリスたんの表情……マジ半端ねぇっす。

ウルウルと目に涙を溜め、両手を前に宮永にすり寄っていく。

もちろん、触ることは出来ないし、近くに来るという演出だけなのだが、そこはヌル音、映像の美しさが売りのゲーム台だ。

その1つの動作がリアル過ぎて見入ってしまう。

正直に言おう。可愛いです。

俺はロリコンじゃないけど、それは認めよう。

そして宮永はというと………




「 



                     」



 何か叫んでる。

多分アイリスたぁぁぁぁん!!

とか

俺は知ってるよぉぉぉ!!

とかその辺を全力で叫んでいるんだろう。

防音機能が優秀だから叫んでる風の声しか聞こえないけど。


 とか考えている内に音楽ゲームとしてのヌル音が始まった。


 今更ながらヌル音のゲーム説明だ。

手元にある八種類のボタンを画面と音楽に合わせて押す。

以上終わり。




《目覚ましがなる あさ8時》


 タ・タタタタタン♪ タ・タタタタ♪


「                     」


 ヤバイっ、遅刻だっ、どーしよーっ!って合いの手を多分入れてる。


 映像のアイリスたんは目をぐるんぐるん回して、完全にパニック。


 萌えますなー。


 ちなみに、現在の映像は南国のビーチではなく、家のベットだ。

歌詞と共に、場面が変わったんだ。



《でもでもわたしは慌てない》


 タラタタ タラタタ  タラタタタ♪


 アイリスたんはちっちっち、と指を振る。


「                     」


 なんでっ、どうしてっ、遅刻しちゃうよ!?


《だぁーってわたしは》


 タラッタ タタタタ♪










《魔法少女っ なんだからーーっ!!》


 タラタタラタタッ タンタタターーーン♪

タ・タタタッタ・タタンタ・タン・タン♪


《わたしはまーほーぅ しょーうじょー》


 タタタタ・タータータ タータター♪


《時をもどして》


 タラタ・タラタタン♪


《今日も頑張る》


 タララ・タラタタン♪


《なのにあのーこーは 信じてくれないっ》


 タラタ・ターラータター タンタタタラタタン♪


《うーそーじゃーなーいのー》


 ターラーターラータター♪


《しーんーじーてよぉっ!》


 ターラーターラタッ♪


《証拠だとか原理だとかそんなの全然分かんないけどでもでも私は魔法が使える信じてよぉっ!……ぁっ、ごめんなひゃい……怒らないで……ぅぇ………》


 タラッタタタタン・タタタタタタン・タンタンタンタン・タランタッタタタ・タラタラタラタタ・タタタタタタタタ・タンタタタン!



 …………………



 さて、こんな感じに曲が進んでいるわけだけども、冒頭のアイリスたんの発言を覚えているだろうか。

『アイリスと踊る音楽』

そう言ったのだ。

それを踏まえて、ヌルヌル動いてダンシングしているアイリスたんから泣く泣く目を離し、宮永の方を見る。



「                                       」


 簡潔に言うと、宮永は叫びながら叩きながら踊っている。


 曲に対して執拗に合いの手を入れ

 それでもボタンを叩き続け

 かつ踊っている。


 これはいわゆる〝廃〟の名を冠する者のプレイの仕方だ。

“踊り手”とも言われる。

中々これをやる人間はいないんだけど……やるじゃないか宮永、見直したぞ。



『ご………ごめんなさぁぁい…………』


 タン・タタタン・タンタン♪


 宮永がはぁはぁ息を荒げながら決めポーズを取ると共に、曲が終わった。



『楽しかったよおにいちゃん♪

また、アイリスと踊ろうね!!』



 手を振るアイリスたん。

そして映像が消え、ただの黒いギアの内側が見えるだけになった。



「もちろんだぜ!!

アイリスとぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっん!!!!!!」



 ギアを外した。

宮永の声が聞こえる。

うん、うるさい。

ゲーセンの音楽をかき消す程の声量だ。



「いやー、楽しかったぜ!!」



 宮永が爽やかな笑顔でギアを外した。

そんな宮永に俺は格好つけてフッ、と意味深な笑みを浮かべてみる。



「まさかお前も(・)“踊り手”だったとはな」



 ほんとに予想外だった。

まさかこんな近くに同類・・がいたとは……

いや、何となく初めて見たときから分かっていたさ……お前が……同類だってことはなっ!!



「お前も(・)……ってことは……まさかお前っ!?」


「その……まさかさっ!!」



 ギアを差し替え、200円を投入し、宮永に俺の実力を見せつけてやろうとしたその時



「お客様方」



 とんとん、と肩を叩かれ、投入しようとした200円を止める。

振り返って見るとそこにはこのゲームセンターの店員の服を着た人がいて、俺達に向けてありがたい忠告をしてくれた。

それはもしかしたら警告だったかもしれない。



「店内ではもう少しお静かにお願いします」



 どうやら、宮永の声は思ったより大きかったらしい。

そして、ゲームセンターで『静かにしてください』と言われるという珍しい経験をした俺達は、恥ずかしさやら何やらで逃げるようにゲーセンを出たのだった。




☆☆☆神影視点






「もうこんな時間なんだな」



 と、宮永が呟いた。

そうだなー、と俺は宮永に合わせる。

ちなみに現在は午後4時38分。

あの後近所のアニメショップ〝に萌えざらんや〟に行った結果がこの時間だ。

あるよねー、アニメショップに行ったら時間が経ってたこと。

特に何も買う訳じゃないけど、眼の保養ってやつ?

いやー、今日はすげー保養されたわ、うん。



「お前さ、門限とかある感じの家?」



 と、唐突に宮永は俺に聞いてくる。

んー、門限は……ないかな。

中二の時は学校サボりまくって日本中旅してたし。

流石に中三ではやんなかったぜ?

じゃなきゃ大瑠璃高校になんて入れねーし。

まぁ、それはさておき、門限とかは特にない。

連絡さえ入れれば外泊だってできる。

ということを俺は宮永に伝えた。



「マジで?

んじゃ、今日は俺んちで飯食ってく?」


「な、なんだって!?」



 こ、こここここっ、これはもしかして“お呼ばれ”というやつなのか!!?

伝説上のあの伝説的伝説イベントのっ!!

あのっ、伝説の“お呼ばれ”だと言うのかぁっ!?



「何か用事でもあるのか?」


「ま、まままままっさかぁ」



 しまった。

変な感じに裏返ってしまった。

まっ(↑↑↑)さ(↓)かぁ(→)

的な。



「で、どうする?」


「イキマスッ!!!」



 喋り方が安定しない。

だがまぁ、そんな些事はこの際どうでもいい。

さっと携帯を取り出し電話帳を開く。

パカパカするタイプのやつだ、文句は言わせない。


 あれ?

こういう時って誰に連絡すればいいんだっけ?


 普通に考えれば両親だろう。

だが、残念なことに俺の両親は携帯電話などというハイテク機器は持っていないのだ。

〝古風な〟人達だからな。

ふむ、なら、ミカか?

いや、ダメだな。絶対にダメだ。

あいつは携帯を持っているけど、うまく活用出来ているのは写真を取る機能くらいだ。

それすらも活用できてないかもしれない。

ほんとに残念な妹だ。


 なら……うん、あいつだな。

メールしたら怒るかな?

いや、でも連絡しない方が怒るか?

どっちにしろ怒られるなら連絡するか。



宛先:ネオニート予備軍

件名:

本文:今日友達ん家で夕飯食べるから、母さん達に言っといて



 よし、送信、と。



「よっしゃこれで『ブブブブブブ!!!』おわっ!?」



 メール着信のバイブがなった。

べ、別にビックリしたワケじゃないんだからねっ!

ってかマジかよ、返信速すぎねぇ?

思いつつ、メールフォルダを開く。



受信先:妹2

件名:死ね

本文:何ネオニート予備軍で登録してんの?

死ね



 あれ、あれあれ?

俺はこいつのことをネオニート予備軍で登録しておいたハズなんだけど………何で変わってんの?

っていうか何で分かったし。

向こうからは分からねぇハズだろ。

と思ってたらもう一度ケータイが鳴る。



受信先:妹2

件名:バーゲンダッツ

本文:何が起きても知らないから





 …………こわっ!





☆☆☆神影視点




 妹2ことネオニート予備軍からの恐怖メールはとりあえずスルーすることにする。

なんてったって“お呼ばれ”だからな。


 宮永の家はパン屋さんだった。

意外だ。

口癖からして詐欺師かと思ってたのに。

そんなことは口には出さないけど。

ちなみに親御さんはいなかった。

おいおい、俺呼んじゃっていいのかよ、と思ったが別に良いそうだ。

自由だなぁ。


 そしてさらに意外なことに、宮永の部屋は普通だった。

どういう意味かと言うとヲタク臭がしない。

あんだけヌル音をやりこんでるから部屋の中はカオスになっていると踏んでいたのに。

主にフィギュアとかで。

これは俺の部屋に呼んだら盛大に弄られるな……。


 まぁ、そうはいっても?

机の上から三段目に“そういうモノ”を隠しているだろうことは、地の文が読めなくても分かるけどな。

同族の鼻ってやつさ。

あと机の上のパソコンも怪しいな。



「さて、メシの時間まで何して遊ぶ?」



 うーん、そんなことを言われても今までほとんど友達と遊んだことないから分っかんないんだよな。

小学校くらいにまでさかのぼらないとそんな記憶ないんじゃないか?

だから……



「何して遊ぶって言われてもなー」



 正直、全く分からないのだ。



「じゃああれだ、ボーイズトークしようぜボーイズトーク」


「語感が悪いわ!」



 何だよボーイズトークって。

ガールズじゃなくてボーイズになるだけでこんなに印象が変わるもんなのか。



「まぁ、ボーイズトークはいいとして、お喋りしようぜ、お喋り。

ピロートークってやつだ」


「それだけは絶対に拒否する!!!!」


「まぁ、嘘だけどな」



 また、こいつは……!!!



「それが言いたいだけだろお前っ!!」


「枕話しようぜ」


「直訳か!」


「まぁ、嘘だけどな」


「いい加減うざいっ!!!」


「枕投げしようぜ」


「ぃよっしゃあ!!」


「まぁ、嘘だぶぁっ!」



 決め台詞をキメようとしていた宮永に渾身の枕を食らわせる。

もちろん宮永の部屋に置いてあったやつだ。

宮永は枕を腹に抱えて起き上がった。



「お前って意外と暴力的なんだな」


「いや、今のは100人に聞いたら30人くらいは同じことをするって言うと思う」


「残りの奴らは蹴るか殴るかだな」


「残りの奴らは……って先に言うな!!」


「オチが透けてるぞ神影」


「お前ほどオチが透けてるやつはそういない」


「えぇ?そんなことないってー。


 まぁ、嘘だけどな」


「透け透けじゃねーか!」



 口癖だからって多用すりゃいいってもんじゃねぇぞ!!



「スケスケだなんて……神影は一体何を考えているんだよっ!!」


「お前をどうやって黙らせようかって真剣に考えてる」



 何だろう。

友達なのに、スゴくうざいです。

普段の俺は紳士なんだぜ?

ミカ以外には暴力も振るわないし、暴言も吐かない。

そういう相手が居なかったから、って言うのは禁句な。



「第一回、チキチキ昔話ターイムッ!」


「チキチキって何だよ、勝手に始めんな!」


「中学校の頃の話です」


「聞けよ」


「当時の俺は軽い厨二病でした」


「ありがちだな」


「お金とか本気を出せば十億円くらい稼げる気がしてました」


「十億って数字がまた……厨二っぽいな」


「そんな俺の失敗談」


「いえーい」


「体育祭の時のお話」


「ふむふむ」


「綱引きの掛け声がファイトー、だったんだけど」


「普通だな」


「間違えてようじょー、って叫んじゃった」


「どんな間違いだよ!!?

厨二病関係なくね!!?

これただの失敗談だよな!?」


「まぁ、嘘だけどな」


「どこからどこまでが!?!?」



 会話が疲れる……



「はい、次神影なー」


「えー」


「えー」


「えー、にえー、で返すなよ」


「早くっ、早くぅ☆」


「お前は俺に何を期待してんだ……」


「幼女関係のお話」


「欲望に忠実だな!」


「えへへへー」


「照れんな!」


「誉められたかと思って」


「安心しろ、誉めてねぇ」


「えへへへー」


「キモッ」


「えへへへー」


「分かった、話すよ、話すから……その気持ち悪い顔を止めてくれ」


「わーい」


「…………小学校の頃の話だ」


「小学生キター」


「水泳の授業で」


「スク水きたぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「……鳥がプールに落ちてきたんだよ」


「スク水小学生がプールに落ちたんたんだな」


「可哀想だから先生がその鳥を助けて」


「可愛いから先生がスク水小学生を抱き上げて」


「校庭に向けて放ったんだよ」


「校長に向けて放ったのか」


「……!そ、そしたらなんと、その鳥がそのまま校庭のバスケットゴールに入ったんだ!!」


「そしたらなんと、スク水小学生が校長のバスケットボールを「そぉぉおいっ!!」口に入れたんだなぶはっ!!!」



 な、なんだと………!!?

俺の必殺・伏せ字パンチ!を受けてもなお変態発言を言い切りやがった!!



「いや、正直隠せなかったこととかどうでもいいわ。

お前の脳内が腐りすぎて手遅れだった衝撃が強過ぎる」



 初めの、鳥=スク水小学生とかどうやったらそうなるんだよ。

その後の可哀想=可愛い、助ける=抱き上げる、校庭=校長は語感が似てるからまだ分かる。

ごめん、やっぱ分からん。

俺の話を聞いてどうしてそう解釈した。

そして校長に向かって放った、の所で笑いそうになった自分が憎い。



「スク水と聞いてちょっとおかしくなってたぜ……」


「言ってねえよ」



 俺はな。



「何!?

だったら俺のこの胸の疼きは一体なんなんだよぉっ!!?」


「全部気のせい」


「冷たいな!?」


「お前に対してはな」


「知り合って二日目にして扱いが雑!」


「これは仕方ないと思う」



 こいつのウザさは何て言うか……才能?

殴ることに全く抵抗を覚えないんだよなぁ。

友達なのは嬉しいんだけどねっ。

ツンデレじゃないよっ。



「じゃー何やるよー?」


「漁る」


「何を?」


「オマエノ……ツクエヲダァァァ!!!」



 ホラーテイストに言ってみた。

特に意味はない。

まぁ、詮索イベントって友達の家に行ったら絶対するよな。

ふっふっふ、友達っぽくていいじゃないか……!!


 バッ、と俺は宮永の机のアニメフィギュアがあると睨んでいた机の三段目に手を掛け、引き、そして勢いよく戻した。






 ……………いやいやいやいやいやいや。


 ナニアレ?

エ?


 ダークマター?


 暗黒な物質なの?


 放射能的なナニカを放ってたよ?

大丈夫なのアレ?死なないよね?

俺死んじゃわないよね?


 目がぁぁぁぁ!!!!

とかならない?


 この展開は予想してなかった。

軽いノリのつもりだったんですよお巡りさぁん!


 やばい。


 汗かいてきた。

あ、あるぇ?

おかしいな。

滝のような汗が止まらないぞ?


 俺のバスケットボールがきゅうん、てなる。


 ダークマターなんて言葉じゃアレは言い表せない。

だってアレ、ハルマゲドン級の力を秘めてるって。

アレで宇宙征服できちゃうって。


 そもそも何で宮永の机にあんな「みぃぃぃぃぃたぁぁぁぁぁあなぁぁぁぁぁぁぁ????」


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」



 お、おまっ、宮永、おまっ。

ホラーテイストで合わせてくるんじゃねぇよ!!!

心臓増えるかとおもったじゃねぇか!!!

ほら、ビックリし過ぎてわけ分からんこと考えるし!!



「つーかお前これ、なんだよ!!!

何マゲドンだこれは!!?

何でこんな危険物を机の中に入れてんだよ!!」


「それは、姉マゲドンだ」


「姉マゲドンって何だよ!!!」


「分っかんねーやつだなぁ!!

それはねえちゃんの遺品だよ!!!」


「え?」



 え?今……なん、て……?



「え……?」



 あまりにも突然の話に疑問系の言葉を発することしか出来ない。

宮永はベットの上に腰かけて、俯いた。



「俺ん家さ、昔はパン屋なんかやってなかったんだ……

父さんも母さんも……中流のIC関係の同じ仕事してたんだ。


 中学生の時の話だ。

上司の……つうか他会社のワガママみたいな陳情で二人とも首にさせられた……


 そこからはもう大変さ。

家計は火の車。

借金にも手を出して、てんやわんやの大騒ぎ。

その日暮らすのもやっとだった。


 俺は働きたかったけど、世間はそれを許しちゃくれない。

毎日悶々としながら学校へ行ってた。



 そんで……ねえちゃんは……死んだんだ……っ!!」



 おい、嘘だろ?

どーせ、また嘘なんだろ?

俺を小バカにしたような顔でさ、にやけた顔して……まぁ、嘘だけどな、って……



「過労死だった……!!


 高校も中退して、無理にバイトを入れまくって、毎日毎日働いて……!!!


 皮肉なことにさ、ねえちゃんが死んだ時の保険金で、借金が返せた。

このパン屋も建てれた……」



 なんで、泣くんだよ……。

まぁ、嘘だけどな、って言えよ。

止めろよ……お前にシリアスなんて似合わねぇよ……!!

宮永が顔を上げる。

その視線は俺じゃなく、机の上の写真を見ていた。



「それ、家族の写真。


 お気に入りのやつなんだ。

皆で……笑いあってた頃の写真」



 その写真に写っていたのは今よりちょっと幼い宮永と、両親、そして……宮永のお姉さん。

本当に幸せそうに四人は笑っている。

宮永の両親は肩を寄せて、微笑んで、その前で宮永のお姉さんが宮永に後ろから抱き付いている。


 本当に……幸せそうな写真。



「宮永……」


「悪い、急にこんな話して。

まだ……知り合ったばっかなのにな」



 はにかむ宮永。


 なんて、声を掛けたらいいんだろう。

友達なら、こんな時どうするんだろう。

分からない。

分からないけど……!!




 俺は……皆が幸せになれる“結”末になるように全力を尽くすって決めてるんだ!!

























「今が「まぁ、嘘「けんと~、ご飯できたよー」



 時間が止まった、ように感じた。


 待て、まぁ、待て。


 あの一文の間に起きた出来事を整理しようそうしよう。


 まず、俺が黒歴史確定なクサイ台詞を言おうとした。

内容は絶対に喋らん。


 次に宮永が俺の言葉に重ねてまぁ、嘘だけどなって言おうとした。

てめー、やっぱり嘘じゃねえか。この詐欺師が。


 最後に宮永の死んだお姉さんがドアを開けて入ってきた。


 ……おい。


 ジトッ、とした目で宮永を睨む。

涙は当然のように止まっていた。

てゆーかよく見たらさっきの家族写真パン屋の前で撮ってるじゃねえか。

保険金でパン屋建てたんじゃなかったのかよ。

よくそんな写真で騙せると思ったな!

ドアを開けて入ってきたお姉さんは俺を見て止まった。



「あら、健斗の友達?」


「あ、はい……多分」


「多分?」


「あ、いや、深い意味はないです。

その……宮永……健斗君がお姉さんが死んだって言っていたのでその……驚いてしまって」



 ばかっ、おい!


 自業自得だばーか。


 口パクでお姉さんに見えないようにやり取りをする。

ゆらり……と、何かのオーラを纏ったお姉さんが宮永に近付いていく。



「けーんーとー?」


「いや、違うんだねえちゃん、これには訳ガッ!!」



 は、鼻フックぅぅ!!?

今、俺はあり得ない映像を目の当たりにしている。

なんと鼻フックで人間が浮いているのだ。

痛い痛い痛い痛い。

見てるだけで鼻が取れそうだ。

ほがほが呻く宮永(弟)に対して宮永(姉)は裁判で犯人を追い詰める尋問官のような顔で宮永に笑いかけた。



「五文字」


「つい癖で」



 笑顔でそれに答える宮永(弟)。

そして、判決は下された。



「字足らず!!!」


「ふんがっ!!!」



 そんな姉弟のやりとりの後、宮永は投げ飛ばされる。


 いやいや、お姉さん。

ぴったりですよ?

平仮名なら。

なんてことは絶対に言わない。

鼻フックで人を投げ飛ばせるような人に意見なんて絶対にしない。



「ごめんねー、ウチの健斗が嘘教えちゃってっ」



 何事もなかったかのように振り向いたお姉さんに思わずビビる。

怖い、笑顔が怖い。



「あ、いえ、もう、慣れたので……

そ、それよりっ、健斗君の机の三段目の引き出しに入ってるのって……何ですか?」



 何か会話をしなければ、いや、話を反らさなければいけないような強迫観念に駆られ、俺はピクピク痙攣する宮永を無視して机の三段目を指差した。

お姉さんもその流れに乗ってくれ、引き出しに手をかける。



「三段目?

どれどれ~~?」



 開ける。閉める。


 そうでしょうとも。













 でも何で顔を赤くしているのでしょうか。



「もう健斗ったら~~!!

どうしてこんなもの取って置いてあるのよっ!!」



 クネクネとした動作でお姉さんは動き、履いていたスリッパで宮永を叩く。

痙攣から立ち直っていた宮永は大げさな身振り……少々あざとい身振りをする。



「そんなっ、お姉ちゃんが僕の為に焼いてくれたバレンタインのクッキーだよ!?

もったいなくて食べれないよっ!!」



 く、クッキィィイィ!!!!!!!???

アレが!!!??

マジで!?!?!?!?!?!?


 いや、どう見ても兵器でしょう!!??



 宮永の変な口調は今は頭に入らなかった。

お姉さんが顔に手を当てて恥ずかしがるが、あの兵器を作ったのがこの人だと分かると全然カワイイと思えなかった。



「ごめんねー、変なもの見せちゃったよねー。

この子ったらいつも私が作った食べ物をもったいなから食べないって言うの」



 成る程……この人は錬金術師なんだな。

食べ物から兵器を作れるなんて……タダ者じゃない。

きっと国家組織の工作員だ。うん。

そして彼女は今日一番の笑顔を俺に向けた。



「今日は父さんと母さんが出掛けたって言うから腕によりをかけて作ったの!!

この時間に居るってことは夕飯を食べていくのよね?

たっくさん作ったからいっぱい食べていってね!!」



 はい……?


 錬金術師さん、一体何を……?


 ギギギ、と宮永の方を見る。


 そして口パクでこう言う。








 一人じゃ無理。




★★★地の文視点




「「ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛ぅ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛」」



 暗い暗い夜の道。

街頭が路道を頼り気なく照らす中、盛大に吐瀉物を撒き散らしながら歩行する少年達がいた。


 神影と宮永だった。


(こ、この状況で集中とか……無理)


 神影は恨めしそうな顔で宮永を睨む。



「ぉ゛う゛ぇ゛ぇ゛(お前……初めからあの姉マゲドンを処理する要員を確保する為に俺を夕食に誘いやがったな)」


「お゛ろ゛ろ゛(今更気付いても遅いぜ。

既に姉マゲドンは始まっている)」


「ろ゛ろ゛ぉ゛ぇ゛(これいつになったら止まるんだよ)」


「ぉ゛ぉ゛ぅ゛う゛(初めての人はまだまだかかる)」


「ぉ゛ぅ゛(マジかよ……)」


「お゛お゛お゛(お、胃酸出てきた。

見てみろよ神影ー。

地面溶け始めたぞー)」


「ぉ゛ぇ゛ぇ゛う゛(おー、本当だー。

人間って本気出せばアスファルト溶かせるんだなー)」



 普通は溶けない。

だが、体内に入り込んだ異物(姉マゲドン)に過剰に脳が反応した結果、異常なほど強力な酸が作られたのだ。


(人間ってすげぇな)


 そんな馬鹿なことを神影が信じた時、宮永が立ち止まる。

どうした、と神影が声を掛けようと振り返ると宮永は盛大に嘔吐した。



「お゛お゛お゛ろ゛っ゛っ゛!!!!」


「ぉ゛わ゛(うわっ)!?」



 洪水のように流れる胃酸の後で、宮永は苦しそうに最後の塊を吐き出す。

姉マゲドンだった。

宮永は、全てを絞り尽くした雑巾のように息を切らしていた。



「ぜぇーーーっ、はぁーーーーっ!!!!

ぜぇーーーっ、はぁーーーーっ!!!!!」


「ぅ゛う゛ろ゛ろ゛(なんかコレ………蠢いてるんだけど)」


「まぁ、姉マゲドンだしな」



 宮永の口から吐き出されたソレはうにょうにょと波打ち、生き物のように蠢いていた。

神影はさっと目を反らす。

その口からは滝のように胃液が流れ出している。



「お゛ぉ゛ぁ゛ぅ゛え゛(なんかお前痩せた)?」


「5キロは堅いな」


「ぇ゛ぇ゛う゛う゛(俺……死ぬんじゃないだろうか)」


「しゃーねーなー……絶対に後ろ向くなよ?」


「お゛?」


「ほいさぁっ!!!」


「ごっ!!?

がぶる゛ばぁ゛!!!!!!」



 神影の背中を思いっきり殴る宮永。

それは絶妙な力加減で神影の腹を刺激し、体内の異物を吐き出させた。

神影の口から姉マゲドンが飛び出し、びちびちと跳ねる。



「……きもちわる」



 魚のように跳ねる謎の暗黒物質から神影は再び目を反らすのだった。





★★★地の文視点





「よし、じゃあ学校へ行こうか」


「なんでだよ」



 学校と、神影の家へと行く別れ道となるY字路で宮永が神影の肩を掴む。



「実はな、スマホを学校に忘れていることに気付いたんだ」


「それを取りに行くってか?

明日まで待てよ」


「俺の厳選された画像フォルダが誰かに見られたらどうするんだ!!?

アイリスたんやさやかたんのあんな画像やこんな画像が入っているんだぞ!?

もしそれを見られるようなことになったら……俺はこの学校でずっと変態だと罵られる……ぁ、それもいいかも」


「これ以上変態属性を追加するな!!」


「ふっ、俺にM属性を追加させたくなくば、学校に付いてくることだな」


「どんな脅しだ」


「まぁ、嘘だけ「よし、帰るか」



 言質をとった神影はさっさと自分の家に帰ろうとする。

しかし、宮永はその右手を強く掴んだ。



「まぁ、嘘だけどな」


「何がだよ」


「嘘が嘘だ」


「めんどくせー……」


「頼むっ!

俺達、友達だろ!?」


「うっ……」



 何だかんだ言って、友達という言葉に弱く、結局は付いていってしまう神影なのであった。

案外可愛「くねぇよバカ」いところもあるものだ。「お前もか!くそう!」




★★★地の文視点




「……で、どうやって入るんだよ」


「うーん……」



 神影と宮永は校門の前で立ち往生している。

大瑠璃高校はそれなりに高い敷居に囲まれているため、脚立などを使わないと侵入することは出来ない。「侵入って言うな」

校門は内側から鍵が掛けられる仕組みになっており、現在の時間――つまりは8時頃だが――では当然のように閉められている。

開けてもらうには校門の横にあるインターホンを押し、教師の許可を得るしかない。

しかし、学校の教師が今の時間に居るかどうかも疑わしい。

居たとして、忘れ物のスマホを取りに行く為に入れてくれるだろうか。



「入れないだろうなー………」



 はぁ、と神影はため息を吐く。

一方の宮永は校門の隙間から学校内を一心不乱に覗いているので神影の悲しい独り言は聞こえていない。「悲しくねぇよ」



「おい、誰か来るぞ」



 宮永は校門から目を離して神影を見た。



「おいおい、どーすんだよ。

お前も俺も……まだ制服だぞ?

こんな時間に教師に見つかったらヤバイんじゃないか……?」



 ヘタレチキンな神影がビビる。


(俺はヘタレチキンじゃない、分別を弁えた大人なだけだ)


 宮永は何かを考えるようにアゴに手を当てた。



「隠れるか」


「どこにだよ……っておい何やってんだお前」



 そこにあったのは……ダヴィデ像。

制服を脱ぎ捨て、パンツ一丁になった宮永のポーズは完璧な程にダヴィデ像を模倣している。

校門の右側に位置するダヴィデ像は完全に学校のオブジェの一部分と化していた。

これならばバレることは無いだろう。

(いや……アウトだろ……色々と……)



「おい、神影、お前も早く!」


「は?」


「右側だけじゃ不自然だ!

左側にも何か像を作るんだ!」



 左右対称に存在する彫刻。

確かに学校ではよく見られるものだ。「ねーよ」

一般的に見て、右側だけ像が存在するのはおかしいだろう。

宮永の演技は完璧だが、これではいくらなんでもバレるというものだ。

「地の文……お前もかっ!」

ちょっとローマな気分の神影であった。

ダヴィデはローマと関係がないのだが。

「そういう間違いを指摘するなっ」

そして、刻一刻と学校からの足音は近づいてきていた。



「くっ………!

やるしかないのか………っ」



 そこからの神影の動きは早かった。

宮永が脱ぎ捨てた制服、それを素早く利用し、自由の女神を作り上げた。

シャツを冠、ズボンを右手の松明、ガラケーを銘板の代わりにした自由の女神が完成した。

いや、女神ではなく男神か。「どっちでもいいわそんなもん」



 ギィー、ガコン、ギギギィ…………。


 校門が開く。

横に開くタイプのオーソドックスな校門だ。

神影、もとい自由の男神は冷や汗をかきつつ、その様子を観察していた。(おい、なんで言い直した)


 校門から出てきたのは……二人。



「うっぜぇ、いつまで残らせる気だよ」


「お前が反抗するようなら、また明日も行うぞ」


「知るか。あたしはやりたいようにやる。

口出しすんな」


「そういうわけにもいかん。

学校の規則というものが……」


「知・る・か!!

クソつまんねー話しやがって。

あーあー、ずっとこんなクソ教師と居たせいでクソみたいな臭いが移っちまった。

あー、臭」



 出てきたのは、教師と生徒。

生徒は教師の方をちらりとも見ず、肩で担ぐように鞄を持っている。



「教師に対してその口の聞き方はなんだ!!」


「うっせぇ、このてっぺんハゲ」


「なっ………!!!」


「話なげーんだよ。

言わなくてもいいことをグチグチグチグチ……

途中から割り込んで来たクセに、ほんとウゼェ」


「お前……何も反省してないな!!!!」


「ああ」


「~~~~~~!!」


「ん?

こんなところに像なんかあったか?」



 ぬかに釘、のれんに腕押し、馬耳東風、とばかりに教師の言うことなどまるで聞かない生徒だった。

その教師を舐めきった態度に、沸点の低いてっぺんハゲが気になり始めた40代後半の教師は頭を赤くする。(てっぺんハゲは本当なのかよ!!)



(つーかコイツ……朝霧とか言うやつじゃないのか?)



 自由の男神を疑わしげに見つめているのは朝霧という女生徒だった。

そう、急にグレてしまったあの朝霧さんである。

金髪、ミニスカにピアス………は今はしていないが、とにかく女子高生女子高生しているちょっとヤンキーな口調の生徒だ。(女子高生女子高生しているヤンキーってなんだよ……

つーか、冷静に分析とかする前に今の状況ってヤバくね?

これバレる数秒前じゃん?秒読みじゃん?

くそっ!!

宮永なんかの策に乗るんじゃなかった……!!)



「自由の男神なんか今はどうでもいいだろう!!

話の続きだ!!」


(何でこいつにまで自由の男神で通ってんだよ!!)


「イヤだ。

あたしはもう帰る」


(こいつまで!?)


「家はどっちだ!!」


「はぁ?

付いてくる気かよ。

キモい、さっさと帰れ十円ハゲ。

そんなんだから奥さんに逃げられるんだよ」


「おい!!待て!!!!」



 さっさと歩く朝霧を奥さんと子供にねちっこさが原因で逃げられた十円ハゲの嫌味な教師が追いかける。

(うわぁ……全部本当のことなのかよ。

これだけ見てると確かに気持ち悪そうなやつだな。

あいつにだけは怒られないようにしよう)


 神影はふぅ、とため息を吐く。

数秒のことではあるが、神経を磨り減らすような隠密行動のせいで神影の精神はかなりすり減っていた。

まぁ、成功したのだから良しであろう。



「まず成功するなんて思わねぇよ」



 何もない中空に向けて神影はボヤく。



「おい、神影」



 不意に彼を呼ぶ声がした。

見ると、一仕事を終えてスッキリした顔の宮永が居た。



「鍵、開いたまんまだぜ?」



 月明かりの中、校門に手をかけて宮永は悪そうな笑みを浮かべた。




「まず、服を着ろ変質者」





★★★地の文視点






「ひゃっほぅ、見つけたぜ!!!!」


「うるせえ」



 学校に侵入した神影と宮永はすぐにお目当てのブツを見つけた。「言い方もうちょっとどうにかなんねーのかよ」

そして宮永は凄まじい勢いで画像フォルダを開く。



「Oh………マイエンジェルズ、会いたかったよベイベー」


「濁った目でヨダレ垂らしながら画像フォルダ見てんじゃねぇよ。

リアルで通報すんぞ」


「キラキラ☆」


「目ぇキラキラさせてもダメだ!!

まず、ヨダレを止めろ!!」


「ずもももももも」


「ヨダレは止まっても今度は目が濁ってる!!

1つのことにしか集中できない小学生か!!」



 漫才コンビは今日も大爆笑だ。「意味わからん」

ツッコミ師、神影は絶好調だ。「ボケに回ってんじゃねぇ!

ツッコミで疲れるだろうが!」

深夜の学校でキレる神影。

一方の宮永は何故か机の上に立っていた。

直立不動の仁王立ちだ。



「フッフッフッフ」


「おい、どうした」


「夜の高校………なんかテンション上がるな」


「……まぁ、な」


「なんかやろうぜ!!!」


「なんかってなんだよ」


「考えてない!」


「おい」


「昼の学校じゃ、絶対に出来ないこととかやろうぜ!」


「例えば?」


「裸になる!」


「やりたいか?」


「全然!!」


「おい」


「机タワー!!」


「楽しいか、それ?」


「全然!!」


「……おい」


「踊ろうぜ!!」


「……はい?」


「こう、机を並べてステージみたいにして、その上で踊ろうぜ!」


「うーん……もう一押し」


「スマホによる音楽と映像付き!!」


「うーん……」


「映像は擬似立体映像!」


「よし、やろう」



 神影は間髪いれずに賛成した。

ちなみに擬似立体映像とは最近のスマホに見られる技術である。

まだ粗い部分もあるが、時代は進歩したものだ。



「で、何流す?」


「その前に何があるのかを教えろよ」


「魔法少女だって信じてよぉ……」


「だろうな」


「魔法なんて信じないわっ!」


「うん」


「薔薇園学園校歌」


「それで」



 薔薇園学園校歌は神影のフェイバリットアニメ、絶対王政いいんちょーさまっ!

のエンディングテーマである。


 そうと決まった神影達の行動は速かった。

必要な分の机をかき集め、素早くステージを用意する。

大きさにして机3×3の特設ステージだ。

ちなみにスマホは教卓の上だ。




「オゥケィ、準備はいいかいブラザァ?」



 宮永が拳を突きだし



「オゥイェ、ベリベリグッドだぜ相棒ぉ」



 神影が拳を合わせる。

無駄な連帯感だ。



 欧米風のノリで準備が出来たかの確認を取る二人。

さしずめ、ジェームズとリチャーズと言ったところか。「そうさ!俺達はアメリカンなんだぜっ!」

ツッコミ不在は世知辛いものである。



「ミュージィックゥ…………ストァァトゥ!」



 ブォン、スマホの画面にホログラムが浮かび上がる。

まだまだ完成度は低いものだが、神影達のテンションを上げるには十分すぎるものだった。

そこに居たのは絶対王政いいんちょーさまっ!の主要人物達。

主人公海風遥を筆頭に個性溢れるキャラクターが立ち並ぶ。

もちろんロリキャラも存在する。

二人がどのキャラを推しているのかは言わずもがなだ。



「はるか様ぁぁぁあ!!!!!!」


「こゆりたぁぁぁぁんっ!!!!」



 そして、前奏が始まる。



「OK!ヘイユー!聞いてるかい!?」


「バババ、薔薇園学園校歌だぜっ!!」


「今週のバラ校はラップ調でお送りするYo!」


「「OK!レッツスィンキィング!!」」



 前奏……である。



《希望~のみ~ね~の~》


「希望と言われちゃ黙っちゃおけネェ!」


「我らが望むは」


「「王政!王政!」」


「キレイなあの子に」


「美麗なまなこに」


「「射ぬかれちゃってheart break !」」



 この曲は普通の学校でも歌われていそうな当たり障りのない歌詞である。

断じて、このような不快なラップが挟まれているということはない。「不快じゃねぇYo!」

正式なラップ信者には、ここで深く陳謝しておく。



《たぁ~~かぁ~~くぅ~~し~~て~~》


「はい!灰!ハイ!肺!」


「Fly high!」


「サ店で頼むは」


「フライドポテト!」


「バーに行ったら」


「ハイボール!」


「「廃テンションでレッツdance!!」」



 ……この後しばらくの間二人は躍り続けた。

一曲では物足りないとばかりに二曲、三曲と音楽を流し続ける。

そして、二人は気付かない。

先程の悪魔きょうしがすぐそばまで迫っていることに。「うっそ、マジか!!!」



「宮永っ!ダヴィデ!!」



 神影の動きは速かった。

息もつかせぬ迷いのない動作で宮永のスマホを切り、回収。

そして、宮永も神影の言わんとしていることにすぐに気付き、あっという間に服を脱いで神影に投げる。


 ダヴィデと自由の男神の再誕である。



「だぁぁれだぁぁぁあ!!!!!!!

こんな時間に学校にいるのはぁぁぁぁあ!!!!」



 ばぁん!!!

と、乱暴に扉が開かれる。

開けたのは先程の十円ハゲ逃げられ嫌味教師だ。(うわ、あいつかよ……)



「こんな時間に一体何を………!!

ん……?

誰もいない?」



 教師がいくら見渡したところで、教室にあるのは2体の像だけ。

故に教師は二人に気付かないのだ。(気付かないじゃねえよ。

気付けよ、十円ハゲ。お前の目は節穴か。

いや、こっちとしてはありがたいけどさ)

まぁそれは一重に、宮永のダヴィデの完成度が上がっているせいもあるだろう。

そう、今まさに彼はダヴィデ。

一糸纏わぬその姿は(すとぉおおおおっっぷ!!

あいつ何やってんの!?

そこまでやるっつうか、どこまで脱いでるんだよあいつは!!!!)



「くそっ、どこのどいつだ、こんな所に像を置いていったのは……」



 ぶつくさ言いながらハゲは宮永に近付いていく。(略すなよ、せめて教師をつけろ)



「それにしてもこれは再現しすぎだろう……まるで本物ではないか。

全く……こんなものを放置するなど……風紀が乱れるというのが分からんのか」


(本物だよ。そしてもっともだよ)



 まじまじと、宮永のブツを見つめるハゲ。

するとおもむろにブツに向かってデコピンを繰り出した。(はっ!!!!?)



「はぅんっ!?」


「な、なんだっ!??

今、この像……喋らなかったか!!?」



 一歩像から引くハゲ。

ダヴィデの顔が奇妙に歪んでいるが、夜の闇のお陰か、ハゲはその顔に気がつかない。



「……気のせいか……全く私もどうかしている……像が喋るなど……夢物語もいいところだ。


 ……それもこれもあの朝霧という生徒のせいだ!」



 そして怒りを込めたデコピンを繰り出すハゲ。

殴らないのは像を壊さないせめてもの配慮だろう。(いらない!そんな配慮いらない!!)

宮永も学習したのか、その強烈な一撃を顔を歪めるだけで耐えきってみせた。(頑張れ!頑張るんだ宮永!!)



「あいつは学校を何だと思っているんだ」



 ぴん。



「生徒は大人しく教師の言うことを聞いていればいいんだ!」



 ぴん!



「まだ、慰謝料だって払い切っていないというのに!!」



 ぴん!!



「あんな奴をこのままにしておけるか!!!」



 ぴん!!!



「さっさと退学になればいいんだ!!!!」



 ぴん!!!!



( 止めてあげてぇええええええ!!!)


 現在宮永は一人で百面相をしている。

一撃ごとに顔だけを変化させ、その悪魔のような拷問に耐える。

決して気取られてはいけない。

このハゲならこんな状況、即退学ルートにされてもおかしくないのだから。

故に宮永は耐える。



 どれだけの暴力が振るわれようと!


 どれだけ理不尽な扱いを受けようと!!


 彼は……諦めない。(宮永ぁぁぁぁあ!!

お前、負けんじゃねぇぞぉおおお!!)







 その後、20分、ハゲの愚痴+暴力は続いた。

愚痴の内容は朝霧のことから学校の乱れ、果てには自身の毛髪事情や離婚の事情にまでその魔の手は伸びる。

一通り毒を吐いて満足したのか、彼は教室から去っていった……。


 後に残ったのは……真っ白になった気高き戦士のみ。




「宮永……宮永ぁぁあ!」


「あぁ、神影か……俺はどうやら……

ダメみたいだ」


「そんなっ、そんなこと言うなよ!

これからじゃないか……俺達の旅は……まだまだこれからじゃないか!!」


「すまない……これからだってときに……はは」


「宮永ぁ……」


「でもダメなんだ……。

俺の肉体も、精神も、ダメージを受けすぎたんだ……」


「なにか……何か方法はないのかよっ!?」


「……もう、ムリだよ。

流石にこれは……どうしようもない」


「諦めるなよ!

お前が諦めて………どうするんだよぉ……」


「ヤツの力は強大だ……

指一本で……がふっ」


「お、おい宮永……宮永!!」


「もう……限界みたいだ……後のことは……頼む」


「そんな………死んじまうみたいなこと言うなよ……」


「神影……最後に、一つだけ……


















 俺、もうお嫁にいけない……!!」


「お、おい宮永……宮永っ!?


 宮永ぁぁぁぁぁああああ!!!!!」



 力尽きた宮永。

叫ぶ神影。

意味不明な謎のテンションで交わされる会話は終わりを告げた。


















「まぁ、嘘だけどな」


「ぴん」


「はぅんっ!!?」




★★★地の文視点




 あの後、二人は難なく学校から脱出した。

ハゲに見つかることもなく、平穏無事な脱出だ。「脱出っておい」



「んじゃ、また明日な」



 にこやかに宮永は笑い、手を上げ……



「おう、また明日」



 神影も同じように返す。


 また明日。

この何気無い言葉はぼっちである神影にとって堪らなく嬉しいものだった。



「……もうぼっちじゃねぇよ」



 神影は家路を急ぐ。

現在は夜の9時頃。

なんやかんやで宮永の家を出てから一時間近く経ってしまった。



「あ、そーだ、忘れるところだった」



 コンビニを目の前で神影は立ち止まる。



 ウィーン。



「危ない危ない」



 神影がコンビニから出てくる。

その手にはビニール袋が握られていた。



「さ、帰るか」



 こうして、神影はやっと家にたどり着くことができたのだった。




★★★地の文視点




「ただいまー」



 ガララララ。ガチャ。

神影は靴を脱いで家に上がる。

慣れ親しんだ廊下を歩き、リビングへ。



「ミカはもう寝たのか?」



 リビングにたどり着いてもミカの襲撃がないことから、神影はそう判断する。

彼の妹であるミカは健康的な人間だ。

やることがないと9時10時頃に寝てしまうことも多々ある。



「ま、どうでもいいか」



 冷凍庫を開け、コンビニで買ったものを突っ込む。

ミカの好物である冷凍バナナが冷凍庫を占有していたので何個か拝借してスペースを作ってから突っ込んだ。



「んんーっ、うまうま」



 冷凍バナナを丸かじり、冷たさと甘さが口のなかに広がる。

夏本番に食べると最高なのだが、今の時期でも十分おいしい。「全くだ」



「風呂入るか」



 シャクシャクと冷たい音を立てながら風呂場へと向かう神影。

今日は地味に運動したので、体が汗でベトベトしているのだ。


 急がねば、と思って脱衣所の所に行くと誰かが入っている気配がする。


(なんだ、ミカのやつ風呂に入ってたのか)


 荒々しく髪を拭くシルエットから神影はそう判断し、脱衣所に足を踏み入れる。


 それが、誤りだとも気付かずに。「は?」



 そこにいたのはミカではなかった。

体型こそ似たようなものだが髪の色が違う。

ミカが黒色に対して、そこの人物は金色。


 金色で肩ほどの長さの髪である。


 そして、髪を拭いている最中であったせいか、大事なところが全く隠しきれていなかった。


 年相応に膨らんだ両乳房。


 童貞の神影には未知の領域の下半身。


 それら全てが隠されることなく晒されている。

お風呂上がりということもあるのだろう。

体には水滴が付いていて、それがやけに艶かしい。

つぅ、と首もとから垂れる滴が鎖骨を経由し、胸を通り、落ちていく様子は端的に言うとエロい。


 呼吸と共に僅かな動きを見せる胸はそれだけで生命の神秘を感じさせる。

形も素晴らしい。

大きさは中の上程度。

しっかりとしたハリがあるそれは重力に負けることなく美しい形を保っていた。


 足はほどよく肉が乗っていて細すぎるということはない。

むしろムチムチとしていて神影の好みドストライクだ。


 身体全体は健康的な肌色で、触れば柔らかふにふにの女子特有の弾力を示すだろう。

ほんのりと湯立つ身体はしっとりと湿り、その肌の質感を見ているだけで感じさせる。

吸い込まれるようなキレイな肌だ。




 そんないきなりのラブコメ的な展開に神影も相手も頭がショートしてしまっている。

先に意識を取り戻したのは相手だった。


 顔がみるみる内に赤く染まり、すぐに胸と下半身を手で隠し、羞恥に身体を震わせ………



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!!!!!」



 力の限り、叫んだ。

すると風呂場から弾丸のような物体が飛び出す。



「乙女の濡れ場を覗くなああああ!!!!」



 凄まじい勢いのドロップキック。

弾丸に勝るとも劣らないスピードで放たれたそれは呆然としていた神影の腹に突き刺さった。


 突き刺さったのだ。


 あり得ない勢いで神影の腹に脚がめり込んでいく。

めりめり、という人体からは発生し得ない音と共に神影は吹き飛ばされた。


 壁にぶつかった神影は何がなんだか分からずにそのまま意識を奪われたのだった………




☆☆☆神影視点





 あれ、俺、一体何してたんだっけ……

腹が痛い……何でだ……?

まるで包丁でも刺さったみたいな……



かえでさん、ちょっと待っててくれよな。

すぐに起こすから」



 この声……ミカ……か……?

楓って誰だ……?

起こすって一体誰を……



「ウルトラスーパーミカミカ八卦ツボ押し暗黒暗技超覚醒の術!!!!」


「ウガァァァァア!!!!??」



 いってぇぇえええええ!!!!!

いっ、あり得ねぇ!!

なんだこれ!!?

変なツボ押された!?

身体中が針で刺されたみたいなぁぁぁ!!!

目の前に立っていたのは予想通り、ミカだった。



「起きたか、にぃちゃん」


「起きたかじゃねーよバカ!!!

何だよ今の技!!?」


「今の技はウルトラミカ式錬獄暗黒のツボ押しだぜにぃちゃん」


「名前変わってんじゃねぇか!!」



 よく覚えてねぇけど、終わりは確か~の術……だったハズだ。



「あれ? そうだっけ?

ま、いーじゃん、細かいことは。


 あれは古代中国で使われた拷問用のツボ押しだってことだけが分かってくれればいいんだ」


「よくねーよ!!

実の兄に向かって何てもんを放ってんだお前は!!!」



 つーか、色々思い出して来たぞ。

そうだ、俺こいつに気絶されられたんだった。

思い出したら腹が痛くなってきやがったぜ。



「おいミカ、何か言うことはあるか?」



 まぁ、俺も悪いお兄ちゃんって訳じゃない。

言い分を聞いて、それから叱ってやろう。



 ……てめぇこのやろう実の兄に何てもん食らわせやがんだ覚悟できてんだろうなああん?

言い分聞いたら速攻でぶん殴ってやるぜ。


 と、そんな俺の決心はあっさりと横槍を刺されることとなる。



「その台詞、そっくりそのままお前に言ってやるよこの変態野郎」



 ん?

誰だこの声……?

どっかで聞いたことあるような……?


 今更だが、ここはリビングだ。

ソファの上に俺は寝かされていた。

そこを無理矢理起こされてミカにキレていた訳だが……その声は机を挟んだ反対側のソファから聞こえてきた。


 その声のする方を向く。

目に入ってくるのは金髪。


 その瞬間、俺は全てを思い出した。



「あ、ああ、あ………」


「何とか言えよ、この変態野郎」



 そうだ。思い出した。

俺はこの人の裸を覗いてしまってミカに蹴り飛ばされたんだ。

呆然としていたから防御も受け身もとれなかったんだな……


 だが、残念なことに……じゃない、誤解を招くかもしれないけれど正直に言わせてもらうと、俺は一瞬しか裸を見ていない。

決して裸をじっくり見ていたから呆然としていた訳じゃない。


 隠されてたんだよ。地の文に。くそう。


 あの裸に関する地の文が顔から下を見事に覆い隠してしまい、俺は全然裸を見ていない。


 ……文字は追っていたからこの人からしたら裸をじっくり見られたみたいに感じているだろうけど……


 いや、現実逃避は止めにしよう。

〝この人〟なんて呼び方を止めよう。

全然頭は追い付いてないけど……今、1つだけ分かることは……



「朝霧っ!!!!??」



 俺が見た裸の金髪は、同じクラスの激変少女、朝霧だった。

俺が急に叫んだからか、それとも裸を見てしまったからか、眉間にしわを寄せてものっそいガンを飛ばしてくる。



「んだコラ。

人の名前叫びやがってフザけてんのか?

ああん?」


「ああ、いや、その」



 待って、何で、どして?

どうして朝霧さんがここに?

そして怖い。睨まないで。

改めて見ると地の文の言う通り、こいつヤンキーじゃないのか?

ヤンキーまでとは言わないけど不良っぽい。


 髪は染めて金髪。瞳は黒色。

ピアス……は今はしてないな。

目算だが身長は俺と同じで160後半。

ミカのパジャマを着ている。

くまさんがプリントされているやつだ。

ちょっとかわいいじゃねーかよ。

バストはC……いや、Dか……?

それにしても良い形を……



「ジャスティスパンチ!!」


「うげぶぉ!?」



 殴られた。顔面を。妹に。首が半回転。痛い。



「何すんだバカ!!」


「エロいこと考えてたろにぃちゃん」


「か、考えてねぇよ!!」


「目線が楓さんの胸だったぞ」


「冤罪を主張する」


「目算は?」


「Dだな」


「おお、すげぇなにぃちゃん。

ドンピシャじゃん」


「ふ……俺の目を侮るなよ?」


「あたしなんか触って確かめるまで分かんなかったのに」


「な、なにぃ!!?

触ったのか!?お前!!!」


「そりゃ女の子だし、触るでしょ」


「俺今から女の子になる!!」


「よし、じゃあもいでやるよ!!」


「やっぱ男で!!!」



 なんてことを言い出すんだこいつは。

しかもそんな蹴りのデモンストレーションを見せるな。

びゅぅぅん、って鳴ってるから。

危ないから。

止めよう?


 よし、それでいい。

そして話を逸らすのにも成功したぜ。

バカな妹め。


 得意気な笑みを浮かべているとまたも横槍が入ってきた。



「勝手に終わらせてんじゃねぇよ!!!」



 ……しまった。

ここにいるのはバカだけじゃなかった。

目の前で自分の胸の話されたら怒るよな。

やばい、地雷踏んだかも。

でもこいつ……きゃぁああって、叫ぶんだよなー。

実は女の子らしいやつなのかもしれないな。


 とりあえず保身を考えよう。



「いやいや、まぁ待てよ。

落ち着け。

俺だって何がなんだか全然分かってないんだ。

そもそも何でお前が俺ん家にいんだよ」



 そう、そこからだ。

普通、自分家に家族以外の人間がいるなんて思わないだろう?

実際俺は風呂場にいるのはミカだと思ってた訳だし?

事故が起こったのは仕方がないっていうことだよ。


 ほらほら、何か言い返してみろよー。

見た目は確かに怖いけどー、よく見るとその熊さんパジャマのかわいさで相殺されてんぜおい。



「あぁ、まぁ、それは……」



 よし、勢いがなくなったな。

ちょっと正論っぽいこと言えば、人間って言葉に詰まるんだよな。

さっきの俺みたいに。

このまま会話の主導権を握ってやろう。

そして裸を見ちゃった例の件をうやむやにしてしまおう。


 するとミカが言葉に詰まった朝霧の前に立ち、大きく息を吸い込んだ。



「あたしが連れ込んだ!!!!」


「よし、警察に行こうか」



 あぁ、まさか妹が犯罪者になってしまうなんて……。

ドヤ顔だし、もう手遅れか……。

しかも百合だったとは……。

兄としてもっとこいつのことを気を付けておくべきだったか……!



「違う!!

連れ込んだのは連れ込んだんだけど無理矢理連れ込んだんだ!!!」



 ……堂々と言うなよ。



「……自首しよう?

今なら……まだ……やりなおせるから」


「冤罪だキック!!!」


「フッ!!

そう何度も食らってたまるか!!」


「冤罪百烈拳!!」


「それはやりすぎっ……!!!!」


「ワタタタタタ!!!!!!!」


「あばばばばば!!!!!!!」


「ゥアッチョウ!!」


「へぶはっ!!」



 やっぱり俺……いつかミカに殺されるんじゃないかな?

百烈拳って。

冗談抜きで百烈くらいしたんじゃないか?



「っじゃねーよっ!!

ちゃんと経緯を話せ経緯を!!」



 ダメだこいつは。

言葉を交わす度に暴力が飛んでくる。

会話のなりたたなさがヤバイ。

俺の肉体もヤバイ。物理的な意味で。



「えーっとなー……走り込んでて……ハゲと楓さんに会って……連行……?」



 説明もできないのかこいつは。

まぁでも何となく概要は掴めたかな。

伊達に14年間もにぃちゃんやってる訳じゃないんだぜ!


 恐らくこうだ。

ミカがトレーニングと称してランニングをしていた。

その最中で朝霧とハゲ(教師)に会った。

言い争ってた。

ミカの頭の中で酔っぱらいとそれに絡まれてる女子高生、という図が誕生した。

このバカは走りながら朝霧をかっさらい、家まで連れてきた……と。



「合ってる?」


「流石だなにぃちゃん!!」



 よし、状況は理解できた。



「それでさ、楓さんが泊まるとこないって言うから泊めてやろうと思って!!」


「はい?」


「お泊まり!!」


「マジで?」


「おう!!」



 ゆっくりと朝霧の方を見る。

むすっとした顔で目を反らしてらっしゃる。



「んだよ。

迷惑だっつーなら出てくからそう言えよ」


「迷惑だっつーならブッ飛ばすぞにぃちゃん!!」


「言わねーよバカ」


「やったな楓さん!!

お泊まりOKだってよ!!

そうと決まればさっそく「ちょっと待て」



 ダメだ。

こいつが居たらマトモな会話にならねぇ。

まだ聞かないといけないことがあるんだ。

何とかしてこいつをどっかにやらないと……



「ミカ、先に部屋行ってろ」


「何でだよ!?」


「今から俺と朝霧は難しい話をするんだ」


「分かった!!!」



 よし、排除成功。

ちょろいなー、相変わらず。

さて……



「話し合おうか朝霧」


「……」



 朝霧は俺の顔を見ずに、むすっとした顔で脚を組んでソファに深くもたれる。



「そう怖い顔すんなって、どーせミカのことだから何の説明もしてないんだろ?」


「説明ってなんだよ」


「………そこからか。

ここが神影神社だって言うのは知ってるか?」


「知らね」


「そこから!?」


「気付いたら風呂に入れられてたんだ。

あたしだって何が何だかさっぱりだよ。

分かってんのはさっきの子が神影 御雷ミカって名前のお前の妹だってことくらいだ」


「……どんなスピードで連れ込んだんだよ。

まぁ、そこは置いとこう。


 そんでまぁ、ここは神社なんだ」


「おう」



 最低限の情報も伝えて無かったのか……。

ほんと、何考えてんだあのバカ。

……何も考えてなさそうだなぁ。

ふう、やれやれ、しょーがない。

今回は俺が説明係をやってやるか。



「実はこの神社、部屋貸しもやってんだ。

家賃は無料で」


「はぁ?無料ってどういうことだよ」



 驚きの顔で朝霧が俺を見た。

うん、そうなるよな。

何言ってんだ、って話だよな。



「簡単に言えば慈善事業だよ。

ウチの神社地味に広いからさ、部屋が余っててそれを貸してるんだ」


「の割りにゃあ人が少ないんじゃねーか?」


「そうなんだよ。

実際のところ入居者はゼロだ」


「はぁ?」



 また、何言ってんだっていう顔をする。

これもまぁ、そうなるよな。



「定期的に母さんと父さんが入居者募集中のビラを撒いてるんだけどな……その……文面があれだから」


「……どんな文面なんだよ」


「一言で言えば……『信徒募集中、修行の場をあなたに』だな」


「……それは……広告になってんのか?」


「なってねーから人がいないんだよ。

まぁ、俺達も一人二人なら構わないんだけど一気に押し掛けられたら困るから放置してんだ」


「ふーん」



 朝霧が天井に目を向けて思案する。

ちょっと間を取るか、もう少し話は続くだろうし。

俺は冷蔵庫から麦茶を取り出して二つのコップに注ぐ。

もちろん、俺と朝霧の分だ。



「という訳で、今までの話で俺が言いたいのは、別に一晩くらい泊まるのはどーってことないぜってことだ。

あんまり深く考えんな。


 あと今更の質問だけどさ、泊まるとこないってマジ?」


「何でそんなこと聞くんだよ」


「いや、もしかして全部ミカの妄言かな、と思ってさ。

そうだったらお前の家まで送ってく……つーかあいつに送らせるから」



 そう、その可能性もあるのが怖い。

あり得るんだよな、ミカの場合。


 でも、その心配は杞憂だった。

朝霧は表情に影を落とす。

瞳が揺れていて、悲しそうだった。



「……マジだよ。

あたしに……帰る家はねぇ」



 朝霧は動揺を隠すようにして、麦茶を飲む。

だが、その中身は全然減っていない。

見え透いたその隠蔽工作に俺はちょっと安心した。


 良かった……ミカの思い違いじゃなくて。



「そっか、ならゆっくりしてけよ」


「……聞かねぇのか?」


「ん、何を?」


「何で家がねぇのかって聞かねぇのかよ」



 朝霧はちょっと語気を強める。

んー、まぁ、色々あるとは思う。

でもまぁ、そんなに他人が軽々しく踏み込んでいいものかどうかも分かんねぇし……。



「別にそこまで介入するつもりはねーよ。

個人の問題だしな」


「もしかしたら……迷惑かけるかもしんねー……ぞ?」


「いいよ、別に、慣れてるし」



 迷惑……あのバカにどれだけかけられてることか……!

その自覚もねぇってのがまた……!!



「そういうレベルじゃなくてだな……

あーもう!!

あれだよ……く、組の追っ手が来るかもしんねーじゃんか。


 そーしたら……迷惑かかるだろ」


「組って……お前の家って一体……?」



 暴力団ですか?

いやぁ……リアルー……。

それこそ、本当にありそうな話だな……。



「例えだバカ!!」



 怒られた。



「お、おう、でもま、それでも大丈夫だ」



 ちょっとどもるが、大丈夫。

俺のコミュ力はこんなことで揺るがない。



「何がだよ」



 テキトーに大丈夫とか言ってんじゃねぇ、とキツい言葉を浴びせられた。

そういう意味じゃなかったんだけどな……。



「この家は……いや、この神社は世界一安全な場所なんだよ。

だから……大丈夫だ」



 例え暴力団がこいつを取り返しに総力を上げて攻めて来ても絶対に大丈夫だ。

ここは皇居よりも安全な神社なんだぜ?



「はぁ?」


「まぁ、理由は色々あるけど……お前にも分かりやすい例を挙げれば……この神社にはミカがいる」


「だからなんだってんだよ」


「あいつに勝てる人類はいない」


「テメェ自分の妹を何だと思ってやがんだ」



 ドヤ顔で決めたら怒られた。

ダメだ……こいつはミカがどんな人間なのか分かってない。



「じゃあお前は素手でコンクリート割れんのか?」


「……いや、それは流石に人間じゃ無理だろ」


「それが、ウチの妹と人類の差だ」


「……出来んの?」


「……うん」


「……」


「……」



 あれにはビックリしたな……頭に血が上ってたけど、一気に冷えたもん。

思い出したら寒気がしてきた。



「ま、まぁ、そう言う訳だから、心配すんな」


「お、おう」



 ちょっとぎこちないやり取り。

目が泳ぐ。



「あ、そーだ、一晩泊まるって言ってたけどよ。

お前もしかして明日も泊まる場所ないのか?」


「……あー、そうだよ、ねーよ。

だからなんだよ?」



 思いやって言ったら睨まれた。

でも……なんだか全然怖くなかった。



「ウチに住むか?」


「……は?」



 きょとん、と朝霧は目をぱちくりさせる。

こんな顔も出来るんだな、こいつ。



「いや、泊まるとこねーんだろ?

だったらウチに住むかって言ったんだ。

無料だし。

そんなに金持ってる訳でもねーだろ?」


「まぁ……そうだけどよ」



 朝霧が戸惑う。

こいつの事情はしんねーけど、まぁ、家に泊めてやるくらいは問題ない。



「どーする?」


「……とりあえず、何日かは頼んでいいか?」



 ちょっと考えた末、朝霧は結論を出す。



「何日か?」


「……事情があんだよ」


「まぁ、ウチはいいけどさ。


 あと、これが最後の話だ」


「何だよ」



 ふふふふ、まさかこれを言うことになるとは思わなかったぜ。

なんか、大屋さんになった気分だ。



「この家に住むに当たっての緒注意。

まず、朝御飯は必ず全員で一緒に食べること。

ちなみにこれはウチが作るからお金とかいらねーから」


「あぁ、分かった」


「部屋はてきとーに選んでくれ。

まぁ、今晩はミカの部屋で寝てくれよ。

布団はすぐにだせねーから」


「ん」


「宗教の話だけど……それは別にいい」


「いいのか?

信徒募集中じゃなかったのかよ」


「この家に住む時点で信徒になるから、別にいいんだとよ。

あと母さん達が宗教の話を始めたらとりあえずは聞いてる振りだけしておいてやってくれ」


「ふーん」


「そして最後、この家に住むなら住んだ人間は“家族”として扱われる」


「“家族”……」



 朝霧が複雑そうな顔をする。

いきなり家族になれって言われたんだ、無理もない。

訳わかんねーよな。



「あぁこれ、母さん達が決めたルールだからそこまで気にしなくていい。

二人の接し方がそうなるだけだ。

一応泊まる人には言う決まりになってんだ。

今日初めて言ったけどな」


「分かった」



 よし、説明は終わりだ。

あー疲れた。

まさかこんなことになるとは……


 別に下心があってこんな提案をしたわけじゃない。


 簡単に言えば同情だ。


 あー、こいつ住む家ないのかー。

俺の家は部屋空いてるよなー。

じゃあ泊めてやろうそうしよう。

その程度だ。

事情どうこうも別にどうでもいい。

ミカが懐いてるんなら別に悪いやつじゃないだろうしな。

本能的にいい人か悪い人か分かるみたいだし。

動物かよ。


 困ってる奴がいて、簡単にそいつを助けられるなら……俺は手を差しのべるようにしている。

迷惑は……かけられるかもしんないとしても、ま、大丈夫だろう。

この神社をどうこうできる奴なんていないし。

じゃあ、ミカを呼ぶか。



「ミーカー、話終わったぞー」



 ダダダダダ、と廊下を走る音がして、リビングの扉が乱暴に開かれた。



「待ってたぜにぃちゃん!!

じゃあ連れてっていい!!?」


「変なことはするなよ?」



 百合ではないと信じているが、一応言っておく。

でも聞いてなさそうだなー。



「えっへっへー、はーい」


「あと、朝霧はウチに住むことになったから」


「やったぜ!!!」


「んじゃま、そう言う訳だから、ミカと仲良くしてやってくれ」



 嬉しそうにミカに絡みつかれている朝霧に、ちょっと憐れみの目を向ける。



「おう。

あー、今更だけどよ、あたしは朝霧あさぎり かえでって言うんだ」


「俺は神影みかげ 神使シンジだ」



 そして今更ながら、自己紹介をして



「これからよろしくな、神影」


「あ、ああ、よろしく」



 多分俺は、二人目の友達を手に入れた。



「じゃあ行こうぜ楓さん!!

いや、違うな……楓ねぇちゃんだ!!!」



 ダダダダダダ、とミカが朝霧を連れていく。

最後になんか不穏な発言をした気が……

別にいいか。



「さぁて……俺は最後にあともう一仕事だな……」



 冷蔵庫から買ってきたブツを取り出して、俺は行く。


 『妹2』のところへ。






☆☆☆神影視点




 ……はぁー………怖いなー。

『妹2』怖いなー。


『何が起こっても知らないから』


 うーん、何されちゃうんだろうなー、

俺。

……悩んでてもしゃーねーか。



「よし、たのもー」



 ぱん、と障子を開ける。

その空間はあまりに他とはかけ離れていた。

スーパーコンピューターが何台も部屋に置かれ、赤、青、黄、といった様々な電子配線がジャングルのツタのように広がっている。


 そんな機械的……研究室的な空間の中、一人の妹が鎮座していた。

カタカタカタカタ、とキーボードを叩き、ぼんやりとした表情で画面を見つめている。



「ヒカネ、バーゲンダッツ置いとくぞ」


「ん」


「じゃ」


「ん」



 ばたん。

………ふう、何も無かったようだな。

いやー、ほんと焦って損した。


 へ?今のが誰かって?

そんなの、俺の妹に決まってんじゃん。


 俺には二人、妹がいる。

一人はミカ、知っての通り脳筋で人外でアホの子だ。

もう一人はヒカネ、ミカとは正反対のやつだ。


 次女、神影 思兼ヒカネ

中学一年生。

黒髪ロング。

ちっぱい、Aカップ。

身長136センチ。

基本服装はパジャマ。

特筆すべき点はその頭脳。

アインシュタインなんて目じゃないくらいの天才だ。

ミカが武ならヒカネは知恵だ。

そして、この神影家はあいつのおかげで成り立っている。


 実はヒカネ、特許を20個程取っているのだ。

そう、中学一年生にしてあいつはリアル億万長者だ。

そのお金で俺達は生活していける。

え?母さんと父さんは何してるのかって?

もちろん働いてるさ。

神社の神主としてな。

でもその収入は無いに等しい。

だから俺達はヒカネに逆らえない。

だってあいつが居なかったら俺達路頭に迷ってるもん。

バーゲンダッツはただのパシリだ。

恥ずかしさ?

そんなもんは養ってもらってるのに比べたら万倍マシだ。


 そして特許と聞いてそんなもんか、と思った奴。

甘い、甘すぎるぞ。

あいつはその気になれば第三次産業革命だって起こせるんだ。

特許も今の技術レベルで頭を柔らかくすれば考え付く便利技術ばかり……あいつはわざと現代に合わせているんだ。

あまり目立たないようにな。


 そう、例えばこの神影神社。

先程、世界一安全な場所だと表現したけど、それはミカよりもむしろヒカネが居るからと言う方が正しい。

この神影神社はヒカネが作った機械によって完全に守られている。

しかも、アイツはそれに対しては自分の能力を惜しみ無く使った。


 結果、レーザーを撃ったり出来る機械のケルベロスや、赤外線とは違う……未だ未知の光線を使った防犯装置、ショック死しない程度の電流を半径20メートルに発射出来る移動砲台が、この神社を守ることとなった。


 ちなみにあいつの名前の由来は思兼神オモヒカネっていう神様だ。

頭がいいことで有名な神様だ。

ヒカネもミカと同じで名に負けない奴だ。


 そして、こいつは学校に一切行っていない。

行く必要がないそうだ。

まぁ、その通りだけどな。

毎日家でネトゲ三昧だ。

だからネオニート予備軍で携帯を登録してたんだけどな。

ミカはバカで登録してる。


 さて、そんな頭脳明晰なヒカネだけど、そんなヒカネも万能じゃない。

ミカが頭悪いようにヒカネは身体能力がやばい。

ほんとにやばい。

十歩走れば吐く。

50メートル1分24秒。

人として心配になるレベルだ。


 ほんと、姉妹で足して2で割ればいい感じなのにな。


 そう思って、俺は自室のドアに手をかけた……



「アバババブバブブブブブバァ!!?」



 その瞬間、俺の体は電気に包まれた。

だぁん、と俺の身体と地面が音をたてて倒れる。

一体何が……

首をわずかに上げるとドアが見えた。

そこには……



『何が起こっても知らないって言ったでしょ。

常人なら後遺症が出るかもれないレベルの電流だけど兄貴なら問題ないよね。

じゃあおやすみバカ兄貴』



 そんな文字がネオンサインのような光でドアに浮かび上がっていた。


 あの……やろ……実の兄に……なんてもん……


 俺の意識は、本日二度目の沈黙を迎えた。



★★★地の文視点





「あー、にぃちゃんだー」


「……なんでコイツはこんなところで寝てんだよ」



 ミカと朝霧の前には自分の部屋の前で倒れている神影がいた。

しかも制服のままである。



「ったく………オラ、起きろよ」


「ん……むぅ……?」



 膝をついて神影を揺する朝霧。

口調の割りにその起こし方は優しかった。

そして朝霧に揺さぶられた神影はぼんやりながら意識を取り戻し始める。


 すると、それに気付かないミカがふふん、と鼻を鳴らした。



「ダメだぜねぇちゃん。

にぃちゃんはこんぐらいじゃ起きねぇんだ。

ここはあたしに任せてくれよな」



 その言葉を聞いた神影はまどろんだ意識を急速に覚醒させた。



「ちょっ、待て!!俺はもう起きて………」


「永遠の眠りを与えるウルトラハイパー目覚ましミカ暗黒火炎キィィック!!!」


「殺すつもりかブベラガスッ!!!!!」



 しかし、ミカはそんな事情に一切構うことなく、神影を蹴り飛ばした。



「蹴り飛ばしたじゃねぇーよ!!!

朝霧のやつでもう起きてたんだよ!!!

朝っぱらから何しやがんだ!!!」


「何だよにぃちゃん、起こしてやったのに礼の一つも無しか?」


「人の話を聞け!!」


「妹からの目覚ましなんてご褒美だろ?」


「そこに暴力がなかったらな!!」


「ちょっと踏んだだけじゃん?」


「お前技名叫んだよな!?」


「あれは気合いを入れただけだぜ」


「その時点で“ちょっと踏んだ”じゃねぇんだよ!!」


「なんだよー、にぃちゃんがこんな所で寝てんのが悪いんだろー」



 ぶーぶー、とミカは口を尖らせて文句を言う。



「誰が好き好んでこんな廊下で寝るんだよ!」


「あれ?にぃちゃん昔、修行とか言って「そぉい!!」ぶっ」



 必殺・伏せ字パンチ!は久し振りに成功したようである。

流石必殺技だ。

神影が必殺と名付けただけはある。

やはり必殺技というのは「必殺必殺うるせぇよ!

そんなに俺の心を抉って楽しいか!!?」



「あ?何叫んでやがる」


「あ………」



 とうとう神影はやらかしてしまった。

今まで小さな声でツッコんでいたからよかったものの、大声でいきなり叫び声を上げてしまえばそれはもはや変人だ。(誰のせいだと思ってやがる……!!!)

神影は家族には地の文が読めると話しているので、家の中で叫ぶ分には問題ないと考えていた。

つまり家の中だから油断してしまったのだ。

朝霧という……クラスメイトがいるというのに。



「よくも殴りやがったなにぃちゃん!!!

超グレートマックス乱回転ミカロケット闇パンチ!!!」


「ぐへぶっ!!?」



 その時、神影に一筋の救いのパンチが差しのべられる。

そのパンチをまともに受けた神影は乱回転しながらリビングへと飛んでいった。



「おい、アレ……大丈夫か?」



 その威力に朝霧は思わず顔をひきつらせる。

脳裏には、ミカがコンクリを素手で砕けるという事実が踊っていた。



「ウチのにぃちゃんはアレぐらいじゃ死なないんだぜねぇちゃん!!!」


(死ぬか死なないかの基準で語っていることがおかしいってことに気付けバカ……)



 飛ばされた先で神影はそう思うのだった。




★★★地の文視点




「んじゃ、行ってくるー」


「……行ってくる」


「おうっ、行ってらっしゃいだぜ!!

にぃねぇ!!!」


「変な造語作んな」



 ぴょんぴょん跳び跳ねるミカを諫めて、二人は家を出た。

朝霧は担ぐように鞄を持ち、神影は肩から提げている。


 ふと、神影は朝霧の鞄を見る。



「なぁ、朝霧ー」


「あぁ?んだよ?」


「お前教科書とかどーすんの?

ほら、ミカが拉致したから荷物とか何もないだろ?」



 その鞄の中身は空だったのだ。



「別にんなこたねぇよ。

教科書類は昨日、全部学校に置いてきたからな」


「……服とかは?」


「今は制服しかねぇよ」


「下着「黙れ変態」ごめんなさい」



 怖いもの知らずというか、変態というか……睨まれたくらいでビビるなら始めから聞かなければ良いものを。(気付いたら口が勝手に動いてたんだよ。

後悔はしてない)



「色々あんだよ、あたしにはな」



 そうやってぼんやりと歩く彼女はどこか寂しそうに神影の目に映った。



「ふーん……」


「最悪バットさえ買えば金はどうとでもなるしな」



 明らかに正しいバットの使い方ではない振り方をしてみせる朝霧。

シリアスな空気をぶち壊すようや豪快なスイングだ。



「限りなく犯罪の匂いがする!!」


「ッチ、家出したとき持ち出しときゃよかったぜ」


「スルー!?

しかも家がない理由は家出だった!!」


「言うタイミング逃してたんだよ。流しとけ」


「お、おう」



(どうやら朝霧は家出したらしいな。

多分あれだ。始業式の日だ。イメチェンした日だ。

成る程、家族と喧嘩したんだな。

それで腹が立ってやさぐれて、髪を染めてピアスして、持てる荷物だけ持って学校へ行き、帰り道、今日の寝床はどうしようと考えながらハゲを罵っていたところにミカが現れたのか。

だから、泊まるのも数日でいいって言ったのか。

仲直りしたら帰るつもりだから)


 神影はミカの話の時に使った想像力もとい妄想力を遺憾なく発揮し、朝霧の話を補った。(想像力でいいだろ!?なんで言い直した!)



 とにかく、最低限の説明はしたからな、と朝霧は歩みを速める。

神影も歩みを速め、朝霧と並んぶ。

一緒に登校するとか友達っぽいな、と思いながら。(友達っぽいんじゃない。友達だ)



「朝霧さぁー」


「あ?」


「ミカに変なことされなかった?」



 そんなほわほわした思考で口にした言葉はマズかった。(はい?)

数分前のことを何も覚えていないのかこの男は。(あ……)


 横を向くと、拳を構える朝霧がいた。



「テメェ……殴られてぇのか?」


「いやいや違う違う!!

変な意味じゃなくてだな。

寝てるときに寝惚けて殴られたとか、鯖折りくらったとか、そういう物理的なやつだよ」



 必死に手を振り冤罪を主張する神影に、朝霧はとりあえずその拳を収めた。(話が通じるって素晴らしい。

ミカなら躊躇なく殴ってくるからな)



「だったら紛らわしい言い方してんじゃねぇよ。

……まぁ、抱き枕扱いにゃされたがよ、そんだけだ」


「アイツやっぱり百合なのか……」


「そっちに持っていくんじゃねぇよ!」


「がふっ!!」



 朝霧の拳が神影の腹を殴る。(ミカほどじゃねぇな……)



「変な意味じゃねぇってお前言ったよなぁ……!」



 鋭い眼光が神影を捉える。

ミカとは違う鬼のような迫力に、神影のコミュ力は地に落ちた。



「いやいや、変な意味じゃないですヨ?

兄として妹の性癖が捻じ曲がったものになっていないか心配しているだけデス。


 あ、抱き枕にされて大丈夫だったか?

骨とか折れてない?」



 目がバタフライを始め、話し方がぶれる。

女子に睨まれただけだ動揺する神影はやはりダメな人間だ。(ど、動揺なんかしてねぇ)



「取って付けたように心配してんじゃねぇ」



 その鋭い眼光が反れ、神影のコミュ力が浮上してくる。

調子のいいコミュ力だ。(うっせぇ)

ちょっとビビってしまった自分を隠すように神影は胸を張る。



「ちなみに俺は折られたことがあるぜ」


「ミカにもう一回折るように頼んどいてやるよ」


「その返しは予想してなかった!」


「どこから折られてぇんだ?手か?足か?」


「拷問の手口じゃねぇか!」


「このド変態に社会的に罰を与えられねぇなら、あたしが滅殺してやる」


「いつの間にか俺の印象が最悪なものに!

確かに出会い方は最悪だったけど!!

……あっ、胸はキレイな形だっ「死ね!!!!」あぐぅ!?」



 神影が昨日の朝霧の裸の……胸の感想を述べようとした瞬間、神影の股間に朝霧の革靴の爪先が突き刺さった。(ヤバイYo 、めり込んでるYo )



「ひぎぃ……ぉぉぉ……」



 大事な勲章を押さえてうずくまる神影は、痛みのあまり土下座をするように頭を地面に置いた。

そんな頭を朝霧は乱暴に踏みつける。



「ぐ……ぎぃ……」


「無くせ。その記憶を今すぐ無くせ」


「いや……俺は……」


「消すぞ」


「ナクシマス」


(地の文のせいでちゃんと見れて無いんですなんて言えない……)



 神影は金輪際その話は他言しないことを心に誓い、顔を上げる。

そして神影は固まった。

目が忙しなく揺れ動き、生唾をごくりと飲み込む。



「縞パンだと……っ!!?」



 そこに(そこにあったのは縞パン。

水色と白色のストライプの縞パンだった。

幼いようでいて何処か清楚感がある縞パン。

水色と白色という配色も相まって、それはスカートの中の天国オアシスのように見えた)


 太陽の光が真上から差し込み、スカートの回りを光が縁取り、その中心に縞パンがある構図はさながら一種の高尚な絵画のよう。

桃源郷、ユートピア、楽園、この世のものとは思えないほど神秘的な光景が神影の前に広がる。


(ええい邪魔だ地の文!!

この角度からは縞パンの全容が丸見えだった。

朝霧の太ももにしっかりとフィットしているでろう縞パンはギリギリのところまで朝霧の太ももを見せてくる。

それは、いつもならエロを覚えるであろうところまでしっかりと見せつけたが、俺はそんな邪な思いを抱かなかった。

縞パンのお陰だ。

もしこれがTバックなり、大人な下着であったなら、俺は恐らく発情しただろう。

しかし、縞パンだ。

穿いているのが縞パンであるというだけで、それはエロでなく、萌えに昇華される。

夜の女の太ももから、清楚委員長の太ももにランクアップするのだ)


 時間にしてほんの数秒、しかしそれは永遠のように思われるほど濃密な時間。


(その通りだ。

そしてパンツのゴム。

そこに俺は果てしない可能性を見た。


 ほんの少し、ほんの少しだけシワが寄っているのだ。


 それは今までアニメやらエトセトラでほとんど意識してこなかった部分。

けれど、それは意識さえすれば凄まじいほどの存在感を放つ。

そのシワはパンツというものの質感をよりリアルに網膜から俺の触覚に伝えてくる。

そのシワが脳内に強烈に働きかけ、想像しろ、と俺の想像力を駆り立て、まるでそれを手に取っているかのような錯覚を覚えさせるのだ。


 ヤンキーっぽい見た目から連想もしなかった縞パンは俺に凄まじい衝撃を与えた。

好感度で表すと10くらいから120まで突き抜けた。

パンツくらいで何をバカな、と思うかもしれない。

だが、縞パンの破壊力は計り知れない。

考えてもみろ。

水色と白色だ。

それを見た目ヤンキーの女が穿いているんだ。

ギャップ萌えというやつだ。

パンツを見られて顔を赤らめているのもポイントが高い。

俺の中で朝霧のイメージは変わった。


 こいつは……ヤンキーの皮を被った純情な女だ!!!)



「きゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!」



 朝霧は悲鳴と共に持っていた鞄を投げつけた。

それは神影の脳天に直撃したものの、教材が全く入っていない鞄は神影に対したダメージを与えられない。


 朝霧はすぐに神影から距離を取り、顔を真っ赤にしてスカートの裾を押さえた。



「この変態!!!死ね!!!」



 真っ赤になった朝霧の叫びは神影の好感度をさらに引き上げる。

(か、可愛い…!!なんだこの生物!?

こんなものが三次元にいていいのか!?)



「二度と話しかけんな!!キモい!!死ね!!」



 顔を赤く染めたまま、朝霧は鞄を拾い、もの凄いスピードで神影から離れて学校へ向かって行った。



「あいつ道分かんのか……?」



 結局戻ってきた朝霧にゴミを見るような目で見られながら神影は学校に行くのだった。





★★★地の文視点




「―――はい、これで今日の連絡事項は以上です。

あぁ、そうだ。朝霧さん、神影君、宮永君は終礼後、生徒指導室まで来てください。

それでは布乃瀬さん、号令を」


「起立、礼」


「「「「「「「さよーならー」」」」」」」



 適当に礼をして生徒達は帰宅の途に付く。

そんな中、三人ほど担任の最後の言葉が理解できていない者がいた。



「なぁー、神影ー」


「んー?」


「先生さー、最後俺達のこと呼んでなかった?」


「生徒指導室とか言ってたなー」


「カンニングとかしたのか?」


「してねぇよ!!

っつかお前も呼ばれてるんだろ!?

何か心当たりとかないのかよ!?」


「俺はないなー……だからお前が何かやったんだと思って」


「決めつけんな。朝霧も呼ばれんだろーが」


「でもこの三人に共通することあるか?」


「……さぁ?

まー、行ってみれば分かるんじゃねー?」


「だなー、さっさと行って帰ろうぜー」



 こうして二人は生徒指導室へ足を向ける。


 その先に待ち構えるものが、何なのか知らずに……。

そう、安寧の“承”は終わりを告げ、とうとう物語は“転”ずるのだ。



「やっぱ、帰るわ」


「そうだなー、やっぱめんどくさいもんなー」


「おい、神影テメー何帰ろうとしてやがんだああん?」


「ちょっ、朝霧やめっ、首根っこ掴むなっ!

放せっ、俺はフラグから逃げるんだっ」


「訳わかんねーこと言ってんじゃねぇ。

さっさと行くぞ」


「くそっ、やめろぉっ!

俺はフラグから逃げるんだぁぁぁぁぁぁ……」


「宮永、テメェも来いよ?」


「まぁ、嘘だけどな」


「それ言っときゃどーにかなるとか思うなよ!!

こうなりゃお前も道連れだァァァ!!」



 朝霧は神影を、神影は宮永の首根っこを掴み、仲良く三人で生徒指導室へと赴くことになったのだった。




☆☆☆神影視点



 クソ、やっちまったぜ。

フラグが完全に立っちまった。

絶対に何か起こる。

何せ起承転結の“転”だ。

この生徒指導室で今から絶対に問題が起こる。


 状況を説明しよう。

あの後朝霧に引き摺られて俺達は生徒指導室に入れられた。

この教室の広さは教室の半分くらいで、圧迫感とかは感じない。

中心には会議に使われてるような大きな机が一個。

そして教室で使う椅子がいっぱい。

他は特にない。簡素な部屋だ。

俺らは椅子に座って先生達が来るのを待っている。

そしてもう一人……



「全く……どうしてこの有能で高貴なる鶴麗院かくれいいんわたくしがこのような場所に呼び出されねばなりませんの?」



 誰だよこのですの口調金髪ドリル。



(宮永、お前コイツ知って……宮永?)



 宮永に小声で声を掛けたけど、こいつは俺の話を聞いていなかった。

じぃ……っとひたすらに金髪ドリルを見つめている。

それは感情を全く映さず、焦点が合ってないようにも見えるが、その先にはずっと金髪ドリルがいた。


 ……宮永の好みのタイプってロリだったよな?

新たなジャンルを切り開いたのか?



 分からないことを考えていたら朝霧に耳を引っ張られた。

痛い痛い、何すんだよ。



(こいつは鶴麗院 凰華おうか

IT関係の部品のトップメーカーの社長令嬢だ。

温室育ちで自分が特別だと信じて疑わない典型的なバカ女だ)



 あ、説明どうも。

でも、もう少し優しくして欲しかったぜ。



(マジかよ。

悪女でクソ女でドリルって……テンプレか)


(知らん。あとですの口調金髪ドリルっての、口に出てたぞ)


(やっべ、悪口言ってたの聞こえてなかったかな)


(そんなにデケェ声じゃなかったから大丈夫だよ。

にしてもウゼェな。

さっきから独り言で文句ばっかり言いやがって……)



 朝霧が拳を握って、金髪ドリルを睨む。



(止めろ抑えろ。多分アイツに手ぇ出したら親とか出てきて問題になるから)


(親の力にすがってんじゃねぇぞクソ女)


(おいおい、その辺に……)



 ガララララ。

生徒指導室の扉が開いた。

そこに居たのはノートパソコンを抱えた俺達の担任の先生。

名前は忘れた。

それから……



「ッチ、またお前かよ……」



 朝霧が舌打ちするのも無理はない。

現れたのはねちっこさが原因で奥さんと娘に逃げられた十円ハゲが気になってる嫌味なハゲ教師……つまり、昨日、朝霧がずっと怒られていた相手だからだ。


 改めて思うけど何だこのメンバー?

全然共通点が見当たらねぇ。

朝霧とハゲはまだいい。

俺を含む他の奴等は一体なんで呼ばれたんだ?


 朝霧がハゲを睨む。

あーあー、またキレるぞー。

このハゲは怒りっぽいんだから。



「ふん……」



 ……?

なんだ?随分と大人しいな。

昨日のあいつなら絶対に食って掛かると想ったのに……。

その癖何か、ふてぶてしいな……。


 ふてぶてしいと言えばミカだな。

あいつ……暴力に訴えれば何でも解決すると思いやがって……訴えられる身にもなれってんだ。


 ……じゃねぇ。

何を余計なことを考えているんだ。

これは“転”だぞ?

起承転結の“転”だぞ?

何が起こってもおかしくないんだぞ?

真剣に頭を回さなければ。


 先生とハゲは椅子に座る。

先生は両肘をつき、手のひらに鼻を当てた。



「お待たせしました。

さて、単刀直入に言いましょうか。

実は昨日……発覚したのは今日なのですが、ちょっとした問題が起こりましてね」


「問題ですか……」


「それって一体なんなんですかー」



 俺と宮永の発言に先生はしばらく何かを考えるかのように動きを止めた。


 ハゲも動かず、微妙な沈黙が流れる。


 そして、先生は緩慢な動作で、懐からあるものを取り出して、机の上に置いた。



「これです」


「これは……!!」



 そこにあったの縦10センチ、横5センチ、高さ1センチ程の直方体。

昨今ではめっきり見なくなったもの。

法律も厳しくなり、消費税や特別税も厳しくなりで一昔前は世の中を席巻していたのに、今では見る影もない。

ひっそりと、社会に存在しているもの。

端的に言うならば……



「タバコ……!!」


「そう、タバコです。

これは今朝、校内で発見された物です」



 おいおいおいおい……!!

これはちょっとヤバイんじゃないのか……!


 この学校……大瑠璃高校の校則は基本的には緩い。

生徒主体だからか、ケータイ、ゲーム等も持ち込みOKだし、申請を出せばバイクで学校に来ることも出来る。

出前もOK、外食もOK、バイトもOK。


 OK尽くしの学校だ。


 だが、それでもある一線を越えると途端に厳しい罰が待っている。

その線とは、所謂、犯罪行為。


 飲酒、痴漢、万引き、暴行、盗撮……

それがたとえどんなに小さいものであろうと、発覚すれば即退学という規則。

そこに一切の猶予や容赦はない。


 無慈悲で、絶対の規則だ。



「これがどういう意味を持つのか……分かりますよね?」



 未成年の喫煙は……法に触れる。

つまりは………このタバコを買ったやつは……この学校から去ることになる。


 おいおい……本当にシャレになんねーぞこれは……!!

俺達は入学してまだ一週間も経ってないんだぞ?

それなのに退学なんて……。

やってないことは自信を持って言える。

本来なら蚊帳の外の気分で傍観していただろう。

だけど、俺達がここに集められたと言うことは……



「俺達に……疑いがかけられているっていうことですか」


「察しが良くて助かりますよ神影君」



 先生は得心したように頷く。

すると座っていた金髪ドリルがばん!と机を叩いて立ち上がった。



「ちょっと!!

巫戯けないで下さいませんこと!!?

私には疑われる理由なんてこれっぽっちも御座いませんことよ!!

そんなことで退学だなんて……名誉毀損で訴えますわ!!!

私の御父様はかの鶴麗院コンツェルンの社長ですのよ!!

その御父様なら、なんの権力もない平の教師なんて―――」



 ヒステリックにドリルが喚く。

朝霧の言う通りだな。

親の権力を傘にきて……嫌な奴だ。

先生は昨日のハゲと違って冷静なままだった。



「落ち着いて下さい鶴麗院さん。

まだ犯人は確定した訳じゃないんです。

これから事情を説明しますので座ってください」



 先生がドリルの話を遮る。

その先生の態度にぶつくさと小声で文句を言いながらドリルは座った。

ハゲが沈黙を守っているのが不気味だ。

先生は俺達を目でなぞる。

一人一人が、この事件の容疑者であると確認させるように。



「さて、君達がここに集められた理由を説明しましょうか。


 このタバコが発見された場所はグラウンドの隅。

発見時刻は朝の6時頃。

道路に面した壁際で、発見されたのはこちらの斎藤先生です。


 昨日はテストもあったこともあり、生徒は6時で完全下校となっていました。

6時30分の警備の方の最終見回りの際にはこのような物は落ちていなかったとのことです。


 タバコが棄てられたのはそれ以降ということになります。

つまり、ここにいる君達はその時間帯に学校にいたから集められたという訳です」



 宮永がその話を聞いて手を挙げる。



「はい、先生」


「なんですか宮永君」


「俺と神影は終礼が終わってすぐに帰ったんですけど」


「それは、これを見ていただければ納得してもらえると思います」



 先生は持ってきたノートパソコンを開き、数手間の操作をしてから、俺達の方にそれを向けた。



『萌え☆萌え☆スパークエージェントっ♪

今日もわたしは――――』


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」



 画面に写った俺の顔と声を確認した瞬間に俺はノートパソコンの電源を無理矢理落とした。


 何で!?何何??ホワッツホワイ?

どうして俺が写るの?しかも何あの顔!?

目をキラキラさせて、爽やか笑顔炸裂させて、ポーズをバッチリ決めて何を言ってるんだ俺はぁぁぁあああ!!!!!



「お前………」


「不潔ですわ」



 女子二人にジト目で見られる。

もう……ゴミを見るようなとかそういう次元じゃない。

もっと上……いや、下の何かだ。

特に朝霧。

物理的に刺すような鋭い視線を俺に送ってやがる。


 そんな中でも先生は冷静だった。



「それは昨日の午後8時過ぎ頃の教室の監視カメラに写っていたものです。

もう少し進ませれば分かると思いますが宮永君も写っています。

宮永君、これで君達が呼ばれた理由は分かって頂けましたか?」


「はい、分かりました」



 おい、お前なにしれっとしてんだよ?

俺は知ってんだぞ?

この後お前が幼女のことを妄想しながらウヒウヒ歌ってたのを。

何ならこのパソコンの動画を流してもいいんだ。

それをしないのはそれをしてもお前が全く動じないことを知っているからだ。

むしろ興奮するかもしれないから、しないだけだ。

くそ、いつか覚えてろよ宮永。



「俺達以外の二人はどうして呼ばれたんですか?」



 復讐を心に誓って俺は先生に質問する。

この状況、この二人も絡んでる以上、知れることは知っておかないとな。



「鶴麗院さんは昨日の午後7時頃、忘れ物を取りに学校に来たんです。

君達と違ってちゃんと許可を取ってから校内に入っていますよ」



 うぐ……確かに俺達は一瞬の隙を突いて校舎に入ったからな……。

まぁ、今そのことを気にしても仕方ない。

金髪ドリルは7時に学校に来たんだな。

メモメモ。



「朝霧さんは昨日私が生徒指導室に呼んでから1時間程、話をした後、何故か(・・・)私に替わって話をしたいと仰るこちらの斎藤先生と8時頃まで学校にいました」



 何故か、の部分を先生は強調した。


 えぇ……っと……昨日テストが終わったのが3時30分だろ?

そこから1時間で8時までだから……

朝霧は……さ、3時間以上もハゲの説教食らってたのか!!?



「うっぜぇ。

あたしはそこのハゲとずっとこの生徒指導室にいたんだ。

出る時もハゲと一緒だった。

これであたしが無実の証拠は十分だろ?

あたしはもう帰るからな」



 朝霧は話は終わったとばかりに席を立った。

そっか、朝霧はずっとハゲと一緒にいたんだな。

犯行時刻に学校にいたけどアリバイは教師が証明している。

そもそも朝霧はそんなことしないだろう。

縞パンだし。

俺はそんなもん買ってないし宮永でもない。

だったら犯人は……このドリルってことに……



「何を言うか、お前が第一容疑者だぞ朝霧ぃ……!!」



 今まで何も言わなかったハゲが出ていこうとする朝霧を……引き止めた。

にやにやとした笑みを浮かべて。



「はぁ!!?

何言ってんだよ!!!

あたしはずっとあんたと一緒に居たろうが!!

フザけたことぬかしてんじゃねぇぞ!!!」



 朝霧がハゲに食ってかかるが、今日のハゲは腹が立つほど冷静だった。

いや、冷静というよりは……朝霧の言うことを何も聞いていない感じだ。

まるで、朝霧の言うことなんて何の意味もないかのように。



「私は途中仕事の都合で30分ほど席を外しただろう?

その間に一服するくらい簡単だよなぁ……。

お前のような素行の悪い不良なら、それぐらいやるだろう?」



 おい、何言ってんだこのハゲは。

教師のいない30分にタバコを吸うだと?

ここは大瑠璃高校だぞ?

そんな危険を犯すバカがどこにいるんだよ。

しかもタバコを落としてそのまま生徒指導室に戻ってきたって言うのか?

普通の感覚してたら……それはないだろ。


 だが、ハゲはどうやら普通の感覚をしていないようだった。



「お前が犯人だということは分かっているんだ。

さっさと自分のやったことを白状して退学になれ。

外聞が気になるなら自主退学という形でも構わんぞ?

というか、その方が学校としても都合がいい」


「フザけんのも大概にしろよテメェ!!!

あたしはこの部屋から出てねぇし!

タバコなんて吸わねぇよ!!!」


「吸わない、出てない、言うことは簡単だな。

大声で叫べば自分の意見がまかり通るなどと、思わないことだ……。


 それに、そうやってムキになるところが益々怪しいなぁ?」


「フザけんな!!!!!

自分でネチネチネチネチ文句付けてあたしを帰さなかったクセに!!

犯人呼ばわりしてんじゃねぇよ!!!」


「私がお前を帰さなかったのはあくまでも教育的指導の理由に依るものだ。

ちゃんと誠意を見せていればすぐに帰したものを。

お前が反抗ばかりするからあんなに時間が長引いたんだ」


「あたしは何にも校則破ってねぇだろ!!!

髪染めんのも、スカートを短くすんのも、ピアスすんのもあたしの自由だろうが!!!」


「自由には責任が伴うことを自覚するんだな。

お前は……まぁ、今のところは(・・・・・)大瑠璃高校の生徒なんだ。

学校の看板を背負っていることを忘れて貰っては困る」


「今のところはって何だよ!!!!

あたしはタバコなんて買ってねぇ!!!!」


「見苦しいぞ朝霧ぃ。

折角、学校側がタバコを吸ったことを無かったことにして自主退学することを勧めているんだ。

さっさと退学した方が……お前の為だ。

これからの社会生活を……滞りなく過ごしたいのならな」



 ……分かった。

先生はどうだか知らないけど、このハゲは朝霧を犯人にしようとしている。


 ……正直、こいつは朝霧が犯人じゃなくても別に構わないのかもしれない。

そうじゃなくても仕立てあげれば……。


 こいつは昨日言ってた。

朝霧が退学になればいいって。

そんなコイツが朝霧を退学させるためのカードを手に入れて……使わないハズがないんだ。

にやにや汚く笑って、朝霧を追い詰めることを楽しんでやがる。



 それが……教師のやることかよ……!!!




「斉藤先生、言い過ぎです」



 横で朝霧とハゲの言い合いを聞いていた先生がハゲをたしなめる。

先生は……ハゲと同じ考えじゃないんだな。



「おぉっと、すいませんねぇ。

つい思っていたことを口に出してしまいました。

私は正直者ですのでなぁ、はっはっは」



 気持ち悪い豹変ぶりだ。

こういうタイプは中学の時もいた。

自分に都合の良い奴の前や、都合の良いときは気持ち悪いくらい良い顔して……自分に都合の悪い奴は……徹底的に排斥するんだ。



 知っている。


 俺は、知っている。



 人気だけはあって、クラスの中心で、そんな奴が……こういうタイプだった。

独善的とでも言うのか、自分勝手をまかり通し、自分だけの牙城を作るんだ。


 このハゲも……そうだ。

気に入らない朝霧を……この学校から追い出そうとしている。

教師としての身分を最大限に使って意見を押し通すっていう最低なやり方で。


 くそっ、あぁ、腹が立つ。

ダメだな、もう少し冷静にならないと。



「先生、どうして俺と宮永や……そこの人じゃなくて、朝霧が第一容疑者なんですか?」



 今は、ハゲのことは考えないようにする。

そんなことよりも考えるべきことがあるからだ。


 朝霧が……タバコを吸うような奴じゃないことは、俺は分かってる。

縞パンだからじゃない。

知り合って1日、まだ全然こいつのことなんか知らないけど、こいつはウチの家族に受け入れられたんだ。


 今日の朝食の時も、ミカとも、ヒカネとも楽しそうに話していた。

ミカだって懐いてんだよ。

見た目は不良っぽくて、タバコとか吸いそうだけど、悪い奴じゃないことは分かるんだ。


 そんな朝霧をこんなハゲの自己満足のために貶められて退学させられるのは我慢できねぇんだよ……!!!



「一つ言っておきますが……私は朝霧さんが第一容疑者だなんて思っていません。

実は……落ちていたものはもう1つ……あるのです。

それが斉藤先生が朝霧さんを犯人だと思っている理由だと思われます」


「もう1つのものって何ですか?」


「露骨に言うならBL本です」











「はい……?」


「聞こえませんでしたか?

タバコと一緒に落ちていたのはBL本です」




 ……何だか、変な方向になってきたぞ?





☆☆☆神影視点





 結局、あの話し合いで誰かの退学が決まることはなかった。


 朝霧とハゲの暴力事件にまで発展しそうな口論の末、今日は解散することになったからな。


 最後の方は小学生の罵り合いみたいな低レベルな言い争いであったけれど、先生の仲裁で一旦の終着は見せた。


 あのハゲの言い分は清々しい程に都合の良いものだった。


 曰く、朝霧はタバコを吸いそう。


 曰く、鶴麗院さんはタバコなんて買わない。


 曰く、BL本を買うのは女子だけだ。


 ハゲは終始こんな感じの内容をそれっぽく言い繕って朝霧を犯人に仕立てあげようとした。

自分勝手にも程がある上に考えが透けている。


 あいつはどうあっても、朝霧を退学に追い込みたいようだ。


 先生もハゲのその態度に嫌悪感を示して諌めていたが、それでもあいつは態度を崩さなかった。


 最終的にまた明日、話をすることに落ち着いた。

だが、楽観してはいけない。


 ハゲのことだ。

朝霧を退学に追い込むための証拠を捏造しかねない。

教師としておかしいとは思うが……今まででも十分おかしいけど……やりかねない。


 だから俺は……それを阻止する。


 この物語を最高の“結”末で終わらせてやる。

あのハゲの計画を阻止して朝霧を守るんだ。


 だからこれは……必要なことだ。



「先生」


「どうしました神影君?

斉藤先生のことなら気にしないで下さい。

無茶苦茶言ってますが、あの程度の理由で退学になんてなりませんよ。


 ……正直言うと今回皆さんを呼んだのも形だけのつもりだったんですが……」



 確かに、あの理屈じゃとてもじゃないけど朝霧をクロだと断定することは出来ない。

でも、証拠が出てくれば……捏造されれば……どうなるかは分からない。



「いえ、それはいいんです。

それで……お願いがあるんですが……さっきのタバコをもう一度見せてもらって良いですか?」


「……何をするつもりですか?」


「いえ、ただ、一度見たら何かが分かるかもしれないと思いまして……」


「……少しだけですよ」



 先生はいぶかしみながらもタバコを貸してくれた。


 どれだけ見ても、これはただのタバコだ。

特別な何かがあるようには見えないし、犯人の指紋くらいは付いているかもしれないが、パッと見ただけじゃ指紋なんて分からない。


 では何故、俺はタバコを借りたのか。


 それは、俺の《能力》を使うためだ。

……あんまり使いたくないけど。

浅く、先生に気づかれないように息を吸う。


(森羅万象を司る神々よ。

どうか我の願いを聞き入れ給え。

我は神使しんし

神の使いにして、神の代弁者なり。

幾億年と積み重ねられた悠久の御柱方よ。

永遠なる時間を渡り、全能である御柱方よ。

どうか我に力を貸し与え給え。

我が望はこの世の理たる情報。

我が手の内に抱かれし魔性のホワイトボックスの到達の過程を望む。


 今、我に力がもたらされた。

さぁ、神の力を用いてこのホワイトボックスの過程の真理を明らかにし給え!


 解析アナライズ!!!)



―――――――――――――――――――――――



 20××年、1月23日に熊本県熊本市如月町、田中権蔵、幸枝夫妻の手によって親床に蒔かれる。

3月19日、同じく田中夫妻によって畑に移される。

5月20日、同じく田中夫妻の手によって花芽が~~~



 これは俺の《能力》である地の文を読む、の応用編だ。

最近になって世間に知られ始めているネットゲームものの小説。

それにはステータス、という概念が存在する。

アナライズだとかステータスだとかそんな単純な英単語を適当な発音で唱えるだけで物の価値や効能や相手のHPとかMPだとかが丸分かりになるプライバシーもクソもない魔法だ。


 そして、そのステータスは地の文で記述される。


 そう、つまりは俺は小説の主人公のよく使う解析魔法(?)だけは使えるのだ。

それには魔力とかMPとかファンタジックなものは必要ない。


 ……必要なのは、呪文だけ。


 厨二臭い……詠唱だけだ。


 それも声に出さないといけない。

……出来るだけ声は小さくした。

あんな台詞を目の前でいきなり唱えられた先生の身にもなってみろ。

俺のこと、変な意味で心配されるわ。

小声でブツブツ言うのもかなりヤバイ奴だけどな。


 そして、呪文が長ければ長いほど、厨二臭ければ臭いほど、記述されるステータスは詳細になり、記述される内容も変化する。

この場合、俺はこのタバコのここに至るまでの経緯をステータスで表そうとしたわけだ。


 ……ちょっと呪文が長すぎたか?

まだコンビニに着いて……!!


 ちょっ、何だよっ!!

このタバコそんな曰く付きだったの!?

うわ、うそ、うわー……。

これは辛い……。

おぉっ、鈴木お前やるなぁ!!

おいこの佐藤。お前なんでそんなことするんだよ!

おい、鈴木?お前一体何をするつもりだ?

おいよせ、早まるなっ!!

鈴木ぃぃいいいいいいいい!!!!

鈴木……お前の勇姿は……忘れないからな。


 あ、コンビニ着いた。



 4月7日、後藤英里奈によってBL本と共に購入される。

同日、彼女の手によって私立、大瑠璃高校に投げ込まれる。

4月8日、斉藤忠司……もといハゲによって発見される。

同日、ハゲによって緑川愛莉教師に渡される。

同日、緑川愛莉教師によって神影神使に渡される。


―――――――――――――――――――――――



 ……へぇー、先生の名前……愛莉って言うんだぁ……。


 ……じゃない。

後藤……英里奈。

こいつが犯人なのか?

投げ入れたってことは……故意……だよな。


 何にしても犯人は分かった。

後は後藤さんに事情を聞いて、自白を取る。

問題はどうやって自白を取るかだよなぁ……。

素直に言うわけないし。

それに朝霧は大丈夫でもその代わりにこの後藤さんが退学になったら後味悪いよなぁ……。


 まぁ、とりあえずは会ってから考えよう。

会って、ドリルみたいな奴なら、退学になっても心は痛まないだろうし。

その時は自業自得ってことで。



「ありがとうございました」


「もういいんですか?」


「ええ」


「何か分かったんですか?」


「うーん……」



 先生に後藤英里奈のことを聞いてみるか?

いや……ダメだな。

どうしていきなり後藤英里奈の名前を出したのか不審に思われる。

タバコを数秒眺めただけで犯人特定とか……ないない。

ありえない。


 ここは自力で探すしかないか……



「いえ、特には分かりませんでした。

じゃあ先生、さようなら」


「ええ、さようなら」



★★★地の文視点




 神影は緑川愛莉教師との話し合いを終えて校門に出た瞬間に襲撃を受けた。



「みぃぃっかげぇええええええ!!!」


「げぶふぁ!!!」



 ミカのように全力疾走で勢いをつけて、それは神影に飛び蹴りを食らわせた。

白昼堂々の傷害事件。

故意の暴力は神影の腹に強烈なダメージを与える。

神影の名前を叫びながらの攻撃……犯人は相当神影に恨みがあると見える。



 ……というか、宮永なのだが。

神影は腰を抑えながら宮永の方へ振り向いた。



「何すんだバカ野郎!!!」


「そんなことも分かんねぇのかお前は!!!!」



 神影は宮永のその迫力に一瞬言葉を失う。

宮永は……明らかに本気で怒っている。



「宮……永……?」


「何で妹がいることを隠していやがった!!!」


「………は?」


「くそぅ、何でだ!!!

何で俺じゃなくてお前なんだ!!!

姉なんかいらない!!

ぼいんぼいんなんて要らないから……俺はちっぱいな妹にお兄ちゃん、って呼んでほしかった!!!」



 ………


 ………


 ………



「知るかボケぇえええ!!!!

あれか!!? 俺はそんなくだらない理由で飛び蹴りを食らわされたのか!!!?」


「くだらないとは何だきっさまぁぁあ!!!

どうせ毎日毎日妹から起こされてるんだろうが!!

くそっ!!羨ましい!!!

幸せ気分を満喫しやがってぇえええ!!!!!」


「うっせええええ!!!

そういうことは一回起こされてみてから言いやがれ!!!

暴力が伴う起こし方なんざ幸せでもなんでもねええええ!!!!」


「妹から受ける暴力なんざご褒美だろうがぁああああ!!!!」


「ミカと同じようなこと言ってんじゃねぇえええええ!!!!」


「うるっさい!!!黙れお前ら!!!!!」


「「ぐへぶっ!!!」」



 朝霧の革靴による蹴りが二人を強制的に黙らせた。

二人は同時に膝をつき、朝霧のゴミを見るような冷たい視線に晒される。



「何をくだんねーことで喧嘩してんだゴミども」


「いや、ゴミって「黙れ変態」すいません」


「へへーん、怒られてやん「黙れロリコン」まぁ、嘘だけど「死ぬか?」ごめんなさい」



 神影と宮永は優しく怒られて静かになった。

(優しく!?おいこら地の文ちゃんと状況を描写しやがれ!!

朝霧の野郎、カッターナイフ持ってんぞ!)



「ほら、立てクズ共。

あのハゲが証拠を捏造する前にあたしらで犯人を捕まえんだ。

お前らも一応容疑者なんだ。手伝え」


「捏造?いくらなんでもそこまで……ま、まぁ、嘘だけどな。

うん、捏造くらいするだろうな、うん。」



 朝霧はまたも優しく、宮永にハゲが証拠を捏造する可能性を理解させた。

(真実の捏造がありまーす。

宮永君の喉元を見てあげてくださーい。

銀色の物が刺さりそうになってますよー)

捏造する可能性を理解した宮永は何故か喉に手を当てて安心したようにため息を吐いた。(何故かじゃねーよ)



「まぁ、ハゲは捏造するかも……イエ、シマス。

朝霧サマに犯人の心当たりは無いのでショウカ?」


「心当たり……ねぇ。

あたしは恨みは死ぬほど買ってるから、多すぎて分かんねぇんだよ」


(あぁ、そう言えばそんな風な事情もあるとか言ってたな。

組がどうとか……うん、聞かなかったことにしよう)



 朝霧は乱暴に頭を掻きむしり、少し苛つく。

神影は少しビビるが、宮永はいつもの調子に戻っていた。



「じゃあどうするんだよ?

っていうか神影、お前いつの間に朝霧と仲良くなってんだ?」


「いや……俺は色々と……(一緒に住むことになったなんて言えない)

それを言うならお前だって親しげじゃねーか」


「あぁ、幼馴染みだからな」


「はい!?」



 神影はその衝撃のカミングアウトに驚き、朝霧と宮永を交互に見る。

(幼馴染み!?こいつらが!?)

全然気が付かなかった……、と驚愕する神影を見て宮永はぷっ、と吹き出した。



「まぁ、嘘だけどな」



 神影の首が三流ヤンキーのカツアゲの如く折れ曲がり、こめかみに怒りのマークが浮かび上がった。



「黙れ。自然に嘘ついてんじゃねぇよこの詐欺師。

嘘しか吐けねぇのかお前は」


「実はさっきお前を校門で待ってる時に仲良くなったんだ。

その時にお前に妹がいることをぉぉおおおおおお!!!!」



 勝手にテンションが上がっていく宮永の後頭部に、革靴による蹴りが入れられた。



「盛り上がってんじゃねぇよロリコンクズ」


「すいませんでした朝霧サマ」



 華麗な土下座を決めた宮永に、神影は毒気が抜かれてしまった。



「……まぁ、その辺はもういいや。

にしても朝霧は初めから宮永の名前知ってたよな。

いや……宮永だけじゃなくてあの……巨乳委員長の……」



 この期に及んで神影の頭に浮かぶのは巨乳のクラスメイトだった。

この変態め。(名前が思い出せなかっただけだ!)

朝霧は一瞬、蹴るか蹴らないか迷った動きを見せたが、迷った時点で興が削がれたのか、蹴るのを止めて冷たい目を神影に向けた。



「布乃瀬 明希あきだよ」


「……そうそう、ふ、布乃瀬さんの名前も知ってたよな。

もしかしてクラスメイトの名前全部覚えてたりすんの?」


「は?お前覚えてねぇの?」


「え?」


「え?」


「ああ?」



 普通は、たった1日でクラスメイトの名前と顔を一致させることなどありえない。

しかも、朝霧はそれを当然のように思っているような言い方だった。(今までどんな学校生活を送ってたんだよ……)

この分だと学校全員の顔と名前を一致させていてもおかしくないかもしれない。(さすがにそれは……いや、待てよ……)



「なぁ、朝霧。

お前ってもしかして学年全員の顔と名前を一致させてたりする?」


「それはねーよ」


「だ、だよな……(やっぱそれは都合が良すぎる展開だよな……)」


「名前は覚えたけどな」


「そんな展開が今ここに!!?」


「叫んでんじゃねぇよ変態」


「あ、ごめんなさい。

じ、じゃあさ、後藤英里奈って名前知らないか?」


「そんなやつウチの高校にゃいねぇな」


「いないっ!??」


「んだよ、何か問題でもあんのか?」



 問題……しかない。

後藤英里奈はこの事件の重要参考人である。

事件の核心に関わり、犯人である可能性が高い。

それが……学校の生徒ではなかった。

(じゃあ一体何の為に……?

待て、じゃあどうやって朝霧の無罪を証明すれば……?)



「悪い、急用が出来た。先に帰る」


「あっ、おいテメェ待ちやがれ!!!

お前もあたしの無罪の証拠を見つけるのを……」



 神影は朝霧の止める声を無視し、急いであるところに向かった。

つまりは、この問題を解決できそうなツテを持つ者の元へ……「いや、まぁ、俺ん家なんだけどな」





☆☆☆神影視点




「おいヒカネあばばばばばばば!!!!」



 ヒカネの部屋に入った瞬間、高圧電流が俺を襲った。

予想はしてたけど、痺れるもんは痺れる。



「何?

無断で部屋に入ったら焼くって言ったよね?

兄貴は死にたいの?」



 パソコンから目を離さずに、神影一家、一番の才女であるヒカネはぶっきらぼうに言う。

宮永好みのロリーな中学一年生のヒカネは俺が電流で大変なことになっても特に興味は無さそうだった。

まぁ、結構な頻度で大変なことになってるしな。

俺が入ってきた時からヒカネは俺に目もくれずに、カタカタカタとキーボードを叩いている。



「ぐ……!!

いや、お前に……頼みたいことがあって……」


「……頼めば何でも言うこと聞いてもらえると思ってんの?

妹におんぶに抱っことか恥ずかしい。

嫌だ。兄貴の頼みなんか聞かない。

早く出てって」



 実の兄に対して実に辛辣な言葉だ。

だが、それはいつも通り、何の問題もない。



「朝霧が……退学にされそうなんだ」



 カタ……、とキーボードを叩く手が止まった。



「何でかは知らないけど、朝霧がある教師に目の敵にされてる。

タバコを買った冤罪を掛けられて……退学にさせられそうになってるんだ」


「それくらいなら兄貴の《能力》を使えば解決出来る。

私はやらない」


「《解析アナライズ》は使った」


「それで?」


「犯人……もしくは関係者が学校の生徒じゃない。

名前は……後藤英里奈」


「地道に探せる。聞き込みでも何でもすればいい」


「……時間がない。

明日、もう一度話し合いがある。

今からじゃ、そんなことをしてちゃ間に合わないんだ。

反論出来ない証拠を突き付けられたら……詰む」


「詰んだところで、私には関係ない。

勝手に退学にでもなればいい」



 ああ言えばこう返す。

だが、そのどれもが正論で、返しようがないのが辛い。

でも、今回は……手伝ってもらわないと困るんだ。



「そうなったら……あいつはもう、ここには居られなくなるかもしれない」


「……」



 だから俺は……



「そうなったら、お前だって寂しいだろ?

折角出来た……“お姉ちゃん”なんだ。

頼む、何でもするから……朝霧を助けるのを手伝ってくれ」



 俺は、妹に頭を下げる。

実に汚い話だが、俺はヒカネの感情に訴える作戦を取った。

ヒカネが朝霧に対して悪感情を持っていないことは朝の段階で分かっている。


 嫌ってはいないイコール好き、ではないが、このまま朝霧のことを無下にはできないはずだ。


 だってあいつは……“お姉ちゃん”なんだから。



「あんな形式だけの“家族ルール”を持ち出してきて……バカみたい」


「そうだな。でも、ミカはもうその気になっちまってるんだ。

あいつの為にも……頼む」


「そうやって自分以外のために、を強調したら手伝ってもらえると思ってんの?


 ……まぁ、ミカはそうなったら面倒臭そうだから……今回は、力を貸してあげる」



 ヒカネは、初めて身体を俺の方へ向けた。

照れ臭そうに、頬を膨らませて。

良かった……これで何とかなる。



「……ありがとう、ヒカネ」


「それは、全部終わってから言って。

それから、タダで済むと思わないで。

やることはしっかりやって貰うから」


「分かってる」



 パシリだろうと、何だろうと、喜んでやってやるよ。

ヒカネはパソコンの方を向き、横に置いてあるポッキーを口にくわえた。



「それで、何を調べればいいの?」


「後藤英里奈の居場所を調べてくれ。

直接会って、何であんなことしたのか問いただしてくる。

あわよくば証言してもらおうと考えてる」


「漢字は?」


「後ろの後に、藤、英語の英に里と奈良県の奈だ」


「五分待って」



 必要な情報を聞くと、ヒカネは凄まじい勢いでタイピングを始めた。

部屋の中に置いてあるスパコンも稼働を始め、うぃんうぃん、と機械的な音を鳴らす。

多分ハッキングとか、ちょっと人には言いづらいことをしてるんだと思う。

そして、ちょうど五分経った頃、ヒカネは再び俺の方を向いた。



「出た」



 流石だな。



「どこに住んでるんだ?」


「結果的に言うと私達の住むこの県に後藤英里奈って名前の人物はいない。

最低でも県を二つ、越えないと、いない。

恵梨奈とか絵里奈ならこの県にもいるけど英里奈はいなかった」



 ヒカネの口から出てきたのは、思いもよらない言葉だった。



「な……!?」


「別に不思議なことじゃない。

それだけ楓さんを貶めたい奴だったってことでしょ」



 そんなにあいつは恨まれてるのかよ……!

いや、まだ諦めるのは早いだろ。

出来ることが無くなったわけじゃない。



「……どこにいる?

ちょっと遠くても、今から行って、証言を取ってくる」



 あいつん家に合わせて言うなら、キッチリ落とし前つけさせてもらわねぇとな……!

そんな俺の思いは、ヒカネの次の言葉によって砕かれた。



「無理。

だって後藤英里奈は三人いる」


「三……人?」


「しかも同じ県じゃない。

一番近い後藤英里奈と同じような距離で三人いる……もう少し、範囲を広げればまだいる。

具体的には日本全国で23人」



 ……落ち着け。

ヒカネのことだ。

多分犯人を絞りこんでるハズ……。



「……その内、犯人の可能性があるやつは何人だ」


「多分、二人」



 よし、二人ならまだ何とかなる。

自然と口角が上がるのを感じる。

ヒカネはそんな俺を見て少し悩ましげな顔をした。



「北海道と……沖縄にね」



 ……は?



「一人は旅行の行きずりにこの町に寄って北海道へ。

もう一人は旧友に会いに来て、今は沖縄に飛ぶ飛行機の中。


 さぁ、どっちに会いにいく?」


「それは……」



 よりによって何で日本の端と端に……!



「ま、現実的じゃない。

外した時が痛すぎる」


「……くっ」



 悔しいけど、ヒカネの言う通りだ。

選んだのが外れだったらそこで終わりだ。

ヒカネはポッキーを食べ終わり、二つ目ポッキーを口にした。



「一応、この町のコンビニの監視カメラも大雑把な認証システムで調べて見たけど、後藤英里奈らしき人物は写っていなかった。

つまり、監視カメラもないくらいのマイナーなコンビニで買ったか、コンビニじゃないどこかで買ったか、この町じゃない所で買ってきたのか……どれが当たりかの確認は無理だけど」


「……じゃあ、何か別の方法で証明するしか……」


「それは自分で考えて。

それまで考えたら私が全部解決しちゃう(・・・・・・・・・・)から」


「分かってるよ。ありがとな。助かった」



 確かに、あんまりヒカネに頼りすぎるのもよくない。

これは俺が抱え込んだ問題なんだ。

しかし……どうしようか……



「ん、ならいい。

じゃあ、早速―――」




★★★地の文視点




「ん……あぁっ……!!!」



 ソファの上でヒカネが艶かしい声を上げる。

その姿はショーツが一枚。

それだけで、他に何も着けていなかった。

成長しきっていない未発育の裸体がリビングで晒される。



「気持ちいいか?ヒカネ?」


「んむ、ぁ………ぁぁっ……!!

もっ……とぉ……!」



 潤んだ瞳でヒカネは兄に懇願する。

頬は上気し、熱をもっているかのようだ。



「はぁ……あぁっ!!

はぅ……ぅぅんっ……!!!

もっと……はげしくぅ……!!!」



 神影はさらに激しく手を動かす。

その度にヒカネは嬌声を上げて身をよじる。



「こら、動くな。揉み辛いだろ」


「だっ……てぇ……!」



 熱を孕んだ吐息がヒカネの口から漏れる。

快感に身を震わせ、ヒカネはどこまでも肉欲の世界に溺れていく……


(なんかもう……ツッこむのも疲れた……

何でいつもいつもマッサージする度にこんなエロい書き方の地の文になるんだよ……)



「兄貴ー、次腰やってー」


「はいはい、

えー、我は神使ー。

肉体を司る御柱方よー。

我の肉親の腰を治療させたしー。

悪しき根元を明らかにされたしー。


 アナライズー」


―――――――――――――――――――――――




①両手と掌を使い、背中から腰にかけてじんわりと押していく。

②腰からお尻にかけて押圧

③お尻をこねる

続く。



―――――――――――――――――――――――



「あぁ……っん……」



 巧みな手つきで神影は妹の身体を手玉にとる。



「ぅぅ……んぅ……」



(こいつもこいつで変な声上げるから地の文が調子に乗るんだよなぁ……)


 神影兄妹が聞くも恥ずかし、見るも恥ずかしな行為を行っていると、朝霧が帰ってきた。「え?」


 神影が顔をドアの方に向けると、そこには片手で鞄を肩に乗せて帰ってきた朝霧がいて……


 追記すると神影は③番の行程を行っている。(うおっ、ヤバイっ!!)


 神影はさっとヒカネのお尻から手を離す。



「いや、待て違うんだ朝霧!!

これはっ……!!」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うわぁ」



 朝霧は扉を閉めた。



「朝霧さんンンンンン!!!!!」


「ちょっと、兄貴、手ぇ止まってる」


「いや、お前朝霧に変な誤解されたんだぞ!?」


「手、止まってる」


「あのまま放っておいたら俺のキャラがますます――」


「手」


「……はい」



 何でもすると言った手前、ヒカネの命令に逆らえず、神影は泣く泣くシスコンの汚名を被るのだった。(なんてこった……)




☆☆☆神影視点




 そうこう言っている内に一日が過ぎてしまった。

対策は……うん、まぁなんとかなると思う。

退学がかかってる割にテキトーだな、とか思われるかもしれない。

捏造されたら詰むとか言ってたのに、何やってんだよ、とか思うかもしれない。

昨日のシリアスな空気はどこだ、って思うかもしれない。


 でもまぁ、そうは言ったところで、犯人を見つけるなんてことはもう不可能な訳だし?


 全国23人の後藤英里奈さんにお問い合わせも不可能な訳だし?


 証拠もないなら、別の方法で行くしかない訳だし?


 これはもうあの教師の捏造を論破するしかないかなって結論に至った訳だよ。

開き直りだけどな。


 論破できなかったらどうすんだっていうことも考えてるけど……まぁ、実はちょっとあのマッサージの後ヒカネからヒントを貰って……それなら何とかなりそうだなって思ったんだよ。


 最終的には俺次第っていうやり方なのはヒカネらしいっちゃヒカネらしいかな。

あいつなら、有無を言わさない証拠を捏造したり、裏から色々やったりするから……。


 正直あんまり気が乗らないやり方だけど……結構成功する確率が高そうなんだよなぁ……。




 そんなわけで、今、俺は生徒指導室にいる。



 昨日のメンバー全員が……この場にいる。

今日もやはり、先生が口火を切った。



「さて、では昨日、途中で終わってしまったお話の続きをしましょうか」


「全く……どうしてこの高貴なる私がこのような疑いを……」


「……各人、思うところはあると思いますが、真相解明の為です。

どうか、ご静粛に。

始めに、もう一度事件を整理します。

この事件は一昨日の午後6時以降に起こったもので、犯人を示すような具体的な証拠、証言がなく―――」


「それなんですがね、先生。

実は面白い証拠を見つけましてね……」



 ハゲがにやにや笑いながら、先生の言葉を遮った。


 ……来たか。本当に予想通りだな。

つうか、早すぎるわ。

先生もビックリしてるじゃねぇか。



「証拠……ですか……?」


「えぇ、実は警備員の方に聞き込みをしたところ、朝霧のような見た目の生徒がタバコを捨てているところを見た、とのことです」


「その警備員の方は?」


「勿論、呼んでいますとも。

吉田さん、どうぞ入ってきて下さい」



 ハゲの呼び掛けで外で待機していたらしい警備員の人が中に入ってきた。

それに対して先生ははぁ、と小さくため息を吐く。



「そういうことは、事前に私に伝えておいて欲しかったのですが……」


「申し訳ありませんねぇ。

つい(・・)、忘れてしまっていたものですから」



 目撃証言か……。何がつい、だ。

だけど……よし、これなら何とかなりそうだ。

物証と違って、人の証言っていうのは突っ込みを入れやすいからな。

さぁ、聞こうじゃないか吉田さん。


 俺が華麗に論破してやるぜ。



「えー、では吉田さんその時の「ちょっと待ってくれ緑川先生」



 今度は朝霧が、先生の言葉を遮った。


 ……朝霧?



「どうしたんですか朝霧さん……」


「その証言を聞いちまったらあたしが犯人だって決まっちまいそうだからさ。

先にあたしと、宮永が見つけた証拠を見てほしいんだ」



 なっ……!?

証拠だと……!?



「どういうことだよ朝霧!!

俺はそんなこと聞いてないぞ!?」


「どっかの誰かは、あたしを見捨ててさっさと家に帰りやがったからな。

そんな薄情なヤローになんて教えることは何もねーよ」


「おい、宮永……っ!」


「神影……ワリぃな。

正直昨日のアレは庇えねぇわ」



 宮永が少し幻滅したような目で、俺を見る。


 くっ……!!

確かに昨日のことはこいつらからしたら面倒ごとから逃げた奴みたいに見えるだろうな。

しかも朝霧はヒカネとのあれこれを見られてる。

完全に俺のせいだけど……、せめて一言言って欲しかった……!!

こんなところでイレギュラーが混ざってくるなんて……!!


 先生も困惑しているようで、手で顔を覆う。



「どうして一日でこんなに証拠が……

朝霧さんの証拠は一体なんですか?」



 証拠……?ちょっと待てよ……。

朝霧達が……証拠を見つけた?

……それは、おかしいだろ。


 だって犯人は……後藤英里奈っていうやつなんだ。

今頃、日本の北と南にいるはずなんだ。


 防犯カメラにも写っていない。

この学校の生徒でもない。

何らかの証拠が見つかったとしても……それを断定できる根拠がない。

だって、後藤英里奈という人物は赤の他人で、俺達とは関係のない人物だからだ。


 じゃあ一体この二人は一体何を見つけたって言うんだ……?



「これだ」



 朝霧の手にあったのは、誰もが知る高級ブランド“ルイ・ヴィーナス”の財布だった。



「ちょっと、それは私の財布じゃありませんこと!!」



 金髪ドリルは怒鳴って立ち上がり、財布を奪おうとする。

朝霧はそんなドリルをあしらって、笑う。



「へぇー、お前はこの財布が自分のだって認めるんだな……」


「昨日、なくしたのですわ!!

返しなさいこのコソ泥!!!」



 財布を取り戻せず、ヒステリックにドリルは喚いた。

朝霧は余裕を持って……まるでハゲのような笑みを浮かべた。



「昨日?嘘つけよ鶴麗院。

一昨日だろう?」


「はぁ、何を言っているんですの?

そんなことありませんわ。

私は昨日、その財布をなくしましたの」



 ふんっ、と鼻を鳴らしながら金髪ドリルは朝霧を睨む。

朝霧は……さらに笑みを深めた。



「それはおかしな話だなぁ……。

だってこの財布にゃ、一昨日の日付で先生が持ってるタバコと、あの雑誌のレシートが入ってんだからよぉ!!!」



 なっ!?!?



「ほら先生、確認して見てくれよ」


「……投げないで下さい朝霧さん」



 そう言いつつ、先生は財布の中身を確認する。



「……これは……!!」



 出てきたのは、レシートだった。

その表情から察するに……朝霧の言った通りのことが書かれているんだろう。



「確かに……これは……」



 驚きと、混乱が混ざったような顔で先生は金髪ドリルを見る。

きっと俺も……同じようになっている。

その視線に晒された金髪ドリルはみるみる内に顔が青くなった。



「ま、待ちなさい!!!

そ、それは私の財布ではありませんわ!!!

きっと同じメーカーの別の人の物ですわ!!

私がそんなものを買うなんて有り得ませんもの!!」


「さっきと言ってることが違うなぁ鶴麗院。

それに、それは通じねぇぞ?

お前の名義のカードが、ちゃあんと入ってんだからよぉ」



 朝霧が、ドリルを追い詰める。

先生は、もう一度財布を確認した……。



「確かに……入っています……」


「そ、そんな……」



 ドリルが悲壮な顔をする。

すると、ダン!!と机を叩いてハゲが立ち上がった。



「朝霧!!!!!!

お前証拠をでっち上げたな!!!!

鶴麗院女子はそんなことをする人間ではない!!!

それに、証拠はこちらにだってあるんだ!!


 自分が助かるために他人を貶めるなど言語道断だ!!!

恥を知れこの不良めが!!!!」



 うるさい声でハゲが喚く。



「そ、そうですわ!!!

よくも私の財布を盗んでそんな小細工をしてくれましたわね!!」



 青かった金髪ドリルが赤くなり、それに乗っかる。



「何言ってやがる!!

こっちは物証なんだよ!!!!

でっち上げる余地なんかねぇ!!!

そっちこそ、でっち上げだろうが!!!」



 朝霧も、反論する。

宮永は……座ったままだった。



「教師がそのような真似をすると思っているのか!!!」


「あぁ、思ってるよ!!!

教師だからって犯罪を犯さねぇ理由にゃならねぇし、そもそもあんたを教師だと思ったことなんかねぇんだよ!!!!!」


「それはあなたの私見ですわ!!!!

教育に携わる……しかもこの大瑠璃高校の教員が一生徒を貶める為だけにこのような偽装工作を行うなんて有り得ませんもの!!」


「その通り!!

人の財布を盗んで偽装工作など……不良を通り越して本物の犯罪者だなぁ朝霧!!!」


「バカ言ってんじゃねぇ!!

これは、昨日コンビニを巡って見つけたもんだ!!

置き忘れの荷物を片っ端から当たってあたしと宮永が見つけたんだよ!!!

盗みなんて下らねぇ真似誰がするか!!!」


「それでしたら、私だってタバコなどと言う退廃的な物など買いませんし、いかがわしい雑誌などもっての外ですわ!!!」


「黙れこの金髪ドリル女!!!!

こっちには、物証があるっつってんだろうが!!!!」


「ドリっ……!?

黙りなさいこの淫乱女狐!!!!

我が鶴麗院コンツェルンの力で捻り潰しますわよ!!!!」


「ほら見ろ!!!!

そうやって、そこの吉田さんも脅したんだろ!!!!

お前らの証拠は偽装できても、こっちの証拠は偽装できねぇんだよ!!!!」



 どんどん議論がエスカレートしていく。

もう収集がつかないと思わせるくらいに……。


 ……くそっ、こんな状況考えてなかった。

どうする……現状このまま進めば、朝霧が退学になることはないだろう。

朝霧の言う通り、ハゲの証拠は偽装できても、朝霧の証拠は偽装できない。


 先生もそれは分かってるみたいで、沈黙を保っている。

いや、考えているんだ。

この証拠が、証拠足りえるか。


 そして恐らく……それは証拠として成立してしまう。


 朝霧は退学を免れ、代わりにドリルが退学になる。


 それでいいのか?

真犯人は顔も分からないような後藤英里奈だぞ?

確かにこの金髪ドリルは嫌な女だ。


 でも、犯人じゃないんだ。


 それなのに退学になっていいのか?


 ……良いわけない。

そんなの……後味が悪すぎる。



 俺は、俺が望む最高の“結”末に辿り着くんだ!!!



 そんな寝覚めの悪い“結”末で、終わらせてたまるかよっ!!!!



 ダァン!!!!!!!



 俺は今日一番の大きな音で机を叩いた。

燃え上がっていた議論が、冷や水をかけたように静まった。



「……っ!?

何だよ神影……お前もなんか言うことあんのか?」


 言いたいことだと朝霧?

あるに決まってんだろ。


 やってやるぜ。見とけよお前ら。

俺がこの事件、丸く解決してやんぜ!!!!



 立ち上がり、背筋を伸ばし、ドラマで主人公が犯人を言い当てる時のように堂々と、尊大な雰囲気を纏う。



「聞いていれば呆れるなお前達……この俺の出る幕ではないと思っていたのだが……全く手を焼かせおって……。

フッ、まぁ、仕方がない。

結局はこうなる運命だったのだ。

アカシック・レコードに刻まれし定め。

矮小な人間ごときが変えられるようなものではなかった、ということか」



 ぽかん、とした表情が視界に入る。

きっ、気にしないからな!!



「お、おい神影……?」



 朝霧のその声を無視し、おれは机の上に飛び乗り、ぶわさっ、と大きく手を広げた!



「だぁがっ!!!!

安心するがいいお前達。

この俺が全てを解決してやる。

全てを見通すこの神のゴッド・オブ・アイズがこの複雑怪奇な難事件をズバァリ解き明かしてやろう。


 おぉい!そこの愛莉伝道師よ!!!」



 ビシィッ、と洗練されたカッコいいポーズで俺は机の上から先生を指差した。



「は、はい……?」


「その手の真理の刻印されし魔導書の欠片を渡すがよい」



 先生から、その手の財布へと、俺は指先をスライドさせる。



「魔導書……?

レシートのことですか神影君………?

なんだか雰囲気が―――」



 ふ、雰囲気っ!?

な、なんのことかなぁっ!?



「そぉうだぁ!!

その真理の刻印されし魔導書の欠片を早く渡すのだ!!」



 さぁっ、一刻も早くっ!!



「ど、どうぞ……?」



 先生が恐る恐る、レシートを渡してくれる。

可哀想な子を見る目だった……。


 …………


 ……よし、これでとりあえずはOKだ。



「ふむ……ではいくぞ………。


 我は神影 神使。

全知全能たる神の神子であり、神の使いである。

武の神子と智の神子を同胞はらからに持つ由緒正しき血脈の者なり。

現世うつしよに存する御柱よ。

常世とこしよに存する御柱よ。

我、聞こ示せと畏み申す。

我は望む。

我が手の内の真理の刻印されし魔導書の来歴を。

今、我が前に顕現させよ!!!!


 神のゴッド・オブ・アイズ


 第参の眼、開白の眼、開眼せよ!!!」



 ギャーーーー!!ギャーーーー!!

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

恥ずかしい恥ずかしい何これ何これぇええええ!!!!


 全力で無かったことにしたい!!!

この現在進行形の黒歴史を無かったことにぃ……!!!



―――――――――――――――――――――――



 原産は――邪魔だ。こんなどうでもいい部分は見ねぇ。


 誰に聞かせるわけでもないけど、弁明はさせて欲しい。

こうやって心の中で呟かねぇと心が折れちまう……。


 この机の上に乗っかって大仰な動きとセリフを口にしているのは演技だ。

完全に演技。10割演技だ。100%混じりっ気ない演技だ!


 いや、あのだよ?

それにしては堂に入りすぎじゃね?

って指摘はあると思うよ?


 でも聞いて、お願いだから。


 実は俺……中学の頃、厨二病を患っていたんだ。

もう、まさにこんな感じ。

意味不明な言葉を繰り返して自分は特別なんだって疑わなかった。

これが通常だった。

家でも学校でも、常にこんな感じ。

そりゃ、友達なんて出来るわけねぇよ。


 そこで、まぁ、置いとけ俺の過去は。

良い思い出なんか一つもないんだから。


 んで、だ。昨日ヒカネに言われたアドバイスがこれだ。


『厨二の頃の無茶苦茶な兄貴なら、多少変な理屈でも通るんじゃない?』


 確かに、あの頃の俺なら無駄な説得力があったからな……。

詐欺師にでもなれたんじゃないだろうか?

はは、宮永じゃあるまいし……。


 まぁ、振る舞いはメチャクチャでも、言ってることがマトモなら信じやすいってのもあるんだろうな。

特に、自分にとって何にも不都合がなかったら人は信じやすいもんだ。


 例えば、占い。

あなたは今日良いことがあります。

と、言われたとする。

大抵の人は喜ぶし、良いことがあると思うだろう。

それっぽい雰囲気でそれっぽい人にそれっぽく言われたら、なおさらそうだ。

そういういかにも、な人に言われた好都合なことはいきおい人は信じやすい。

信じたところで、自分に被害はないしな。


 俺が今からやることはそれとおんなじ。


 それっぽい口調で全員に有益なことをそれっぽく話す。


 具体的に言うと、現実にありそうな設定をこじつけて真犯人を言うんだ。

元々は今考えてるのと別の設定で言うつもりだったんだけど……この状況じゃちょっと理屈が通りそうにないんだよな……。


 何でこれがドリルの財布に入っていたか。

俺はこれをこう設定する。


 あのドリルの親の会社は結構大きいところだと聞いた。

当然、それに対して敵対する会社もあるだろう。

良く思っていない奴等がな。


 この大瑠璃高校は犯罪を犯した生徒に容赦しないことで有名だ。

犯人はそれを利用しようとした。


 タバコもBL本も、ドリルを退学させる為にどこかの誰かによって投げ込まれたものだ。

タバコで退学させ、BL本で社会的に抹殺でもするつもりだったんだろう。

あの鶴麗院の娘はBL趣味……。

そんな噂はこのネット情報社会において急速に広まるだろう。


 そいつらによってドリルは財布を盗まれ、レシートを入れられた。

証拠を作り、確実にドリルを貶めるために。

それを犯人に仕立て上げられそうになっていた宮永達の行くコンビニに先回りして置いておく。

そうとも知らずに、二人は財布を見つけ、レシートを見つけて、ドリルが犯人だと思った。


 どうだ?それっぽいだろ?


 どんな理論だよ、そんなんねぇよ、とか思うだろうけど、一応の理屈は通ってる。

無茶苦茶でも信じさせれば問題ないぜ。


 おっと、そろそろだな。

さぁーて、犯人は誰だ?

こういう所で固有名詞とか真実を織り混ぜると人って騙され……げふんげふん、信じやすいんだよなぁ……。



 4月7日、Aマートの店員、山崎新太郎の手によって後藤英里奈の手に渡される。



 へぇー、レシート自体は本物なのか。

ん?じゃあ俺の推論って正しいんじゃね?

本当にドリルを嵌めようとしたんじゃね?

でも……コンビニって……監視カメラ仕事しろよ。

そうすりゃヒカネが見つけて一発だったのに……

まぁ、あいつが絶対ってわけでもないし、漏れがあったのかもしんないけどさ。



 同日、後藤英里奈の手によってレシート回収ボックスの中に入れられる。



 細かすぎるわ。そんな情報どうでもいいんだよ。

その次だよ、次、誰が拾ったんだ誰が。

とりあえず名前を出してもらわないことには俺だって喋れな………



 4月8日、宮永健斗によって拾われる。



 ……え?



 同日、宮永健斗の手によって、鶴麗院凰華の財布に入れられる。



 嘘だろ……。なんで……?



 同日、宮永健斗の手によって、朝霧楓に手渡される。



 宮永が……やったのか?

何のために……?

どうしてドリルの財布を持ってんだ……?

盗んだ……のか……?


 次の文書が頭に入ってこない。

何を言うのかも完全に忘れた。



 宮永がやった。


 宮永が、盗んだ。


 宮永が………



 そんなことをするやつには……見えなかったのに……。

一緒に遊んで、笑ったあいつの笑顔は……全部嘘だったのか……?


 宮永は……一体何を考えてるんだ。


 そもそも、さっきから全然喋ってない。


 何で?


 朝霧を……利用して、金髪ドリルを……?



「神影……?

どうしたんだよ、俺の方をじっと見て……」



 こいつは、この顔の裏で一体何を考えてるんだ?



「何で……お前……」



 掠れた声が出る。

上手く、喋れない。


 どうする?どうする?どうする?


 一体俺はどうすれば……


 考えろ……


 俺が望む、皆が幸せになれる“結”末を……どうする……どうしたら……



「神影君?さっきから一体どうしたのですか?」


「…………………フ」


「え?」


「フフフ……………」


「み、神影君?」


「フワァーーーッハッハ!!!!!!

謎は全て解けたぞ、諸君!!!

この神影神使が、真実を明らかにしてやろう!!!!」



 冷や汗ダラダラのまま、俺は虚勢をはって厨二ポーズを決める。


 分からない。まだ、終わりじゃない。

混乱はまだ収まらないし、動揺だって消えてない。

心臓はバクバクと音を上げ、声の割りに内心はビビりまくりだ。

何を、どうしたら最良なのか、分からない。


 あいつには色々聞かないといけない。

だからまずは、この場を、この事件を終わらせる!!!!!



「この事件は、この学校の生徒が起こした事件ではないのだよ。

いやはや、流石の俺もこの展開は予想が付かなくてね……動揺してしまった。

しかし……ククク、そうかこうなるのか。

数奇な運命の歯車の悪戯が、こうも怪奇な現象を引き起こしたようだ」



 ベースは俺が元々考えていた設定。

それにちょっと脚色する。



「受験、これは実に残酷なシステムだ。

脳ミソの出来で人間を選別し、振り分ける……。

失敗した人間を待つのは絶望だ。


 この事件は、その絶望した人間によって起こされた。


 七つの大罪を知っているかね?


 色欲、憤怒、傲慢、怠惰、暴食、強欲……そして、嫉妬。


 人間の持つ七つのカルマだ。

今回は嫉妬の大罪が動いたようだな。

全く……七つの大罪を受け入れ、支配したこの俺には……なんとも理解し難い感情だ。


 嫉妬……嫉妬だよ。


 受験に敗れた生徒の……狂おしい激情だ。


 きっとその生徒はこう思っただろう。


 あんなに頑張ったのに。あんなに努力したのに。あんなにあんなにあんなにあんなにあんなにあんなにあんなにあんなに……。

羨ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。

なんで、あんな奴等が合格なんだ。なんで僕じゃないんだ。おかしい。不合理だ。納得がいかない。


 その結果、その生徒はどんな行動を起こすだろうねぇ?」



 首を傾けて、俺は先生の方を見る。

こんな変な喋り方でも一応ちゃんと考えてくれている風だったからな。



「つまり……神影君が言いたいのは……この学校の受験に失敗した子が、この学校の生徒を逆恨みしてタバコとBL本を投げ込んだ……、とそう言いたいのですか?」



 翻訳、ありがとうございます。



「そのとぉりだよ。愛莉伝道師。

そして、目を付けられたのがそこの金髪ドリル女子という訳だよ」



 俺が金髪ドリルを指差す。

全員の視線が金髪ドリルに向かい、その見事な縦ロールに注目した。

金髪ドリルはトマトのように赤くなった。



「誰が金髪ドリルですのっ!」


「ドリル女子、質問をしよう」


「巫戯けないで下さいませんこと!?」



 ええい、うるさい。真剣だこっちは。



「財布を無くしたのはいつだ?」


「昨日ですわ!!」



 よし……。

次に俺は朝霧を指差した。



「Dカップ縞パン女子、質問をしよう」


「…………っ!!!!

後で絶対殺す……!!」



 ご、ごめんなさいっ!!



「……き、君が見付けた真理の刻印されし魔導書の欠片の日付はいつだった?」


「……一昨日だ」



 よしっ、よし……!

もう一度、金髪ドリルを指差す。



「ドリル女子、お前はホワイトボックスと薔薇色の交わりの書物を買ったかね?」


「……いいえ、買ってませんわ」



 落ち着いた回答を見せる金髪ドリル。

ドリルなりに俺の質問の真意を探ろうとしているのだろう。

だが、考えるまでもない。


 答え合わせの時間だ。



「フ……やはりな。

おかしいだろう?

財布を落としたのは昨日だという。

なのに、財布には買った覚えのない一昨日の日付のレシート……。

ここには明らかに人為的なものがある。


 つまり、犯人は例のブツをこの学校に投げ入れた後、密かに我々の同行を探っていた。

この学校の生徒でなくとも、学校に入ることは可能だ。

ましてや犯人は元々この学校を志願していた人間。

制服さえ調達すれば、忍び込むことは容易い。


 そうして、学校に忍び込んだ後、我々の話し合いを盗み聞きした。

そして、容疑者を見たのだろうな。

そこで目に留まったのが……ドリルだ。


 いかにも、お金持ちと言ったドリルの風体から、きっと嫉妬に狂う犯人はこう思っただろう。


 この学校の合格権を、金で買ったのだ……と。


 後は簡単だ。

我々が熱い議論を交わしている内に、ドリルの財布を盗み、レシートを入れ、縞パン女子に先行して、財布を置き忘れの荷物を置いてあるところにそっと置く」


「それを……朝霧さん達が見つけた……」



 そう、それが俺の作った……



「これが、この事件の真相だ」



 全員が沈黙する。

考えろ考えろ。矛盾を探しても無駄だ。

あり得ない話じゃないんだから。

ちらり、と横目で宮永を見る。


 目を瞑っていて、何を考えているのかは分からなかった。

このままならいける、そう俺は思ったが……


 諦めの悪いのが一人、いた。



「そ、そんなわけあるか……!!

は、犯人はそこの朝「黙ってくれまっか?斎藤はん?」ヒッ!」



 先生がハゲを睨んで黙らせる。

うわ……先生マジギレだ。

方言が混ざってる……!!


 そして、先生はそのまま大きく息を吐いて、この事件に終止符を打ちにかかった。



「……しょぉじきな話やけど……私もこの事件の犯人ばってんを……外部の人間だと思っとった」


「んだども、あれよあれよ、という間に証拠が次から次へと出てきよるがな、そいでどないしたもんかと思うとったんよ」


「ほんにタバコを買った人間がおったんなら、残酷じゃけんどその子を退学にせにゃいけん」


「そうは言うてもな、わっちらは生徒を退学に追いやりたいわけやないでありんす」


「やから、神影はんの推理を聞いて……ウチはそれを信じようと思ぅたんよ」


「斎藤せンせェも、朝霧さンも、犯人に踊らされた」


「それでよか。この件はそういう風に落ち着かせるのがよかよ」










「文句は言わせません。

犯人は逆恨みの外部犯。






 それで……この事件はお終いです」






☆☆☆神影視点



 事件はこうして、少々強引に幕が下ろされた。


 だけどまだ、解決はしていない。


 だから俺はあの後、朝霧に先に帰るように言った。

宮永と、一対一で話し合う為に。

放課後の夕日が差し掛かる教室で、俺と宮永は二人でいた。



「なぁー神影ー、お前今日はどーすんだー?

またゲーセンでも寄るかー?」


「いや……いい」


「そうか……なら仕方がない。

アカシックレコードに刻まれた運命だ。

俺もその宿命に従おう……我々はやはり、この血塗られた道から外れることはできないのだな……」


「……」


「まぁ、嘘だけどな」


「……嘘……か」


「ん?どした?」


「いや……」



 嘘。


 嘘……か。


 宮永は気持ちのいい笑顔で、俺をゲーセンに誘った。

人懐っこい、犬のようなそんな笑顔で。


 その笑顔の裏には一体何があるんだ?


 俺に向けるその笑顔は……嘘なのか?



『まぁ、嘘だけどな』



 お前のその口癖は……一体どういう意味があるんだ?

どんな思いで……嘘を吐いているんだ?

今まで接してきた宮永という人物は全部嘘で塗り固められた存在で……その本質は――!


 ……ダメだ。

最悪な考えしか浮かばない。

これ以上考えるのは逆効果だな。



「なぁ……宮永」



 意を決して、俺は宮永に話しかけた。



「何で……あんなことした」


「……何のことだ?変なこと言うなよな」



 宮永は、俺の方を見ない。

罪悪感からか……単に誤魔化そうとしているのか……。


 まぁ、普通に考えたら、俺がそれを知ってるはずがないから……とぼけたり、誤魔化するのも……普通の反応なのかもしれない。

このまま何も無かったことにするのが丸く収まる解決だしな。


 でも……そんなので、俺は納得しない。


 そんなもやもやした“結”末は……ゴメンだ。








 仕方ない、踏み込むか。



「何で鶴麗院を嵌めようとしたんだよ、宮永」


「……はは、何言ってるんだよ神影。

言ってる意味が分かんねぇぞ?」



 宮永はこっちを向いてにこやかに笑う。

でも……その笑顔は……嘘だろう?


 宮永の目を強く睨んで、俺は核心を突く。



「だったら分かりやすく言ってやるよ。


 何で鶴麗院の財布を盗んで、タバコのレシートを入れたんだよ。


 答えろ、宮永健斗」



 宮永の顔から、すうっ、と笑みが消えた。










「すげぇな……何で、分かったんだよ」



 次に宮永の顔に浮かんだのは……単純に感心した、と、そんな顔だった。



「……俺だって、昨日、何もしてなかったわけじゃない。

俺なりに調べて回って、そんで……コンビニの……防犯カメラを見て、その答えを見つけた」


「嘘だな」



 と、いきなりそんなことを言われた。

有無を言わさないその言葉に、動揺してしまう。



「俺の前で嘘は無駄だぜ神影。

俺は一流の嘘吐きだ。

そんな下手クソな嘘、すぐに分かる。

俺の話を聞きたいなら、ちゃんと本当のこと言えよな」



 真っ直ぐ俺の目を見て言う宮永は真剣な顔付きをしていた。

今までに見たことがない……宮永の顔だ。

俺の知る宮永は、変態でロリコンで、にやにやして、笑みを浮かべながら俺をからかう、そんな存在だった。

だというのに、今、目の前にいる宮永は、真剣な顔で……そんな空気は微塵もない。

まるで……今まで接してきた宮永健斗という男が……偽の存在ような気がしてきた。

嘘で作られた偽の……



「一流の嘘吐きって……なんだよ。

どういう意味だよ、宮永。

今までのお前は一体……」



 どこにいっちまったんだよ。


 宮永は、机の上に腰かけて、天井にある蛍光灯を見上げた。



「今までの、俺ねぇ……。

別に猫被ってた訳じゃないし、こっちが素って訳でもないぜ。

シリアスパートとギャグパートの使い分けくらい誰だってするだろ?

その程度に考えとけよ」



 宮永の口調は軽くて、俺の知る宮永に少し近付いた。

そうはいっても、宮永の言葉を借りるならシリアスパートなのは変わらなかった。



「それからよ……お前の質問に答えるなら、真実と嘘を混ぜて、真実を嘘だと、嘘を真実だと思わせられるようになりゃ、嘘吐きとして一流かもな」



 嘘を真実に。真実を嘘に。

確かに……それが出来れば嘘吐きとして一流かもしれない。



「まぁ、嘘だけどな」


「……」


「真実を嘘だとか、嘘を真実だとか。

そんなもん関係ねーよ。

あることないこと織り混ぜて、真実も嘘もごちゃ混ぜにした奴が一流だ」


「それも……嘘か?」


「さぁなー」



 くそっ、ダメだ!

宮永のペースに流されちまってる。

落ち着け……話題がそれてる。

いつもと違う宮永も、一流の嘘吐きも、今は置いとけ。

考えるのは、事件のことだ。


 何であんなことをしたのか、それを聞くためにこうして話し合いの場を作ったんだろうが。

真実を聞くには……本当のことを言えばいい。

嘘を吐くのがダメなら、真実を言えばいい……のか。


 ……いいだろう。

別に言ったって構わない。

言ったって、頭の緩い子くらいにしか思わないだろう。

ヒカネやミカの特異性と違って……俺のはそんなに目立つようなもんじゃないしな。

話が反れたら困るから、ちょっと簡略化するか。



「俺にはある《能力》がある。

人にはないその《能力》で、お前がやったこを知った」



 ……どうだ。宮永。

俺は真実を言ったぞ。


 目と目が合う。

探るような視線が、俺の目を通して俺という存在を……見抜こうとしてくる。



「……ふぅー……ん。

嘘、じゃ、ない……みたいだな。

信じがたいけど」


「信じるのか……?」



 俺を見つめながら、観察しながら、嘘がないかを探りながら、宮永はそう言った。

そして、次の言葉は俺を大いに驚かせた。







「まぁ、俺も似たようなもんだし」


「なっ!?」



 宮永も……何か特別な《能力》があるのか!?

思えば、確かに宮永は不自然に思えるような行動を取ることが多かった。

必要以上に……嘘を吐くこと。

もしかしたら、宮永は言霊のようなものを使えるのか?

自分の言葉を信じ込ませる……そんな《能力》が……。



「まぁ、嘘だけどな」



 この野郎……!!



「……もう一度聞く。


 何で鶴麗院を嵌めようとしたんだ、宮永健斗。

俺は真実を話したぞ、お前も……話せよ」


「……はーっ、ったく、せっかちだなぁ。

もうちょっと前置きあってもいいんじゃねーの?」


「これ以上やっても俺がイライラするだけだ」



 さっさと話せ。



「嘘吐くかもしんねーぞ?」


「いいからさっさと言え。

そんなもんは、俺が判断するんだよ」


「はいはい……長くなるぞ?」


「いや、もういいから早く」



 引っ張りすぎだ。



「実は俺はとある国の王子様だったんだけ「嘘吐いてんじゃねぇ。流石にそれは分かるわ」


「……俺の家さ、昔はパン屋なんかやってなかったんだ……」


 宮永は俺の方を見るのを止めて、俯きながら語り始める。


 やっとまともに始まったか……。

だけど……この話は……



「父さんも母さんも……中流のIC関係の同じ仕事してたんだ。


 中学生の時の話だ。


 上司の……つうか他会社のワガママみたいな陳情で二人とも首にさせられた…… そこからはもう大変さ。

家計は火の車。

借金にも手を出して、てんやわんやの大騒ぎ。

その日暮らすのもやっとだった。

俺は働きたかったけど、世間はそれを許しちゃくれない。


 毎日悶々としながら学校へ行ってた」



 二日前の夕方の話と、同じ話を、宮永はし始めた。


 また、嘘か……



「俺達家族は……そこで一回壊れた」



 ……そう……思えなかったのは……宮永が……二日前と違って、泣いていなかったことだ。


 淡々と、淡々と、淡々と、インプットされた言葉をただ吐き出すように、宮永は話す。

機械的過ぎて、そこに嘘が介在する余地はないんだと、俺は思った。



「父さんも母さんも毎日死ぬほど働いた。

ストレスが溜まって、週に一回は大喧嘩した。

酒に溺れる日もあったし、変な宗教に引っ掛かって心中しそうになったこともある。


 ねえちゃんは身体を売って金を手にいれるとか言い出して……父さんが怒って……喧嘩した。


 俺は俺で自棄になって……俺が居なくなればもっと楽に生活出来るだろ、って言って殴られた。


 そんな日が続いてた。


 酔った父さんと母さんはいっつも俺達姉弟に謝るんだ。


『ごめん、ごめんなぁ、こんな弱い親で……ごめんなぁ……もっとお腹いっぱい……食べたいよなぁ……もっと楽しいこと……いっぱいしたいよなぁ……』


 俺はそこで、こう言う。


『大丈夫だよ。全然平気だよ。

父さん達が気にかけることなんて何もないよ』


 まぁ、嘘だけどな。


 一日二回の食事の一食分が一膳未満。

 ゲームも漫画も全部、金に替えた。

 ぼんやりと過ごすだけの日々。


 そんな毎日に、不満がないわけないだろ。

でも、そんなことは口に出せない。

何もしないクソニートがそんなことを口に出す権利なんてない。


 だから俺は、嘘を吐き始めた。


『大丈夫』


『毎日が楽しいよ』


『もうお腹いっぱいだよ』


 そんな誰から見てもバレバレな嘘から、俺の嘘吐きは始まった。


 最初は、父さん達は俺が嘘を吐く度辛そうな顔をしていた。

でも、俺は嘘の吐き方を覚えた。


 フザけた調子で道化のように。


 嘘吐いて、誤魔化して、自分の気持ちを、両親を騙してた。


 嘘しか言わないから家族にも俺の本心は分からない。

何が真実か分からない。

それをすることで、俺はちょっとだけ親孝行出来てる気がした。


 俺は、健斗は本当に大丈夫なのかもしれない。

そう思わせることで、俺は気がいくらか楽になった……。


 辛い日々は、ねえちゃんの結婚と同時に終わった。


 高校ん時の同級生で、姉ちゃんのことをずっと想ってた人なんだ。

凄い人で、多重債務だった借金をポン、て払ってくれた。


 パン屋も建てて……俺達家族は、やっと、昔の家族に戻れたんだ」



 一拍。

小さな空白が、沈みかけた夕日と共に教室を満たした。

赤い、赤い色の夕焼けの光が、宮永にかかる。


 じゃあ、そうか……あの金髪ドリルは……



「お前ならもう分かっただろ。


 父さんと母さんを辞めさせた他会社ってのは、あいつの……鶴麗院凰華の親父が経営してる会社だ。

あいつの親父が……俺の家族を壊したんだ……!!」



 宮永が、初めて声を荒げた。

強く手を握り、溢れる怒りを自分の手のひらにぶつける。



「ハッキリと覚えてる。

鶴麗院凰華によく似た女と、小太りの男。

そして、父さん達の上司が俺ん家に来て……

辞めさせられたあの日を……!!


 父さんと母さんがどれだけ頭を下げても、どれだけ泣いて謝っても……!!!


 ニヤニヤ笑いながらそれを聞いていたあのクズ共を!!!!!」



 吐き捨てるように宮永は叫んだ。

夕焼けが……宮永の顔を照らす。

憎しみと、恨みに染まった顔だった。

嘘じゃなくて……本心を吐いているのだと……分かった。



「生徒指導室に集められて、あいつを見つけたとき、俺は動けなくなった。

一目見ただけで分かったんだ……!!

あいつは……鶴麗院凰華は……吐き気がするほど、あいつの母親に瓜二つだった…!!

その後の話なんか全然頭に入らなくて、ただ……黒々とした気持ちが俺の中で渦巻いてた。


 気が付いたら、俺は財布を盗んでた。


 初めは単純に、あいつが犯人だと俺は思ってたんだ。

あいつが悪で、諸悪の根元だって、思い込んでた。

財布を漁れば何か出てくるんじゃないかって、思ってた。


 なぁんにも無かった。


 愕然とした。

クズの娘なんだから、何かあるはずだと、勝手に思い込んで暴走した結果がそれだ。


 どうしよう、って考えながら……朝霧とコンビニを巡っていた時、見つけちまったんだ。


 タバコと、BL本を買ったレシートを。


 流れるように俺は動いてた。

財布の中にそのレシートを忍ばせ、朝霧に忘れ物回収ボックスにこんなものがあった、きっとあいつが犯人だ、って嘘を吐いた。

親を騙せる俺だ、朝霧一人騙すくらいわけなかったよ。


 後は……知っての通りだ。

俺は全部、失敗した……」



 宮永の、語りが終わる。

全部吐き出しちまったように、やるせない姿をしていた。

この話に嘘はないと、俺は思う。


 生気の抜けた顔で宮永は俺の方を見た。



「それで、どうするんだ?

俺を先生に突き出すのか?」


「……1つ、聞かせろよ。

お前は鶴麗院が退学になりゃ、満足出来たのか?」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………俺の中の黒い気持ちが、まだ、消えてないのは確かだな」


「そうか……」



 そんだけ聞けたら十分だ……。

俺は宮永の前に行く。



「おい宮永」


「……なんだよ……?」



























「歯ぁ、食いしばれ!!!!!」



 俺は宮永を全力で殴った。

型も何もなく、力任せに、顔面を殴り付けた。

頬骨を殴った感触がゴン、という鈍い音と一緒に拳を通じて伝わってくる。

宮永はよろめいて机を巻き込みながら倒れ、何がなんだか分からないという顔で俺を見る。

そんな宮永に俺は近付いていく。



「俺は、自分に課してるルールがある。


 どんな状況でも、全員が笑って終われる“結”末に導くことだ。


 俺は出来た人間じゃないから、嫌な奴まで救おうとは思わない。

でも、家族や友達は、何があっても絶対に救う。


 ちょっとズルい選択でも、それで皆が笑えるなら……俺はそれを良しとする。

だから、俺はお前を先生に突き出さない。

その代わりの一発だと思っとけ」



 倒れている宮永の目の前に着く。

言わなきゃならねぇ……ことがあるんだ。

俺は乱暴に宮永の胸ぐらを掴んで、顔と顔を突き合わせた。



「宮永……確かにお前の恨みや、黒い気持ちは正しいよ。

復讐だって考えるかもしれない。

貶められたから、貶め返したいかもしれない。


 俺は……その気持ちを否定しない。


 人間なんだ。

恨んだり憎んだりするのは当然だ。

復讐を思うのだって……当然のことなんだ。


 けどよ……それを向ける相手が違うだろうが!!!!!」



 宮永の目を見る。

絶対に反らさないし、反らさせない。

真実から、目を背けちゃいけないんだ。



「娘のあいつが、お前に何をした。

親の罪を子で晴らすなんて馬鹿らしい。


 そんな形で復讐を果たしたとしても、お前の中の黒い気持ちは消えねぇよ」


「……お前に何が分かる……!!」



 宮永も、俺の胸ぐらを掴んだ。

消えていた生気が戻り、その目には怒りに似た感情が宿っていた。



「ドン底に突き落とされた辛さが、お前に分かんのか!?

突き落とした張本人の顔を目の前にして、俺がどう思うか分かんのか!?


 俺の中の黒い気持ちがどんなもんか……お前に分かんのかよっ!!!!?」



 言葉の勢いが強すぎて、宮永の額が俺にぶつかる。

鈍い音がして、少し目の前が暗くなった。


 いってぇな……!!

それが晴れた瞬間、同じように額をぶつけて叫び返す。



「分っかんねぇよ!!!!」


「……っ! だったら!!

知った風な口聞いてんじゃねぇよ!!!

何も知らない癖に!!!


 理屈じゃねぇんだよ!!!

分かってんだよ!!!

あいつにゃ何の罪もないことくらい!!

それでも、俺は止まれねぇんだ!!!」



 止まれないだと……!?

おい、宮永……!!

ここまで来てお前は……っ!!



「違うだろ!!!

お前は止まれないんじゃない、止まりたくないんだ!!!!





















 自分の気持ちにまで、嘘吐いてんじゃねぇよ!!!!!」



 宮永の目が大きく見開かれ、胸ぐらを掴んでいた手が力無く落ちた。

俺は目を反らさない。

宮永の目をしっかりと見据える。



「お前は家族が壊れた時、何も出来ない自分を恨んだ。

そして、復讐を願った。

黒々とした気持ちを抱えて、俺達をこんな目にあわせた奴を同じ境遇に貶めたいと願った。


 だけど、相手は大企業。

中学生ごときが相手に出来る相手じゃない。

行き場を失った気持ちは、嘘に固められて封じ込められた。


 高校に入って、鶴麗院に会って、その気持ちが蘇った。

そしてお前自身が、復讐したいと願ったんだ。

親が駄目なら娘に……ドン底を見せてやりたいとお前自身が思ったんだ。


 それを止まれねぇ、なんて言葉で誤魔化すな。

お前は使命感とか義務感とか、そういうやらなきゃいけないっていう気持ちから動いたんじゃねぇ。


 復讐したいと思ったから動いたんだろうが」



 宮永が俯き、俺の目を見なくなった。



「……なに嘘吐いてんだよ……分かってんじゃねぇか……俺の気持ち……俺よりもよ」


「分かんねぇよ。

お前の感じている気持ちの外形は言葉に出来ても、お前の感じてる気持ちは、お前だけのもんで、誰にも分かんねぇんだよ」


「そんだけ分かってりゃ十分だろうが」


「分かんねぇんだよ。

言葉と気持ちは違う。

人の心ってのは複雑で、簡単に人が理解できるようなもんじゃねぇ。

神にも人にも……どんな《能力》を使っても、その外形は掴めても、その奥の気持ちまでは分からねぇ。


 どんな手段を使っても、人の気持ちを完全に理解することは出来ない。

それほどまでに心は複雑で、読めるようなもんじゃないんだ。


 だから、黒かろうと白かろうと、気持ちってのは大切で、それが強ければ強いほど、嘘吐いて誤魔化すようなもんじゃないし、誤魔化せるようなもんじゃないんだよ」


「だったら……俺のこの黒い気持ちはどうしたらいいんだよ?

お前が大切だ、っていうこの黒い気持ちはどうすりゃ、いいんだよ……っ!!」



 泣きそうな顔で宮永はそう言ってくる。















「忘れりゃ、いいじゃねぇか」



 強い気持ちは、大切だ。

でも、その気持ちがその身を滅ぼすなら、その気持ちを忘れることもまた、大切なんだと俺は思う。


 気持ちってのは人間が一人一人持つ特別な《能力》だ。

誰にもない、自分だけのものだ。

だから大切で、誤魔化したりするようなもんじゃない。

でも強い気持ちは、時に自分自身に牙を剥く。

そんな気持ちを、ずっと持ち続けるのは辛い。

だから……忘れることも、生きていく上で大切なんだ。




「辛かったこともあったんだろうけど、今のお前の家族はどうなんだよ?


 一昨日メシ食いに行ったときは、そんな暗い過去なんて全く感じなかった。

三日前に初めて会って、話した日も、ゲーセンで遊んだときも、お前からは黒い感情なんて感じなかった。


 幸せなんだろう?


 ドン底から持ち直して、今のお前の家族は幸せなんだろ?

笑って過ごせてるんだろ?


 写真……見せてもらったけどよ。

本当に幸せそうに見えた。

家族四人が幸せに……笑ってたよな。

苦しみを乗り越えて、あの笑顔が出来るようになったんだ。


 なら……それでいいじゃねぇか。

今が幸せなら、それでもういいだろ。

そんなクズ共のことなんて忘れろよ。


 俺達の高校生活は……まだまだこれからなんだ。

楽しいことがたくさん待ってる。








 黒い気持ちはもうここらで、置いていってもいいだろう?」



 俺は宮永の胸ぐらを離した。

教室の床を見つめ、糸の切れた人形のようにぐったりとした風になった宮永は、俺の言葉をゆっくりと咀嚼しているようだった。


















「先、帰ってくれ」



 宮永は掠れた声でそう言った。

まぁ、自分の気持ちを整理しているところなんて人に見られたくねぇよな。


 心の底に閉じ込めていた黒い気持ちに折り合いをつけるのは難しいだろう。

ちょっと前の宮永なら出来たかもしれない。

だが、今は……鶴麗院と出会い、その気持ちがぶり返してしまっている。


 葛藤するには……一人の時間が必要だ。



「分かった、何かあったら聞いてやるよ。

友達だからな」



 そう言って扉に手をかけると、宮永の方から声が聞こえてきた。





「友達じゃねぇよ、ばーか」



 宮永は



「……まぁ、嘘だけどな」



 最後にそんな嘘を吐いた。





★★★地の文視点




「随分と優しいんだな、テメェは」



 神影が教室から出た瞬間、神影が声をかけられる。

その声を方を向くと、そこに居たのは朝霧。

廊下の壁を背にしていて、どうやら今までの会話を全部聞いていたようだ。



「……帰れって、言ったろうが……」


「はいそうですかって、帰るような単純な女じゃ、あたしはないんでね」


「……はぁーっ、なぁ朝霧、今回のことは……」


「言わなくても誰にも話さねぇよ。

そんなこと心配すんな」


「……そっか」



 朝霧は神影と顔を合わせず、ふぅ、と小さくため息を吐いて天井を見上げた。



「あたしは危うく、無実の鶴麗院を退学に追い込むところだったんだな」



 誰に言うでもなく、彼女はその言葉を口にした。

組まれた腕には力が込められ……震えていた。



「……気にするなよ、結果はそうなってねぇんだ」


「お前のお蔭……か?」


「まぁ……そうなるのか」


「変なこと言い出した時は気でも狂ったかと思ったけど……ちゃんと色々考えてたんだな」


「それは忘れてくださいお願いします」



 確認するが、朝霧の言う変なこととはアカシックだとか神の目だと(止めろそれは俺の黒歴史)


 パンっ、と乾いた音がした。

ちょっと驚いた神影がその音の方を見ると朝霧がいた。

どうやら、自分の頬に叩いたようだ。

少し赤みを帯びた頬で朝霧は神影の前に立つ。



「じゃあ神影、あたしを一発殴れ」


「はぃい!?」



 朝霧は手のひらをくいくいっと動かして神影を誘った。



「自覚はなくとも、あたしも共犯なんだ。

これが落とし前ってやつだよ」


「それは、朝霧の家族とかに報復されたりなんかしませんか?」


「ウチのモンにゃ文句は言わせねぇからさっさとしろ」


「報復される可能性は否定しないんだな!?」


「さっさとケジメつけんぞ」



 男らしく、朝霧はどっしりと構える。

そんな朝霧の様子にこれはてこでも動かないと考えた神影は、宮永の時と同じように朝霧をぶん殴った。



「っつ!!」



 数歩後ずさり、朝霧はよろめく。



「っ、手加減ってもんはねぇのかよ……」


「手加減したら、もう一回とか言うだろお前……」


「よく分かってんじゃねーか、さ、お前もツラ出せ」


「はい……?」


「だぁれがDカップ縞パン女子だってぇ……?」


「げっ」


「死ねこのド変態!!!!!」



 朝霧は革靴で神影の顔を蹴り抜いた。



「どぐさべふっ!!!!」


「これだけで済んで良かったと思えよシスコン野郎。


 ……さ、帰んぞ」


「は、はい……」



 こうして2日間に渡る事件はようやく解決する。

裏があり、嘘があったこの事件が……この物語が幕を下ろす。

そう、言うなればこれは起承転結の「おっと、言い忘れるところだった」

















「これで……“結”だ」





★★★地の文視点




 起承転結の物語は“結”を向かえ、終わりを見せたが、物語には後日談というものがある。

あの後、家に帰った神影が朝霧を殴ったことでミカからの報復を受けたことにより、三時間動けなくなったことなどがその例だ。


 そして……



「オラ!シンジ!!!!

さっさとしやがれ!!!」


「待ちやがれ楓!!

こっちはミカに叩き起こされて満身創痍なんだよ!!」



 忘れているだろうから、ここで補足だ、

シンジとは、神影の下の名前のことである。

漢字としては神使と書く。

変な読み方だ。「悪かったな変な読み方で!」

楓は朝霧の名前だ。

実に麗しい。「媚びてんじゃねぇよ」


 下の名前で呼びあっているのは、別にこの二人が恋人になったというわけでは……まぁ、そういう方向もアリ「じゃねーよ」


 事実をありのまま述べさせてもらうなら、二人が名前で呼びあっているのは……事件が解決した日の夜に神影家の次女、ヒカネからのお達しがあったからだ。


『見事解決したんだね兄貴。

良かったね。これで楓さんは私達の家族のままだよ。

じゃあ兄貴も楓さんのことは楓って呼んでね?

拒否権?無いに決まってるでしょ?

だって兄貴は私に手助けしてもらう代わりに何でもするって言ったもんね?

別にお願いが一つだけなんて聞いてないし。

まぁ、でもこれが最後のお願いにしておいてあげるよ。

寛大な妹で良かったね。

ん?不公平?お前もそれっぽく言え?

あー、そうだね、いいよ。

楓さんのことはこれから楓姉さんって呼ぶよ。

さぁ、兄貴。これで不公平じゃないよね?

今すぐ楓姉さんのところに行ってきて楓って呼んできてよ』


 そして、神影は朝霧のことを楓と呼ぶようになり、下の名前で呼ばれ、顔を赤くした朝霧は……


『あ、あたしも下の名前で呼ばねぇと対等じゃねぇだろ!?

なぁ、し、シンジ!!』


 と、のたまったのだ。

結果、シンジ、楓、と呼びあう仲になった。


 そして……



「おっはー、シンジと楓ー」


「おっはー、健斗ー」


「なんだ、健斗か」



 二人のやり取りにジェラシーを感じた宮永が、シンジと楓、と言うようになり、朝霧が似たような流れで下の名前で呼び、神影もなし崩し的にそうなった。「ジェラシーっておい」


 三人はこうして仲良く登校する。

それはきっと、この高校を卒業するまで続くだろう。

泣いて笑って恋をして……素敵な高校生活をエンジョイするのだ。


 神影の言う通り、高校生活はまだまだこれからなのだ。

宮永が神影と朝霧の前に立ち、笑って見せる。



「シンジ」


「ん?」


「またウチに来いよ、今度は楓も一緒にさ」


「姉マゲドンは勘弁してくれよ?」


「姉マゲドンってなんだよ?」


「俺のねえちゃんが作ったクッキー」


「嘘吐くな!!」


「吐いてねぇよ!!」



 わいわいがやがやと賑やかに三人は登校する。

不意に宮永が立ち止まる。

どうした、と言おうとして二人が振り返ると、宮永は照れ臭そうに頬を掻いていた。



「シンジ……ありがとな」


「ん?何が?」


「この前のことだよ」


「……ああ」


「楓も、悪かったな巻き込んじまって」


「何の話だか分かんねぇな」


「……俺さ、もう嘘吐くのは止めにするよ。

これからはちゃんと……自分に正直に生きていく。

それが俺の……考え出した結論だ」


「……そっか。

お前が決めたことなら、俺は何にも言わねぇよ。

覚悟決めて、踏ん切りつけて、お前自身が決断したことだ。

俺はそれを否定しねぇよ」



 と、神影がカッコつけた台詞を口走ると同時に宮永が笑い始める。

ぷっ、くくく……と笑いを堪えようとして堪えられていない感じだ。



「まぁ、嘘だけどな」



 にやり、と宮永は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。



「は?」


「嘘吐くのを止めちまったら俺のキャラ、ロリコンしか残らねぇじゃん。

そんなの俺じゃないしー、嘘ありきの俺ってもんだしー。

なぁにー?シンジ君信じちゃったー?

決め台詞みたいなの考えてたのー?」


「なっ……健斗てめぇっ!!」


「あっはっはっはー、捕まえられるものなら捕まえてみなさーい」



 ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる二人。

うるさい変態共っ、と朝霧のハイキックが決まる。








 彼はこれからも嘘を吐く。

にやりと笑って馬鹿馬鹿しく。

道化師のようにペテン師のように。

のらりくらりと嘘を吐く。


 人懐っこい笑顔を浮かべ、楽しそうに。

幸せな嘘を。暖かい嘘を。

彼はこれからも……吐くのだ。

もう嘘に憑かれた彼はいない。

嘘に疲れた彼もいない。

いるのはただの……ちょっと鬱陶しい高校生だ。

よく晴れた春の日の朝、彼はまた、笑みを浮かべた。










「まぁ、嘘だけどな」







             嘘憑きフレンド・完




初めましての方……多分いないだろうけど二回目の方……

どうも、こしあんですっ!(  ̄▽ ̄)


はい、ではみなさんいいですか?せーのっ!


『『『短編って長さじゃねーよ!』』』


(。-∀-)


ツッコんでくれた人、ありがとうございます。


まぁね、やってみたかったんです。

それだけです。

地の文読んでますっ!?第1話嘘憑きフレンド

どうでしたか?面白かったですか?



(。-∀-)



気付きましたか?第1話ですよ?

続編が……あるんです!!

……半年後くらいに!!!


痛いですっ!石を投げないで!!


言い訳をしますと……

①受験が忙しい

②CAIL(こしあんの連載している小説)が忙しい

です。


実際この小説もですね、半年くらいかかってる気がします。

いやー、長かったなーうん。

だから、保証はしませんけど多分半年後くらいにまた地の文シリーズを出します。

多分短編で。


その間はCAILでも読んでて下さい。

一応神影君も出てますよ?

ちょびっと、ほんのちょびっとですけど。

異世界トリップしちゃってますけど。


(。-∀-)



さて、ここで皆さんにお願いがあります!


評価してください!!

さぁ、もう少し下を見てその評価ボタンをクリックorタップ!!


……ありがとう、協力感謝します。


まだまだ若輩で、至らないところも数多くございます。

ここがよく分からんとかそんなのは感想で聞いちゃって下さい。

答えられる範囲で答えます。


それでは今回はこの辺りで。


連載短編小説〝地の文読んでますっ!?〟

第1話嘘憑きフレンド

          ~Fin~

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小説と言う媒体だからこその能力!天の声が聞こえてしまう主人公…。実際には筆者による作品への一言、うまり「地の文」ですが、天の声が聞こえてしまうということを特殊能力とするとは、すごい発想です…
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