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「もう一度、行く」


 彼女は揺るがないその瞳でこちらを見据えて、そう言った。

 朝。起きるともうすでに小鳥はベッドに座るように窓の外に目をやっていた。

 その彼女の手は握ったり開いたりを繰り返して、深く息を吸ったかと思うと――小さな火が、灯った。

「ばっ……

 その瞬間、頭から水を被らされた。言うまでもない。いくらやや田舎の方にある町の病院にだって今どきは熱を感知するセンサーくらいある。さらにそれが急に女の子の手から発せられた炎であってもきちんと作動していれば反応する。というか反応した。

 直後非常用のベルがしきりに鳴りだし、小鳥はなにごとかと目をまん丸くしている。なにごともなにもおまえのせいだと瞳で語り掛ければすぐに気がついた彼女は賢い。でも若干抜けていることを否定はできまい。

「…………」

今度は無言で呆れた眼差しを向けるも、へこたれないのはやはり俺の知る幼なじみの姿そのものだった。

「てへっ」

「てへじゃねーよっ。これあれだろ、消防署に連絡行ったりするやつだろ。どうすんだよおい、1つ間違えば放火犯と同じにされてたよ!」

「うるさいわね、誤報で口裏を合わせなさい。論破した者が勝つ」

 なにか大きな聞き間違いをしたのだと現実から逃避するのを必死に堪え、彼女の言う通り駆けつけた医師や看護師、消防関連の赤い人たちには白を切った。

 なんせまあ古い機械だからなあ、と済んだからよかったものの隣の部屋までは新しいものに付け替えが終わっていると聞いて笑えない。

 と、そんなごたごたが終わり無事病院を送り出された後に、彼女は立ち止まり、こう言ったのだ。

「もう一度、行く」と。

こればかりは揚々と突っ込む気すら起こらず、唖然とする俺を彼女はやはりいつかのように振り返り、笑って見る。

「心当たりがあるの。あんにゃろーがまた来るはずの場所に。だから、もう一度。今度こそは返り討ちに合わない」

 声音がラーメン食べたい、と言った彼女と大して変わらないのだから、おかしいったらない。

 どこか確信に近い予感を口にしようか迷う。でも、たぶんここで彼女の前で少しでも躊躇する間を見せたら、さっきの大人たちと同じように上手いこと丸め込まれるに違いない。だから、なるべくはっきりと言ってみた。

「いくらおまえも魔法使えても、勝てないんだろう。だからこの前はその魔法を使わなかったか、それとも使わずに負けたんだ。違う?」

「……合ってる。でも、竜仁が言ってたように一方的な話にはならないもの」

 魔法使いを人間としてではなく一種の特別枠として捉えれば、たしかに俺の言っていたことは正しい、と。彼女は自身に言い聞かせるかのようにゆっくりと言った。

「それでも、魔法使いと魔法使いの殺し合いなんてざらにある話なのよ。漫画みたいに派手じゃない。それでもそれは存在するの。だって、ここでそれをあたしが否定したら、あたしはあたしを否定することになる」

「……全力で魔法を使ってみろ」

 うつむく小鳥に、俺は言う。

 そして、彼女は俺よりずっと小さな掌を固く握り、開いた。その手にぼうっといかにもな音と共に、火が灯る。ガスコンロ程度の大きさ(しかも中火)の炎が。

「怒るなよ?」

「なによ」

「ギャグマンガかっつーの!」

「うっさいわ凡人!」

「変わんねーだろ、これ。そんくらいライター全快で出せるわ。なにが復讐だよドアホ!」

 彼女はへこたれない。決してめげない。そうとわかっているから、俺はこうしてあまりに無神経な言い方ができる。これも、ちゃんと残っている記憶の一環だろう。

 なんかもう、わかっていた。これからなにがどうなるのか、そして俺がなにをどうしたいのか。

 やらなきゃいけないと思う。そしてやりたいと思う。なら、それがどんなに馬鹿げたことだろうと、間違っていいようと。それを拒む理由がどこにあろうか。そう、これ反語。あるわけがない。

 俺もなかなか現実的ではないか。いくら非現実的だろうと、この目で見たということ1つでこうも受け入れる。というか、それは――小鳥が。幼いころからずっと憧れていたこの女の子が言っているからかもしれないが。

「俺も行く。火傷の仕返ししに」

「そう」

 ……意外と普通な反応でした。

「止めたり、しないのな」

「だってお約束だもの」

 さいですか。

「でも、嬉しいわ」

 台詞の割には、嫌な笑い方をする小鳥。やっぱりこいつ嫌なやつかもしれない、と思うのはこれが最初ではない。でも、好きだった。この子が。

 その子に火を放ったあいつを、俺は許さない。と、思っておけば一発ぶち殴ることくらいには躊躇なくいけそうな気がする。うん、それでいこう。


 ・・・・・


 小さいころから家が近くて、家族ぐるみの付き合いだった。両親同士の仲が良ければまあその子供も例によって仲が良くなるはずである。それすなわち俺らの関係は運命とそういうの抜きで成り行きだったのだと思っていた。その成り行きを運命と呼ぶのを最近知っただけだが。

 記憶。人は経験を脳に焼き付けることにより可能な行動が形づけられるという。端的に言えば、幼いころの記憶と今こうして生活するための技能は深く関連するのである。『はさみ』という道具の使い方は、幼稚園で保育士のきれーな先生が俺に『握り、指を入れ、開き、閉じ、切る』という動作を『記憶』させたから。

 繋がっているのだ、過去と現在は。過ぎたことだとはしても、それは確実に今もここにある。鎖のように連なる記憶。

 思い出した。俺の幼なじみが魔法を使えるという事実が辿るその先に、幼いころの二人の姿を見た。


「ねえ小鳥―。おいおいってば」

「?」

 首を傾げる。同い年の女の子は今、片手が燃えていた。

「なんで燃えてんの? 熱くない?」

「パパがね、教えてくれたの。危ないからって、熱くも痒くもないまほーだって」

「……熱くも痒くも、て。なんか違う」


 ……こんなシュールな記憶をすっぽり忘れていた自分を殺したい。

 今思えば、子供の時から彼女は魔法を使えていた。キラキラした瞳でいつも見せてくれていたではないか。人を傷つけない炎に、地面から力を集めて枯れそうな花を元気にしたり。

 彼女が語るには、年を経るにつれ本格的な魔法の修行に入ったころ、母親が亡くなった。いや、殺されたらしい。それからは師として魔法を教えてくれていた親父さんもふさぎ込み、自身もなぜか魔法そのものを行使する力が弱まってしまったそうだ。

 彼女はうつむき、表情に影を差しながら俺に謝った。

 急な謝罪に別段驚きもせずに、俺は一瞬たりとも足を止めなかった。

「なあ、俺思い出したよ。小さいころのこと。小鳥があんなときから魔法使いだったことも」

「ふうん」

「あんころからおまえ強気でさあ……」

 なるべくおどけて、顔半分だけ小鳥を振り返る。

「俺が魔法を疑って笑ったら、顔真っ赤にして怒ってきたよな。……なんで、忘れてたんだろ。こればかりは、火事のショックなんて関係ないはずな――」

「りゅ、竜仁は変わったわ。あのころは可愛げがあったもの。今は現実大好きの頑固者じゃない」

「バカ言え。俺が石頭ならまほーなんぞ鼻で笑ってるぞ」

 そう言いながら、鼻でではなく、声に出して大きく笑って見せる。少しばかり大げさだったのかもしれないが、半分は本当になにか可笑しく思えて、笑えた。

「それに、今俺がおまえを、魔法を信じられるのはちっさいころに見せられたからかもしれんな。一昨日の夜のが一番だけど」

 というか、信じる信じないに関わらず、昨夜、襲われ怪我をした時点で仕返しをする権利くらいはあるはずだ。今更そんなことを考えるのではなく、今は、どうあの男をぶん殴るか考えるべき――

 と、ふと。俺が足を急に止め、後ろに続いていた小鳥がつんのめり、俺の背中に軽くぶつかる。

「なによ、急に止まってんじゃ――」

「そういえば……なんで。なんで俺が昨日あそこにいた?」

 俺の記憶にあるのは、一昨日の授業を終えた少し後まで。火事がその日の深夜にあったということは、俺は丁度あの館に至るまでの経緯までを忘れていることになる。少なくとも、覚えている限りの記憶に、あのような『館に行かなければならない/または至る理由』になり得るものは、ない。

 突如の疑念にしては気持ちが悪すぎる。これでは、まるで。何者かの意図で俺の記憶が、消されているようではないか。

 まさか……、と。小鳥に向き直るが、自分でもわけがわからないほどに動揺していて目が合うことはない。ありえない、と動揺を隠しきれずにつぶやく俺を、彼女は今どのように見ているのだろう。

「そんな……そんな。まさか。バカげてる。それじゃまるで、漫画みたいだ。そんな魔法みたいな……虫のいい……話が……」

 もちろん、あるはずがないと言葉が続くことはない。だって、俺は知ってしまったから。虫のいい、都合のいい得体の知れないそれを。

 否定することができない。それは、明らかに1つの可能性としてそこにある。

「な、なあ。魔法って……なにができる? 記憶を消したりする魔法も、あるんじゃないか?」

 上ずった声でそう発して、顔を上げる。

「なあ、小鳥……。この場合の魔法にはなにができる。火を起こせる。花を咲かす。つまりは自然的事象を起こすこともできるってことだ。なら、記憶は? 人体になんらかの影響を出すことは――」

「禁忌。ゲームでも漫画でもあるでしょ。あたしはパパに、教わったわ。『それがたとえいかなる事態においても、軽率に人に魔の手を向けてはならない。また、人体にある度合いの魔力が影響すればなにが起こるかわからない』から、って。

 わかる? あなたの記憶の欠落にはたしかにあの規模の火事のショック、というのも一つの要因よ、たぶん。でも……」

 彼女は俺から苦い顔をして目を逸らして、いい辛そうに続けた。

「つまり、その。ようするに、これまで魔法に関わりのない人が急に《魔法》に触れれば。その人に起きうる多くの可能性は未知数だということ。あたしが聞いた中じゃ、それだけで病気を患った人も、不思議な力を手に入れた人もいる。この場合、竜仁。あんたの記憶喪失にそれが関係するかもしれないと言われればうなずくことしかできない。少なくとも、否定しがたい」

 どこか重苦しい空気に数秒両者ともに沈黙を守るも、耐え切れなくなったのは小鳥の方だった。

「……っもうなんなの! だいたそんなのかんけーないじゃない」

「小鳥」

「なによ」

「頼む、二度手間になっちまうのかもしれないけど。おまえが使える魔法の定義と掟。なんでもいい、俺に考える材料をくれ」



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