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第一話・いっつぁまじっく

 吹きすさぶ風。今俺が立つこの土地は、通称名がつくような不思議な気候を当然とする場所だった。

海が隣接しており、常に潮風が止むことはない。傘でも差そうものならば、瞬時にぶち壊されるのは当たり前で。しかし沿岸部にしてはなぜか悪天候になることもまずなくて、そもそも傘を差す機会が少ない。この矛盾を古くから非科学的なものを携えてこの地域では言い伝えのような形で語られる。それがその通称のことなのだが。

とまあそれに関してはさておいて。

この『風間町』という中途半端な大きさの町の名前にはその気候と由縁があるそうな。

今日も天気が良い。

4月の始め。吹く風が、降る日差しが大変気持ちいい。放課後。帰り道にしては珍しく穏やかな風が頬を撫でて、髪を優しくかき混ぜていく。

こんなとき、髪の長い女の子でも隣にいればそこそこ絵になること違いない。

刹那。視線の先に誰かがいた。まるでこれが夢のように綺麗に振り返り、その子は言った。

「りゅーじ」

 俺の名を、呼んだのだ。


 ・・・・・


 まず耳についたのはパチパチッといったなにか乾いた木材でも燃えているような音。少なくとも帰路ではない。それだけが明らかで、今この場が明るいのか暗いのかすらわからない。それに、ここは室内だ。どうやら横たわる俺の頬は柔らかい絨毯のようなものに触れている。

 暑い。寝返りを打とうとして体を動かそうとする。が、とてつもなく体が重い。倦怠感というか頭が朦朧としていて、それすらままならなかった。

 いまいち回転の悪い頭に手を持っていくと、そこでキーンとするような声が俺の耳を刺す。

「りゅーじ!」

 はっとして背を起こす。

 それはまるでさっき意識のどこかで聞いた声そのものだった。その思考と共に、少しずつ頭が冴え、五感が戻る。

 暑いというより……熱い!

 まばたきを数回繰り返すうちに今の状況を鮮明に呑み込み始めた。なんて呑気だったのだろう。焼けている。記憶だけが釈然としない中、現状に混乱しかできない。

 やけに異国風のだだっ広い部屋に、俺は寝そべっていた。しかも、この部屋燃えてる。

 あちこちの家具や窓際のカーテンが火柱を上げている。気を失っていたおかげで煙はそれほど吸っていないようだが、体を起こすだけでかなり煙が充満していることに気がついた。炎も着実に自分を囲もうとしている。

 逃げようと立ち上がることを試みても、刺すような痛みが左足から脳天へと駆け、よろけて尻餅をついてしまった。

 痛みの元らしき方に目をやると、ズボンには所々焦げていたり破けている箇所があり、さらには左の腿には細長い切り傷が目に入った。大して深くもなく見えるが、意識をした途端に形容し難い痛みが絶え間なく感じられるようになってきた。覚醒と共に感覚が戻ってきたからだろう。

 少し動くだけでも走る痛覚に低いうめき声を幾度も漏らす。幸いなのは火傷と相まって傷が塞がっていたことだろう。

 痛いからと言っていつまでもここに留まってはいられない。とにもかくにも移動をせなばならない。

 これまた幸い、大変目立つ大きな扉への短い道はまだ火の回りが少ない。

 俺の生存本能が今しかないと。逃げるにはこの瞬間しかないと最大限のボリュームで告げていた。俺の直感と本能が身体を動かす。なによりジリジリと詰め寄ってくる炎が俺を突き動かしたと言ってもいい。

 どうにか扉まで立って歩き、音を立てて巨大な扉を開け放つ。部屋の外の様子もつけ加え、ここは西洋風の屋敷かなにかかもしれないと思った。扉の向こうには絵にかいたような赤いカーペットが敷いてある廊下がある。向かいにもその隣にも部屋へのドアがあるからして、だいぶ大きな館なのではないか。

 ただ、その長い廊下にもいくらか火が散らばっている。

 それからはなにも考えずに歩きだす。左足を引きずりながら行くその道ははるかに長く、煙で意識は再び暗い闇へと落ちそうになる。何度も、何度も。

 しかし、ここでまた。声がした。もはや疑う余地もない。

 あのときと同じ。女の子の声。――ただ、今度のは。悲痛な叫び声に聞こえた。

 ただならぬなにかを感じ、痛みも忘れて駆け出そうとするも、やはりつまずきそうになるのを堪えるので精いっぱいだった。それでも、やや歩調を早め視界が開けた先にはさきほどの扉よりずっと大きなものがある、開けた場所に出た。これはあれだ、エントランスホールのようなものだろう。

 その中央には人影が2つ。2人の間には緊張の糸がピンと張っているようで、声を出すこともできなかった。息を殺して、今度は慎重に近づいて行く。

 なにかを話しているようだが、自分から見て遠くにいる方の言っていることはまったく聞き取れない。かえって手前の方の人影が女の子のものだとえわかってきた。煙が辺りを覆う中、奥の方はフード付きのコートでも羽織っているのか、特徴といったものがなにひとつ認識できない。ただ、体格的には男であろう。

「許さない!」

 手前の女の子が声を荒げた。しかし、コートの男の反応は極めて乏しく、本当に僅か。首を横に振るだけ。

「…………」

 一瞬。這いつくばるような俺を、男が見据えた気がした。たった一瞬の視線を追い、女の子も振り返り、こちらを見る。

 その姿は、やはりあのときの夢と一緒。ただ、その女の子は俺と大して変わらないボロボロな服装だった。あちらこちらが焼け焦げている。そして、予想通りの反応を寄越すのだ。

「りゅーじ?」

 と、俺は彼女越しに目にした。男が振りかざした掌から炎が湧き出る(、、、、)のを。咄嗟に声を上げることができたのは、思い出したからだ。叫べ。

「小鳥!」

 こちらに目を向けていた彼女ははっとさっきまで会いまみえていた男へと向き直る。その瞬間、視界がオレンジ、赤、白。よくわからない色の光で一杯になった。

 自身から力が抜けていき、床に倒れこむ。そこでまた、俺の意識はどこかへ落ちていった。


 ・・・・・


 目が覚めたのは病院だった。辺りを見渡せば火も煙も見当たらない。どうやら助かったようだった。

 やけにすっきりしている頭。所々包帯が巻かれている身体。

 思考は良好だけど、なに1つ許容できない。さきほど目を覚ましたとき医師に聞いた話によると、強いショックなどが理由と見られる突発性健忘だそうな。

 さらには俺の寝ているベッドの横には、小鳥が意識を取り戻さないまま眠っていた。

 小鳥。俺の、幼なじみだ。小さいころからよく俺を振り回すようなおてんばだった。しかし今や、俺の知る彼女とはずいぶん違う。背中まであるくせ毛は、一部焦げてしまっているし、顔にもガーゼが当てられている。凛として猫のような目も今は閉じられていてその表情はなにかにうなされている。同じく医師から聞き出したことだが、彼女は火傷があちこちにあるだけで命に別状はない。ただ、俺より怪我の具合が悪いわけでもないのにまだ気を取り戻さないのだ。

 俺たちが、なにかしたのだろうか。あのときの火事は昨夜の出来事であったらしく、少なくとも俺はこれまでと同じく、平々凡々に生きてきたはずだ。

 しかし、ちょうど三日前の放課後からの記憶とその他所々の断片的な記憶がすっぽりと抜け落ちている。少なくともまだ、記憶が補完されてはいないということだ。

 それと、もう1つどうしても腑に落ちないことがある。あのコートの男はなんだったのだろうか。ただの放火犯なら話は早い。ただ、あいつが火を放つプロセスが見当たらなかった(、、、、、、、、)。

手をかざした瞬間にガソリンをまいただとか、ライターを着火したまま放ったとか。そういった動作がなかったのだ。それどころか、あれは火の素を投げたというよりは、火、そのものをこちらに向けて放ったように見えた。

「魔法でしょ、まほー」

「ああ、なるほど。火の魔法ね、そいつは考えてなかったわ。王道だもんな」

「でしょ? ねえ竜仁(りゆうじ)。お腹すいたわね。なんか買ってきなさいよ」

「うん、てか待って。なんつった?」

「あたしラーメン食べたいー」

「違う、その前」

「お腹すいたってば」

「いや、そうじゃない」

「……まほー?」

「そうそれなにそれなんだそれ!?」

 ツッコミどころ満載な彼女の台詞に、ベッドから半ば身体を乗り出す。

 かくいう彼女もはあ? とまるで当たり前の計算ができていないような顔で俺を嘲った。その顔ときたら今まで言葉を交わした人の中で最上級の傲岸不遜、大胆不敵っぷり。

 その憎たらしさに歯ぎしりをしていると、面倒くさそうに俺を見据える。

 そんな表情でさえも、記憶に残っているものと違わない。本当に部分的な記憶喪失。釈然としなくて首を振る。

「本当に記憶ないんだ。漫画みたいでバカバカしいわね」

「おまえの言うことよりは現実的だろうが」

 慣れ親しんだやりとりに、頭が刺激されるのを感じる。俺だけではなく、目の前の幼なじみまでもが一応ほっとしたのが少しおかしかった。

「現実的。それもそう。でも、それならあたしが言ったのは『実証的』でしょ? 目の前で見たじゃない。それに、忘れちゃってるとは言え、あたしは竜仁にちゃんと説明したもの」

 ううむ、と唸る。

 ほとんどの場合において頭脳明晰。容姿端麗で男子にはもてもて。さらには必要と思った相手にはとことん胡麻をする八方美人。俺の知る小鳥はそんなやや高スペックな幼なじみだ。物心ついたときから一緒に遊んで。家も近所だったからしてちょくちょくお互いの家に赴き赴かれ。ただ、小学校五年生になった春、小鳥のお母さんが亡くなってしまったころから、彼女は変わってしまった。

 そりゃあまだ小さな女の子がたった一人の母親を失った悲しみなんて俺には計り知れない。特に、彼女は実の母を愛して止まなかったし、その逆も然り。

 それ以降遊びに出る回数も目に見えて減り、話もする。顔を合わせれば挨拶もするし、CDの貸し借りもする。なのに、どこかで俺らの繋がりに境界ができたような気がした。仕方ないことだったのだろう。でも、俺にとっては苦痛でしかなくて。

「……あの中二病みたいなコート野郎は?」

 なんだか納得しなきゃいけない気がして、呑み込んだ。そしてムスッとした顔でそう述べた俺の顔を見て、ここにきて初めて笑顔を見せる。

「ママの仇」

 短い返答に俺は即座に反応できず、彼女は気にせず続けた。

「あのとき家で火事が起きたでしょ? あたしの、家で。それはあの中二病コートのせいだったのよ」

「復讐か?」

「うん」

 よくもまあ、そんなことを聞けたなと我ながら思った。しかし、本当に驚いたのは彼女のあくまでも動じようとしないその姿だ。

 魔法、だとか。復讐、だとか。もうすでに俺が俺じゃないような感覚を覚えて頭を振る。

「失敗しちゃったけどねえ。なによあれ。魔法使いってあんなもん? チートじゃない、チート」

「そりゃあそうだろ。包丁で切りかかったって相手が火出せるんなら話にならん。こっちも普通の人間なんだし。なんだよ魔法使い。チートどころかどう考えても後生に及んでもラスボスレベルじゃねえ?」

 なんて会話をしてるんじゃい、と突っ込む人などいない。俺も疑問は持ちながらも、気がつけば『魔法』の存在を前提から肯定していることになる。

 その後はまあただ違和感なく軽口の応酬をしただけだったが、看護師が病室に入ってきたときは大騒ぎだった。なんせ、謎の意識不明で長期戦を覚悟した患者が数十分目を離した間に目を覚ましており、挙句いかにも元気そうに俺とぺちゃこら話しているのだから。

 とにかく医師の検査も一通り受け、翌日には退院させるとのことだった。

 検査が済んだのは実に夕方のことであり、2人とも美味くもない夕食を食べた後は疲れただの傷が痛むだのですぐに就寝を決め込んだ。

 ただ、俺は疲れているはずにも関わらずなかなか寝付けなかった。小鳥も、俺には気づかれまいとしているようだったが、時々浅い眠りから抜け出てきては苦しそうに唸って、また眠りにつくのを繰り返しているようで、なおさら居心地が悪かった。



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