3.
「はぁ……はぁ……」
結局レポートを回収しないまま学校まで走ってきてしまった。
今は学校の1階にあるトイレの中で息を整えつつも精神を整えている。
「はぁー……」
今のはため息だ。嫌われるだけならまだよかったかも知れない。あんな下手に気を使うような事をされてショックがもう数え切れない事になっている。
「はぁ……」
何度目のため息だろう。もう1時限目は始まっている時間だ。なんだかんだで学校に着いた時間は間に合ったのだがこうしてトイレにこもっている所為で結局遅刻だ。さらば皆勤賞、さらば俺のラブコメライフ……
踏んだり蹴ったりとはこういうときに使うのだろう。
心のショックはまだ癒えていないがこのままトイレに引きこもるわけにも行かない。
俺は重い足を引きずりながら自分の教室へ行くためにトイレを出た。
確か前にもこんなことがあったなぁ。あぁ、あの日か、あの日もこんな気分だった。
教室の前に着くと中から授業の始まっている証拠とも言える先生の喋り声が聞こえる。1時限目は世界史の授業だ。俺の土日をまるまる使って仕上げたあのレポートは今手元にはない。あれは世界史のレポートなのだ。まさか遅刻とレポート、両方とも落とす事になろうとは思ってもいなかった。
教室のドアを開けるとその音から一瞬だけほとんどの生徒と先生がこっちを向く。
この皆に見られる感じ、すごく心地が悪い。みんなしてこっちみんなよ……
ちがう、今のは違うぞ。なにがとは言わないが。
「おーい、遅刻はするなよー。」
先生がそういうと1人を覗く全員は元の視線に戻る。
教室に入ると窓際で一番後ろ、の一個前である俺の席に座る。
「珍しいなぁ、お前が遅刻なんて。」
先ほど除かれた1人、後ろの席の未皐から声がかかる。
「別に、目覚まし時計が壊れて寝坊しただけだよ」
俺は軽く後ろを向いて答える。
「機嫌悪いのなぁ、なんかあったのか?」
少しそっけなくなっていたのがこいつにはばれていたらしい。
「本当におせっかいだな。別に未皐が気にする事じゃない」
未皐とは特に親友だとかそこまでの仲じゃないと俺は思っているからわざわざ今日の事を話すこともないだろうと俺は判断した。
「本当に機嫌悪いなぁ。ちっと気に――」
「おーい、遅刻の次はおしゃべりか高橋、天笠」
「すんません」
俺は前を向いて言った。
「後で教えろよ」
未皐が小声で言う。
教えねーよ。と心の中で思いつつも俺はその言葉をスルーした。
今後ろから話しかけてきていたのは天笠 未皐。女子みたいでかなり珍しい名前をしているが立派な男子だ。顔立ちは中性的なんてことはなく、むしろあまり良い容姿ではないといえるだろう。1年のときも同じクラスだった事から比較的良く話す相手だな。
そんな事より今朝の女の子、ここの高校の制服だったな。正直かなり嫌われているようだしあんまり鉢合わせたくないな、あとで未皐に聞いておくか。あいつなら多分知っているはずだろう。
そう結論づけた俺にレポートを忘れた世界史の時間に価値などないに等しいため、机に肘をつき窓から外の風景を眺め初めた。
4時限目の終了を告げるチャイムが鳴る。
あのあと1時限目が終わって未皐が機嫌が悪い理由を聞いてきたが2時限目が体育だという事を利用してはぐらかしたらそれ以降は聞いてこなくなったため当初の予定通りあの女の子の情報について聞き出すとしようか。
「降ってきたなぁー、雨」
未皐が弁当を箸で啄みながら言う。
「なぁ、未皐」
俺はシリアスな表情で言う。
「なんだよ、今朝の事でも話してくれるのかぁ?」
「そうじゃないけど」
当たってるけど。
「じゃあなんだよ」
「ちょっと聞きたい事があるんだけど。黒い髪をさ、こう背中くらいまで伸ばしてて横でこうやって留めてる女子って知らないか? 見た目はかなり可愛いほうだと思う。この学校の生徒のはずなんだが……」
今朝の女の子の容姿を思い出しながら俺は身振りを交えて言う。
確か髪は染めたりしていない黒で結構長めだった。そして何よりも髪をサイドで留めている、いわゆるサイドポニーって奴だったかな、それ以外は、他の事が印象的だったからかあんまり覚えていない。
「なんだ? 好きな人でも出来たのかぁ?」
少しいきなりすぎたかもしれない。
「そ、そんなんじゃねえよ」
おい。どもったら本当にそうみたいじゃねえか俺!
「まあいいけどさぁ、うーん、その条件だと佐々木か神崎かなぁ」
えらくあっさり答えを出す未皐。どちらも知らない名前だな
「神崎ならほら、あそこにいるぞ。前ののドアの近く」
俺があまり詳しくない事を知っているからか無言を知らないと取り教えてくれる未皐。俺は言われた方向を向く。
目が合った。
そこには今朝の女の子がいた。
今朝会ったときとは違って普通の表情をしているからか、はっきり言って、ものすごく、可愛い。
見た感じ清楚なイメージがあるが、目はぱちりと開き、鼻はすらりと伸びていて、口が少し開いているのがまた可愛らしい。思ったよりも幼い可愛らしい顔立ちを右側のサイドテールが引き立てている。今朝の出来事が無ければ一目で惚れていたかも知れないほどの破壊力だ。
しかし神埼はすぐに顔を俯かせてしまう。
やっぱり嫌われているのだろう、あの反応からすると憎まれている、といっても過言ではないかもしれない。しかしその動作すらも様になっているから驚きだ。
「神崎だったみたいだなぁ」
未皐が言うが頭の中に良く入ってこない
「かなり可愛いよなぁ。だがまぁ、神崎はやめとけよ」
未皐が言った事に疑問がわく
「な、んで?」
神崎の見蕩れてしまっていたのと憎まれているというショックで反応がぎこちなくなる。
「あいつは重度の男性恐怖症、いや、人間恐怖症らしいぞ」
「人間恐怖症?」
「そうだ、話しているときは割と普通なんだが人が触れようとするととたんに避ける。特に男子はその傾向が大きいみたいだなぁ」
「そう、だったのか」
だから今朝過剰なまでに俺を拒絶したのか。
「残念かぁ?」
俺の反応が残念そうに聞こえたのだろう。
「いや、むしろすっきりしたよ」
「すっきり?」
そういうことだったのだ。あの反応は俺が特に嫌われていたわけじゃなくって日ごろからそうだったのだ。
「まあなんにせよ突っかかりが取れたのなら良かったんだろうなぁ」
「そうだな」
未皐のおかげで今回はあまり引きずらずに済みそうだ。
「それにしてもなんで神埼はいっつもこのクラスで弁当食ってるんだろうなぁ」
そうなのか。ん?そういえば。
「その、神崎って何組なんだ?」
「4組だよ。ここから3つも隣のクラスだ。いっつも1人で弁当食ってるしちょっと気になるよなぁ」
それは確かにちょっと変だ。何か理由があるんだろうか。
「下の名前はなんていうんだ?」
神崎の事が気になって気になってさらに問う。
「確か比那、だったかなぁ」
神埼 比那、か。
それにしても、未皐が言っていたこと、何か引っかかるような気がした。
それが何か考えるもそんな好奇心はいつまでも続かず結局その後は未皐と世間話をして今日の昼休みも終わりを告げた。
12/11/12 一部修正
13/10/19 一部修正