1.
「ただいま……」
俺は重い足を引きずりながら玄関の扉をくぐる。もちろん足に重りを付けて己を鍛えている、なんてことじゃあない。これは精神的なものによる所なのだ。
こんな状態だと10段有ろうかという家の階段すら登るのが酷く億劫だ。
俺は2階の自分の部屋ではなく1階のリビングに向かう。
いつものように家には誰もいない。両親は共働きだし、妹はまだ学校だろう。
俺はリビングの電気も付けずにソファへと倒れ込んだ。
「はぁぁ……」
なんと重い溜め息を出すのだ、俺は。
今日あった事を思い返す。
今日の放課後の事だった。小学校低学年の頃凄く仲が良くて高学年になるに連れて話さなくなったものの、中学校に入ってから好きだと気づいてずっと告白できずにいた女の子に告白しようと覚悟を決めた俺は勇気を出して体育館裏に呼び出した所までは良かったんだ。
「あ、あの、用件って何かな?私このあと用事あるんだけど……」
この時点で俺の120%越えも有ろうかというやる気はだだ下がりである。
「えっと……ま、前からずっと好きだったんでし、す。付き合って下さい!」
すげえ噛んだ。帰りたい。
「へ?……あの……私付き合ってる人居ますから……」
ショックを受けた。俺は涙を隠すように瞳を返す。
「そっか、ごめん!」
そう言って俺は家に向かって走り出した。
後ろで何か言っているのが聞こえたが振り返る事は出来なかった。
そして、あぁ、俺の人生終わったと思った。
それだけ?と思うかもしれないが、俺にとっちゃ全然それだけなんかじゃない。
俺は正直かなり引きずるタイプだ。1年は引きずる。1年も引きずったら俺の中学生活は終わる。
すぐに気持ちを切りかえれる奴の気が知れない。というかもう少しごめんなさいとかあるだろう、でもごめんなさいなんて言われたら言われたらでへこむんだろうな、俺は。
そんな負の感情で溢れる迷宮をぐるぐる回っているうちに俺は意識を闇に落としていった。
――おぉう……なんだこれは……
何も見えないのに周りが分かる。視覚や聴覚、五感をではない何かで周りを感じている。不思議な感覚だ。
体全体が宙に浮いているような感覚。それよりもこれは体全体ではなく、自分全体という方がしっくりするだろうか。
肉体としてそこにあるのではなく精神としてそこにあるというのはこのような感じなのだろう。
夢……か?夢にしてはやけに意識がはっきりしている。
しかし周りには【何か】が一つ前にあり、それ以外は何もない。
「キミが高橋直之君だね」
(そうだけど今は気分が落ち込んでいるから後にして欲しいんだが……)
「ぱんぱかぱーん! おめでトウ! あなたは見事人類総合宝くじに当選しました!」
いきなりやたらハイテンションに喋りだす【何か】。
(この【何か】は俺の思考が読めるのか?)
「それに【何か】ではなく私はいわゆる【神様】ってやつ?ですねぇ」
神様らしい。神様にしては怪しい広告みたいな事を喋っていたが。
「厳密には違うんだけどね、その辺は今回キミに会いにきた用件とは違うから割愛しますよん。
用件というのは最初にも言ったけどキミが人類総合宝くじに当たったんだよ。」
(……よくわからん。なんだその人類総合宝くじって)
「1年に1回人類の中から一人選んで願いを1つ叶えてあげなくもないキャンペーンだよ!」
(叶えてあげなくもない?微妙な表現だな)
「もちろん僕のできる範囲であって、かつ、規約に触れない程度の事かなぁ。」
(それは具体的に教えてくれないのか?)
「そうだねぇ、教えたら面白くないし、どの程度がセーフなのか分からない状況で
願いをどこで妥協するかって言う事が大事なんだよ!」
らしい。
(正直いきなり願い事って言われても何も思いつかない。
強いて言うなら『俺のことを好きになってくれるかわいい女の子がいてほしい』かなぁ……)
俺は失恋のショックでとにかく気分が落ち込んでいる為かこんなことを考えてしまっていた。
「そっか、それがキミの願いかな? ……キミには必要ないと思うが。」
「え?」
最後のほうが良く聞き取れずにそう返す。
「まぁ、それくらいなら叶えてあげよう。細かい事は――」
ぐわん。突然世界がぐるぐる回るような揺れ
(な、なんだこれは)
「あらら、誰かが起こそうとしてるのかもね。それじゃあ願いは叶えておくよ。また会えたら、また」
若干の脱力感とともに神様のいた世界が遠ざかっていく……
「……ぃ……ん!」
お、おぉう?
「お兄ちゃん!」
んあ、俺を起こすのはお前だったか。妹よ。
「うう……」
起き上がり寝起きの気だるさに俺は小さくうめくとともに体を伸ばす。
「なんでソファーで寝てるのよ?」
さっきのは夢だったか。
いや、それにしては記憶がクリアだし俺にはどうも夢とは思えない。
まてよ?
「ま、まさか亜衣《妹》が【願い】の……!?」
「何言ってんのお兄ちゃん。見たいテレビあるんだから寝るんなら自分の部屋に行って寝てよね。
私がテレビを見るときは絶対このソファーに座って見るって決まりがこの世の中にはあるのよ。」
ではないようだ。全く何故こいつはテレビを見るだけで良く分からんこだわりを持っているんだろうか不思議でならない。
急かす妹にめんどくさげな視線を送りつつも俺はさっさと自分の部屋に向かっていく。
なんだかさっきの夢が衝撃的すぎて失恋した事を少しでも忘れられた為か俺の足取りは家に帰った時よりも幾分か軽くなっている。
さっきの出来事は妙に現実味があった。
と、なると明日学校で何かラブコメ的展開が起きるのか。
そんな期待を抱きつつも俺は二度寝という極上の快楽を貪るのであった。
これで次の日からイチャイチャ恋愛パートの始まりだと思うだろ?
結果から言おう。 全くそんな事は無かった。
俺は今回の出来事で現実に希望なんてものはないと言うことを学んだね。
12/11/06 一部修正
13/07/28 大幅修正