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過去の声

そこは幸せな家庭だった。父と母と高2になる娘がいた。


「はやく勉強しなさい。」

「嵐が終わってから。」

「お父さん、先にお風呂入るぞ。」

「汚くなるからお父さんは最後。」

「それより、今度の試合頑張れよ。レギュラー入り初の試合だろ。」

「わかってるって。」


娘はラクロス部に入っていた。

ラクロスは女の子のスポーツとしてはかなりハードな部類に属する。

彼女はラケットにあたるクロスを持って登下校する先輩やミニスカートのユニフォームに憧れて入った完全なミーハー組だった。もちろん練習をサボることはないが積極的に前に出るタイプでもなかった。

ではなぜレギュラーになれたのか。

受験を前にもうすぐ3年生が抜ける。その時2年生がいきなりレギュラーとして戦うのはつらい。そこでグループごとにレギュラーを経験させて試合の組み立て方を勉強させるのだ。その意味で彼女は自分の実力で勝ち取ったレギュラーではなかった。


どんな種目でも、スポーツのうまい者は動きに無駄がない。逆にスポーツが下手な者は動きにどこか無駄がある。

彼女もどちらかと言えば、動きに無駄があるタイプだった。


その時も彼女の動きは緩慢だった。そこに敵チームのシュートが放たれた。ゴールとの線上にいた彼女の顔をめがけてボールは猛スピードで迫ってきた。

もちろん彼女も気配を感じたが、クロスを無駄に振ったのでボールをキャッチ出来ず、ボールは彼女の頭部を直撃した。

アイガードをしていたので目に異常はない。傍からみれば軽い脳しんとうにみえた。

しかし顧問の先生の行動は異常なほど迅速だった。最近は事故の際の対応に備えて体育の顧問の先生には携帯電話が支給されている。独断で救急車を呼んでいいことになっている。

この時も先生はすぐに救急車を呼んだ。そして、ご両親の連絡先にまで電話をしていた。学校の教頭や校長は完全に無視された形だ。


あとは3年生のキャプテンに任せて、先生はやってきた救急車に彼女と一緒に乗って病院に向かった。


この先生には消し去りたくても消し去れない過去がある。



それは私がラクロス部の顧問になってすぐの頃だった。

私にとってははじめての県大会だった。

当時のラクロス部には全国に名を知られたエースがいた。彼女がいればひとりで勝てるといわれたほどだった。

県大会でも彼女を疲れない範囲でうまく起用して決勝までのぼりつめた。

そしていよいよ決勝戦が始まった。さすがに彼女も連戦の疲れがみえたのでベンチに温存した。

後半戦になってから彼女を起用した。彼女がフィールドに向かおうとしたとき、アイガードが見つからなかった。私も探したが目に付くところにはなかった。

もうホイッスルが鳴る。彼女はアイガードなしでフィールドに飛び出していった。

敵の作戦は明確だった。彼女を集中攻撃してミスを誘うのだ。いくら運動神経に長けた彼女でも百発百中ボールをクロスでうけることは不可能だ。もちろんこぼれ球は周りの友軍が処理してくれる。そうそう敵の術中にははまらない。

「敵も攻めあぐねているな」そう思った矢先だった。エースの彼女がフィールドに倒れた。

最初は転んだだけかと思い、しばらくベンチから様子をみた。そのうち審判が彼女をみて、手振りで私を呼んだ。私は嫌な予感がした。

彼女のところまで走ると、彼女の両目は血だらけだった。ボールを放った敵の子は泣いていた。

私はフィールドの中央から猛ダッシュで大会事務局に行って、簡単な説明をして救急車を呼んだ。彼女が倒れてからおそらく30分は経っていただろう。

救急車が来て病院につくまで結局1時間以上かかってしまった。


「なんで、もっと早く連れてこないんだ」それが医師の第一声だった。

「そうしたら失明しなくてすんだのに」

「失明?」私には状況がのみこめなかった。

医師から簡単な説明をうけた。左目が失明、右目が明暗がわかる程度、と宣告された。私は呆然とした。何も考えることが出来なかった。そのまま病棟のベンチに座り込んだ。

夜になった。「そうだ、ご両親だ」とやっと気付き我に返った。

彼女の自宅に電話するとご両親とも在宅だった。重要な部分は敢えて隠して病院に来てもらうようにお願いした。


30分ほどで両親がみえた。

「目の周りでも切ったんでしょ。女の子だから痕にならないように処置してほしいわ」母親が病室の外でつぶやいた。

一方の父親は事の重大さに気付いているようだった。

主治医が来るまで多少の時間がある。事故の状況を説明するのは私の責任だ。


私は泣きながら土下座した。「申し訳ありませんでした。」

「えっ、どういうことなの。」

「男がそうそう土下座するもんじゃない。頭をあげて下さい。」


私は今までの経緯を包み隠さず話した。


母親はただただ呆然としていた。言葉もなく泣き崩れていた。

父親は泣きながら、廊下の壁を殴った。本当は私を殴りたいのが嫌というほどわかった。


やがて主治医がやってきた。

両親とも「治るんですよね」この一点が聞きたかった。

「もちろんリハビリのメニューはあります。しかしお嬢さんのような症例の場合、視力の向上は極めて困難というほかありません。」

それは両親を奈落の底に突き落とす宣告だった。当然怒りの鉾先は私に向けられた。

「なんでアイガードなしで出したの。」

「なんでベンチでボーッと眺めていたんだ。」

「なんでもっと早く病院に連れて来れなかったんだ。」

ひとつひとつもっともで、私は泣きながら頭をさげるしかなかった。


私は毎月あの試合の日になると、花束をもって彼女の病室を訪ねていた。しかし母親がかたくなに面会を拒絶していた。私は花束をドアの外に置いて帰った。


それから数ヶ月が経って、ある日、父親がその花束に気が付いた。私からのものであることはすぐにわかった。しかし、父親が気になったのは花束の色だった。父親は大学で行動心理学の教授をしている。人の行動は原理道理にはいかないことをよく知っている。

「先生が治らないっていったからって、この子も治らないって誰が決めたんだ。」

病院の病室は殺風景で白一色だった。彼女の目の刺激にならないようにとの配慮だった。

試しに父親がその花束を彼女の目の前に差し出して、

「何色かわかるかい。」

と聞いた。


「ピンクでしょ。」

これには両親とも驚いた。天にも昇る想いだった。


「どうしてわかるんだい。」

「どうしてってピンクはピンクでしょ。この香りならガーベラね。」


この事実を主治医に相談した。再度の精密検査の結果、両眼とも主幹神経には損傷がなく、数回の手術で日常生活には支障の無いレベルまで視力を回復させることができることがわかった。

両親と娘は病室で慎ましやかに祝杯をあげた。

「先生も呼びましょう。」娘が行った。

「そうね、是非そうしましょう。あなた、電話して下さいな。」

「それから、私のアイガードね。」

「どうしたの、今さら。」

「探してもなかったの当然だったの。」

「どういうことなの。」

「私、後半戦からの出場だったでしょ。だからアイガード、バッグに入れっぱなしで出すの忘れてたの。ベンチ探してもなかったのよ。」

「じゃあ先生が来たらしっかり謝らないとな。」


この父親の強い働きかけで、体育の先生および体育の顧問が迅速に救急活動ができる体制が構築された。



そして、話は冒頭の子に戻る。


救急車の中でその子と私は簡単な会話をした。

「私大丈夫ですから、病院なんかいいです。」

「頭は恐いからね。病院でしっかり診てもらわないと先生安心できないよ。」

「先生って、あなた誰ですか。救急車の人じゃないんですか。」

「おいおい何言ってるんだい、私はラクロス部の顧問じゃないか。」

「ラクロス部?」

「あまり話すと症状に影響がある場合もありますからその辺で。」と救急隊員に制止された。


「何も覚えていないじゃないか。」私は心配した。

「一過性のものならいいが。」


しばらくすると主治医がやって来た。

「彼女の反応が複雑なんです。2、3日時間をいただけませんか。」

ちょうどその時、両親がやってきた。

「意識はしっかりしているし、ちょっと記憶が混乱しているだけです。」と主治医から説明してもらった。

「すぐ帰れるんですか。」

「ただ検査したいことがあるので、2、3日は入院してもらうことになります。」

「でも、どこも悪くないんですよね。」

「念のためです。」


私は両親の対応に何となく違和感を感じた。純粋に娘の無事を祈る姿勢ではない何かを感じた。


翌日、病院から私に電話があった。両親ではなく私に来て欲しいそうだ。


「確かに記憶喪失なんですが、なんというか、記憶を抑制されているというか、今回の件も、ボールのショックが引き金になって直近の記憶が抑制されているみたいなんです。」と主治医が難しい説明を始めた。

「記憶の抑制ってなんですか。」

「つまり本人は記憶したいのに外からの力がその記憶を妨害しようとする、そういうことです。」

「本当の記憶はあるんですか。」

「何とも言えません。ある場合もあれば抑制が強ければ記憶自体もなくなってしまう場合もあるでしょう。」

「で、ご両親を呼ばず、私を呼んだ訳は。」

「お察しとは思いますが、その抑制因子には家庭内の暴力もあるんです。自分自身が暴力を受けていなくても、母親が暴力を受けているのを日常的に見ているとか。」

「つまり、記憶の抑制は今回のボールだけではなく、もっと過去にもあったと。」

「私はそう思います。ただ、それが何かを調べるのは残念ながら私の仕事ではありません。」

「で、あの子の退院は。」

「ご両親に問題がないことが確認出来てからでしょう。」


私は学校に戻って親しい先生たちに相談した。身体検査や水泳の授業で見る限り彼女に外傷はないそうだ。

では母親だ。今回のアクシデントについて謝るといって家庭訪問したが、特に不自然なところはなかった。母親でもない。

取りあえず、彼女は退院した。もちろん彼女自身、自宅に戻れることを喜んでいた。


「過去の抑制因子」そんな言葉も忘れるくらい月日が経った。記憶も蘇り、彼女はいたって元気だった。ラクロスのほうはそれなりだったが。


異変があったのは社会科の授業のときだった。冬の風物詩として干し柿を軒先に吊した写真があった。それを見た彼女は目眩を起こして倒れた。


今度はボランティアの時間で幼稚園児とてるてる坊主を作った時だ。てるてる坊主を作るまでは何事もなかったのに、てるてる坊主を吊すと、また目眩を起こして倒れた。


私は2つのケースの共通点を考えた。・・・吊す。吊すって何を。結局確信は得られなかった。


そんな釈然としない気持ちで廊下を歩いていると、生徒たちの会話が聞こえてきた。

「彼女、昔は大金持ちだったんだって。それが今じゃサラリーマンだもんね」

「おい、君たち。それって本当かい。」

「本当かどうか知らないけど、彼女時々「女中さんが・・・」とか言うんです。」

「寝ぼけた時に言うよね。」

「女中さんねえ。君たち、ありがとう。」


早速、病院の先生に電話した。

「時々、寝ぼけた時とかに昔の抑制された記憶が蘇ることってありますか。」

「ないとは言えないですね。でも本当に断片しか蘇らないと思いますよ。」

「ありがとうございます。」


吊す、女中、大金持ち。うーん、ヒントが少なすぎる。


大金持ちなら調べられる。社会保険庁に行って保険料を調べた。彼女が3歳の時まで法外な保険料を支払っていた。確かに大金持ちだったんだ。


それほどの大金持ちなら周りの人からも情報が得られるはずだ。今の住所にいってみたが建て売りだった。建築業者に事情を話して、前の住所を聞いた。

確かにそこは屋敷が並んでいた。

聞いた住所を訪ねた。幸い家政婦が在宅だった。

私は新任の民生委員を装った。


「すみません。この地区でお世話が必要な方の調査をしているんですが。」

「この家は私が面倒みていますから大丈夫です。ご苦労様。」

「ええ、こちらには下半身が不自由なご夫婦がお住まいですよね。」

「なに言ってるの、車椅子のおじいちゃんがひとりだけよ。どれだけ古い帳簿使っているの。」

「でも、昔、ご夫婦と女の子がお住まいでしたよね、女中さんと。」

「役所の帳簿には何でも書いてあるのね。」

「ご主人も奥さんもとってもいい人。可愛いお嬢ちゃんだったわ。」

「で、15年くらい前、引っ越されたんですよね。」

「何言ってるのよ。」家政婦が小声になった。

「自殺よ、自殺。夫婦そろって首吊り。何でも全財産をだまし取られたとか。」

「女の子は。」

「命は助かったらしいけど行方不明。」

「女中さんは。」

「これがくせ者でね、男と屋敷に残った有り金全部持って逃げたそうよ。」

「そんな曰く付きの家によくお住まいですね。」

「ご主人がね「老い先短いから幽霊も襲ってこないだろう」なんていうから。」

「いろいろありがとうございました。私の調査ミスでした。失礼しました。」


私の手に負えない展開になってきた。

生き延びた女の子が彼女だ。

では、女中とその男は。

まさか・・・という答えは出てくる。しかし推測にすぎない。


私は唯一の相談相手の病院の先生に連絡した。

「よく調べましたね。でも憶測で判断するのは危険です。そうだ。友人の刑事を紹介しましょう。ちょっとかわったヤツですが。」


半日もすると、その刑事が現れた。名刺に「サイコポリス」と書いてあるのが気になった。

「失礼ですが、サイコポリスってなんですか。」

「超能力で事件を解決するってこと。私、こうみえて超能力者なんですよ。」

なんだ、この人は。でも何でそんなに自信があるのだろう。

「3ヶ月前に解決した女児誘拐事件、あれ僕の仕事。」

「だって、新聞じゃ地道な捜査と警察犬の活躍って確か。」

「そうでも書かなきゃ、ほら、問題でしょ。」

「あの事件は容疑者は確保できていたから、その男の心を読んで女の子の居場所を特定できたの。」

「でも、何か夢見たいな話ですね。」

「夢かどうかは今度の事件で証明してあげるよ。」


何とも不思議な雰囲気を持った刑事だった。私は今までに私が調べた資料を全て渡した。

「よく調べたね。でも危険が伴う仕事だからこれからは警察に任せてくれるかな。」

「はい、よろしくお願いします。」


その頃、彼女の家庭では、

「もう頭の傷や記憶は問題ないかい。」

「ぜんぜん。あの先生大げさすぎるのよ。」

「でも先生から呼びだしがあったときにはびっくりしたわ。何事もなくて本当によかった。」

「でも「女中さん」ってなに?」

「何を言い出すんだい。」

「入院してた時、頭から消えなかったの。」

「入院で退屈だったからじゃないかい。」

「今日は試合で疲れたし、そろそろ寝るね。」

「ああ、お休み。」


「ねぇ、この前ボールが頭にあたったので、昔の記憶のストッパーが外れだしているんじゃないのかしら。」

「馬鹿な、3歳の頃の話だぞ。それにその時のストッパーは両親の首吊りしている姿を見たからだ。そう簡単に外れるものじゃないさ。」

「でもその頃には、あの子は私を「女中さん」って呼んでいたのよ。」

「ともかく、焦って動かないことだ。」

「そうね。」


その数日後、経過観察という名目で、もう一度彼女を病院に呼んだ。違法捜査にならないように刑事が同席していくつかの質問をすることも伝えた。


動揺したのは両親だった。

「何で警察なの。」

「一体何を聞くつもりなの。」

「しかし断るとかえって怪しまれる。」

「同席を条件に承諾しよう。」


彼女の診察自体は形式的なものだった。メインはサイコポリスの時間だった。

「リラックスして」

「この中に昔から知っている人がいるよね。」

彼女は母親、いや女中を指し示して「お母さん。」と答えた。

「次は。」

彼女は父親、いや女中の男を指し示して「お父さん。」と答えた。

私は失望した。

「こんな当たり前のことを聞いて。」


するとサイコポリスは次の質問に移った。

「じゃあ、そのお母さんとはいつ頃から一緒に生活しているかな。」

「ずっと昔から。」

サイコポリスにはこの時点で「3歳」という答えが読めた。

母親はすぐに修正した。

「生まれた時からずっと一緒でしょ。」

サイコポリスには「嘘だ。」と確信できた。


父親にも同様の質問をした後、ちょっと変わった質問をした。

「最近よく夢に出てくる光景とか言葉はないかな

「「女中さん」っていう言葉とてるてる坊主、遠足でもないのにね。」

サイコポリスには「母親の顔と、首吊りの現場のイメージ」が見えた。


わたりました。今日はご足労をかけてありがとうございました。


私は彼に詰め寄った。

「もう一歩だったじゃないですか。なんで手を緩めるんですか。」

彼は冷静だった。

「あれ以上吐かせて立件できるかね。証拠として採用されるかね。今日はあれで十分だよ。君の推理が正しいことは立証されたし。」

「立証って。」

「あ、私の頭の中でね。」

「次は実証を作る作業だな。時効まで一番長い殺人罪でいこう。」

「それって犯人を罠にはめるってことですか。」

「罠にはまるんですよ、容疑者から。」


例の屋敷のご主人と家政婦におねがいした。

「例の梁は重要な証拠物件です。そこで全く同じ形状で以前首吊りがあったところだけ黒く変色した梁と交換させてください。その上で・・・家政婦さんにはこう言いふらして欲しいのです。」


「うちの梁、何だか最近変色しているのよ。ご主人が気持ち悪がって、今度の日曜日に梁のはり替えをやるのよ。梁をかえるなんて大変よね。」


すべてのことに敏感になっている例の夫婦には当然この情報は入ってきた。

「梁、下ろされたって大丈夫よね。」

男は無口だった。

「どうしたの。」

「以前、俺船乗りだっただろ。あの時も緩まないようにロープを

船員結びしたんだ。」

「だったら当時の検分でわかったんじゃないの。」

「梁の木が新しくて収縮するから模様がはっきりしなかったのさ。年月が経って模様がくっきりしてきたんだろう。」

「ロープをあの位置で船員結びしているってことは自殺では無理だ。当然他殺になる。」

「関係者の中で船員の経験があるのは俺だけだ。」


日曜日当日、二人は例の屋敷に行った。家政婦にかけあって、もっと細い柱数本に加工したいので、古い梁を譲ってもらえないか、懇願した。家政婦はサイコポリスに言われたように快諾した。

二人は重機で運んでもらった路地の端で梁の表面を削っていった。例のロープの痕を削ろうとしたその瞬間、数名の警官が駆け寄った。

「証拠隠滅の罪で逮捕します。併せて○○さんご夫婦の殺人事件に関して任意同行してもらいます。」

男も家政婦も力尽きてその場に座り込んだ。


二人が削った梁は本物の梁とすり替えた別物だ。事件解決のためとは言え嘘は嘘だ。サイコポリスは始末書をかかされ叱られていた。


私はその後のことが気になって所轄署にやってきた。

叱られた直後のサイコポリスはいたって元気だった。ひとつの事件で始末書1枚は少ない方だと笑っていた。


「男がうまい話をもって家政婦に近寄ってきたらしい、家政婦は、疑うことを知らない奥様に勧めて、それに主人がのったそうだ。もちろん胡散臭い話なので、どんどんお金は減っていく。主人は火傷をしないうちにこの話から手を引いたそうだ。ところがそうなるとあの男にお金が入ってこない。

男も家政婦もあの家の膨大な資産に目が眩んだのだろう。とうとう夫婦を殺害してしまった。遺産の相続人は当時3歳の女の子だった。相続人が幼すぎる場合15歳まで遺産相続は執行されない。そこで、男と家政婦は考えた。15歳まであの女の子を繋ぎ止めておくには親子になればいい。二人は住処を変えて誰も知り合いがいない新興住宅地で家庭を築いた。

ところが、不思議なんだよ。15歳になっても遺産相続執行の手続きをしていないんだ。しがないサラリーマンの給与で慎ましく生活しているんだよ。

君はどう思う。」

「君は頭の中は読めても、人の情は読めないようだね。」

「男と家政婦があの女の子を引き取って育てたのは、自分たちが手にかけたご主人と奥様への罪滅ぼしだと思うよ。だから世間一般の普通の家庭で育てかったんだ。」

「じゃあ遺産相続は。」

「彼女が結婚する時の持参金にでもしたかったんじゃないかな。」


この事件の解明を契機に彼女の記憶の抑制因子もどんどん崩壊し、普通の記憶状態を取り戻すに至った。

もちろん、逮捕された母親と父親の件はショックだったようだか、彼女には殺人犯というよりは、ふつうのお母さん、お父さんという印象の方が強いようだった。真の父母に関しては深く悲しんでいたが、首吊りの現場の記憶はもはや消失しており、心の傷になる心配はないそうだ。

彼女が受け取る莫大な遺産は、自分と同様に両親がいない子供たちのために使いたいと言っている。


さて、高2の女の子、どうしたものか。私は独身だから面倒はみれない。

施設から学校に通わせてもいいのだが・・・


私には頼れる人がひとりだけいた。


「先生、ご無沙汰しています。ラクロス部の面倒をみている者です。」

「おお、久しぶりだなぁ。みんなにアイガードさせているかね。」

「はい、もちろんです。私も常に携帯持っています。」

「で、どんな頼み事だい。君が電話してくるってことは頼み事だろ。」

「ええ、先生を先生と見込んでのお願いです。」

「日本語が変だぞ。」

「お嬢さんに妹が増えるのはいかがでしょう。」

「また唐突な話だな。」

「君が私に勧めるのだから立派なお嬢さんなんだろう。」

「わかった。一度会って話そう。私も娘を連れて行くから、君もそのお嬢さんを連れて来たまえ。」



私には、根拠もなく、うまくいく予感がした。


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