終章
「化学室で説明するよ。」
僕はそう言ってから、化学室に戻った。
みんなも後からついて来た。
先生は不思議そうに僕達を眺めてから、煙草の火を消した。
「シュウ、もったいぶらないで早く言ってよ。」
ハルルンは待ちきれないのか、子供みたいにそう言った。
僕は先生を一度見てから、説明を始めた。
「この密室の作り方は簡単なんだ。ただ鍵を動かしたんだけなんだ。投げたりしたんじゃなくて、遠隔操作で操ったんだ。」
「遠隔操作で操った?」
ハカセは興味を持ったのか、椅子を座りなおした。
「遠隔操作で動かすと言っても、動かすのは別のもの。つまり、遠隔操作で動かしたもので鍵を押して、あの鍵の落ちていた場所まで動かしたんだよ。」
「その遠隔操作で操ったものって何?」
ハルルンが不思議そうに僕を見つめた。
「それは、ラジコンだよ。あらかじめ、部屋の中にラジコンの車でも置いておき、部屋から出て鍵を閉める。鍵をドアの下の隙間から手で入れて、ラジコンを上手に操作して、鍵を押す。もちろん、ドアの下の隙間からしか、見ることはできないから、難しいとは思うけど、障害物は少ないし、ブルドーザーみたいな感じの車なら十分にできるんじゃないかな。」
「確かにできるかもしれないな。でもそのラジコンの処分はどうするんだ?」
先生はそう言って、ポケットから新しい煙草を取りだした。
「…先生ならわかりますよね?」
「わからないな。」
先生は僕の方を全く見ようとせず、ポケットからライターを取り出して、火を起こした。
「ドアの下から袋を入れて、ラジコンを袋の中まで操作して入れる。」
「袋の中に入れても、ドアの小さな隙間では引っ掛かるじゃないかな?」
ノンノは僕の推理を心配しているのか、そう言った。
「うん。でも、ラジコンを解体すれば大丈夫じゃないかな。ドアの下の隙間からピンセットやドライバーで、ばらばらにすれば小さくなるよ。それに、はんだこてみたいなもので溶かしてみると解体しやすいかもね。でもたぶん犯行時に使われたのは弱い爆弾みたいなものじゃないかな。接合部分に液化爆薬か少量の火薬を取りつけて、遠隔か手動で火をつけた。」
僕がそう言うと、ノンノは思い出したように言った。
「溶けたプラスチックの破片ってもしかしてこれのことだったのかな。」
「うん。たぶんそうだと思う。解体中に部屋のほうに飛んで行ったのかもね。まあ、後はラジコンがドアの下の隙間を通るぐらいまで小さくして、袋ごと回収すれば、密室の完成。どうですか?」
「確かにできそうだな。」
先生はライターの火を消して、煙草とライターをポケットの中に片付けた。
「密室を作ったのは先生でしょ?」
「何でそう思うんだ?」
僕の質問に先生は肯定も否定もせずに質問を返してきた。
「それは…先生がラジコンの回収の時に質問をしたからです。ラジコンと言っても大きさはたくさんあるわけだし、今回みたいに鍵を動かすだけなら本当に小さなものでいいはず。きっと、ドアの下の隙間を通れるようなラジコンを使えば、ラジコンの解体みたいな面倒なことはしなくてもいいんです。」
「なるほど。確かに一理あるな。でも、そんなに小さなラジコンを持っていなかったらどうするんだ?それに俺も襲われたんだぞ。」
先生は僕の眼だけを見据えながらそう言った。
「…だから犯人が先生なんです。小さなラジコンを持っていないなら作ればいいし、買えばいい。でもそれができなかった。なぜなら、そんな時間がなかったからです。違いますか?それに先生が襲われたと言っても気絶させられただけ。普通、犯人が殺害現場付近で見つかりそうになったら、その人も殺すはずです。少なくとも、気絶だけで済ませるとは僕には思えません。壁に頭突きでもすれば、後頭部を強打されたような跡ぐらいできなくはないです。つまり、自作自演じゃないんですか?」
「松田。お前の説明だとなぜ俺なのかわからない。時間がないとはどういうことだ?密室を作っている時点で計画殺人のはずだろ?それとも咄嗟にこんなことを思いついて実行したとでもいうのか?」
「はい、そうです。これは計画殺人ではないです。もし、計画殺人ならこんな場所は選ばないと思います。だってあの場所で殺人を起こせば、犯人は先生と校長先生の二人しか犯人として考えられません。そんなハイリスクな場所をわざわざ選びません。」
先生は僕の推理に呆れたのか、ため息をついてから言った。
「俺と校長先生以外の犯人ならむしろ、そこを狙うんじゃないか?それに、俺が犯人だとして、わざわざこの場所で殺人をしなくちゃいけないんだ?仮に殺害したのがあの部屋でも、普通殺した後に動かすんじゃないか?」
「たぶん、あの部屋に入るのは先生と校長先生意外ではまず無理だと思います。仮にできるとしても、先生か校長先生に助けてもらう必要があると思います。そんなリスクを背負ってしまうと、結局あの部屋を使うメリットが無くなるんじゃないですか?それに校長先生ではなく、先生だというのにはちゃんとした理由もあります。先生なら授業の準備だと言って、鍵を頻繁に使うことはできますが、校長先生には使う必要はほとんどないから、使うと言えば、先生が不振に感じてしまうんじゃないですか?」
「確かに校長先生より俺のほうが犯人に近いのは認めよう。それはそうと、俺の他の質問についての答えがないのは何でだ?」
「それは…。ここから先は根拠のない推測だけになんですが、密室を作ったのは先生でも、斎藤さんを殺したのは先生ではないからです。斎藤さんはたぶん、事故死なんじゃないですか?」
僕がそう言うと、先生は黙り込んでしまい。
化学室から完全に音が消えた。
僕は本当はこれ以上言いたくはないけど、このまま黙ったままいるわけにもいかないので、僕はこの沈黙を破って続きを話した。
「たぶん斎藤さんと先生は化学準備室で話でもしていた時に、先生が呼び出しにでもあったか、用事があったかで、部屋を出たんだと思います。それで帰って来るまでの間斎藤さんは床に座って棚にでも縋っていたら、棚の上の方から瓶が落ちてきた。運悪く、斎藤さんの頭に当たってしまったといった感じですかね。先生が化学準備室に戻って来たのは、たぶん、斎藤さんが息を引き取った後からですね。」
先生は寂しそうに微笑むと、ゆっくりと首を縦に振ってから言った。
「ああ。そうだ。松田の言う通りだ。俺は斎藤さんが死んだと知った後に、この密室工作を思いついて実行した。」
「何で…何で事故として、救急車を呼ばなかったんですか?」
「それは、もう間に合わないとわかっていたからだ。」
先生は煙草を取り出して火をつけた。
「それでも、連絡すれば…こんな密室をなんて作らなければ…。」
僕がそう言うと、先生はふうと煙を吐き出してから言った。
「それは、斎藤さんが俺と深い関係があるとは思われたくなかったからだ。化学準備室の厳重さを知れば、マスコミは間違いなく、斎藤さんと俺の関係を疑って、事実かどうかに関係なく取り上げるだろう。それに、あの子は自殺するような子じゃなかった。自殺だと思われるのも嫌だったんだ。」
先生は言い終わると煙草を吸うのを止めて、携帯灰皿の中に捨てた。
「何で…。斎藤さんと先生は仲良かったんでしょ?化学準備室みたいな場所で会うぐらいの仲だったんでしょ?なのに…なのに…。」
ノンノは泣きながらそう言うと、先生は優しい顔をして言った。
「橋本にはまだわからないだろうけど、大人の世界は寂しいことばかりだ。俺は本当に斎藤…いや、美希子のことが好きだった。美希子も俺のことを本当に慕ってくれていた。でも俺は先生で美希子は学生。しかも中学生だ。どんなに二人が本気になったとしても、世間から見れば、偽りにしか見えない。俺が中学生を騙したと思われるか、中学生がお金欲しさに先生を騙したと思われるだけだ。もし事故だとしても、マスコミが俺と美希子のことを取り上げれば、俺のことはともかく、美希子や美希子の家族に迷惑をかけることになる。それだけは嫌だったんだ。」
「先生…。」
ノンノはそれだけ言うと、泣きながら部屋を飛び出して行った。
「俺は、そろそろ行くわ。」
「逃げるんですか?」
ハカセはそう言うと、ドアの前まで行って、両手で行く手をふさいだ。
「ハカセ、止めよう。どうせ、先生がやったという証拠はないし、先生が言ったことが本当なら先生は密室を作っただけだよ。それに、もう時効じゃないかな。」
「でも…。」
ハカセは僕の意見に賛成できないみたいだ。
「ハカセ。もう止めよう。七不思議は噂だったんだよ。」
ハルルンはそう言って、ハカセの腕を引っ張って、道を作った。先生はため息をついてから、ドアの反対側まで歩いて行き、窓を開けた。
「お前らは本当に良い奴らだな。でも、どうせなら犯罪者に逃げる道を作るなんていう、意味のない罪は背負いたくないだろ?」
先生はそれだけ言うと、窓から飛び降りた。
「先生。」
僕達が窓まで駆け寄った時には、先生は地面の上で苦笑いしながら、僕に向かって手を振った。
「お前らに出会えて本当によかったよ。事件を解いてくれてありがとな。これで、やっと人心地ついたって気分だぜ。じゃあ、これでさよならだ。元気でな。」
先生はそう叫んでから、足を引きずりながらも全力で走って行った。
僕は、いや僕達はただその先生の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
「こんなところにいたんだ。」
僕とハカセとハルルンはあれから、警察に簡単な連絡をしてからノンノを探すために学校中をみんなで手分けして探し回っていた。
ちなみに、ハカセは一階と二階、ハルルンは体育館やクラブハウスなど、僕は三階と四階だ。
そして、僕は今、屋上にいる。
本来、屋上は立ち入り禁止になっているけど、上ろうと思えば上れないことはない。
もしかしたらここにいるかもしれないと思って一番最初に屋上を探しに来た。
「…うん。」
ノンノは泣きそうな、寂そうな声でそう言うと、じっと遠くを見つめた。
僕はノンノの隣に立って、柵に肘を置いて、ノンノと同じところを見つめた。
「ノンノ…君は誰なの?」
僕はノンノの方を向いて言った。
「私は橋本望実だよ…。」
「嘘はもういいんだよ。今日の君はノンノじゃない。いつものノンノなら、笑ってごまかすか、頭の上にハテナを浮かべているはずだよ。」
僕はそう言ってから、もう一度同じ質問をした。
「君は誰なの?」
ノンノは僕の目を見つめて、そうだよと言って作り笑いをした。
「私はノンノではありません。正確にいうと今は、ですけどね。」
「今は?どういうこと?」
「今、私はこの子の体を借りています。幽霊である私がこの子に憑依していると言えば、わかってもらえるでしょうか?」
丁寧な口調で、僕に話しかけている女の子は空を見上げながら話を続けた。
「信じてもらえないかもしれませんが、私は斎藤美希子…十五年前事故で死んだのは私です。」
「斎藤さん、君は事件の真相を知っていたのに何で自分で言わなかったの?」
「私は知りませんでした。だって、私は単に事故で死んだだけなんですから。」
今にも泣きだしそうな顔で僕の方を向いて言った。
もしかしたら、さっき遠くを…空を見上げたのは、泣くのを我慢するための方法だったのかもしれない。
「いや、君は知っていたよね。だって、僕に七不思議が単なる作り話ではないと教えてくれたのは君だし、推理の途中だってヒントをくれた。先生が密室を作ったのも、先生が密室を作ったわけも知っていたんでしょ?だから、今…胸が苦しいんでしょ?」
「違い…ます。私は…ただ…先生にこれ以上自分を責めて欲しくなかっただけ…です。だって私が死んだのは先生のせいじゃないのに、先生は自分のことをひたすら責め続けていました。だから、私はこの子の体を借りて、あなた達にこの密室の謎を解いてもらうために、いろいろなことをしてきました。新聞の切り抜きをあなたに渡すために、本を挟んでいたようにも見せました。インタネットサイトも私が作りました。七不思議を広めたのも私です。」
「何で、君は自分の口から密室の謎を暴かなかったの?」
「それは…。」
それだけ言うと、急に力が抜けたのか、体のバランスを崩してその場に倒れそうになった。
僕は咄嗟にノンノの体を支えようとしたけど、間に合わずに二人して、その場に倒れ込んでんしまった。
僕はちょうど仰向けに、ノンノは僕にのしかかるようにうつ伏せになった。
それでもかまわずに斎藤さんは言葉を続けた。
「それは…あの事件の真実をみなさんに解いて欲しかったからです。本当にありがとう。私は、これで安心してあの世であの人を待つことができます。本当に…ありが…とう…。」
天使のように綺麗な声がノンノからではなく、空高くから聞こえてきた。
僕は何も言うことができずに、ただ目を閉じた。
学校の七不思議、もしかしたらこれは斎藤さんと先生のこの事件を誰かが解いて欲しいというささやかな願いだったのかもしれない。
もしそうだとしたら僕は…僕達は二人の願いを叶えることはできたのかな?
目から溢れきた涙を拭いて、空を見上げた。
空は少しうす暗くなっていて、探せば星の一つや二つぐらい見つかりそうだった。
僕は優しくノンノの体を抱きしめた。
「わあ、シュウ。なんで?えっ。私、どうして。えっ、えっ?」
ノンノは目が覚めて今の状況がどういうことなのかわからないのか、周りを見渡した。
「ノンノ、そろそろ降りてくれないかな?」
僕は目を開けて、そう言うと、ノンノは顔を真っ赤にして慌てて僕の上から降りた。
「シュウ、大丈夫?ごめんね。気が付いたらこんなことになってて…。えっと、えっと…。」
ノンノはまだ状況がわかっていないのか、頭が混乱しているのか、目を白黒させながら、慌てている。
僕は体を起こして、立ち上がってから、まだ膝を床についたまま混乱しているノンノに手を差し出しながら言った。
「そろそろ、戻ろう。ハカセもハルルンも待ってるよ。」
ノンノは恥ずかしそうに首を縦に振ると、僕はノンノを立たせてから、部室に行くために、屋上を出た。
早く部室に行こう。
そして、僕達で新しい七不思議を作ろう。
今の七不思議がこのままあると、きっとまた誰かが密室の謎に巡り会う。
だから新しい七不思議を作って、昔の七不思議をなくそう。
そうだ。
七不思議の一つにこんなのをいれると面白いかもしれない。
屋上で天使の声を聞いたカップルは永遠に結ばれる…なんてね。