3章
「鍵取って来たぞ。」
岡野先生が戻って来た。
どうやらこれで、事件現場に入れるみたいだ。
先生を先頭にぞろぞろと化学準備室に入っていった。
化学準備室は、予想していたよりも狭くて、電気をつけているにもかかわらずうす暗かった。
「鍵が落ちていたのはどの辺りですか?」
ハカセは早速本題に入ると、先生は苦笑いしながら答えた。
「いきなりだな。まあいい。鍵が落ちていたのはあそこの棚の下だ。ドアの真横にあるから、ドアの下から投げいれたぐらいではあそこにはいかないな。」
「鍵に穴はありますか?」
「さすがは隅田。俺も同じことを昔考えたが、残念ながら鍵には穴はない。だから、ワイヤーを使うトリックは難しいだろうな。」
ハカセはそうですかと呟くと部屋を見渡しながら必死に考えている。
僕も負けてはいられないな。
「先生。そういえばこの事件をハカセがネットで調べた時に、端の溶けたプラスチックの破片が落ちていたって聞いたんですが、そのプラスチックの破片って何かわかりましたか?」
「ああ。そういえばそんなものもあったな。確か、オレンジか黄色のプラスチックの破片だったのは覚えているが…。俺も気になっていたんだが、警察は結局何だったかは教えてくれなかったな。」
先生は思い出したようにそう言った。
「わかった。」
ハルルンは満足そうにそう言うと、みんなの視線がハルルンに集中した。
「この密室の謎、わかったよ。」
「えっ。本当なの?」
ノンノが驚きながらそう言うと、ハルルンは嬉しそうにピースをした。
ハルルンは軽く深呼吸してから言った。
「斎藤さんを殺した後、外に出て鍵を閉めた後に、ドアの下から鍵を投げたんだ。」
「そんなの無理だ。仮にそうやって、鍵を床の上を真横に滑らせたとしても棚の脚に当たる。棚の脚の形から考えて横側から入れることは不可能だ。まあ、棚を壊せるなら話は別だろうけど。」
ハカセがそう言うと、ハルルンは少し部屋を見渡しながら言った。
「じゃあ、ビリヤードみたいに壁にぶつけて、その跳ね返りで棚の下に入ったというのはどう?」
「なるほど。」
僕が納得していると、ノンノが控えめに手を挙げてから言った。
「えっと、それは難しいと思うな。ここから、正面の壁まで投げるのは簡単だと思うけど、そこから跳ね返らせて棚の下に入れるのは…出来ないんじゃないかな。」
「確かに面白い発想だとは思うが、難しいだろうな。氷の上ならできるかもしれないが、普通の床ではあまり滑らないから無理だろう。」
先生にも否定されて、本当にできないと分かったのか、ハルルンはがくりと肩を落とした。
いつも元気なハルルンがこうしてがっくりと項垂れているのを見るのは不思議な気分だな。
元気づけた方がいいのかな?
まあハルルンならすぐに元気になるよね。
それにしても、先生の話を聞いていると昔この密室のことについて考えたような言い方をしていたな。
もしかして先生は密室を作った方法を知ってるのかな?
「先生はどうやったら密室を作れると思いますか?」
ノンノがそう質問すると、先生は両手のひら上に向けて、わからないと表した。
先生にもわからないんだ。
密室なんてどうやればできるんだろう…。
「シュウはどうやって密室を作ったと思う?」
ノンノが部屋の中を見渡してから言った。
「うーん。よくわかんない。でも…。」
僕は上手く言葉にできずに言葉を途中で切ると、ノンノは不思議そうに僕を見つめた。
「ノンノはどう思うの?」
「私もよくわからないな。ただ一つ気になることがあるの。斎藤さんはいつこの部屋に入ったんだろう?」
「え?」
「だって、斎藤さんはこの部屋で殺されたんでしょ?でも、この部屋はそう簡単には入れないと思うんだよね。」
ノンノはそう言うと、意味有りげにドアを見つめた。
確かにそうだ。
斎藤さんはこの部屋にいつ入ったんだ?
殺害直前?
殺された後?
それとも…事件より前?
「ハカセ、ハカセ。ハカセは密室の謎は解けた?」
ハルルンは自分で考えることを諦めたのか、ハカセの周りを犬のようにまとわりつきながら言った。
「まだだ。ただ一つ気になることがある。」
「うん?何?」
「何で密室にしたんだろう。密室にする必要があったのか?それとも別の理由なのか…。わからないな。」
ハカセは独り言のようにそう呟くと、ドアに近づいて行った。
「先生、定規はありますか?」
「定規?そんなものどうするんだ?」
「ドアの上の隙間と下の隙間を測りたいんです。」
「なるほど。ちょっと待ってろ。すぐに取って来る。」
先生は定規を取りに部屋を出た。
「ドアの隙間なんて調べてどうするの?」
ノンノがハカセにそう聞くと、ハカセはドアの下の隙間に指を入れながら言った。
「鍵に穴があいてないからワイヤーは無理だとしても、他のものならドアの隙間に入るかなと思って、どのぐらいの大きさのものが入るのか気になったんだ。」
「ふーん。」
ノンノは納得したような、納得していないような返事をした。
「どう?どのぐらいの隙間がある?」
僕がそう聞くと、ハカセは僕の方に振りかえって、自分の指で大きさを表しながら言った。
「だいたいこのぐらい。」
よくわからない。
まあ、指一本入れるのがやっとというぐらいなのかな。
「定規を持ってきたぞ。」
先生が戻って来た。
「長さはどれぐらいですか?」
ハカセがそう聞くと、先生はドアの隙間の長さを測った。
「だいたい、上が一センチぐらいで、下が一センチと五ミリといったぐらいか。」
「なるほど。俺の推理なら可能だな。」
「え?ハカセもうわかったの?」
ハルルンがそう聞くと、ハカセは自信満々に首を縦に振った。
「ドアの上の隙間から鍵を投げ入れたんだ。」
「投げた?でもそれじゃあ、棚の下には入らないよ。」
ハルルンが否定すると、ハカセは焦るなよと目で言ってから、話を続けた。
「確かに普通に投げても無理だ。真横に投げても棚の側面に当たるし、カーブに投げるなんていう芸当は非現実的だ。でも、レールがあれば別ではないかな。」
「レール?」
ノンノが驚きながら言うと、ハカセはそうだよと目で答えてから、話を続けた。
「V字型のレール。正確に言うとU字型に近いかもしれない。そのレールをドアの上から室内に入れて、鍵をそのレールの上を走らせる。物は上から下に進む働きがあるから、タイヤがなくても、自然に滑って行く。後はレールを回収するだけだ。」
「うーん。それは難しいと思うな。」
先生は髪をぼさぼさと掻きながら言った。
「何でですか?やってみないとわからないじゃないですか。」
「まあ、確かにやってみないとわからない。ただ数学的に考えれば隅田にも難しいことがわかるだろう。取りあえず隣の部屋の黒板で説明してやろう。」
先生はそう言うと、化学室に行った。
僕達も先生について行った。
どうやら、これから先生の授業が始まるみたいだ。
簡単な話だといいな。
僕達は黒板の近くの席に座ると、先生は白のチョークを握って三角形の図を描いた。
「この三角形の高さはドアの上の隙間までの高さ、だいたい二メートルぐらいだ。横の長さはドアから鍵の落ちていた棚までの距離、約五メートルだ。ここの角度はタンジェン五分の二から二十二度ぐらいだと分かる。まあ、タンジェンドっていうのが何かわからないだろうが、底辺五センチで高さ二センチの直角三角形の図を描いてから、角度を測ってみれば二十二度ぐらいだってわかるだろう。」
「その角度が何なんですか?」
ハカセは不満げにそう言うと、先生は落ちつけと手で制して話を続けた。
「もちろん、二十度ぐらい傾斜があれば、もの滑らせることはできるだろう。ただ、隅田の言った通りに、レールを曲線だと仮定すると、滑らせるのは難しいだろう。直線の時と違い、レールの角度はさらに低くなる。きっと、上手く曲線部分を曲がらずに止まってしまうだろう。」
「そんなことはやってみないと…。」
ハカセは立ち上がって、熱くなってそう言うと、先生は首を横に振って言った。
「それに、よく考えてみろ。そんな大きなものどうやって学校に持ち込むんだ?それにどうやって処分するつもりだ?」
「いくつかに分けて、ブロックみたいにくっつけて使えば大丈夫。持ち出すのもそんなに難しくないはずです。処分なんてしなくても家に持って帰ってしまえば問題ない。」
「確かにそうだな。ただ、一つ言い忘れていたことがあったが、ドアの上の隙間には埃がいつものようにたまっていて、ドアの上の隙間に何かを置いた形跡はなかったらしい。残念だったな。名探偵君。」
先生はそう言うと、ハカセは穴に落ちたようにどさっと椅子に座った。
どうやら、ハカセの推理も間違いらしい。
良い線いってると思ったのにな。
「どうだ。そろそろ降参したらどうだ?長い間未解決だった事件の謎を解こうなんて無理なんだよ。」
先生はそう言うと、黒板を消した。
「先生、一つ聞いてもいいですか?」
ノンノは手を挙げて質問すると、先生は黒板を消すのを止めて僕達の方に振りかえった。
「何だ?」
「先生は密室の謎が解けなくて悔しくないんですか?」
「そりゃ悔しいさ。でも俺にはわからないんだ。ずっと、考えたさ。いろんな案を考えては実際にやってみたりもした。でも真実には迫れなかったんだ。それに密室の謎が解けたからといって、犯人が捕まるわけではないし、ましてや斎藤さんは戻ってもこないし…な。」
「そうですか。」
ノンノは少し寂しいような嬉しいような、複雑な表情でそう言うと、じっと床を見つめた。
今日のノンノは少し変だ。
でも気持ちは良く分かる。
「先生。大丈夫。私達がきっと解決してみせますよ。」
ハルルンはそう言って、立ち上がると言葉を続けた。
「だって私達は犯罪クラブ。事件を解決するのが使命ですからね。どんなことがあっても諦めない。それに諦めなければ、きっと真実が見えてくる。だから私達に任せてください。」
「頼もしいな。」
先生はそれだけ言うと、黒板の前に置いてある椅子に座ってポケットから煙草を取り出して、火をつけた。
学校内は禁煙だったけど、誰一人文句も言わずに煙草の火を見つめた。
「俺はここで煙草を吸って待っているから、密室の謎を…。」
僕達は先生の言葉を言い終わる前に化学準備室に戻った。
部屋に入ってからドアを閉めようとした時に、先生の泣き声が聞こえてきたような気がしたけど、きっと気のせいだ。
「ふと思ったんだが、外から鍵を入れるのではなく、鍵は部屋の中に入れたまま外から鍵を閉めることはできないのだろうか?」
「でも、このドアは内側からは鍵がかけられないようになってるよ。」
ハルルンはドアを確認してから言うと、ハカセは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「鍵が自分から動いてくれれば、簡単なのにね。」
ハルルンがそう言うと、ノンノは笑いながら言った。
「そんなの無理だよ。鍵は動物でないし、ロボットでもないんだから。」
「そうだね。やっぱり無理だよね。」
ノンノとハルルンは同時に笑ってから小さなため息をついた。
どうやら二人とも、お手上げのようだ。
もちろん僕もそう…いや、一つだけ思いついた。
でもそれだと犯人は…。
今は、犯人よりも真実のほうが大切だ。
「わかったよ。密室の謎。」
僕がそう言うと、みんなの視線が僕に集まった。