2章
僕達、四人は化学準備室に行くことにした。
岡野先生は普段からよく化学室にいるし、殺人現場を見ながら説明をしてもらった方がいい。
ちなみに、化学準備室は校舎の三階、化学室の隣にある。
「失礼します。岡野先生はいらっしゃいますか?」
僕はきちんとノックをしてから化学室の中に入った。
本当はノックをする必要なんてないけど、つい職員室に入る時の癖でそうしてしまった。
「うん?どうした?何か用か?」
岡野先生はドアを開けると、気だるそうにそう言った。
「犯罪クラブのものなんですけど、七不思議について聞きたくて来ました。」
僕がそう言うと、先生は不審な目で僕等を見つめて少し考えてから部屋の中に招き入れてくれた。
「何のことかよくわからないが、取りあえず話ぐらいは聞こう。」
僕達は化学室の中に入ると、適当な席に座った。
「先生。先生。七不思議って知ってる?」
ハルルンは持ち前の明るさでそう切り出した。
「七不思議?この学校にも七不思議があるのか?」
「もちろんありますよ。」
ハルルン右手でぐっと拳を作って力強く答えた。
「ふーん。それで七不思議が化学室にあるというのか?」
「いいえ。ここにはありませんよ。」
ノンノはゆっくりと首を横に振ってそう答えると、先生はますます何が何だか分からなくなったらしい。
頭を抱えて真剣に考えている。
「なら、俺に七不思議でもあるのか?」
「いいえ。この部屋の隣、化学準備室にあるんです。」
ハカセは化学準備室のある方に向けて指を指しながら言った。
「あー。なるほど。」
先生は納得したのか、ふむふむと頭を縦に振った。
「七不思議に十三日の金曜の満月の日に化学準備室で人が死ぬっていうのがあるんですけど、十五年前の十三日の金曜日のこと…知ってますか?」
僕は真剣な眼差しでそう言うと、先生は一瞬戸惑ってから言った。
「それは…。そうだな。話すしかないな。でも他の奴らには絶対に言うなよ。怖がるやつもいるだろうし、不安の要素をわざわざ増やす必要はないからな。」
僕達は返事をせず、先生が話をするのを待っていると、先生はゆっくりと話を始めた。
「確かに十五年前の深夜に化学準備室で殺人事件があった。その時殺されたのが、斎藤美希子、当時中学三年生だ。斎藤さんは頭も良く、誰にでも優しくて、本当に良い子だった。」
「斎藤さんか。そんなに良い人なら、会ってみたかったな。」
ノンノは緊張した空気に水を挿す様に暢気にそう言った。
「…事件についてだが、襲われたのは斎藤さんだけでなく俺もだ。ただ運よく、俺だけは生きている。」
「殺害方法はどういったものですか?」
ハカセはまるでシャーロックホームズのような雰囲気を出しながらそう言った。
「まあ、自殺や事故の可能性もあるのだか…殺害方法は後頭部を強打されたことによるものらしい。ちなみに俺も後頭部を強打されて、気を失っていた。」
「第一発見者は先生ですね?」
ハカセは少し考えてからそう言うと、先生は少し驚いてから言った。
「そうだ。よくわかったな。意識を取り戻してからすぐに、警察に連絡した。ちなみに、斎藤さんが倒れていたのが化学準備室で、俺が倒れていたのが化学室だ。」
「化学準備室から出ようとした時に襲われたといった感じですか?」
僕がそう聞くと、先生は首を縦に振ってから、話しを続けた。
「犯人についてはまだ分かっていない。その大きな原因は化学準備室が密室になっていたからだ。警察は密室のせいで他殺か自殺か事故なのかも決めかねていた。ただ、自殺や事故には不自然な点が多いから、他殺だろうというのが警察の見解だ。」
「密室ってどんなですか?」
ハルルンは身を前に乗り出して言った。
「簡単に言うと、化学準備室には元々窓はないんだが、その時はドアに鍵がかかっていたんだ。そして、その鍵が化学準備室の中に落ちてたってわけだ。鍵の予備はなく、鍵の予備を作ることはできない。ピッキングの形跡はなしといった感じだ。」
「鍵の予備を作れないというのは絶対ですか?」
ハカセは猟犬のような鋭い瞳で先生をじっと見た。
まるでその様子は先生が嘘を言わないか、じっと観察しているみたいだ。
「絶対というと嘘になるかもしれないな。でもまず不可能だな。第一に鍵本体は、必要な時以外は職員室にある金庫の中に入っているんだ。金庫には二種類の鍵がついていて俺と校長先生の二人が別々に持っている。簡単に持ち出すことはできない。」
「厳重過ぎる気がする。」
ぼそっと僕がそう言うと、先生は笑いながら話しを続けた。
「確かにそうだな。でも化学準備室には人を一瞬で殺せるようなものがたくさんあるから、厳重に保管しているんだ。俺も聞いた話だから本当かどうかはわからないが、昔は鍵をそのまま職員室に置いてあったらしい。でも二,三十年化学準備室から大量の危険物が盗難にあってな。それからはかなり厳重になって、現在では職員室の金庫の中にあるってなわけらしい。」
「そういえば、鍵ってどの辺りに落ちてたんですか?」
ノンノは思い出したようにそう言うと、先生は黒板まで移動して、気だるそうに黒板に図を書き始めた。
「鍵はないから部屋には入れないから、黒板で説明しようか。取りあえず、化学準備室の見取り図だ。部屋は正方形の六帖ぐらいだったかな。窓はなく、棚がドアに向かって手前側と右側と向かい側。つまりドアに向かって左側以外の所に棚がある。棚の高さはだいたい俺と同じぐらいだから、百八十センチぐらいだな。棚には、酸素や二酸化炭素みたいな気体から、塩酸、硫酸みたいな液体、アルミや銅などの固体までいろいろある。当然だか毒物や危険物は棚の中に置いてある金庫の中にちゃんと保管してあるぞ。この金庫の鍵は教頭先生が持っている。」
先生はそれだけ言うと、僕達を見渡した。
まるで質問はあるのかと聞いているみたいだ。
「事件の大まかな状態についてはわかりました。ただ一つわからない。なんで先生はその日の深夜に化学室…化学準備室に行ったんですか?」
ハカセは真っ直ぐに先生を見ながら言った。
「深夜に俺が学校にいたのはその日は宿直だったからだ。化学室に行ったのは見周りをしていたら、その部屋だけ明るかったからだ。」
「なるほど。では化学準備室の鍵は何で持ってたんですか?確か、化学準備室の鍵を手に入れるためには校長先生の持っている鍵も必要なんですよね?」
ハカセがそう言うと、先生はうんうんと首を縦に振ってから言った。
「確かにその通りだ。でもその日の宿直は俺と校長先生だったんだ。だから、事情を話して鍵を借りた。ただそれだけだ。」
ノンノは先生の答えに疑問を持ったのか、人差し指を唇に当てながら何かをじっと考えていたけど、僕の方を一瞬見てから、先生の方を向いて言った。
「先生は何で化学室に一人で見に行ったんですか?」
「それは、職員室に電話がかかってきたからだ。だから、俺一人で行くことになった。まあ、こんなことになるなんて思ってもみなかったからな。」
「その電話って誰からだったんですか?」
この電話が偶然だったのか気になってから、僕は先生に質問した。
「えっと、誰だったかな。確か、どこかの店からの苦情だったような気がするな。たぶん、お宅のとこの学生が問題を起こしたとか、営業の邪魔になるとか、そんな感じだろう。質問はこんなもんか?」
先生は再び見渡しながらそう言うと、ハルルンがびしっと手を挙げた。
「えっと。何?」
「はい。話だけではわからないので、中に入ってみたいです。」
びしっとハルルンが言うと、先生はため息をついた。
「やっぱりそうだよな。…わかった。十分か二十分ぐらい待っててくれ。鍵を取って来る。」
先生はそう言うと、諦めたように部屋を出て行った。
きっと職員室か、校長室にでも行くんだろう。
先生が出て行くと、僕達は小さな円を作って、内緒話でもするように、向かい合って座った。
「ハカセ、どう?」
「まだ何とも言えないな。特に変な発言はなかったけど、岡野先生が犯人っていう可能性もまだ十分にある。」
実は先生に話を聞く前からネットや新聞の情報から大まかなことを知っていた。
でも、あえて僕達はあの日に事件があったとしか言わなかった。
その理由は、ハカセが岡野先生は怪しいと言いだしたからだ。
何で怪しいのかは教えてくれなかったけど、ハカセは探りを入れたいということで、こんな感じになった。
まあ結局は無駄だった。
でも、いろいろ話を聞けたし、僕的には問題なしかな。
「ねえねえ、勝負しようよ。」
ハルルンは机を両手で叩きながら、言った。
「勝負?何を勝負するの?」
ノンノがそう言うと、ハルルンは笑いながら言った。
「それはもちろん。推理対決だよ。誰が最初に密室の謎を解けるかの勝負。面白いと思わない?」
「面白い。やろう。」
誰よりも早く反応したのは意外なことにハカセだった。
意外とハカセはこういう勝負事が好きなのかもしれない。
「楽しそうだけど、勝負がつかないときはどうするの?」
ノンノは控えめにそう言うと、ハルルンはぐっと拳を握って力強く答えた。
「もちろん、勝負がつくまで帰らない。夜になっても、朝になっても、勝負が終わるまで学校で生活するんだよ。」
「えー。そんな。」
ノンノの声には悲しみが含まれているのがよくわかった。
確かに僕もノンノと同じ考えだ。
十五年も未解決の事件を僕達が考えたって答えがでるはずがない。
まあ、みんな飽きたら終わりだろうけどさ。
「ノンノ、答えを見つければいいんだ。面白そうだし、やろうよ。」
「そうだね。シュウがそう言うなら、みんなで勝負しようかな。」
「じゃあ、決まり。勝負は今からだよ。準備はいい?よーい、どん。」
ここにハルルン主催の推理勝負が始まった。