未来その1:ドキドキ時々ズキズキ、のち未確認生物
さて、ここで何故日和がこんなファンタジーを手に入れたか順を追って説明しよう。
そのために、まずはじめに時間を日和が発光球を投げるちょうど2週間、俺たちがこの未来の世界にやってきた時まで遡ろう。
~二週間前~
歪んだ景色と意識がこれまた唐突に元に戻る。が、そこは明らかに室内。
「……ここ? 教会?」
辺りを見渡しながら呟く日和に習い、俺も周囲を観察する。
最初に目についたのは、自分たちの立っている場所よりすこし高い場所にある祭壇だ。金の装飾が施された二股の燭台が二つおかれていて火が灯っている。そして祭壇の後ろには金色の巨大な十字架があり日の光を反射し眩しく輝いている。所々に採光用と思しき窓があるがカーテンが見当たらない、そして足元には赤い絨毯、よく映画祭とかの中継で要人が歩くような赤絨毯に似たような感じだ。
視覚から得た情報を統括すると確かに日和がいったように教会と言われれば教会だ、と言えなくもない。その上で敢えて言うが、明らかにさっきまでいた公園ではない。
「ねぇ悠樹。このシンボル……見たことある?」
日和が祭壇に刻まれているシンボルを調べていた。
羽のついた杖に絡みつく二匹の蛇。なにかで見たことがあるような気がするんだが思い出せない。
「それはケーリュケイオン。伝令使の杖を意味する我が教団のシンボルにございます」
低い男性の声と共に背後にあった扉が開く。
「未来の世界へようこそお越しくださいました! 歓迎いたします、メシア様と英雄殿」
シンボルと同じ形の蛇が二匹絡みついた杖を持ち、赤いマントを羽織った初老の男性が入ってくる。
男は俺たちの前まで歩いてくると最初に日和を、次に俺を観察するように見ると顔を緩ませ深々と頭を下げた。その姿を見てから。
「はぁ! 未来の世界だ!?」
男の行動には何の関係も無い、未来(仮)に来てからの俺の第一声が響いた。
「ええ、お二人にも解り易いように『西暦』で表現しますと4024年……になりますかな」
俺の叫びと心境など意にも介さない、とばかりに立つ淡々と続ける。
「メシア様と英雄殿にここに来ていただいたのは他でもありません。この世界を救っていただきたいのです」
「おいおい……新興宗教かなんかか? おっさん、いい年なんだからファンタジーも程々にしてくれよ……もしかして誘拐? 目的はなんだ? まぁ確かに金が目当てなら日和を誘拐したのは正解だが……俺のほうは不正解だぞ。 ああ、そうか。新興宗教だから信仰とか教徒が足りないんだな? そういうのはお金で買えませんから欲しいんだったら街角でキャッチセールス紛いか人さらい的な行動してください。もれなく警察屋さんがついてきますから!」
舌が人生で最速、フルスロットルする。相当な早口でしゃべっているのに一度もかまない。
「もしかして悠樹……混乱してる?」
「ええ、テンパってますよ! 突然こんな教会みたいなところに連れてこられて、やれ未来だ、メシアだ英雄だ……なんて言われたら混乱するだろうに! 言ってることが珍妙奇天烈すぎて脳の処理がおっついてませんよ! なんですか! 俺の脳味噌をデッドロックする気ですか!?」
図星の一言に人生最速のフルスロットルその2。正直言ってもう自分が何を言っているのかわからない。果たしてちゃんと意味の通った文章になっているかどうかも怪しい。だけど、突然こんなところに連れてこられて混乱しないという奴がいればそいつこそ普通じゃない。
「……悠樹、悪い癖。ちょっと落ち着いて!」
怒声に近い日和の声とともに なにやら鈍い音が鳩尾のあたりで聞こえた。そして少しの間をおいて衝撃が襲う。
……日和の右拳が体内に侵入ているんじゃないかと錯覚するほどめり込んでいた。
「ハイ、深呼吸」
「イヤ……ムリ」
日和のモーションに合わせ深く息を吸うと鈍痛が走る、いや走るっていうよりも歩くと表現したい、それも牛の歩みのように鈍く重い。
「落ち着いた?」
「……落ち着くより先に意識が飛んでいくような気がする」
「焦って熱くなったら相手の思うつぼ。こういうときは冷静に冷静に、ね? ここは私に任せて」
「この状況で俺が何か出来ると思ってるのが不思議……」
「ちょっと手ごたえが良かったな~と思ったけどそこまで何か言えれば大丈夫だね」
「顔が青いのですが……本当に大丈夫なんですか?」
「はい、慣れっこですから」
慣れてないから、と突っ込みたいところではあったが声が出ないので大人しく沈黙。
「悠樹の件は置いておくとして、貴方が言っている事は本当なんですか?」
男へと振りか向きながら日和は問う。その声には少し威圧のようなものを感じる。
「はい、すべて本当です。嘘偽りはございません」
「『それを証明しろ』と言ったら今すぐに出来ますか?」
「……少々難しいのですが」
「『簡単』か『難しい』かを聞いてるんじゃありません。『出来る』か『出来ないか』を聞いているんです」
「な、何を持って証明をすればいいのでしょうか……」
「そんなのは貴方に任せます。もし、出来ないのであれば私たちは貴方に対し一切の協力を行いません。いざとなればここで命を絶ちます」
そう言うと日和は制服のポケットから刃物を取り出し首元に近づけた。
「え、日和……まじで?」
「もちろん本気だよ? 仮にあの人の言ってることが本当だとすれば、私たちがここで死んだら世界は滅びる。逆にただの誘拐・人攫いだとすれば私たちが死んだ時点で価値は無くなるでしょ? どっちにしろあいつにとって事態は好転しない……」
「た、確かにそうだけど……俺も道連れ?」
「うん、一緒に死んでね」
最上の微笑みと共に刃物を俺の喉元に近づける日和。
動脈付近に刃が触れ、ゾッと何かイヤ~な寒気が背中を走る。
「と、言うわけで私たちの意志はこんな感じですが、どうしますか?」
「ちょ、ちょ日和! マジで? 本気? 俺を殺すの?」
「あの人の出方次第ではそうなるね。大丈夫、私もすぐ行くから」
顔は笑っているが目は笑っていない。本気だ。
「お、おっさん! 早く! なんとかして! 俺の命がマジでヤバいから!!」
「わ、わかりました。少々お待ちください……」
そう言うと男はゆっくりと歩き退室する。それを確認してやっと日和は刃を離した。
「……死ぬかと思った。違う、殺されるかと思った」
「ペーパーナイフじゃ切れないから大丈夫だって。本気にした?」
そういうと刃部分を手の平に当て勢いよく引いた。
「……キレてないっすよ?」
「悠樹と心中っていうのもいいけど、やっぱり死ぬのは嫌だからね。ほら、死んだらその先無くなっちゃうし、勿体ないから」
「お前、そんなこと言う奴だったっけ?」
「私だって頭がこんがらがってるのよ。悠樹が言ったようにいきなり未来だ、世界だ、なんて言われて平静を保てるほうが普通じゃないわよ」
自分が前例であるだけ確かにその通りだと思う。しかし、だ。
「痛い……なんか呼吸難しいんですが」
死の危険が去った途端、急に鳩尾の辺りがまた痛み始めこれまたイヤ~な感じが胃の中をぐるぐるしている。
「大丈夫? どうしたの?」
「お前が殴ったんだよ!!」
「あ、そう言えばそうだったね。まぁまぁ良くあることじゃない」
「良くないし! というかあってたまるか!」
「う~ん? キスしたら痛くなくなる?」
「……お前、本当に頭大丈夫か?」
さらっと爆弾発言したような気がするがそんなことなどどこ吹く風、俺の顔を包み込むように両手で支える日和。
「……いや、ちょ、ま。日和さん! 正気ですか?」
「大丈夫……私に任せて……」
そう言うと日和は少しづつ顔を近づけてくる。
可愛い、というよりは美人といった方が良い顔の上ですこし潤んだ黒い瞳が日和が緊張している事を物語っている。一方の俺も心臓が高鳴り徐々に速さを増していく、正直言って心臓が飛び出しそうだ。
「ま、待ってって!!」
「何を?」
「いや、確かに日和は美人だし俺だって綺麗だと思うぞ!? でも、こういうのって恋人がするもんだろ!」
「……イヤ?」
日和の目が緊張から悲しみの色に変わる。
「だ、だからこういうのは好きな人とやれ! って言ってんの!」
「いいから、目をつぶって?」
もう、儘よ。と目を閉じる。後は野となれ山となれ。
・・・
静寂の中俺の心臓の音がヤケに大きく聞こえる
・・・・・・
顎のあたりに当たる日和の手の感触がむやみやたらに柔らかくて気持ちいい
・・・・・・・・・
にしても長すぎないか? と思った矢先
ゴスン!
静寂を破る鈍い音。先刻鳩尾の辺りで響いた音とはまた違った鈍い音だった。
「いって~……なにすんだよ……」
「頭突き。ほら、更に痛い衝撃が来るとそれより弱い痛みって忘れるじゃない? だから悪戯と趣味と実益を兼ねて頭突きしてみた!」
確かに痛みは頭の方が気になるが根本的な解決になってない気がする。
「お前な~、俺のドキドキどうしてくれるんだ!」
頭をさする。そして日和をにらむ……と、何故か日和は泣いていた。
「痛いならやるなってのに……」
「違う……怖いの」
「は?」
日和は肩を震わせながら泣いていた。
「さっきは強がってたけど、突然訳のわからないこといろいろ言われて……もう、何が何だかわからなくて怖いの!」
声が震えていた。何か張り詰めていたものが切れたようか、今の日和からは先程までの元気と威勢が消えていた。まるで迷子の子供のように不安にすべてを支配されている、そんな雰囲気だ。
「ねぇ、悠樹……これからどうなるの?」
すがるような眼で俺を見る日和。
「わかんねぇ……でも、どうにかなるさ」
何の確証もないのでそれしか言えなかった。なんというか我ながら情けない。
「……本当?」
「今までとは状況は違うけどさ、なんとかならないことなんてないんじゃないか? ほら、俺が全然やってない夏休みの宿題を最終日に気付いてもなんとかなるだろう?」
「それは、いつも私がなんとかしてた……から」
「……じゃあ今度は俺がなんとかしてやる! だから泣きやめ!!」
「本当? っ本当に?」
「頼りないけど……少しくらいは期待に添えるように頑張る」
「そこは嘘でも『俺を信じろ』とか言おうよ」
小さな笑い声を含んだ日和のダメ出しが飛んでくる。少しは持ち直したらしい。
「残念ながらお前にだけは嘘をつけなくてね。100%どうにかなる、とは言い切れないから努力だけするってことで許してくれ」
「……仕方ないな、これで許してあげる!」
そう言うと、日和は涙を拭き俺へと体当たりするように抱きつく。
「信じてるよ、悠樹。」
「あ、あの~。お二方……よろしいでしょうか?」
「な! あんたいつの間に!?」
突然の声に半ば引きはがすように離れる。
気がつくとさっきの男が戻ってきていた。
「結構前からでしたが……お邪魔でしたか?」
「ぜ、全然。で、証拠は持ってきたんですか?」
日和が答えるが呂律がうまく回っていない。凄味も何もあったもんじゃない。その姿は親に隠していたテストを見つけられた小学生を彷彿とさせた。
「お待たせしました。証拠……となるかわかりませんがお持ちしました」
そう言った男の後ろには透明なカプセルを乗せた荷台があった。
「ご覧ください……これが私たち人間の生存を脅かしている、世界を滅亡へと追い込んでいる者たちです」
「おいおい……マジかよ」
冷や汗が頬を流れる。
敢えて例えるなら、真っ暗な部屋でお経をバックにとびきりの怪談を聞かされているような……そんな戦慄が、カプセルの中身を見た瞬間に走った。
カプセルの中に入っていたのは見たことのない生き物だった。
体の大きさとか四肢があるという基本構造自体は人間と同じだが、明らかに翼のようなものが背中から生え、両腕が禍々しい槍のような形をしている。
まるでゲームに出てくるモンスターのような、そんな感じだ。
「なにこれ……生き物なの?」
「少なくとも数日前までは生きていた、そういう意味では『生き物』でした。恐らく貴方達の過ごしていた時代には存在していなかった、と思い証拠としてお持ちいたしました」
生きていた……これは模型とか、人間の死体に後付けされたものでは無い、という事……つまり、現実。
「なんなんだよ……これ」
「世界滅亡の原因の一つ、魔獣です」
―――――魔獣
男が呟いたその単語だけが、いつまでも俺の頭の中で響き続けていた。
一カ月以上ぶりでした。
世間は就活とか卒業論文で忙しい中俺も巻き込まれましたよええ。
というわけで稚拙ですが更新かけました~
これからうまくいきますように・・・