その2:さよなら日常
「あ、ここにしよう悠樹」
コンビニ袋を持ちながら日和が指さしたの公園だった。公園とは言うが遊具は無く、あずまやと小さなベンチがあるだけの、寧ろ休憩所みたいな場所だ。
俺はあずまやの前まで行き自転車を止める。
「あ、蝉」
袋をあさりながら日和は呟く。
ミーンミンミンミンミンミー…ン
柱に止まり蝉が鳴いている。近い分余計煩い。
「はい、アイス」
日和はあんまり気にしていない様子だ。大らかというか、なんと言うか……
そんなことを思いつつ受けとる。受け取った袋には『ガルガルくん』と銘打ってあり火をふきながらアイスをもつ怪獣の絵が描かれていた。このアイスを買うたびに思うんだが、冷たいのが売りのアイスなのに怪獣に火という組み合わせはどうかと思う、ちょっと暑苦しい。と、そんなことを考えつ袋を開けると中には薄い青色の棒付きアイスが一本。袋とは正反対に実に涼しげな色だ。
アイスに齧りつくと、ガリっと言う氷をかみ砕く音ともにキンとした冷たさとソーダ味の甘みが口に広がった。
「うまい!」
もう一口齧り味わいながら咀嚼する。ソーダ味の氷をかみ砕く度に冷たさが体にしみわたる。
暑い中で食べるアイスというのは何故こんなにうまいのだろうか。成人男性の暑さの中の楽しみが冷えたビールならば、俺たち未成年にとってはこのアイスが暑さの中の楽しみだと俺は思う。
「おいしいね~」
日和が口に運んでいるのは少し高めのカップ入りラクトアイスだ。箱入りアイスの棚に並んでいる単品もののアイスだ。あの高級感溢れるブランドもの(?)のアイスをパクパクと軽快に食べている。
「お前のそれ邪道!」
ビシッという効果音が聞こえそうなほどに力強く日和を指さす。
「え~なんで?」
「いいか! 世間一般の高校生ってのは金がないんだ! 質より量! これが鉄則! 見ろよ、このガルガルくん(ソーダ味)のコストパフォーマンスを! こんなに大きくて60円だ! 対するお前のハーゲンダッチョはどうだ? そんな手に収まるくらいの小ささで400円だと……って言うか高いの食うならもっと味わってくえ!」
「だって溶けるじゃん」
「だっても脱兎もダディもねぇ! お前敵だ! 全国の高校生に謝れ」
「もしかして、食べたいの?」
「……はい、そうです、すいませんでした」
「せっかく奢ってあげるんだから遠慮しなきゃいいのに」
「いや、ほらあれですよ。小心者なのでなるだけ安く済ませよう済ませようという変な遠慮が体に染み付いてしまってですね……」
「はぁ、幼馴染なんだから遠慮なんていいのに……ほら、あ~ん」
そういいながら顔に接近してくるアイス……と、日和。何故顔まで近付ける!
「やっぱいい!」
3歩ほどバックステップ。全力で、それこそ脱兎のごとく。
「食べたいって言ったよね?」
それを追いかけるようにズズイと間を詰めてくる日和。目にはやや怒りの色が見える。
いくらなんでも間接キスとか考えてしまう訳でさすがに恥ずかしい、というか照れる。
「変なの・・・・・あ、そういえば悠樹、進路決めた?」
俺の気持ちはどこ行く風、という感じに唐突に話題変更。日和が取りだしたのは進路調査票だった。……おかげ様で一気に熱が覚めました。
俺は『あ~』と、言葉を濁しながら空を見る。いつもと変わらぬ青さが広がっていた。
高校三年生の6月。普通なら志望校を決め、合格を目指し必死に勉強している時期のはずだ……が。
「決めてない」
なんというか今まで流されて生きてきたせいか、俺には主体性というものが欠けているらしく、何が勉強したいのか、何になりたいのかが明確に無い。
だから進路希望も真っ白。今日も担任に呼ばれて説教を受けてきたわけで……
「そういう日和はどう何だよ? 人のこと言うってことは決まったんだよな?」
「もちろん決まってません!」
胸を張り、元気よく答える。はいはい、大きい大きいそこまで強調しなくていいから、と突っ込みを入れながら、それもそうだと納得する。日和も日和で一緒に同じ要件で担任から説教を受けてたし。
「お前の学力ならいいとこ行けるだろ。なんだって決めないんだよ」
「悠樹が決めたら決めるよ。同じとこ行く」
「はぁ? なにそれ? じゃあ俺が東大行くって言ったら東大受けんのかよ」
「私は受かるかもしれないけど悠樹は無理でしょ」
「うっせ! 無理じゃないし! やっぱ俺って不可能を可能に! って言ってやるし!」
「出来るもんならやってみろ~」
「ていうか、なんで俺と同じとこだよ」
素直に疑問。なんにも得は無いような気がする。
「いや、まぁそれはね……」
日和は立ちあがり俺に背を向けた。
「秘密!」
「はぁ……まぁ俺が単位落としそうになった時に助けてくれるような人がいれば確かに楽だけどよ……」
「ふふふ、でしょでしょ! だから早く決めてね!」
そう言うと日和はくるっと振りかえり満面の笑みを浮かべる。夕焼けを背景にしたその姿はまるで絵画のように美しく、どこか幻想的だった。
なんでだろう、今しか見ることが出来ないのが勿体ない気がする。けど、その反面この光景を見ることができるのが自分だけということが同じくらい……なんでもない。
―――――英雄様
脳内に声が響く。
「え? 日和なんか言ったか?」
「キャーーー!」
日和の悲鳴が響く。
「日和?」
日和の体が光に包まれ苦しんでいた。
その異様な光景に俺は咄嗟に日和の腕を掴んだ。
――――百戦錬磨の英雄
さっきと同じ声、男とも女ともとれない声が頭に響く。それと同時に痺れと痛みが体を駆け巡った。まるで電気が体を流れたかの様な感覚に一瞬気が遠のいた。
「なんだよ、これ」
周りの景色がぐにゃぐにゃに歪んでいき、体のいろんな感覚が奪われ自由が利かなくなっていく。
「ゆう……き」
日和の弱い声が聞こえた。日和の方を向いた瞬間、世界から色が消え全てが歪んだ世界に飲み込まれた。
もう、蝉の声は聞こえなかった
というわけで前座終了。
小説って難しいと思いつつとても勉強になります。