その1:これがメシア様と英雄様の日常
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いつもなんとなく過ごしてた日々
でも、意外とそれらの日々は綱渡りのように危うく、砂のお城のように崩れやすい。
だから、人は言う。
「失ってみて初めて幸せの意味を知る」
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ミーンミンミンミンミンミー…ン
ミンミンゼミの耳障りな泣き声が暑さに拍車をかける。なんだって夏の蝉っていうのはこう鬱陶しいのかと毎年思う。もう少し涼しさを感じれるような声は出せないのかと正座させて説教してやりたいくらいだ。
「暑い……」
果たして俺はこの単語を今日一日で何度口にしただろうか。……数えたくもない。そしてふと考える。もし、この日本に「暑いと口にしたら罰金」という法律があったらそれはそれは大変なことになるんじゃないかと。下手するとそれだけで日本の借金は清算できてしまうんじゃないだろうか。
日本国民一人当たりの借金は約900万。何かの本で「罰金は一万円以上」と読んだ記憶があるから、900回言えば完済できる計算だ。ひと夏で900回。一日30回口にすれば一カ月で余裕で達成できる計算だから決して非現実的とはいえない、……絶対暴動が起きるな。
と、不毛なことを考えてやめた。ただでさえダルく帰り道がさらにダルく感じてしまう。
無駄な思考を終え、目の前に続く道を落胆しながら見る。なだらかな上り坂が目測500mくらい続いている。うちの両親と学校は何故こんな苦行を俺に強いるのか……と、恨みを込めつつ自転車を漕ぐ。しかしさすが坂道、漕ぐ力の割に自転車は思ったように進まない。無駄に体温が上がり汗がダラダラと滝のように流れる。
坂の途中、電光掲示板の気温表示が目に入る。
―――――37℃
本当に6月の気温なのかと一瞬目を疑う。そして今こそこの言葉を残そう。
「冬、まじ最強!」
叫ぶ。
わかっている。冬になったら『夏、マジ最強!』と言うことはわかっている、そしてそれがどんなにバカっぽいことかも。しかし、だからこそ言いたくなる。
「早く来い! 冬!」
太陽に向かって叫ぶ、まだ夏すら来ていないのに。
傍から見ればアホだ。いや、傍から見なくてもアホのやることだ。だけど叫ばずにはいられない、人間って言うのは自由な生き物なんだからそれくらい許して欲しいところだ。
「な~にバカなこと言ってるの~?」
左後ろを走っている車から声がして追い越していく。よくCMで目にする最高燃費が38km/lのエコカーだ。銀色の車体が太陽の光を反射して一瞬目に当たる。……超眩しい。
車はハザードランプを付け、俺の前で止まった。そして一人の女性が降りてきて涼しげな顔で一言。
「暑そうだね~悠樹~」
春永悠樹。俺の名前だ。
県内で二番目の進学校の高校に通い、日々をただ面白おかしく過ごし、時に泣き時に笑うどこにでもいる普通の男子高校生だ。自分で言うのもなんだが中肉中背、顔も中の中、特筆すべき特技も無し。寧ろ至って普通というのが自慢だ。
……そんな俺が一つだけ普通じゃないところがあるというなら。
「日和……そう思うんだった乗せろ!」
それは目の前の美少女だ。
彼女の名前は深山日和。俺のはす向かいに住む同級生。いわゆる幼馴染……というか腐れ縁だ。
バランスのとれた輪郭に丸い二重の瞳、実に整った顔立ちだ。そして手入れの行きとどいた長い黒髪は白いカチューシャと白を基調とした夏用のセーラー服と相まって清楚なイメージを確立させている。と、清楚なイメージの割にプロポーションは良く、出ているところ、おもに胸とかは出ていて凹むところ……つまりはウエストは凹んでいる。
彼女のスペックを少し紹介するならば……
・陸上大会で未だ破られていない長距離走の記録保持者
・一学年300人程の高校で常に上位の頭脳
・美声。驚くほどに。優しく滑らかな口調でヒーリングボイスとまで言われている
ええ、あれですよ。世に言うパーフェクトビューティーってやつですよ。
そんな奴を放っておく男など居るはずもなく、噂によると告白の雨嵐らしい……
なんだってそんな奴が俺の近くにいるのか……こいつのせいで世の中の女性のほとんどが普通如何に見える。俺に彼女が出来ないのはきっと日和のせいだ! そうだ! そうにきまっている。
と、少し恨めしい視線を送りつつ回答を待つ。
「……不許可!」
ちょっと勿体ぶって結局乗せてくれないそうだ。世の中世知辛い……
「何故だ! why! 理由を明確に! 簡潔に述べろ!」
「コンビニ寄りたいからここで降りる」
即答、そして驚くほど明確で簡潔だ。返す言葉も無い。
「じゃあ兄さん、そいうことでよろしく」
日和は車に向かって手を振る。そして車はハザードランプを消しゆっくりと発進する。
日和に習い俺も手を振る。
――――さよなら、俺のサンクチュアリ……果てなき遠き理想郷よ……
最初から期待はしていなかったが、少しは落胆しつつ自転車のハンドルに手を戻しペダルを踏む。
「じゃあ日和。俺帰るから・・・・・あれ?」
思った以上に進まない。坂道とかそういうのを除いて普通に重い。
明らかな異常事態にパンクを疑った俺は後ろを向く。
「じゃあ運転手さん、よろしく~」
そこには荷台に座り、これまた今日の日差しとはちょっと違った明るい顔をした日和の姿があった。
「あっるぇ~?」
「なに不思議そうな顔してんの? ほら、しゅぱ~つ」
「……解せん」
おかしい、乗せろと言ったのは俺のはずなのに乗っているのは日和の方……これ如何に。
「なんで車じゃないんだ?」
「いや~、青春だね~」
「うるさい、だまれ荷物! 質問に答えろ!」
「自転車には乗りたい、でも自分では漕ぎたくない。以上」
すごい理屈だ。絶対俺以外には通らない。
「この暑い中なんで余計なものを乗せて俺は走らなきゃならんのだ?」
「ここ、私の特等席」
いつの間に俺の自転車の荷台は日和の特等席になったのだろう?
「なにそれ初耳」
「そりゃあ今初めて言ったし」
そうですよね。と、問答するのもめんどくさくなり前を向く。
坂道はようやっと半分ほどまで登ってきたところ、近くのコンビニまでは坂を上り切り少し下ったところだ。
一度深く深呼吸しハンドルを強く握る。
「……アイスでも奢れよ」
「もちろん! ほ~ら早くいけ~♪」
フン、という鼻息とともに今日一番の力でペダルを踏むとゆっくりと自転車は動きだし徐々に加速していく。
「お、さっすが男の子~がんばれ~!」
後ろからは日和の黄色い声援が聞こえる。俺は少し調子に乗って更にペダルを踏む。
自転車は風を切り始め、少しだけ涼しい風が頬をなでる。
いつも日和の言うとおりにしてしまうのが通例。大人びたのは外見だけでそういう中身のところは子供のままでなかなか変わらない。
いままでずっと続いてきたこの関係が正直言って何よりも楽だった。
「結局、俺も楽しいんだよ!」
本当は不満なんて無い、こうして何気ない日常を過ごすだけで十分だった。
「私も楽し~い!」
きっと日和もそうなんだと、そうあってくれると嬉しいと思う。
こんな日々がずっと続けばいいと、そんなことを考えながら俺は自転車をこぎ続けた。
ミンミンゼミがすこしだけうるさく鳴いていた
以上、一話目でした。
閲覧いただきありがとうございました。次回も読んでいただけると大変うれしいです!!
しかし・・・・キャラ紹介レベル。石投げるといい!