06話 ウォルター王子のその後
私はジョエル様と結婚して、幸せな日々を過ごしていました。
そんなある日のこと。
「そうそう、ご病気だったウォルター殿下が快癒されたよ」
ウォルター王子殿下について、ジョエル様が教えてくださいました。
「謹慎が解けたのですね」
ウォルター殿下は表向きは病気療養でしたが、実際には謹慎でした。
「ローラ、殿下は病気療養だったことを忘れずにね」
「心得ております」
苦笑なさったジョエル様に、私は得たりと頷きました。
「病み上がりのウォルター殿下は、田舎の離宮で静養なさることに決まった」
「幽閉ですか?」
「いや、本当に静養だよ。アグネス嬢が消えた後、殿下は意気消沈なさって、すっかり元気をなくしてしまわれたんだ」
「まあ……」
その当時の私は、まだアグネスさんやグレゴール様の正体については知らされていませんでした。
ですが、噂好きで、勘ぐることが大好きなメイドのキャッサが、色々な推測を私に話してくれていたので、私も何となく察することができました。
(アグネスさんはやはり色仕掛けでウォルター殿下を籠絡しようとした工作員よね。だって男爵家のご令嬢だったはずなのに消えてしまったんですもの)
王子と不謹慎な仲になったとはいえ、男爵令嬢が忽然と消えてしまうというのはおかしな話です。
しかも男爵まで消えてしまい、ひっそりと当主も交代しました。
「ウォルター殿下はもう田舎に旅立たれたのですか?」
「まだ王宮にいるよ」
「ウォルター殿下とお話できないでしょうか」
私がそう言うと、ジョエル様は少し微妙に眉を歪めました。
ウォルター殿下は私の元婚約者なので、何か誤解をなさったのでしょうか。
「ウォルター殿下のことは、もう何とも思っていないので誤解なさらないでね。私はただアグネスさんの手口に興味があって、それを殿下にお聞きしたいの」
私はジョエル様に誤解されないように説明しました。
ウォルター殿下が気になるのではなく、アグネスさんの手口に興味があることを。
「アグネスさんは私に虐められていると嘘をついて、ウォルター殿下に相談を持ち掛けて二人きりになったんじゃないかって、メイドがそう推理しているのです。本当のところはどうだったのか、気になってしまって……」
「大体その想像通りだと思うよ」
「どうしてアグネスさんの簡単な嘘に騙されてしまったのか気になるんです。私は何もしていなかったのに、アグネスさんの言葉だけで、ウォルター殿下がどうして急に私のことを憎むようになったのか。アグネスさんが一体どんな魔法の言葉を使ったのか」
◆
私はウォルター殿下とお話する機会を得ることができました。
ジョエル様が私に付き添ってくださいました。
「ウォルター殿下、お久しゅうございます」
王宮の一室で、私はウォルター殿下にお会いしました。
私が夫のジョエル様を紹介すると、何の感慨もなさそうにウォルター殿下は言いました。
「ああ、結婚したのか」
「はい」
ウォルター殿下は学生時代とは随分と顔つきが変わっていました。
やつれているといえば、そのとおりなのですが。
何かひどく無気力で、魂の大半が抜け落ちているような違和感がありました。
「ウォルター殿下、お聞きしたいことがあるのです」
私はウォルター殿下に質問をしました。
「どうしてアグネスさんを信じたのですか?」
「アグネスは、ローラに虐められていると、私にそう相談してきた」
「彼女は私のことを何と?」
「それは君に言った通りだ。君がアグネスを睨みつけてくると……」
「私に確認もとらず、どうしてアグネスさんの感情的な言葉を受け入れたのですか? アグネスさんが魅力的だったからですか?」
「……」
ウォルター殿下は考えるような顔をして沈黙しました。
そして脈絡のないことを語り始めました。
「あの日は、暑かった」
「……?」
「アグネスは、ローラのことで困っているから助けて欲しいと、私に相談をもちかけてきた。他人に聞かれたくない相談だからと、アグネスは私を講堂の裏へ連れて行った」
学院の講堂のことですね。
講堂は、学院の生徒全員が集まったり、行事に使われたりする建物ですが、ふだんは人気があまりない場所です。
「昼休みだった。校舎から出ると太陽が眩しくてうんざりしたが、アグネスの頼みを引き受けてしまったから、一緒に行ってやった」
「嫌だったのに行ったのですか?」
「断るのが面倒だった。暑かったからな」
「それで、嫌々行って、美人のアグネスさんと二人きりになったら絆されてしまったのですか?」
「アグネスは美人だったのか?」
「美人だったと思います」
「どんな形だったかは思い出せないな……。あのときは太陽が眩しかったから」
ウォルター殿下は目を伏せて、記憶を見つめるようにして言いました。
「だが、まあ、アグネスの形はどうでも良いことだ。アグネスの話を聞いてやったんだが、話の途中でアグネスが泣き出してしまった」
「アグネスさんが泣き出したから、アグネスさんの話を信じて、私を悪者にしたのですか?」
「いや違う。別にアグネスのせいではない。あれは関係ない」
「ではどうして?」
「そうだな。しいて言えば……」
ウォルター殿下は茫洋とした眼差しで虚空を見つめながら言いました。
「それは太陽のせいだ」
◆
ウォルター殿下の正気が疑わしい状態でしたので、結局、アグネスさんの手口は解りませんでした。
ウォルター殿下は太陽のせいだとおっしゃいましたが、アグネスさんが太陽を操れたわけではありませんものね。
手口は謎のままです。
それとも太陽とは何かの暗号だったのでしょうか。
謎を残したまま……。
ウォルター王子殿下は、静養のために田舎に向かわれました。




