02話 隣国の公爵令息
グレゴール様は隣国のシェルベ公爵のご令息で、我が国の王立貴族学院に留学しているお方です。
勤勉で真面目で成績優秀で、そのうえ容姿も優れていらっしゃいます。
私は学院の図書室でグレゴール様と何度か顔を合わせるうちに親しくなり、世間話をする仲になりました。
「ウォルター殿下が何やらすごい剣幕でしたが……。ローラ嬢、大丈夫でしたか?」
グレゴール様は私を気遣ってくださいました。
グレゴール様の優しさに、私の心は温かくなりました。
「ええ、大丈夫です。いつものことです。慣れていますわ」
「いつも? ウォルター殿下はいつも、ローラ嬢にあのようにきつく当たられるのですか?」
「ええ、まあ……」
「それは、さぞお辛いでしょう」
「……私たちの婚約は政略ですので。気持ちがないのは仕方のないことです」
私が自嘲気味にそう言って流すと、グレゴール様は悲しそうなお顔をなさいました。
「ローラ嬢、無理をしなくても良いのですよ」
「……別に、無理は……」
「あのような扱いをうけて平気なわけがありません。婚約者の女性をエスコートするのは当然のことなのに、それを……。婚約者を放り出して、堂々と別の女性を連れているなんて……。男の風上にもおけない」
グレゴール様は、ウォルター王子の行動に憤慨してくださいました。
そのお気持ちが嬉しく、私は溜飲が下がる思いでした。
「ローラ嬢、私でよければいつでもお話を聞きます。もしお辛ければ、私を頼ってください。それで少しでもローラ嬢の助けになれれば嬉しい」
「グレゴール様……。ありがとうございます……」
「ウォルター殿下は、ローラ嬢と婚約できるという幸運に恵まれていながら、あのような女にうつつを抜かすとは、まったく……。ウォルター殿下はどうかしています」
グレゴール様はそう言い、少し寂しそうなお顔で微笑しました。
「私なら、ローラ嬢を悲しませたりしないのに……」
「え……」
グレゴール様は切ない表情で私を見つめました。
私の心臓が跳ねました。
「……」
私が言葉を失っていると、グレゴール様はばつが悪そうに眼を逸らしました。
「すみません。今のは忘れてください……」
「……」
「そうだ、今度一緒に気晴らしなどいかがですか? 嫌なことがあったら、気晴らしをするに限る」
「そ、そうですね。気晴らしに何かするというのは、良いかもしれません」
私は内心でドキドキしながら、ありきたりな受け答えをしました。
「ローラ嬢、音楽はお好きですか?」
「ええ、好きです」
「ノース伯爵の音楽サロンに招待されているのですが、よろしければご一緒にいかがですか」
ノース伯爵は音楽に造詣が深いことで有名なお方です。
「ぜひご一緒したいです」
ウォルター殿下は、アグネスさんと自由に出歩いているのですもの。
私だって気晴らしに、少しくらい自由にしても良いですよね?
「素敵なお誘いをありがとうございます」
◆
(グレゴール様が婚約者だったら良かったのに……)
ウォルター殿下に糾弾されたときは、げんなりして、憂鬱になりましたが。
お優しいグレゴール様とお話しして、私は癒されました。
グレゴール様のおかげですっかり温かい気持ちになっていた私ですが。
そんな私の心に、付き添いのメイドのキャッサは、冷や水をかけました。
「お嬢様、あの男はいけません」
帰りの馬車に乗り込むとすぐに、付き添いのメイドのキャッサが私に言いました。
「え? 誰のこと?」
私がそう問うと、キャッサはベテランのメイドらしい無表情で言いました。
「王子殿下の後に話しかけてきた、あの……虫みたいな名前の男です」
「グレゴール様?」
「そう、その男です」




