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メイドの忠告と虫の名前  作者: 柚屋志宇
第1章 メイドの忠告

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02話 隣国の公爵令息

 グレゴール様は隣国のシェルベ公爵のご令息で、我が国の王立貴族学院に留学しているお方です。

 勤勉で真面目で成績優秀で、そのうえ容姿も優れていらっしゃいます。


 私は学院の図書室でグレゴール様と何度か顔を合わせるうちに親しくなり、世間話をする仲になりました。


「ウォルター殿下が何やらすごい剣幕でしたが……。ローラ嬢、大丈夫でしたか?」


 グレゴール様は私を気遣ってくださいました。

 グレゴール様の優しさに、私の心は温かくなりました。


「ええ、大丈夫です。いつものことです。慣れていますわ」

「いつも? ウォルター殿下はいつも、ローラ嬢にあのようにきつく当たられるのですか?」

「ええ、まあ……」

「それは、さぞお辛いでしょう」

「……私たちの婚約は政略ですので。気持ちがないのは仕方のないことです」


 私が自嘲気味にそう言って流すと、グレゴール様は悲しそうなお顔をなさいました。


「ローラ嬢、無理をしなくても良いのですよ」

「……別に、無理は……」

「あのような扱いをうけて平気なわけがありません。婚約者の女性をエスコートするのは当然のことなのに、それを……。婚約者を放り出して、堂々と別の女性を連れているなんて……。男の風上にもおけない」


 グレゴール様は、ウォルター王子の行動に憤慨してくださいました。

 そのお気持ちが嬉しく、私は溜飲が下がる思いでした。


「ローラ嬢、私でよければいつでもお話を聞きます。もしお辛ければ、私を頼ってください。それで少しでもローラ嬢の助けになれれば嬉しい」

「グレゴール様……。ありがとうございます……」

「ウォルター殿下は、ローラ嬢と婚約できるという幸運に恵まれていながら、あのような女にうつつを抜かすとは、まったく……。ウォルター殿下はどうかしています」


 グレゴール様はそう言い、少し寂しそうなお顔で微笑しました。


「私なら、ローラ嬢を悲しませたりしないのに……」

「え……」


 グレゴール様は切ない表情で私を見つめました。

 私の心臓が跳ねました。


「……」


 私が言葉を失っていると、グレゴール様はばつが悪そうに眼を逸らしました。


「すみません。今のは忘れてください……」

「……」


「そうだ、今度一緒に気晴らしなどいかがですか? 嫌なことがあったら、気晴らしをするに限る」

「そ、そうですね。気晴らしに何かするというのは、良いかもしれません」


 私は内心でドキドキしながら、ありきたりな受け答えをしました。


「ローラ嬢、音楽はお好きですか?」

「ええ、好きです」

「ノース伯爵の音楽サロンに招待されているのですが、よろしければご一緒にいかがですか」


 ノース伯爵は音楽に造詣が深いことで有名なお方です。


「ぜひご一緒したいです」


 ウォルター殿下は、アグネスさんと自由に出歩いているのですもの。

 私だって気晴らしに、少しくらい自由にしても良いですよね?


「素敵なお誘いをありがとうございます」



 ◆



(グレゴール様が婚約者だったら良かったのに……)


 ウォルター殿下に糾弾されたときは、げんなりして、憂鬱になりましたが。

 お優しいグレゴール様とお話しして、私は癒されました。


 グレゴール様のおかげですっかり温かい気持ちになっていた私ですが。

 そんな私の心に、付き添いのメイドのキャッサは、冷や水をかけました。


「お嬢様、あの男はいけません」


 帰りの馬車に乗り込むとすぐに、付き添いのメイドのキャッサが私に言いました。


「え? 誰のこと?」


 私がそう問うと、キャッサはベテランのメイドらしい無表情で言いました。


「王子殿下の後に話しかけてきた、あの……虫みたいな名前の男です」

「グレゴール様?」

「そう、その男です」

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