#1
「なづなっ!」
考えるより先に駆け出した。もう恐怖なんか感じてる時間はない。自分はどうなってもいいから、何としても彼だけは助けなきゃと思った。
だが、丹波のナイフが振り下ろされることはなかった。
「うっ!?」
最大まで二人の距離が縮まった時、なづなが彼の顔に向かって何かのスプレーを噴射させたからだ。
一瞬で煙が周りに充満するから、かなりの量だったと思う。なづなは構わず丹波にスプレーを吹きかけた。
「ああぁぁああっ!!」
彼はその場に蹲り、顔を覆うと苦しそうに呻いた。何だかよく分からないけど、おかげでナイフは床に落ちた。急いでそれを拾い上げ、なづなを彼から引き離す。
「なづな、何したんだ?」
「強力な催涙スプレー。こんな事もあるかと思って、自衛用に買っておいたんだ」
「お、お前すげえな……」
悶絶している丹波と距離を取り、なづなの持つスプレーを見る。彼は二本持ってるからあげるよ、と言って俺に手渡した。
「丹波君、ごめんね。でも俺だって痛いのは嫌だし、もう我慢できないよ。早く俺に死んでほしいと思ってるんだろうけどさ……」
なづなの声は、とても強かった。
なのに、空々しくて冷えきってる。なんだ。……なにか、おかしい。
「なづな……」
思わず、前に立つ彼の背中に声を掛ける。そして、ふとした疑問が口から飛び出した。
「こんなモン持ってたのに、何でさっき……トイレで襲われた時に使わなかったんだ?」
「え?」
彼に渡された催涙スプレーを翳す。
これを使えば、彼はここまで丹波に暴力を振るわれることは無かったんじゃないか。そう思った。
だけど何故かなづなは不思議そうに目を見開いて、……こちらを見返していた。……何だ。
どうしたんだ?
不安と焦りばかり先行する。黒い教室で、自分だけ取り残されている。そんな不安感。
「ま、まぁそれはともかく……なづな、そいつを早く職員室に連れてこう」
「えっ? いや、それは駄目だよ。絶対駄目」
なづなは丹波を見下ろしながら、うわ言のように何度も繰り返す。
「さっきも言ったじゃん。教師に渡したら逃げられちゃう。俺は勝ち逃げなんて絶対許さないよ。どこに逃げようが追いかけて、引きずり出して、それで、えっと……あぁ、そうそう。犯してやらなきゃ」




