#2
なづなは擦りむけた手のひらを軽く水で洗い、ついでに血で汚れた口元もすすいだ。痛いと言うよりは冷たいのか、子犬のように体を震わせていた。
ハンカチで拭いた後、何ともなしに振り返る。
「暴力に暴力で返したら、多分彼らと一緒になる」
たった一日で、全てが変わったようだ。
「俺のせいで三尋が変わるのは嫌なんだ。でも、ぶっちゃけ怒ってくれたのも嬉しい。ありがと」
正直、見てるのも痛々しい腕、顔。それでもなづなは笑っていた。
「……だから、お礼を言われるようなことは何もしてないって」
「あはは」
胸が張り裂けそうだ。それでもずっとここにいるわけにもいかない。三尋はなづなを連れ、教室へ向かった。
三尋となづなは生徒会室の隣の空き教室で過ごした。
夕焼け空はあっという間に青く染まり、黒に変わっていく。何も聞こえないのに時針は坂道を転がるように進む。無為に、無情に、今を奪っていく。
「なづな、ほんとに大丈夫か? 痛いだろ」
「大丈夫だって! だから俺、前よりずっと強くなったと思うんだよ。実は最近土日は朝五時に起きてさ、ジョギングと筋トレしてたの。あれのおかげだな、きっと」
「ははっ」
なづなが冗談ぽく腕に力を入れて筋肉を見せるので、三尋は苦笑に近い笑いを零した。
……その隣の部屋では、まだ炭野達生徒会と丹波の尋問が続いている。
「なづな、ちょっと待ってろ。俺、少し生徒会室を見てくる。お前は無理しないで、ここで休んでろ」
「あ、うん。炭野達もいるから大丈夫だと思うけど……気をつけてね」
「あぁ」
不安そうな彼を残し、三尋は隣の部屋をそっと覗いた。炭野と生徒会の三年生が二人。そして、彼らの前で丹波がくたびれたように床に座っている。
「あぁ、転校生か。芦苅は?」
「あのさ、そろそろ名前覚えてくれないか? 俺は国崎。なづなは隣で休ませてるよ」
「そうか。……国崎、こいつはゲームの主犯じゃないって言い張ってる。だから、ゲームの真犯人は別にいるんだと」
炭野がそう話すと、それまで俯いていた丹波が怒鳴った。
「そうだよ! 俺は本当に何も関係ない! 本気で皆を助けようとしてたんだ……!」
彼が言う「皆」に、なづなは入っていないんだろう。思わず前に踏み出してしまったが、炭野に止められて冷静になる。一回頭を冷やさないと彼の話は聞いてられない。
「お前さ……誰かを犠牲にするんじゃなくて、全員助かるように考えるのが普通だろ。やり方が極端なんだよ。芦苅のことあんなに殴って、それが許されると思ってんのか?」
生徒会の男子がそう言うと、丹波は心底可笑しそうに笑い出した。
「ははっ……だって、あいつ見ろよ。女装させたら絶対バレない顔じゃん。あいつをクラスの仲間だって思ってる奴なんか一人もいないって。……そこにいる転校生以外は」
鼻につく、嫌な笑い方だ。無性に殴りたいけど……なづなの言葉を思い出して、何とか堪える。
「俺は今まで犯された奴らを全員知ってる。みんな、去年と同じクラスの仲間だったんだ! それをあんな馬鹿げたゲームでめちゃくちゃにされたんだよ!」




