#1
「何で」
暗く、じめっとした場所に吹く風は凍えそうなほど冷たい。
「何でこんなこと……」
彼は言った。
可哀相になるほど青ざめた顔で、可愛らしいほど声を震わして。
だから馬鹿正直に答えてしまった。
「信じてもらえないかもしれないけど。……君のことは、好きだったから」
そんな言葉に何か意味はあったんだろうか。
言ったところで、何か変わるんだろうか……。
期待はできない。けど他に言うこともない。窓から身を乗り出して見上げた夜空は、息が止まるほど綺麗だった。
すっかり梅雨明けした清爽な朝、ある男子高でひとりの少年が頭を抱えていた。やばいやばいと繰り返し場違いに青ざめているのはこの学校の三年生、国崎三尋だ。
「やばいこれ……どーしよ」
時刻は朝の九時半。一時間目の授業はとっくに始まっている。しかし三尋はまだ校舎の一階でウロウロしていた。
理由は二つある。一つは、寝坊したから教室へ行きづらいということ。もう一つは、そもそも教室と……職員室がどこにあるのか分からない、という異常な理由からだ。
世の中こんなことあるのか。
自分で自分が信じられない。一回来てるのに忘れた!!
三尋は今日、ここの生徒として初めて登校した。六月の半端な時期だったが、親の急な転勤の為遠い地方から引越し、この学校に編入してきた。
本来なら職員室に立ち寄り、それから教室に顔を出す予定だった。ところが授業が始まったこの時間では担任がいる可能性は低い。直接自分の教室を探して入った方が良いかもしれない。
でもどう入る?
授業は既に始まってるから絶対に注目される。プラス、挨拶もしてないから「誰だこいつ!?」となるに決まってる。
あ~何で今日に限って寝坊したんだ。昨日の自分を本気で殴りたい。
昨夜は遅くまでエロ動画をサーチしていたのが本当にいけなかった。しかし起きてしまったことは仕方ない。諦めて腹を括ろう。
今向かうべきは教室or職員室……。恋愛ゲームならこの分かれ道で色々変わってくるけど、俺を待つのはどっちも地獄っぽい。
馬鹿なこと考えてないで、予定通り早く職員室に行こう。グズグズしてる時間が勿体ないと道の角を曲がった時、ちょうど前から走ってきた誰かとぶつかった。
「いって!!」
かなりの勢いだった為、互いに後ろへバランスを崩して尻もちをついてしまった。
「いたた……ご、ごめん! 大丈夫!?」
三尋にぶつかってきた少年は慌てて立ち上がり、申し訳なさそうに手を差し出した。
「本当にごめんね。遅刻して来たから焦ってて……!」
「だ、大丈夫。……え、遅刻?」
少年の言葉に三尋は数回瞬きして聞き返した。偶然にも、彼も自分と同じ遅刻者だったから。謎の連帯感、仲間意識が芽生えた。
「怪我してない?」
「全然。そっちこそ大丈夫?」
「俺も大丈夫。良かった~、じゃあお互い早く教室行こっか」
少年は鞄をしっかり握ると、先へ急ごうとした。




