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三題噺もどき4

洗顔

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくはちじゅうきゅう。



※チーズケーキは吸血鬼さんの好物のひとつです※

 




 蛇口をひねり、水を出す。

 勢いよく飛び出す水は、白い陶器の中で跳ねて、小さく水しぶきを上げる。

 人一人分には丁度いい広さの、さして広くはない洗面台の前に立っていた。

「……」

 ばしゃばしゃと跳ねる水は、まだ冷たい。

 ここはお湯が出るまでに少々時間が掛かる。

 夏場は何も問題がないが、冬場は寒くて仕方がない。

「……」

 ここには暖房なんてものはないから、ひたすらに冷えた空気が広がるだけなのだ。

 寝起きで、多少体温は上がっているかもしれないが、すぐに末端から冷えていく。

 指先は水温の確認をするために、一気に冷えた。氷でもつかんでいる気分だ。

「……」

 徐々にぬるくなっていく水に、指先で触れながら、ぼうっと鏡を眺める。

 何も映っていないのは当たり前なのだけど……いや、洗濯機は映っているのだ。私の後ろにあるはずだけど。

「……」

 見慣れた光景ではある。生まれたころから―ではないが、あの頃は鏡なんてそもそもなかったからな。映らないものは必要がないだろう。

 なら、何も映らない鏡がなぜあるのかと言えば、まぁ、ここは人間が住むことが想定された家であって、彼らは当然のように鏡に映るからだ。そして、身支度を整えたり、装飾をしたりするのだから。

「……」

 そう考えると、身支度に困ることはないのが不思議だな。

 たいして気にしたこともなかったが……まぁ、身支度と言ってもそうそうこだわりもなければ、見える範囲の事が鏡を見なくてもできるから困ることはないな。

 顔は……まぁ、見れたらいいとは思わなくもないが。何かあれば、家の従者に突っ込まれるだけだからな、何も問題はない。

「……」

 いつもは、先にリビングに行って、その従者に声を掛けてからここに来るのだけど。

 今日は、なんとなく……その顔に何かの痕が残っているような気がして、真っ先にここに来た。顔を洗うために。その、痕を消すために。

「……」

 もう既に暖かくなった水によって、少し温められた指先で、軽く頬を撫でる。

 触れたところで、なにか分かるわけでもないのだけど……なんとなく、涙の痕があるような気がしてならない。

「……」

 つい先ほど、はたと目覚めて、なにかが伝う感覚があって。

 時計を見れば、いつもより遅い時間で、もう少し寝ていれば起こしに来るだろうと言う時間で、見られても困ることはないのだけど。

「……」

 ヘンな夢を見たせいだろうが……さすがにその痕を見られるのはな。

 いらぬ心配をさせるだけだから、寝室からそのまま洗面台に来たのだ。アイツが呼びに来る前に。

 まぁ、いつもと違うことをしているから、何かがあるのだろうと察しはついてしまうかもしれないが。

「……」

 洗濯機が映っている鏡を。

 私の顔なんてものは映っていない鏡を。

 ぼうっと眺めている。

 指先は頬に触れたまま、徐々に冷えていく。

「……」

 まだ、思考ははっきりしていないのだろうか。なんだかやけにぼうっとしてしまう。

 さっさと顔を洗って、いつも通り、おはようと言いに行きたいのに。

「……」

 水はバシャバシャと跳ねている。

 この水音は聞こえているだろうから、さっさとしなければ、出しっぱなしにするなと文句を言いに来るかもしれない。

「……「ご主人」――!!」

 思わず体が跳ね、反射で顔を下げてしまった。

 顔を見られまいとしていたのと、さっさと洗おうとしたので。

 ―思いきり、蛇口の頭に額をぶつけた。

「――っ!!」

 だいぶ鈍い音が響いた。

 痛みには強いが、こういう突発的かつ部分的な痛みは耐えようもない。

 しかし顔はあげずに、反射的に手のひらで額を抑えていた。

 その頃には、だいぶ痛みは引いているのだが、頭が揺れるような感覚だけはまだ残っている。

「……なにしてるんですか」

 そういいながら、蛇口をひねり、出しっぱなしになっていた水をとめられてしまった。

 まだ顔洗っていないのに。

「……顔」

「……とりあえず見せてください」

 有無を言わせない強さで、強制的に顔を向けられた。

 もうこうなると抵抗しても無駄なので、大人しくしている。

 ……一応、主人なのだけどね。

「……腫れてはないんですね」

「……??」

 言い方がおかしいような気がしたが、まぁ、気のせいだろう。

「早く顔洗ってください。もう朝食できてますよ」

「あぁ、うん」

 そう言い残し、先にリビングへと戻っていく。

 何かあっても何も言わないだろうけど……腫れを惜しそうにしていたのは気のせいか?

「……」

 まぁ、いいか。

 ぶつけた衝撃で、完全に目がさめた。

 さっさと顔を洗って、朝食を頂くとしよう。




「チーズケーキ?」

「……昨日のあまりです」

「余ってたか……?」

「余らせたんですよ」

「……??」












 お題:時計・涙・チーズケーキ

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