13 エミリア、最弱の魔獣に頭を貫かれて……。
私達はコルテシアの町から兎車で一路南へと向かっていた。
セレーナが持っていた依頼書の内容は、南の湖周辺に発生している魔獣の討伐だった。休息で湖に立ち寄った旅人がしばしば襲われているらしい。
大量発生して人々を困らせているのは、マウルスという小型の魔獣だ。その小ささゆえに最弱と呼ばれているが、今回はとにかく数が多いんだとか。二百匹の討伐で二百二十万ルタの報酬が貰える。
すごい数だけど、小さいなら大丈夫だよね……? このチームの初めての依頼だからきちんと達成したいし、私も頑張らないと。
ちなみに、リーシェから貰った〈ファイアボール〉の魔法結晶は体に取りこんだものの、習得には丸一日ほど要しそうだった。この任務は魔法なしでやるしかない。
(湖が見えてきました。マウルス、本当に沢山いますよ)
車を引くリーシェからの思念で、窓を開けて顔を出す。
草原の向こうに木々が茂っている場所があり、その地面で無数の動物が動き回っていた。目に魔力を集中させて視力を上げると正体がはっきりとする。額に一角を生やした中型犬ほどの大きさの鼠だ。
……あれがマウルス。……全然小さくないし、明らかに二百匹以上いる。
話の違う依頼書を持ってきたセレーナに視線を向けると、あちらは目を逸らした。
「しばらく放置されてたっぽいから、鼠算式に増えたのかも……」
「もし本当に鼠算式に増えてたなら恐ろしい数になってるからやめて……。とりあえず任務は遂行だね?」
「ああ、エミリアは無理しなくていいからな」
「言われなくてもしないって。どうしてこういう増殖しそうな依頼を選ぶかな……、次からは私に決めさせて」
兎車が湖周辺の林の手前で停止すると、瞬く間に周りをマウルス達に取り囲まれた。
まずセレーナとリーシェがその包囲網の中に突撃を開始。セレーナは素早い動きで次々に鼠を斬っていき、リーシェは前脚の一振りで数匹ずつ薙ぎ払っていく。
仲間達は圧倒的だが、敵の数があまりに多すぎ、やはり私の前にもマウルスが。自慢の角をこちらに向けて激しく威嚇してくる。
鼠も大きいと結構怖い……! き、来たー!
突進してきたマウルスに対して私は咄嗟に盾で防御する。思っていたより簡単に弾き返すことができた。さらにもう一匹飛びかかってきたので、反射的にメイスを出す。こちらも軽い手応えで打ち返すことに成功。
……あれ、実際に戦ってみるとそこまで怖くはない、かも?
私はここに来る途中、車の中でセレーナから戦闘術の基本を教わっていた。しっかりと魔力を引き出し、武器と防具もこれで覆うこと。本当に基本中の基本だけど、それをやるだけでこの魔獣達には対応できるようだった。
いける……、この調子なら私も戦力になれる! ちょっとずつでも倒していこう!
その瞬間、私に気のゆるみが生まれていたのかもしれない。
マウルス達はどれだけ弾き返され打ち返されようと、諦めることなく私に飛びかかってくる。まるで皆で何か一つの希望を見い出しているかのように。
くっ、突撃してきた鼠はただやられるだけなのに、いったい何が目的なの! 分からないけど間違いなく、この魔獣達の目は死んでない!
度重なる特攻でついに私の体勢は崩された。よろめいて重心が後ろに傾く。
私の倒れるその先には一匹のマウルスがいた。強く地面を蹴り、こちらに向かって全力でジャンプしている。
それを確認した瞬間、時間の流れが急激に遅くなった。
え……?
……ちょっと、嘘でしょ。これ、私死ぬの……? こんな攻撃で……?
……いや、これはなるべくしてなった現実だ。マウルス達の狙いは最初からこの状況を作り出すことにあったんだ。どれだけの犠牲を払ってでも私の隙を作り、機会を窺っていた一匹が最後に仕留める。
私に向かって飛んでくるこいつは、全てを託された一匹だったんだ……!
(皆がつないでくれたこのチャンス! 絶対に無駄にはしません!)
という強い意思がその瞳から伝わってきた。
…………、……負けたよ、私の負けだ……。……なんて連帯と自己犠牲、そして絆……。これは私の完敗を認めざるをえない……。
……なんて、認められるわけない!
仮ハンターのまま最初の低ランク任務で戦死なんて目も当てられないよ! 家に、お嬢様は最弱の魔獣に頭を貫かれてお亡くなりになりました、って連絡が行くとか絶対に嫌っ!
こんな所で……、死んでたまるか――――っ!
キィィ――――――――……ン。
――――。
気付けば私はコルテシアの家のキッチンに立っていた。
見回すと焼き肉定食の調理中であることが分かった。リビングでご飯を待っていたセレーナとリーシェが驚きの表情でこちらを見ている。
我に返ったセレーナが私に詰め寄ってきた。
「また魔力が一気に増えたぞ、時間を戻ってきたんだな! いったい何があった!」
「……言えない、恥ずかしくてとても言えない」




