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視察という名の旅行に行くようです。

 

 夕飯までの少しの間お昼寝をしたら、気持ちはすっかり晴れた。

 ちょっとまだ精霊王を殴りたい気持ちはあるけど、とりあえず置いておくことにした。


 よく分からない世界に来てしまったけど、こうしていい人達に拾われていい暮らしをさせてもらってるし、結果オーライかなって。


 まぁいつか会えたら1発くらいビンタさせて欲しいけど。




「奥様、ご夕食の準備が整っております」


 侍女に声をかけられ、すぐにベッドから飛び起きた。

 ベッドの脇にはレイが心配そうな顔で飛んでいて、私はレイに笑顔を向けると、彼女は表情を明るくしてくるくる回った。


 うん、ここにいるのは楽しいから、やっぱり今は考えなくていいや。


 寝室の扉を開けると、よく私の相手をしてくれる侍女がそこで待っていてくれた。


「お昼寝されてましたか?御髪を整えさせて頂きますね」


 そう言ったので私は素直に椅子に座り、侍女に髪を直してもらう。

 彼女の手つきは優しくて、髪をいじられていているだけなのに心地いい。


「出来ましたわ。では向かいましょうか」


 優しい手つきなのにパパっと素早く直してくれた彼女に笑顔を向けて、私は食堂へと向かった。




 食堂には旦那様とハリエットくんがもう席に着いて待っていて、私は遅れて席に着く。

 飲み物を注いでもらい、ゆっくり料理が運ばれてくるのを食べながら、彼らの話に耳を傾けた。


「そういえばフェロー。さっきは久しぶりに雨が降ったんだよ」


 ぎくっ。

 それ私が悲しんだから、とかじゃない…よね?


『ユキが悲しんだからだね!』


 視界に移るレイがキラキラな笑顔でそう言った。

 やっぱり!?


「優しい雨だったよ。直ぐにやんでしまったけど」


 それは私が寝たから?それとも寝て気が晴れたから?

 …それはどっちでもいっか。というか私の感情が天気に出るのは確定された。


 ちょっと責任重大だなぁ…。


「フェローさんは雨好きですか?」


 うーん、と首を傾げて、困ったような顔を浮かべる。

 好きとも嫌いとも言えない。雨に困らされたことはないけど、雨で喜んだこともないから。


 私の表情から察してくれた2人は、くす、と笑っていた。


「フェローは好きでも嫌いでも無さそうだね」

「ですね」


 うん、分かってくれて嬉しい。


「私は暫くは見たくないですね。やっぱり1年も見続けると飽きてしまうというか」

「そうだね。でも今年の作物が育つためには適度に降ってくれないと困るからね」


 ふむふむ。そこはレイにも頼んだし、適度に雨をふらせてくれるだろう。

 私が変に悲しんだりしなければ、また雨が続くなんてことにはならないはずだ。


 まぁ大丈夫でしょう。私は割と楽観的な性格だし、切り替えも早い方だと思う。そんな悲しい気持ち何日も持たないよ。


 ここにいればご飯は美味しいし、みんな優しいし、旦那様はイケメンだし。

 自然と笑顔にもなるって。



 旦那様がハリエットくんと話していると、分からない言葉が増える。でもそれを翻訳して貰ってる頃にはもう会話が進んでいて、訳が分からなくなる。


 なるほど、誰かと誰かが話しているところは、もういっそ聞かない方がマシなのかも。


 そう思ってもくもくとご飯を食べていた。


「フェローはどうかな?」


 だから急に話を振られて、なんのことか分からず首を傾げる。


「料理に夢中だったかな?今度視察で領地の西の方に行くんだけど、フェローも一緒に行かない?ちょっと距離があるから、泊まりで行くことになるんだけど」


 視察!領地の西のほうに泊まりで!

 私にとってはただの旅行だ!


 こくこくっと素早く頷くと、くすくすと旦那様が笑う。


「うん、分かった。じゃあ手配しておこう」

「フェローさん、ここの領地はどこ行っても楽しめるところなので、期待しててくださいね」


 え、そうなの!凄いわくわくする!

 私のわくわくした表情に、2人とも笑っていた。





 そして待ちに待った、視察の日!

 もう3日前くらいからソワソワしてた。

 だって旅行だ!視察っていうから仕事だけど、悪いけど私の気分は旅行だ!



「ふふ、楽しそうだね」


 馬車に荷物を積んでいる使用人を見ている私に、旦那様が声をかけた。

 こくこくと頷くと旦那様も笑ってくれて、彼も楽しそうに見える。


「長旅になるだろうから、具合が悪くなったらすぐに言うんだよ」


 はい!




 1泊2日の視察の旅。行くところは決まっているけど、そんなに詰まったスケジュールでもない。

 私がいるから配慮してくれたのだろうか。いやそんなわけないか?


 旦那様から今向かってる場所とそこについての説明を受ける。まず行くのはこの領地の農作物を担当してるエリアらしい。

 旦那様の領地の中で1番農地に適した場所なんだと。


 ここ数年雨ばかりで収穫量が減ったから、最近の晴れ続きでどうなってるのかの様子を見に行くらしい。



 馬車に揺られながら畑の沢山あるところに着いて、旦那様の手を借りて馬車を下りる。

 するとすぐさま1人の男の人が飛んできて、旦那様と何やら話を始めた。


 邪魔しちゃ悪いだろうし、ふたりの会話は私には分からない言葉ばかりで聞き取れない。

 私は旦那様から少し離れて、畑の見学に向かう。



 畑は男の人も女の人も子供もいて、皆で作業をしている。チラチラこちらを見るから、私のことが気になってはいるみたい。


 畑から葉っぱが出ているけど、あいにくなんの野菜かは分からない。私の知らない野菜の可能性もある。

 ぶっちゃけ普段食べてるご飯で知らないものはよく出てくる。だから分からない。




 でも広い畑だなぁ、と眺めていると、畑から男の子がたったったっ、と駆けて近寄ってきた。


「ご領主様の奥様でしょ?」


 こくり。

 男の子が話しかけてきたので頷くと、男の子は手に持ってた白くて小さな花の集まった茎を私に向けて差し出した。


「奥様のお陰で雨が上がったって聞いたんだ!だからこれ、お礼!僕の一番好きな人参の花だよ!」


 えっ、これ人参の花なの?なんかかすみ草みたいで可愛い。


 私はしゃがんで男の子に目線を合わせると、その花を受け取った。そしてにこりと笑顔を向ける。


「奥様も人参好き?」


 こくり。


「本当!?なら僕、頑張って人参育てるから、奥様沢山食べてね!」


 こくこく。

 なんて可愛い子供なんだ…。


 私が男の子から花を受け取ったからか、その後わらわらと他の子供達も寄ってきた。


「奥様、これも!」

「これ私の育ててるトマトの花!」

「僕の育ててるのは花咲いてないから、葉っぱあげるー!」


 か、可愛いぃ…。


 子供たちが次々に渡してくる野菜の名前は、あいにく覚えてない単語ばかりでわからなかったけど、ひとつ残らず花やら葉っぱやらを受け取って、皆に笑顔を返した。


「お、奥様…。そんな泥だらけのものを、失礼しました」


 子供たちの親らしき人が寄ってきて、申し訳なさそうにしているから、私は首を振った。

 そして貰った花達を抱きしめるようにぎゅっと胸に抱え込んで、大人に笑顔を向ける。


「奥様…。ありがとうございます」


 うん?ありがとうの気持ちを込めたのはこっちだったのに、なんでかお礼を言われてしまった。

 まぁ嬉しそうだからいいのかな?



「フェロー」


 旦那様の声が後ろからして、立ち上がってそちらを向く。

 旦那様は私の手のにある花や葉っぱを見て、柔らかく微笑む。


「子供たちに貰ったの?」


 こくり。


「ふふ、嬉しそうだね」


 それはもう!だってこの子達すごく可愛いし、自分で育てた野菜の花や葉っぱ持ってくるって、その発想が可愛い!

 この子達が育ててくれたものを私は毎日食べているんだから、感謝するのは私の方なのに、わざわざプレゼントくれるなんて。


 なんて可愛くていい子たちなんだ…。


「僕の妻に素敵なものをプレゼントしてくれてありがとう」


 旦那様は子供達に目線を合わせてそう言う。

 私も一緒に笑顔を贈った。


 子供達の後ろにいた親御さんらしき人達は少し涙ぐんでいたけど、大丈夫かな?




 農地の視察が終わって馬車に戻る。馬車に戻る前に、着いてきた侍女に花を預かるか聞かれたけど、断っておいた。もう少し眺めていたかった。


「素敵なものを貰ったね」


 こくり。


 野菜の花ってあんまり見ないけど、小柄で可愛らしい花ばかりなんだな。


「それはトマトの花だね」


 私が無意識に触っていた花を、旦那様が答えてくれた。そしてレイにちらりと目を向けると、トマトだと教えてくれた。

 ほほう、これがトマト。


 これは?とひとつひとつ花を取って旦那様に目を向けると、旦那様は野菜の花にも詳しいのか、つらつらと名前が出てくる。

 そしてそれをレイが訳してくれる、というのをしていた。


 凄いなぁ、野菜にも詳しいのか、旦那様は。ハイスペックだなぁ。


「この葉っぱは…オクラかな?」


 なんと、葉っぱでも見極められるらしい。

 野菜博士じゃん。



「フェローは泥だらけの野菜の花を貰っても、嫌じゃないんだね」


 ?何を言ってるんだ。

 嫌がると思ったの?

 でも土に植わってるものなんだから、土がついてるのは当たり前じゃない?


 首を傾げると、旦那様は嬉しそうな顔をする。


「うん、フェローで良かったよ」


 なにが!?




 農地を見たあとは、近くの街に寄ってお昼を食べる。

 視察の時は着いてきてくれた使用人と一緒にお昼をとってるそうで、それでもいいかと聞かれてもちろん頷いた。



 使用人と親しげに話す旦那様。

 旦那様は色んな人に好かれているんだなと思う。領地の人もだし、屋敷の人も。


 それはきっと旦那様の人徳なんだろうな。

 こんな得体の知れない私にも優しくしてくれるんだもん。


「奥様、こちらはいかがですか」


 街の食堂だから大皿で出される料理を、隣に座った侍女が取り分けてくれる。自分も食べなきゃなのに、私のお皿が空になるとすぐになに食べるか聞いてくれる。


 よく私についてるこの侍女の名前が知りたいけど、知る機会は今のところない。


「奥様はこういうところ嫌がらないんすね」


 一緒に席に着いてる護衛騎士さんが私にそう言った。

 嫌がる意味が分からず首を傾げる。


「普通領主様の奥様っていったら、やっぱり庶民の食事処なんて嫌だろうし、こうして使用人と食卓を囲むのも嫌だと思うんすけどねぇ」

「おいレフェリー、失礼だぞ」

「奥様はこれくらいで怒る方じゃないって」


 所々分からない言葉が混じっていたけど、多分領主は偉い人でその奥さんだから、こうやって下の人たちとご飯を食べることは無いよって言いたいのかな。


 そしてそれをいってきた騎士さんはレフェリーさんって言うのか。1人覚えたぞ。



 彼の言葉にどう返事しようか迷って、迷った末に私は隣の侍女の手を借りた。

 彼女の手を両手で包んで胸に持っていき、大事なものを抱きしめるようにぎゅっと目を閉じる。


 そしてにこーっと最大の笑顔をうかべる。


 私はみんな大好きだから!って気持ちを込めて。


「お、奥様…!」


 手を握った侍女が口元に空いてる手を当てて、眉尻を下げている。

 あれ?伝わんない?


「わたくしも、奥様が大切でございます…!一生ついて行きます…!」


 あ、伝わってたみたい。感動してくれたのかな。

 彼女の言葉に頷いて笑顔を返す。



「…奥様ってもしかして、危険人物?」

「……俺もそんな気がしてきた。これは堕ちる人増えるな…」


 レフェリーさん達のそんな言葉は私の耳には届いていなかった。


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