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言葉にできない気持ちを抱えました。

 

 いやー、楽しかった、楽しかった。想像以上にお祭りは楽しかった。

 色んな人に結婚を祝われてなんだかむず痒かったけど悪い気はしないし、旦那様も色んなところを見せてくれて色んなものを買ってくれて。


 なんかもう、別にこのままお飾りの妻でもいいんじゃない?

 私の役目がなんだかよく分からないけど、今のところ私に危険な役割は無さそうだし、子供を産むのが役目ならそれも果たすよ。


 この屋敷の人も街の人もいい人ばかりだし、旦那様にも良くしてもらってるし、出来ることするよ。

 どうせ帰れないんだろうし。



『楽しかった?』

「楽しかったよ凄く。あの花吹雪も素敵だった。あれしてくれた子達にありがとうって伝えておいてくれる?」

『任せて!きっととても喜ぶよ!』


 目の前で小さな人間がくるくる回ってる。レイは私と一緒でずっと楽しそうだ。

 まぁ私が楽しいから、その気持ちが伝わって楽しい気分になるんだったっけ?


『ユキが楽しんでくれてファスも喜んでたよ!』

「ファス?」

『この領地を統べる精霊だよ!』


 領地を統べる精霊…?

 なんか凄そうな肩書きのついた精霊が出てきた。


『この地にいる精霊達を纏めあげてるの!ファスは少し前までずっと悲しんでたから…』

「そうなの?」

『土地を纏めてる精霊は、精霊の花っていうのを大事に育ててるんだけど、それが盗まれてここ数年ずっと泣いてたの』


 レイがしょんぼりした顔で言う。

 もしかして旦那様が言ってた、ここ最近雨続きだったっていうのはそれが原因?


『しかもその犯人が領地から居なくなって、行き場のない悲しみでずっと泣いてたの。でもユキが来てから、毎日楽しそうだし嬉しそう!』

「そうなの?私何もしてないけど」

『ユキが喜べば、それは私たち精霊にも伝わるんだよ!特に近くにいる精霊に伝わりやすいから、ファスにも伝わってたんだよ!』


 だから立ち直ったんだ!とレイが明るい顔になった。

 立ち直れたのは良かった。私は何もしてないけど、私が楽しんだことでファスって精霊の気が晴れたのならいい事だ。


 でも大事な花を盗まれるなんて可哀想に…。

 しかもファスの地から居なくなるなんて。辛かっただろうな。


「ファスはこの領地からは出られないの?」

『この地を統べる精霊だからね。この地からは出られないよ』

「そっかぁ…。ファスの花を盗んだ人、いつか絶対捕まえるからね」

『うん!』


 私が話せるようになったら、絶対捕まえてやる。

 そしてファスの前に引き摺ってでも連れてって、謝罪させるんだ。


「そういえばレイはなんの精霊なの?」

『私?私はこの国を統べる精霊だよ!』


 ……。なんかもっと凄そうな肩書きが出てきた。


「待って、この国を統べるの?」

『そう!この国の小さな精霊から、ファスとかみたいな地を纏める精霊までぜーーんぶ、私が統べるの!』

「……」


 可愛く言うから余計信じられない。


「この国の精霊はレイの意のまま、ってこと?」

『そういうこと!でも私はこの国を纏めてるから、この国からは出られないんだ』


 あ、そうか。土地を統べる精霊はその土地からは動けないのか。

 まぁ私に他国に行く予定もないし、離れることは無いだろう。


「そんな凄い精霊が私のところにずっと居ていいの?」

『いいよ?だってユキが好きだし、ユキのこと守らなきゃ!って思うから、この国で1番偉い私が来たんだよ!』

「おおう……」


 な、なるほど…。守らなきゃっていう謎の感覚に従って、偉い人自ら来てくれたってことか。

 人間の価値観だと偉い人自らは来ないけど、そこは精霊とは違うんだろう。


 国1番の精霊に通訳を頼んでるなんて…。贅沢にも程があるな。

 通訳頼むの申し訳ないなぁと呟くと、私に頼られるのが嬉しいから絶対にやると言って折れなかった。


 まぁ、やってくれるなら有難いんだけど…。


「私のところに来る前は、普段何してたの?」

『んーふらふらしてたかな?あっちいってこっちいって、ふらふらーって』


 散歩をしてたみたいだ。まぁそんなものか、精霊って。

 人間のように食事も睡眠も必要ないみたいだし、価値観も感じ方も違うし。


 レイが今私のそばにいるのが楽しいなら、まぁそれでいっか。




「奥様、本日は温室に行かれてはいかがでしょうか」


 侍女に言われて頷く。いいね、温室。今日はそこに行こう。


 お昼を食べてのんびりくつろいでいた所を立ち上がり、歩き出す。よく行くところはもう大体道を覚えた。流石にね、2ヶ月も住めばね。

 それでも全然この屋敷は広くて飽きない。温室も何度も行ってるけど、全然飽きてない。


 むしろ植物の成長を感じて楽しい。



 温室に着き、ゆっくり植わってる木々を見る。

 外には生えてないような不思議な形の木や花が植わっていて、いつ見ても楽しいのだ。


『あーユキだー』

『ユキー』


 この温室にいる数体の精霊が、行くと声をかけてくれる。それに大して私はにこりと笑顔を返す。



 精霊は自然のある所にはどこにでもいて、でもレイの命令によって普段私に姿を見せないようにしている。私が困るだろうから、と。

 でも温室の精霊がどうしても私に声を届けたいと頼み込んできて、温室にいる間だけはこうして姿を見せてもらうようになったのだ。


 1度部屋の中で全部の精霊を見せてもらったことがある。……めちゃくちゃうるさかったし大変だった。レイの判断は正解だった。



 植物園くらいでかい温室をのんびり歩く。後ろには侍女がついていてくれて、時折何かの話をしてくれる。それを聞いたり精霊の声を聞いたりして、のんびり散歩した。


 一通り見たら温室の真ん中にあるガーデンテーブルと椅子に座って、休憩だ。

 一緒にいてくれた侍女はお茶を用意しに外に行く。


『ユキー今日の僕の木はどう?かっこいい?』


 にこり。

 精霊の言葉に笑顔を向けると、小さな精霊は喜んでくるくる回る。

 可愛い。


『ユキ、私のはー?』

『僕も僕もー』

『ちょっとみんな!ユキが困るから落ち着いて!』


 わらわらと寄ってくる精霊たちを、レイが窘める。普段は可愛い子供のようなレイも、精霊を纏めるだけあってしっかり言うことを聞かせている。

 この姿を見てるとみんなのお姉ちゃんのようだ。



 今日も平和だな…。

 そう思って侍女の紅茶を待ってると、侍女がワゴンを引いてやってきた。


 私の前に淹れたての紅茶とお菓子を置いてくれる。


「奥様、旦那様の弟であられるハリエット様がお見えですが、お通ししてもよろしいですか?」


 所々聞き取れないところをレイに訳して貰うと、どうやら旦那様の弟が来てるらしい。

 私に会いたがってるようだから頷いた。


 私もお世話になってる身だしね。旦那様の家族には挨拶しないと。旦那様の両親も会ったことないけど。



 侍女が扉の方に向かって、やがて1人の男性と共に帰ってきた。

 旦那様と同じ銀髪の男の人。顔立ちは少し違くて、旦那様がキリッとした顔なら弟くんは柔らかい顔をしている。


 弟くんは私のところまで来て、少し腰を折る。


「初めまして。領主の弟、ハリエットと申します。この度は我が領地のために兄と婚姻を結んでいただいてありがとうございます」


 弟くんが丁寧に挨拶してきたので、私も立ち上がって日本人なりのお辞儀をした。

 弟くんは少し目を見開いて、そしてふわっと笑う。


「良ければ私もお茶をご一緒しても?」


 その言葉にはにこりと笑顔を返した。


 


 弟くんは私が来る前の領地の話をしてくれて、ようやく私がここでお嫁さんになった理由が分かった。

 どうやらこの地の精霊を鎮める交換条件が、私を嫁にすることだったらしい。


 謎すぎる。この地の精霊だから、ファスがそう伝えたんだろうか。一体なんの理由があって私をここの嫁にしたんだろう。

 まぁたしかに有難かったけども。


「フェローさんが来てくれてからはずっと晴れです。領民もとても喜んでいるんですよ」


 雨をやませるために私を娶った。

 なら雨はもうやんだのだから、私を娶ったという任務は果たしたんだから、そろそろ放り出されるだろうか?


 そう思っていたら、ハリエットくんはにこりと笑顔を私に向ける。


「どうかこれからも、宜しくお願いします」


 居ていいみたいだ。

 こちらとしても願ってもない事だ。こくりと頷いて笑顔を返す。



「フェロー、それにハリエットも」


 声が聞こえて扉の方をむくと、旦那様がいた。どうやらお仕事から帰ってきたみたいだ。


「兄上、お仕事お疲れ様です」

「ハリエットもお疲れ様。帰ってくるのはもっと後だと思っていたんだけど」

「兄上の奥様になられた方にお会いしたくて、早めに休暇を取ってきてしまいました」


 ハリエットくんの言葉に旦那様はそっか、と言って今度は私に目を向ける。


「フェロー、温室は楽しめてるかい?」


 こくん。


「それは良かった。今日の夕飯はハリエットも一緒でもいいかな?」


 にこっ。


「ありがとう。フェローは夕飯まで好きに過ごしていて。ハリエットには話があるから、借りていくね」


 ぶんぶんと手を振る。

 それに旦那様も笑顔を浮かべて、ハリエット君を連れていった。




 夕方まで温室でのんびりして、その後は部屋に戻った。

 部屋に戻ってひとりきりになったら、目の前のレイに話しかける。


「どうしてファスは私を嫁にする条件なんて出したの?」


 気になってたことを、忘れないうちに聞くために。

 私が聞くとレイはうーんと首を傾げる。


『何でだろうね?ユキを幸せにしたいと思ったからじゃない?』

「どういうこと?」

『ユキのことは大好きだから、ユキのことを幸せにしてくれそうな人に頼んだんだよ、きっと!』


 余計分からなくなった。

 だって1ヶ月も前にそれを頼むなんて、まるで私が来ることが分かってたみたいだ。


 …え、まさかね?


「私って、誰かが何かしたからこの世界に来たの?」

『元の世界で死にそうなところを、精霊王様が助けたって言ってた!』

「はっ?」


 死にそうなところ?私、死にそうだったの?

 家から出ただけなのに?


「せ、精霊王…?」

『そーう!精霊王様がね、ユキがもうすぐ死んじゃうから、死ぬ前に連れてこよーって!それでユキは来たんだよ!』


 良かったね!と言わんばかりの笑顔に、私は少し顔が引きつる。


 知らない間に死にそうになってたのか…。それで精霊王様とやらが私を助けてくれたんだ。

 出来れば一言くらいあっても、とは思ったけど、それは贅沢かな。


「まぁ、何となくわかった…」


 別に向こうの世界になにか未練があった訳でもないし、今更悲しんだりはしない。

 ただなんだろう、なんか虚しい。


『ユキ?悲しいの?』


 レイが心配そうに私を見る。

 多分レイも精霊王も、そんなに深く考えてないんだろう。


 別の世界にいた人間が死にそうだから助けただけ。

 でも死にそうな実感もなかった私は、ただ攫われたようにしか感じられない。


 なんだかなぁ。


『ユキ、どうしたの、何が悲しいの?』

「レイ…」

『どうしたら笑顔になる?』


 レイが私を励まそうとしてくれてるけど、どうにも逆効果だ。


「ちょっと休んだら笑顔になれるから、少し休むね」


 そう言って私は1人でベッドに潜り込んだ。



 あの世界に家族はいなかった。両親はとうに他界していたし、兄弟もいなかった。数人の仲良い友人がいたくらいで、恋人もいなかった。

 とくに固執してたことは何もない。それでもなんか寂しいような気がする。


 命を救ってもらったんだから感謝こそすれ恨む理由はないのに、救ってもらった実感も湧かない。


 わがままだなぁ、私。

 命を救ってもらっておいて、しかもこんな居心地のいいところに住まわせて貰っておいて。


 なんかむかつく、なんて思うのは、やっぱりワガママだ。


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