お友達が出来ました。
あのパーティからはや2週間。
私の生活は今まで通りで変わりはないけど、屋敷を尋ねてくる人が増えた。
どうも私とコンタクトを取りたくて直接押しかけてきているらしい。
リアムさんには、尋ねてきた人には会わないように、と言われているし、誰かが来たら侍女がそれを伝えてくれるから、それとなく玄関から離れるようにしている。
リアムさんがやらないでと言ったことには素直に従いますとも。もちろん。
それと、私宛の贈り物が増えた。こちらも理由は同様。
事前にリアムさんに、私への贈り物や手紙はこちらで選別してからでいいか聞かれたので勿論頷いた。
そうして私の元に来た手紙は読みはするけど返事は書かない。こちらが手紙や贈り物を歓迎していないことを示すために、返事はしないそうだ。
贈り物も、宝石やアクセサリーの類はリアムさんが売っぱらってくれてる。欲しかったら僕があげるから許してね、と言われたけど、許すも何も知らない人から貰ったアクセサリーなんか身につけたくないので有難い。
私の手元にくるのはお菓子くらいで、それも私は使用人に分けて回ってる。絶対1人で食べてやるもんか。
私はリアムさんからの贈り物しか貰いたくない!
だって私はリアムさんの妻だから!旦那以外の男から貰ったものなんて要らん!
その気持ちを手紙にしたら、その日は激しい夜になった。
やっぱり分からん。
でもリアムさんが嬉しそうだったから良かった、のかな?
「奥様、こちらは別でお渡しするように言われております」
色んな人からの贈り物を処分し切った後、侍女がくれたのは一通の手紙。
裏の差出人を見ると、リアムさんではない。
なんだろう?く、クト…?
『カトリーナ・ベルベットって書いてあるね』
レイの言葉になるほどと納得する。
カトリーナさんか。確かにこの中に混じってたら読み飛ばしたりしちゃうところだったかも。
私は部屋に戻り、カトリーナさんからの手紙を開く。
大きな花のプリントされた便箋で、丁寧な字がカトリーナさんらしい。
声に出して間違えてるところをレイに指摘してもらいながら手紙を読む。
季節の挨拶に、精霊の愛し子って聞いたけど大変そうだねってことと、お茶したいねって話。
ふむふむ。彼女の人柄の良さが現れるような、優しい文面だ。気遣いが見えて、リアムさんに似てる。
これに関してはリアムさんに判断を仰ごう。
「ベルベット侯爵令嬢か。うん、彼女なら会っても大丈夫だよ。ただフェローを外に出すのは心配だから、こちらが行くんじゃなくて来てもらおう」
お、この家にカトリーナさんを呼ぶのか。いいね。凄く素敵なおうちだから、是非とも紹介したい。
手紙の返信は、リアムさんが代筆しようか提案してくれたけど断った。彼女は私に手紙をくれたのだから、私が返事を書く。
でも手紙の作法とか知らないし、それを教えて貰いながら書くことも出来ない。私はレイに聞きながらじゃないと知らない文字が多すぎる。
リアムさんに相談して、リアムさんからテンプレートを貰うことにした。今回カトリーナさんから貰った手紙の返信のテンプレートをリアムさんが書いてくれて、それを真似して直筆で書いた。
私が文をつけ加えても、少し言い方を変えても大丈夫なように、手紙の最初の方に「手紙を書く練習中だから拙くても許してね」的なことを書いてある。
だからリアムさんのテンプレートを見ながら、自分の言葉もいれて手紙を書いた。半日がかりで。
それを数回繰り返して、とうとうカトリーナさんがおうちにやってくる日がきた。
初めての女性の友人(?)である。
ドキドキワクワクだ。
リアムさんは私のことを心配して、今日は在宅で仕事をしている。カトリーナさんは私をいじめることは無いだろうけど、会話に困ったりしたら呼んでね、と言われた。
まぁリアムさん、私が何も言わなくても分かってくれるからね…。
「本日はお招きいただきありがとうございます、フェロー様」
素敵なカーテシーを見せてくれて、私はにっこり笑う。
そして私の代わりに侍女が、私の歓迎の気持ちを言葉にしてくれた。
カトリーナさんを私のお気に入りの庭園に案内して、そこのガゼボに腰を落ち着ける。
「素敵なお庭ですわ…」
カトリーナさんが辺りを見てそう言ってくれたので、私も嬉しくてにこにこしてしまう。
この家の庭師さんはとてもいい人で、私のために咲かせるのが難しい花とかを咲かせて目で楽しませようとしてくれる。
私が精霊に花を大量に咲かせた時も、花畑ですな!と笑っていた。花の事が大好きな優しいおじさんだ。
「精霊に好かれているから、と言うだけでは無いですわね。きっといい庭師がいるのでしょう」
そうなんです!分かってくれます!?
大きく頷くと、カトリーナさんは私を見て微笑んだ。
「ふふ、庭師が褒められて喜んでいるのですか?可愛らしい方ですね」
首を傾げた。
自分の家の庭師を褒められて喜ぶでしょ?だって自慢の庭師だもん。
それとも貴族社会ではそうでは無いのだろうか。
まぁいいか。
「それより…精霊の愛し子とバレてから大変そうですわね…」
そうなんですよ…。まぁ私なんかよりもリアムさんが1番大変だろうけど…。
「あのパーティで露見してしまったのですよね。でもフェロー様には申し訳ないけど、私あの場での精霊の行いにとてもスッキリいたしましたの」
どういう事だ?
カトリーナさんは勝ち誇ったようなスッキリした笑顔をうかべた。
「フェロー様にワインをかけたドルーガ公爵令嬢とは昔から折り合いが悪くて。あの時もフェロー様に何をなさるの!って思っていたものですから、精霊が彼女に泥水を浴びせていてとてもスッキリいたしました」
なるほど…?
カトリーナさんもあの場で私がワインかけられたところ見ていたのか。そして心配してくれてたのか。
嬉しいね、私のために憤ってくれるのは。
「フェロー様のドレスも花が咲いて、素晴らしいデザインでした。あれは精霊にしか成せないドレスですわ…」
うっとりした顔でこの間のことを思い出している様子のカトリーナさん。
確かにドレスに花を咲かせるのは精霊にしかできないね。花をつけることは出来るけど。
「あのドレスはどうなったんですの?あのまま飾ってありますの?」
カトリーナさんに聞かれて私は首を振る。
そんなわけが無い。花で隠れてるけどワインで汚れてしまったから洗いたかったし、何よりもう一度着たかったから頑張ってシミを抜いて貰った。
私のそばに立っていた侍女が、付け加えるように言葉を出してくれる。
「奥様のドレスは、奥様が脱がれた際に花が全て種に戻りドレスから取れました。花の無くなったドレスは、花が咲く前と何も変わらない状態でした」
「なんてこと…!流石精霊ですわ…!」
そう、私が脱いだら花が全部無くなった。
花はちゃんとドレスから咲いていたのに、ドレスに穴もなければ何かがついてた形跡もなく、咲く前と全く同じ状態。
床に花の種が散らばっただけ。
あの現象はレイに聞いてもよく分からなかった。きっと異世界ならではの何かなんだろうか。
想像以上にカトリーナさんとのお喋りは楽しく、女らしく話題はコロコロ変わる。
「そうなんです。王太子殿下ったらお別れの際にハグのひとつもして下さらないの。女心が分かっていないんですわ」
婚約者なんだからハグくらいいいじゃない!しかもカトリーナさんの方がお願いしてるのに!
「ですから私、少し心配でしたの…。私は王太子殿下の婚約者として認めて下さってるのかと…。ですがこの間のパーティの後、私の隣でこの国の未来を見届けて欲しい、と言ってくださって…!」
なんと、言う時は言う男なんですね!
ちょっとツンデレなのかな?
「だから私言ってやりましたのよ。見届けるだけは嫌ですわ、一緒に良くしていきましょう、と!」
ふん、と胸を張るカトリーナさんに、私は拍手を送った。
流石カトリーナさん!そうだよね、一緒にやっていきたいよね!
傍で見てるだけでいいなんて、ふざけんなだよね!
「フェロー様はグランダート公爵に怒ったことはありましたか?想像つきませんけど」
怒ったこと?怒ったこと…あったかなぁ…。
見当たらないのでぶんぶん横に首を振ると、カトリーナさんもそうですわよね、と頷いてくれた。
「フェロー様と心で会話できる方ですもの。きっとフェロー様のことをよく見ていらっしゃるでしょうから、怒らせる様なことはなさいませんわよね」
そうなんです、良くしてもらってます。
「でも、我慢はダメですわよ、フェロー様。嫌なことがあったらしっかり怒ってくださいましね」
勿論です!今のところないだけで!
嫌だったらちゃんと嫌と言うし、夜だって私が首振ればちゃんと考えてくれる。
リアムさんは私の意見をちゃんと聞いてくれる人だから。
「もし私になにか出来ることがあったら何でも仰ってくださいね」
ありがとうございます、カトリーナさん!
カトリーナさんも何かあったら遠慮なく言ってね!
王太子に殴り込みに行きたかったら手伝うよ!
「うふふ、ありがとうございます」
「本日はありがとうございました。とても楽しかったですわ」
カトリーナさんが帰る時間になったので、玄関に止まってる馬車まで送る。
そして見送りに来る前に、私は侍女に持ってきて欲しいものをお願いしていた。手振り身振りで。
侍女は私の言いたいことを分かってくれて、ちゃんと持ってきてくれた。
それを私はカトリーナさんに差し出す。
「あら?下さるの?……これは、種?」
こくん。
そこでカトリーナさんがはっ、となる。
「もしや、フェロー様のドレスの花の種ですの…?」
そうです!なにかご利益あるといいなと思ってあげます!
是非カトリーナさんの家の庭の仲間に入れていただきたい。
にこりと笑顔を向けると、カトリーナさんは種を受け取ってくれて、私に笑いかけてくれる。
「ありがとうございます、フェロー様。こちらは私の家の庭に植えさせていただきますわ」
やったぁ。
パーティのあと、あの花が庭師にも分からないくらい誰も見た事がない花だと判明した。うちの庭でも植えたけど、直ぐに育って花が咲いて、暫く咲き続けている。
未だに花の正体は掴めず、その生態も分かってない。
私はレイに聞いたから知ってるけど、精霊が作り出した新種の花らしく、悪い効果は一切ないそうだ。むしろお守りみたいな感じで、いい事あるかもね、という花らしい。
皆も精霊がくれた花だから、悪いものではないだろうしむしろいいことしかないだろうということで、あの花は庭の至る所に咲いている。
それでも種は余っていて、手紙でカトリーナさんが花のドレスが素敵だったと何度も書いてあったから、あの種をあげようと思ったのだ。
カトリーナさんにもいい事ありますように!
「今日は楽しかったみたいだね」
夕飯時にリアムさんに聞かれて、私は笑顔で頷く。
私の様子を見てリアムさんも嬉しそうな顔をしてくれた。
「フェローが楽しかったならよかった。あの家なら関わっていても僕も安心だから」
カトリーナさんの家は、精霊の愛し子だから私を利用するとかは考えてないってことかな。リアムさんが言ってるのは多分そういうことだよね。
確かにカトリーナさんからそういう雰囲気は無かったし、ただただ楽しいお喋り会になっただけだった。
「あの花の種もあげたんだってね」
うん。喜んでくれました。
「良かったね。きっと庭に植えてくれるよ」
植えるって言ってた。嬉しいことに。
こくこく頷くと、何故か私より嬉しそうなリアムさん。
なんでかな、と思って見てると、リアムさんは私に笑顔を向ける。
「フェローが嬉しいと僕も嬉しいんだよ」
リアムさんはどっかの精霊みたいなことを言った。
でも確かに、私もリアムさんが嬉しそうにしてるのを見ると嬉しくなる。
なるほど、精霊達は私を見てこんな気持ちだったのかな。
私もリアムさんに笑いかけた。
私達の間には幸せな空気が流れていた。




