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僕たちの間に恋情はない。

旦那様サイド。

 

 眠る彼女の顔を眺めながら、幸せを噛み締める。

 すやすや眠る彼女の姿はとても美しくて、その首筋に見える自分のつけた痕が、この美しい人を自分のものだと知らしめる。



 昨日は無理をさせてしまった。自分でも抑えが効かなかったことに驚いている。

 だって、可愛すぎたんだ、フェローが。


 普段声を出さない彼女が、僕の名前を呼んだんだよ?僕の名前を呼んでふにゃりと笑うんだ。可愛いと思わないわけが無い。



 彼女を組み敷いている時も、彼女の出す声は喘ぎ声と僕の名前しか口にしなかった。それでも何度も名前を呼んでくれて、その度に気持ちが昂った。

 彼女が口に出すのは僕の名前だけだと思ったら、凄く満ち足りた気持ちになる。


 それに、快楽に溺れてる彼女もとても綺麗だった。多分彼女は初めてではなかった。その事に嫉妬を覚えたものの、それは表に出さないように気をつけた。


 ただ僕に身を委ねてその小さな体で僕のことを受け入れてくれた。僕に手を伸ばして、少し涙を流しながら抱きしめて欲しいと強請ってきた。

 それが可愛くて僕は更に彼女へ欲をぶつけた。


 もちろん彼女の様子をこまめに伺うくらいには理性は残っていたし、彼女が首を振れば方法を変えたりして、なるべく辛くならないように気をつけた。



 それでも中々彼女の事を離す気にはなれなくて、彼女が疲れ果てて意識を失うまで抱き潰してしまった。

 彼女との初夜でもあるのに抱き潰すなんてなんて堪え性がないんだ…。


 意識が無くなった彼女を風呂場まで運び、その間に侍女にベッドシーツを取り替えてもらい、僕は彼女を洗った。

 普通の貴族の夫婦なら、ここで妻を洗うのも侍女の役目だが、僕は事後の美しい彼女を誰かに見せたくなかった。


 明るい所で彼女の全身を見て、その白い体に沢山散らばった鬱血痕を目にして、寝ている彼女にでさえ欲情した。

 僕のものだというその証が、仄かな独占欲を満たしたような気がした。




 風呂から出て彼女と一緒にベッドに入った時には、空が少し白み始めていた。

 少しの時間だけど、彼女と一緒に眠った。

 彼女を離さないように抱きしめながら。


 そして起き、今に至る。

 寝たのは多分3時間ほどだろう。

 彼女が起きるまで隣にいたいけど、今日の仕事は休めるものでは無い。


 すやすや寝ている彼女の頬をそっと撫で、昨日たくさん啼いたその唇に触れるだけの口付けした。


 テーブルにメモ書きを残して、名残惜しいけど、僕は彼女の部屋を出た。



「おはようございます、旦那様」

「今日はフェローは起こさないであげて。大分無理をさせた」

「かしこまりました、ベルを用意しておきます」


 フェローの侍女にそう告げて、僕は自分の部屋に戻った。




「おはようございます、旦那様」


 自分の部屋に戻って着替えていると、朝食を持ってきた執事が嬉しそうな顔をして僕に挨拶をする。


「奥様と結ばれたようで、屋敷の者一同が喜んでおります」

「そう。まぁフェローが嫌がらないならなんでもいいけど」


 屋敷の者が喜ぶのは理由がある。

 僕らは愛し合って結婚したわけでも、政略結婚でもない。僕の家の問題に、フェローを巻き込んで結婚してもらっただけ。


 だから彼女との子供は諦めていただろう。彼女にそんな義務はないのだから。

 僕もそこは期待していなかったし、養子をとる予定でいた。


 でも彼女が受けいれてくれて、僕の子供を産む覚悟があると言ってくれた。

 それがどれだけ嬉しいことか。

 屋敷の者からしても、やっぱり主の子供に仕えたいだろう。それに仕える領主夫婦が仲良くて喜ばないわけが無い。



「でも僕はそのためにフェローを抱いた訳では無いから、彼女に余計なプレッシャーは与えないように皆に言っておいて」

「もちろんでございます。愛ゆえの行動であったと皆分かっております」


 まぁ流石に僕の屋敷に、彼女に対して子供を急かすような馬鹿な奴はいないだろうけど、念の為に執事にもそう言っておいた。

 子供は欲しいが、そのために抱いたわけじゃない。彼女を抱きたいと思ったから抱いたのだ。


 それが執事の言う通りの愛かと言われると…そんな気もする。

 よく聞くような恋とは違うが、確かに僕は彼女を愛しているんだろう。

 愛してるというのがなんだかしっくりきた。


「城に行く。馬車の準備を頼む」

「かしこまりました」




 城に着き、予定していた会議に参加する。

 その後は国王の執務室に寄って、そして城に与えられた自分の部屋で仕事をする。


 国王への用事は済んだから、自分の部屋に向かっているところ、目の前から歩いてきた貴族の女性に声をかけられた。


「御機嫌よう、グランダート公爵」

「こんにちは、セイフェル侯爵令嬢」


 挨拶をされたから、挨拶をし返す。

 しかし心底面倒くさい。彼女の思惑が分かるから余計に。


「この後お時間はございますか?宜しければ夕食を共にいたしませんか?」


 ニコリと笑う彼女の笑顔は、フェローの心からのものとは大違いだ。

 その言葉の裏に潜む思惑に僕が気付かないとでも思ってるの?それとも、僕がフェローを捨てると思ってるんだろうか。馬鹿にしないで欲しい。


「申し訳ありませんが、夕食は妻と摂るのが一日の楽しみなのです。どうかそれを奪わないで頂きたい」

「そうでしたの…。仲がよろしいようで何よりですわ。ですがあまり奥様を夢中にさせては、後が大変ではございませんか?」


 その言葉に、僕の作っていた笑顔は消えた。


「夫婦の仲が良くて、何が大変になるのか僕には分からないですね。愛する人にこれ以上愛して貰えたら、そんな幸せなことはありませんよ」


 別れる気はないと、はっきり示した。

 僕達は精霊の言葉で結ばれた関係だけど、今は愛し合っていると。

 お前たちが入り込む隙間などないし作るわけもない。


 僕の言葉の意味に気づいた令嬢は少し眉を寄せて、そうですか、と言う。


「失礼なことを申しました。公爵の妻に平民では、奥様には荷が重いのではと心配していましたの。わたくしで良ければいつでも手伝いますので、その時はお声がけ下さいませ」


 失礼致します、と言って彼女は去っていった。


 あの女がどれだけ僕の妻の座を欲しても、叶わない。僕の妻はフェローしかいない。

 そう思って侯爵令嬢の去っていった方を鋭く睨みつけた。


「はー、仲がいいっていうの、本当なんだな」


 そんな軽い声がしてそちらを向くと、見慣れた男が曲がり角から顔を出した。


「盗み聞きは良くないね、ローレン」

「聞こえたんだって。俺だって聞きたくなかったさ」


 ケロリとしてる彼に悪気はなさそうに見える。

 まぁこんな廊下で話していては、誰かに聞かれてても仕方ない。聞かれて困るようなことは話していないし。


「それより、お前本当に奥さんと仲良いのか?」


 僕は自分の部屋に行くために歩き出すと、当然のように彼も着いてきた。

 僕の友人であり、王宮騎士団の副団長を務めてる彼は、こんなに軽そうに見えてこの国の第2王子なのだ。


 決して仕事をサボってる訳じゃないと思いたい。


「そうだね、仲良いよ」

「愛する人っていうのも?」

「うん」


 彼とは長年の仲で、軽く言葉をかわせる間柄だ。

 彼とのこの会話にはお互いなんの含みもなく、だからこそ素のまま話すことが出来る。


「……お前にそんな人が出来るなんてな」

「僕も驚いているよ」


 僕のことをよく知ってる友人はみんな言うだろう。僕が愛せる女性が見つかるなんてと。

 僕自身が1番驚いている。


 でも、フェローに向けるこの気持ちが愛じゃないなら、僕はきっと一生愛なんて分からないだろう。


「…でも、確か話せないんだっけ?」

「厳密に言うと、話せるよ。ただ話したくないみたいだ。」


 もう自分の部屋に入ったし、彼に隠すことでもないから言った。


 フェローがなんで話すつもりがないのか、それは今も聞けずにいる。でも、フェローが話したくないなら、それでいいと思ってる。


「話せなくても構わないんだ。彼女の気持ちは伝わるし、手紙もくれるからね。何も問題ないよ」

「へー…。想像以上に入れ込んでんのな」


 入れ込んでる、と言われるとどうだろう。そうなのだろうか。

 僕が彼女に夢中になってしまっているのだろうか?


 まぁ実際今日の仕事中も、少し間が空いたらすぐ彼女のことを考えてた。

 それを思い出して、確かに入れ込んでるかもしれないと思った。


 思わず笑ってしまうと、ローレンは僕に疑わしい目を向けてくる。


「一応聞くけど……操られてたりしないよな?」

「僕が?兄上じゃあるまいし、僕がそんなのに引っかかると思う?」

「いや思わないけど、どうにも信じられないんだよな」


 うーん、と首を捻るローレン。

 僕が今までどれだけ女性を毛嫌いしてたか分かる彼だから、フェローのことを疑うんだろう。


「気になるなら会ってみる?今度遊びに来ればいい。近いんだから」

「今日はダメなのか?」

「今日はだめ。昨日無理させたから、今日は負担かけたくないんだ」


 そう言うと彼は更に怪訝そうな目をした。


「……お前、まじか。本当に愛し合ってんのかよ」


 ローレンの気持ちはよく分かる。この僕が、と言いたいのだろう。


 貴族の女性が特に嫌いな僕は、触られるのも嫌だ。ダンスも必要最低限しかしないし、さりげなく触られてもやんわりと拒否していた。

 女性と2人で会うこともしないし、誘われても断る。もちろんこちらからは誘わない。


 表向きは誰にでも優しく接するが、その実ものすごい嫌悪感を抱えていた。

 そしてそれを、このローレンも分かってる。


 だからこそ、僕は閨を共にしたいと思った女性もいなかったし、貴族の女性とそういうことをしたことは無い。

 経験を作るために娼館で数度手ほどきを受けたくらいだ。



 それほど僕が嫌っていた女性というものと、肌を重ねたなんて。

 ローレンからしたら、信じられないのも無理はない。


「僕もフェローも、お互い恋ではないと思うけどね」

「はっ?お前に恋しない女なんているのか?」

「フェローは恋してないよ。そういう感情じゃないと思う」


 僕に恋情を向ける女とは視線が違う。あんな熱くてまとわりつくような目はしないし、いつも僕を労わってくれて、僕を見ると嬉しそうに笑ってくれる。


 彼女から恋の感情は感じない。でも、愛は感じる。

 それはきっと、僕と同じだ。


「僕らの間にあるのは愛だよ」


 それは間違いない。僕は彼女に愛があるし、彼女も僕に愛がある。


 僕の答えにローレンは驚いて、そして諦めたような顔をして苦笑した。


「そんな幸せそうな顔されちゃ、祝福するしかないな。……今度行くから、会わせてくれよ」

「勿論。僕も紹介したいから」


 ローレンは大切な友人だから。




 仕事が終わり、屋敷に戻る。丁度夕食の準備が整い、僕はフェローの部屋に迎えに行った。

 すると案の定彼女は驚いて、体の調子を尋ねると、笑って立ち上がろうとして止まった。


 腰が痛いんだろうな。だと思ったよ。


 慌てて駆け寄って腰をさすり、彼女に昨日のことを詫びた。

 後悔はしてないし、可愛かった彼女が悪いとも思う。でも僕の理性が持たなかったのも事実だから。



 でもフェローは首を振って、僕の目を見る。

 そして僕の名前を呼んで、ニコリと笑う。


 …なんだろう。凄く、押し倒したい気持ちになる。

 彼女に名前を呼ばれたのが、昨日のことを彷彿とさせたのだろうか。

 今すぐそこのソファに彼女を縫い付けて、その全身に新しい痕を刻みたくなる。



 そんな煩悩を必死で追い返し、彼女を横抱きにした。

 彼女はぶんぶん首を振っていたが、嫌がってるようには見えない。恥ずかしそうではあるけど。


 恥ずかしいだけなら耐えてもらおうと思い、僕はそのまま食堂まで歩いた。

 通りかかる使用人が、僕たちを微笑ましく見ている。それが尚更彼女は恥ずかしいみたいで、顔を真っ赤にしている。


 あぁ、可愛いな。



 やっぱり彼女から恋情の熱い視線は向けられない。向けられたいとも思ってないけど、きっと彼女からならそんな視線すら僕は喜んでしまいそうだ。


 やっぱり僕たちの間に恋情はない。

 あるのはきっと、愛だけ。

 穏やかで深い愛が、僕たちの間にはあるんだろう。


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