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手紙とはこんなに嬉しいものだったか。

旦那様サイド。

 

 視察から帰ってきて1週間後。夕食を食べ終えて部屋に戻る時の事。

 いつものように食堂からフェローと並んで歩き、彼女は自室に、僕は執務室に戻るための分かれ道で、彼女に引き止められた。


 彼女が引き止めてくることなんて滅多にない。

 少なくともこのタイミングで引き止められたことは1度もない。


 何か伝えたいことがあるんだろうかと、彼女の様子を伺う。


「どうかしたの、フェロー。なにか伝えたいことがある?」


 優しく尋ねると、彼女は少し緊張した素振りで、ポケットから何かを取り出した。

 そしてそれを僕に差し出す。

 折りたたまれた紙だった。


 僕はそれを受け取って紙を開くと、彼女は何を思ったのかいつもより早足でそそくさと部屋に戻っていってしまった。


「え…?」


 慌てたように部屋に戻って行った彼女に驚きながら、貰った紙をちゃんと見る。


 それは、手紙だった。


「フェローからの、手紙だ……」


 ぽつりと声が漏れる。

 1番上に旦那様へと書いてある。手紙に違いない。


 こんな廊下で立ち読みしていいものじゃないと思い、僕はそれを折り直して、丁寧にポケットにしまう。


「旦那様」


 僕の様子を見てたフェローの侍女が、僕に小さく頭を下げる。


「申し訳ございません、奥様に書く物が欲しいと言われて用意したのはノートとペンでございました。ノートの切れ端なのは私の責任でございます」


 手紙を書くつもりなら便箋を用意したのに、ってことだろう。

 でも話せないフェローから、ノートなのか便箋なのかを読み取るのは難しい筈だし、僕は便箋じゃなくても構わない。


「ノートの切れ端でも嬉しいから大丈夫。僕は返事を書くし、出来ればまたフェローから手紙も欲しいところだから、彼女に便箋が必要か聞いといて」

「かしこまりました」


 侍女にそう告げて、僕は足早に執務室へと戻る。




 いつもの椅子に座って、そっと彼女からの手紙を取り出した。ゆっくりその紙を開いて、中を読む。




 旦那様へ


 最初に、紙の切れ端で手紙を書いたこと、文字が下手なことを謝っておきます。


 旦那様に気持ちを伝えたくて手紙にしました。

 私は旦那様と結婚出来て幸せです。毎日とても楽しいし、穏やかでとても心地いいです。


 私は話せなくて迷惑かけてます。頑張って話せるようになるのでもう少し待ってください。


 これからもよろしくお願いします。


 フェロー




「……っ、はは……」


 読み終わって、まず最初に感じたのは、嬉しい、だ。

 嬉しさのあまり笑い声が漏れてしまうくらい、胸が高鳴っている。


 こんなにも嬉しいものを贈られたことがあった?

 女性から手紙は幾度となく受け取ってきたし読んでもきたけど、こんなにも心躍るような気持ちになったことはなかった。



 そっと手紙の文字を指でなぞる。


 たどたどしい文字。きっと慣れてない。文字を知ってはいても、書き慣れてはいないんだろう。


 僕のために、頑張って書いてくれた。

 気持ちを伝えようと、行動してくれた。



 嬉しい。とても嬉しい。

 嬉しくて胸が苦しいくらい。



 しかも、なに?結婚出来て幸せ?

 僕のセリフだよそれは。

 それに、話せないことに罪悪感を感じているようだけど、そんな事を気にする必要は無い。

 彼女の気持ちはちゃんと分かってるから。


 それでも、こうして実際に言葉にしてもらうと、胸にくるものがある。

 これが彼女の言葉だから。僕たちが予想した彼女の気持ちじゃなく、彼女自身の言葉だから。




 何度も何度も読み返した。

 手紙にしては短いそれを、何十回と読んだ。

 ようやく返信のペンを握ろうと思えたので、その手紙を鍵のついた引き出しに丁寧にしまい、便箋を取り出す。


 薄ピンクのシンプルな便箋。

 それに僕は、出来るだけ長くならないように、言葉が重くならないように考えながらペンを走らせた。




 次の日の夕食の後、フェローに手紙を渡すと、彼女は喜んでくれた。

 ぱぁっと笑顔になって、体を弾ませながら部屋の方へ向かっていくのを見届けた。


 僕からの手紙をあんなに嬉しそうに受け取ってくれて、それを見てるこちらも嬉しい。


 もっと早く僕から手紙を渡せばよかった。

 平民か貴族か判別出来なかったから、文字も読めるか分からなかったのだ。僕からの気持ちは言葉にして伝えることが出来てるから、手紙なんて思いつかなかった。


 でもあんなに喜んでくれるなら、早く書けばよかった。


 まぁ、過ぎたことはいい。

 彼女はきっと僕に返事をくれるだろう。優しい人だから。


 彼女からの手紙の返事を待つことにしよう。




 フェローと文通を始めてから、毎日がより楽しくなった。

 彼女は僕が手紙を渡すと、次の日の夜には書いて渡してくれる。それが待ち遠しくてならない。


 今まで聞きたかった彼女の好きな物や嫌いなもの、やりたいことや彼女の気持ちを聞けて、とても嬉しい。


 彼女の文字も、手紙を貰う度に上手くなっているのがわかる。侍女から受け取ったノートで練習でもしてるのだろうか。ノートは3冊目になったと報告が来ていた。


 練習の目的が僕に渡す手紙のためならこんな嬉しいことは無いけど、そこは聞けずにいる。

 もしそうじゃなくても、優しい彼女ならそうだと言いかねないから。



 フェローは話さないから一見静かだが、その表情はとても感情豊かだ。

 そしてそれは、文面にも現れていた。


 今日したこと、その中での発見や面白かったことなど、彼女が目の前にいないのに手紙を読むだけでその気持ちが伝わってくる。

 とうとう本人がいなくても感情が伝わってきて、思わず苦笑した。



「旦那様が幸せそうで、私共も幸せでございます」

「そう見えるなら、フェローのおかげだね」

「全くです」


 執務室で仕事中、そばに立っていた執事が僕に向けてそう言った。

 僕の機嫌がここ最近ずっといいことは、屋敷中にバレている。その理由がフェローなことも。


「出来ればこのまま、より仲を深めていただいて夜の夫婦生活も共にして欲しいものですが…」

「そればかりは期待しないで。僕が良くても彼女は違う」


 フェローが嫌がることはしたくない。フェローが嫌なら、この家の跡継ぎは養子でもいいし、未来のハリエットの子供でもいい。


 僕は跡継ぎよりも、彼女との時間の方が大切だ。


 僕は彼女にそういう情は持ってないし、きっと彼女もそう。

 でも僕は彼女を抱ける。嫌悪感とか義務感も全く感じないで、むしろ許されたら嬉々として抱くだろう。


 だって声を出さずともあんなに表情豊かな彼女を、快楽に溺れさせたらきっと凄く可愛いに違いない。仕事中だからなるべく想像はしないが、想像したら1人で処理するくらいには滾るものがある。



 でも、それは僕が男だからだ。男の僕はきっと女である彼女よりも、その行為に抵抗はない。

 もちろん僕だって他の女だったら嫌だし気持ち悪いが、命令ならば抱けなくもない。興奮しないから大変だろうけど。


 女性は違うでしょう?受け入れる方の彼女は、そう簡単に人に体を許せないはずだ。好きじゃない人とは死んでも嫌だと言う女性も聞いたことあるくらい。


 だから、無理強いは出来ない。

 もう少し、せめてあと1年くらい経ったら、それとなく聞いてみようとは思うけど、今の段階では早すぎる。

 出会って半年も経ってない。



「まぁ、おふたりならば実子でも養子でも、明るい家庭を築けそうです」

「僕もそう思う」


 はは、と執事と笑い合う。




 数日後、彼女から手紙を受け取った。

 いつものように執務室でそれを開いた。


 前回の僕の質問に対する答えから始まった今回の手紙。それから昨日あった出来事などが書かれていて、昨日も楽しかったんだな、というのが想像つく。


 今日の午後はきっと手紙を書いてたんだろう。彼女は手紙を書くのに半日かけてるらしいから。


 僕への手紙のために2日に1度、半日も潰してしまうことに罪悪感を覚えたが、それを夕食時に聞いてみたところ、問題なさそうな感じだった。

 侍女の話でも、楽しんで手紙を書いているらしいと聞いてほっとした。



「ふふ、昨日は庭園の雑草ぬきを手伝ったの?可愛いなぁ…」


 思わず言葉が漏れる。

 最近、フェローに対して可愛いと思うことが増えてきた。

 きっと仲が深まってるってことなんだろう。まぁ可愛いのは事実だから仕方ない。


 そうして読み進めていると、途中から書いてあることに目を丸くする。



 “そういえば気になったのですが、跡継ぎはどうするつもりですか?旦那様さえよければ、私は旦那様の子供を産む覚悟はあります”



「………っ!!」


 がたっ、と音を立てて、思わず立ち上がる。


 僕との子供を、産む覚悟がある、だって?

 僕との子供を産んでくれるというの?フェローは。

 僕とそういう行為をしてもいいってこと!?



 顔に熱が溜まる。この時間はいつも1人でよかった。

 きっと今誰かに見られたら、凄くだらしない顔になっていただろう。


 顔を抑えるように片手で抑え、続きを読む。



 “でも旦那様の気が進まないなら養子でも構いません。私は愛情を持てると思います。ただ、その覚悟もあると伝えたかったのです”



 ……顔のにやけが止まらない。

 気が進まないわけが無い。願ってもないことだ。

 でもまさか、彼女にそのつもりがあるとは驚いた。



 視察から帰ってきてから、彼女の様子が少し変わったと感じた。以前より積極的になったように思えた。

 今ならわかる。多分僕の妻として頑張ろうとしてくれてるんだと思う。


 だから、その覚悟もあると。


 ……でも、僕は無理にそんなことはしたくない。

 彼女が良いと言ったって、奥底で嫌と感じているなら嫌だ。


 そこの所をしっかり手紙に書いた。




 ところが、次にフェローから貰った手紙には。



 “私は旦那様の見た目は好きだし、優しいから酷いこともしないって思ってます。全然嫌じゃないし、恋かは分からないけど私は旦那様のこと好きです。


 無理はしてないので大丈夫です。旦那様のタイミングでどうぞ”



 と。


 最後まで手紙は読んだけど、あまり頭に入らなかった。

 だめだ、フェローが可愛すぎる。

 恋かは分からないけど、僕が好き?

 そんなの僕だってそうだ。恋ではないと思うけど、フェローの事は好きだ。


 見た目も好きだと書かれていた。確かに女性の寄ってくる見た目はしているが、それを好きと言われてこんなに嬉しかったことはなかった。


 優しいから酷いことはしない?そこまで信用してくれるのが嬉しい。でも、痛めつけたりはしないだろうけど、無理はさせるかもしれない。



 あぁだめだ、じっとしていられない。

 僕は立ち上がって、フェローの部屋を訪ねた。



 その日、僕はフェローを抱いた。



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