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文通を始めました。

 

 旦那様に手紙を書こうと思う。

 視察という旅行から帰って来て直ぐに思ったのはそれだ。


 成り行きだけど曲がりなりにも領主の妻。私の好きに過ごしていいと旦那様は言うけど、こんなに良くしてもらって、あれだけ色んな人に祝福されて、本当に好きにのんびり過ごすのはちょっと良心が痛む。



 だから、旦那様との意思疎通のために、手紙を書くことにした。


 侍女に身振り手振りで書くものと紙を用意して欲しいと伝えると、彼女はペンとノートを用意してくれた。

 うん、まぁ便箋なんて伝わらないしね。



「レイ、これで合ってる?」

『ありがとうはこうだよ』

「なるほど」


 レイが私のペンを持って代わりに書いてくれる。その小さな体より大きいペンを器用に動かして文字を書く。


 レイたち精霊は文字は書けるらしく、それはちゃんとこの世界の文字だった。反対に日本語は理解できないらしい。

 私とレイたちが話せるのは、異世界物の話でよくある言語チート的なものだろうか。自動翻訳みたいな。それならこの世界の人間の言葉も訳してくれたっていいのに。



 とはいえ文字を覚えられるのは良かった。

 簡単な言葉は覚えてる。この屋敷に来てから絵本とかはよくレイに読んでもらって覚えていたから。


 でも手紙にするほどの文字はおこせないから、レイがいてくれて本当に助かった。



「…これからもよろしく…っと」


 考えた手紙の内容をレイに全部書いてもらってそれを真似するのではなく、知らない言葉だけを聞いて自力で書いた。


 一応レイに読んでもらったけど、大丈夫だと言われたので私はそれを丁寧に折る。


 結局今日の午後全部この手紙を書くのに費やしてしまった。

 まぁいっか。あとは夕飯の時に渡すだけだ。




 夕飯を食べ終えて、私は自分の部屋に、旦那様は執務室に戻るその分かれ道で旦那様を引き止めた。

 いつもはそんな事しないから旦那様は少し驚いて、私の様子を伺っている。


「どうかしたの、フェロー。なにか伝えたいことがある?」


 優しく問いかけられて、私は少し緊張した体が解れる。

 旦那様ならノートの切れ端で書いた手紙でも嫌な顔はしない、大丈夫。


 ポケットにしまってた折りたたんだ手紙を取り出して、旦那様に差し出す。

 彼はそれを手に取って開こうとしたので、さすがに目の前で読まれるのは恥ずかしく、走って自分の部屋に逃げてしまった。



「奥様、失礼致します」


 すぐに侍女が追ってきて、部屋に入ってきた。

 そうだよね、逃げちゃったもんね。


 旦那様に失礼なことして怒られるかと思いきや、侍女は私に申し訳なさそうな顔をする。


「奥様の意図を理解出来ずにノートを差し出してしまって申し訳ありませんでした」


 なんと。便箋用意しなくてごめんって謝られてるみたいだ。

 いやノートも練習に使えて有難かったし、むしろノートが良かったから謝ることないのに。


 私は侍女に笑顔を向けて、彼女がくれたノートをぎゅっと抱きしめる。


「ありがとうございます、奥様」


 うんうん、これをくれてありがとうね。


「奥様、恐らく旦那様はお返事をくださると思いますが、返信はなさいますか?」


 うーん…どうしよう。内容にもよるけど…。

 でもどうせ言葉で会話出来ないんだから、手紙で話せば普段言えないことも言えるし…。

 書く練習にもなるし、返信しようかな。


 こくりと頷くと、侍女は少し嬉しそうな顔をする。


「その際には便箋を用意させて頂いてもよろしいですか?」


 こくん!


「かしこまりました。準備しておきます」


 こうして、同じ家に住む夫婦な私達の文通が始まった。





 フェローへ


 素敵な手紙をありがとう。君から貰ったものなら紙の切れ端だろうと気にしないよ。

 君が私に気持ちを伝えようとしてくれたその行動が嬉しいのだから。


 僕も君と結婚出来て幸せだ。君と過ごす日々はとても心地よくて安心する。

 君が僕と同じ気持ちを持ってくれて嬉しく思うよ。


 話せないことを気にしているようだけど、気にする必要は無い。君が話したくないなら話さなくていいんだ。

 君が話したいと思ってくれてるなら、いくらでも待つよ。でもどうか、無理はしないで欲しい。


 君はこの生活で困ってることは無いかい?欲しいものやして欲しい事があったら遠慮なく言って。

 でも君は遠慮しがちだから、遠慮するだろうけど。

 甘えてくれると嬉しいな。



 君から手紙を貰えて僕は自分でも驚くくらい喜んでいる。もし君が負担に思わないのであれば、またこうして手紙を書いて欲しいな。

 すぐじゃなくてもいいし、何か用があったらでも構わない。


 君からの手紙を待ってるよ。

 僕と結婚してくれてありがとう。これからもよろしくね。


 リアムより




「…えっ、これ旦那様の名前?」

『多分そう!リアムって言うんだね!』

「リアム、さん…」


 リアムさんって名前なんだ。思わぬ副産物を得た。

 旦那様の名前をゲットした。



 手紙を渡した次の日の夕飯時に、旦那様から手紙を貰った。

 そして後は寝るだけというタイミングで手紙を開いたんだけど。


 シンプルな封筒に入った薄ピンクの便箋には、彼の丁寧な文字が並んでいた。

 私でも読める、癖のない綺麗な字。


 ちなみにレイが丁寧さを意識しないで書くと私には読めない。英語で言う筆記体みたいなものだろうと思ってる。



 旦那様の手紙は、普段の旦那様となんも変わらない、優しくて思いやりのある内容だった。

 そして私が思う以上に、私からの手紙を喜んでくれたみたいだ。


 侍女からも、「旦那様は今日1日ずっとご機嫌でした。奥様からの手紙が嬉しかったのでしょう」って言ってたし。本当かは分からないけど。


 手紙にあった、また書いて欲しいって言うのはきっとお世辞ではないと思う。

 まぁ彼が書いてって言うなら好都合だ。私だって書きたいから。




 翌日、侍女に旦那様から貰った封筒を見せると、侍女は察してくれて、すぐに便箋を用意してくれた。

 女性向けの可愛らしい柄の便箋を数種類出してくれて、1番シンプルなものを選んだ。


 だって貰うのは旦那様だし、ねぇ?

 お花たっぷりの可愛い便箋も、似合わなくは無いけど…。


 その日の午後は手紙を書く時間に費やした。




 夕食の後に旦那様に手紙を渡すと、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 そう言えばこの間は逃げ帰ったから彼の顔を見れなかったけど、今まで見た事ないくらいに破顔している。


 私の想像してたのよりもっと喜んでくれてたみたい…。

 そんなに嬉しそうにされて、なんだか照れくさい。


「ありがとう、フェロー。執務室に戻ってからゆっくり読ませてもらうよ」


 あまりに嬉しそうだから、こっちも恥ずかしくなって、小さく頷いてすぐに旦那様に背中を向けた。


 無理無理無理!あんなイケメンのあんな嬉しそうな顔、直視出来ないって!

 あの人自分の顔がいいことちゃんと理解してるの!?

 あれは、あれはだめでしょ!



「かわいすぎでしょ……」


 部屋に戻って1人になって、ぽつりと漏れる。


 普段キリッとしてる顔つきの旦那様は、微笑んでもイケメンのまま。

 でもさっきの嬉しそうにしてた顔は、なんだか可愛かった。眉も垂れ下がって目元も緩やかになって、ふにゃって顔をしてた。


 あんなギャップ、ずるすぎる!


「はー、心臓ばっくばくだ…」

『ユキ、大丈夫ー?』

「大丈夫大丈夫、これはいいやつ」


 心配するレイを安心させて、胸に手を置く。

 でもまだ心臓が大きく高鳴っていて、しばらくやみそうにない。


 ちなみに寝る時には心臓は戻ったものの、目を閉じた時のまぶたの裏にはあの可愛い笑顔が思い浮かんで、中々寝付けなかった。




 その日から始まった文通のおかげで、私は沢山文字を覚えたし書くことにも慣れた。

 自分の名前の綴りも知れたし、今まで聞けなかったこととか知っておきたいことも聞くことが出来た。


 旦那様のこともより一層知ることが出来たし、やってよかったと思う、文通。



「りあむ…りあむ、こう?」

『うーん、ちょっと違うかな。もう少し滑らかに』

「リアム、こう?」

『あ、いい感じ』


 旦那様の名前をスムーズに言えるよう、練習もした。ちなみにフェローという名前は練習済みだ。


 最近は挨拶も滑らかに言えるようになった。おはよう、こんにちは、おやすみ、とか、ありがとう、ごめんとかだ。

 そのほかの言葉は、片言であればほんの少し話せるくらい。


 ただノートとペンが手に入ったので、これからはより話せるようになるだろう。聞いたことをメモできるから。


「おはようございます、リアム。今日もいい天気ですね。………どう?」

『すごーい!綺麗に聞こえるよ!』


 レイに褒められてふふんと胸を張る。


 本当は旦那様の名前の後に様をつけるべきなんだろうけど、そこの言葉は聞いたことがない。

 誰かが誰かの名前に様を付けてるのを、聞いたことがないからだ。


 ただ敬語は多分出来てる。私の覚えてる言葉の殆どは、侍女達から聞いた言葉だから。旦那様との会話は聞くので精一杯だもん。


「この調子なら、1年もあれば話せるようになるかなぁ」

『なるよ!ユキはとっても努力家だから、すぐだよ!』

「ありがとう、レイ」


 ふふ、早く話せるようになって旦那様や屋敷の人と話したいな。

 そうしたらもっと役に立てるだろうし、ちゃんと妻の役割も果たせるようになるだろう。



 ……というか、私妻だけど、夜のアレとかしなくていいのかな?

 お世継ぎ問題とか…大丈夫なのかな?


 今までそういう雰囲気が皆無だったから、全く気にしなかったけど、領主って偉い人だと思うし、多分世襲制だよね?そうしたら子供、いるよね?

 旦那様が相手なら私は全然受け入れられるんだけども。


 あっ、気になったら手紙で聞けばいいのか。

 うん、そうしよう。


 早速私は次の手紙の返信にその事を書いた。




 そして返ってきた返信には、こう書かれていた。



 “僕らの子供については、そんなに急いではいないよ。跡継ぎは僕らの子供でもいいし、養子を取ったっていい。僕も君と一緒なら、きっと愛情を持って育てられるだろう。


 君との子供は正直に言うと、欲しい。跡継ぎのためじゃなく、僕自身が欲しいと思ってる。

 でも、義務のような形で君を抱きたくはない。僕を愛せとまではいかないが、少しでも抵抗があるうちはそういうことはしたくない”



 と。

 なるほど?私が妻だから仕方なく抱かれてやる!っていうのは嫌なわけか。

 そんなことは無いのにな。


 だから、旦那様はイケメンだし優しいし結構好きだから全然嫌じゃないよって返事をした。




 その日の夜、旦那様が部屋を訪ねてきた。


 旦那様を部屋に招き入れると、旦那様はいつになく真面目な顔で、私の顔を見る。


「フェロー」


 はい、何でしょう。

 旦那様の目を見つめる。


「本当に、嫌じゃない?」


 こくり。


「義務感とか、心の奥底では嫌だとか…」


 旦那様はどこまで私のことを心配してるのか。

 私は意を決して口を開いた。


「旦那様」


「…っ!」


 私が声を出したことに旦那様は驚いて目を見開く。私は彼に向けてニコリと笑い、もう一度旦那様、と呼んだ。


 旦那様は少し俯いて、でもその目はしっかりと私を見ている。


「………リアムと、呼んで欲しい」

「…リアム?」


 ここでも練習の成果が出たようだ。

 相変わらず様の付け方は分からないけど。


「……抱きしめていいかな」


 リアムさんの言葉に頷く。

 彼は手を広げて、私の体を包み込む。


 あ、暖かい…。


 リアムさんの腕の中は暖かくていい匂いで、とても安心できる感じがした。


「…キスしても?」


 小さく、そんな言葉が聞こえて、私は顔を上げてリアムさんを見た。

 言葉が分からなかったけど、雰囲気からしてキスがしたいと言ってるのだろうと予測する。


 下から見たリアムさんと目が合って、その瞳に私はその場に縫い付けられるような感じがした。

 逃げられないような、逆らえないような。


 でも、別に構わない。



 こくりと頷く。

 リアムさんの目がスっと細くなって、彼は背中を丸めて私に唇を落とした。


 それが夜の始まりだった。


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