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将来の旦那様に拾われました。

 

 玄関のドアを開けたら、森の中でした。


 なんて、どっかのトンネル抜けたら雪国だったみたいなテンションで言ってみたけど、私の家の玄関を開けても森は無かったはずなんだよ。

 だって都内の下街のワンルームのアパートだもん。ドアを開けてこんな自然豊かな所に出るわけが無い。


 とりあえず現実逃避しよう。


 私は振り返って、入ってきたドアから部屋に戻ろうとした。

 だけど振り返ってもそこにドアは無かった。



 ……はい?

 え、ドアどこいった?




 未だに理解できない現実をとりあえず置いといて、ゆっくり森を歩く。ちょっとコンビニに行こうと思っただけだから、部屋着とサンダルだ。せめてスニーカーであればもう少し歩きやすかったかも。


 でも玄関開けたら森なんて、誰も想像はしないから仕方ない。むしろそこまで予想出来たら凄すぎる。



 さく、と枝や枯葉を踏む音が響く。

 マイナスイオンってやつだろうか。空気が澄んでてとても美味しい。

 無駄な音も無駄な光もない森は、心が穏やかになる。


 なんか、気持ちいいな。


 そう思ってたのに、遠くから聞きなれない音が聞こえた。からからと何かが回る音がだんだん大きくなる。

 近付いてきてるのか、と思った時には謎の影が森の奥から見えて、少し身構える。



 はっきり見えた時に目に映ったのは、馬。そしてその後ろに引かれてる天井の丸まった箱。

 おとぎ話によくあるようなその馬車の形をしたものに呆気に取られて、逃げるとか隠れるとかそういう行動を取ることが出来なかった。


 ぽかん、としてるその間に馬車は私の目の前まで来て、止まる。

 馬についてる紐を握って外に座ってる人が私を見て、驚いたような顔をした。そして後ろの箱に向かって何か喋っている。


「※※※※※」


 え、何、私が聞き取れなかっただけ?

 聞き取れない言語に聞こえたけど…。



 今度は馬車のドアが開いて、中から男の人が出てきた。

 輝くような銀色の髪の、顔の整った男だった。鼻も高いしパッチリ二重でキリッとしたイケメンの、身長も190はありそうなどう見ても西洋人。


「※※※※※」


 彼は少し腰を折って私に笑顔を向けて何かを言う。

 やっぱり聞き取れない。私の知らない言葉を話しているようだ。


 日常会話くらいなら出来る英語でも無さそう。


「※※※※※」

「は、はろー?」


 とりあえず世界共通言語で挨拶をしてみた。これで私が英語なら分かると思ってくれれば良いんだけど。


 私が挨拶をしたことに彼は何故か頷いて、馬車の中に片腕を伸ばす。


 あっちに行け、って言ってるのだろうか。

 え、馬車に入れってこと?

 入っていいの?誘拐されない?別の国に連れてかれて人身売買とかならない?


 とはいえこんな森の中で、馬のあるこの人達から逃げれるわけも無いので、素直に従うことにした。




「※※※※※」


 私が馬車の中に入ると男の人も入ってきて、私達は向かい合わせになって座った。


 少しして馬車が動き出すと、彼は何か私に話しかけている。

 私が英語で挨拶したにも関わらず、彼は英語では話してくれない。英語をそんなに知らないのだろうか。


 口を挟める隙もなく彼は話し続けていて、なにか説明してるようにも見える。

 きっとこの状況とか説明してくれてるんだろう。何も分からないけど。



 そう思って聞くだけ聞いていた時、ぽんっ、と目の前に小さく煙が上がって、目の前に小さな人が現れた。

 ティンカーベルみたいに小さな羽を生やしている、手のひらサイズの人間が浮いている。


『初めまして!私はレイ!』


 そして私に聞こえる言葉で、そう喋った。


 えっ……。何これ?

 ちら、とティンカーベル…いや、レイって名乗った何かの向こうにいる銀髪の人を見ても、レイに視線を合わせてる様子はないし相変わらず話し続けている。


『あっ、私の姿はあなたにしか見えてないよ!声も聞こえてないはずだよ!』

「………」


 そんな私の様子を見たレイが、そう言った。


 幽霊、みたいなものなんだろうか。それとも妖精?いや妖精なんて存在しないし…。でもこんな小さな羽の生えてる幽霊もいる?いや幽霊なんて見た事ないし…。



 考えはまとまらないけど、とりあえず銀髪の人の前でこのレイって人?と話すのはやめた方が良さそうだ。

 見えない何かと話してるのは不気味に見えるだろうし。


 そして私が何も返事をしなくても、レイは話し出した。


 銀髪の人とレイの声、二重音声で聞こえるけど、銀髪の人の声は聞き取れないからBGMのように聞こえて、レイの言葉はちゃんと聞きとれた。

 レイは私の状況を説明してくれた。




 どうやら私は、異世界トリップをしたらしい。

 理由は分からない。ただここは異世界で、私の暮らしてた地球ではないらしい。


 そしてレイは精霊ってやつで、私以外の人間には声も姿も分からないそうだ。それに中々力を持ってる(力って何の?)らしく、困ったら助けてくれると言ってくれた。


 とりあえず味方っぽい。



 目の前の銀髪の人は誰だか分からないらしく、でもレイは彼の言葉が理解出来て、レイが話し終えたあとは彼の言葉を翻訳してくれた。

 途中からだけど翻訳してくれた彼の言葉は、どこどこの景色がキレイだの、あそこの料理は美味しいだの、普通の世間話だった。


 そしてどうやらこの馬車は、彼の家に向かってるらしかった。

 しかも私がこれから住む場所でもあるらしい。


 見知らぬ女を自分の家に住まわせる意味が分からないけど、本当にここが見知らぬ世界ならこんな森で置いていかれても困る。

 とりあえずじっとしておくことにした。




 やがて馬車が止まり、銀髪の人が外に出た。そして私に手を差し出して来たので、素直にその手を取った。


 彼の手を借りて馬車をおりると、目の前にそびえ立つ大きな屋敷。視界に収まらない程の大きい。



 そのお屋敷を見てポカン、としてると、銀髪の人が少し前を歩いて私を振り返り、何かを話す。


『着いてきてって言ってる』


 レイの翻訳に従い、私は彼についていった。

 彼について玄関前の階段を上ると、登った先に執事服を着た人が二人いて、何かを銀髪の人に言い、やたら豪華な玄関のドアを開けてくれた。


 中に入ると使用人みたいな人が数人、頭を下げて何かを言った。


『おかえりなさいって言ってる』


 やっぱりか…。おかえりなさい、ご主人様、的なやつか…。


 使用人達は私にも目を向けていて、銀髪の人が使用人に何かを話している。

 そして話終えると銀髪の人は私の方を向いた。


『着いてきてって』


 レイは私に対する言葉を翻訳してくれていて、さっきの使用人と銀髪の彼との会話なんかは翻訳してくれない。まぁしてって言えばしてくれるのかもしれないけど、みんなに見えないレイと今ここで話す訳にはいかないし…。



 銀髪の人について行って、知らない部屋に案内され、豪華なソファに座らされた。

 そして彼は何かの紙を取り出して、羽根ペンっぽいもので何か書くと、私に手を差し出してきた。


『血印を押すから、指貸してって』


 けついん…?

 なんだっけ、それ、と思いながら手を差し出すと、彼はもう片方の手から小さなナイフを取り出す。


 えっ。


『ちょっとチクッとするよって言ってる』


 レイの翻訳が聞こえた頃には私の人差し指にナイフを当てられていて、小さな痛みとともに指から血が出た。


 彼は私の血の出た指を紙に押し付けて、それが終わると壁際に控えていた使用人の女の人に何かを告げる。

 使用人の女の人が私の手を彼から受け取って、指を手当してくれた。


 心臓がどっ、どっ、と鳴っている。

 驚いた。覚悟ができてなかったから、心臓飛び出るかと思った。

 けついんって、血印か。なんだ、そうかぁ…。



 とりあえず心を落ち着けると、銀髪の彼は紙を見て頷き、私に笑顔を向けた。


『これから宜しく、だって』


 ……はぁ。よく分からないけど、よろしくお願いします?




 そこからは使用人の女の人に、私の部屋になるというところに案内されて、ソファに座らされる。目の前のテーブルに淹れたての紅茶とお菓子を置いてくれて、部屋から出ていった。


 1人きりになった部屋で、目の前のテーブルにレイが乗る。


『用があったら呼んでって言ってたよ』


 なるほど。とりあえず1人時間なわけですか。


 目の前に置かれた紅茶に、少し息をふきかけて飲む。美味しい…。

 その傍のお皿に乗ってるクッキーもひとつ摘んで口に入れる。さくさくしててうまぁ…。


「えっと…レイ?」

『なぁに!』


 小声で名前を呼ぶと、ぱぁっと表情を明るくしてレイが答えた。

 外まで話し声聞こえると変な人扱いされそうだから、小さめの声で話さないと。


「ここは異世界、なんだっけ?」

『そうだよ!』

「それで私はなんでこの家に連れてこられたの?」


 あの銀髪の人が何の目的で私を連れてきたのか。

 レイはうーんと首を傾げて、分かんない!と言った。


 分かんないかぁ…。


『でも、フェローのこと奥様って言ってたし、結婚するつもりなんじゃない?』

「えっ」


 なに、奥様?結婚!?なにそれ!?


「てかフェローってなに」

『?あなたの名前でしょ?あの銀髪の人間がそうやって紹介してたよ?』

「私の名前フェローなんて名前じゃないけど…」


 どういうこと?誰かと勘違いしてる?

 というか知らない人と知らない場所で結婚とか無理だから、人違いであって欲しい。


『名前しか教えてくれなかったって言ってたよ?』

「え?フェローなんて言った覚え…」


 え、もしかしてハローのこと?はろーって挨拶したのを、名前だと思ったの?


 いやまて、そうだここは異世界。英語も伝わらないのか。はろーが挨拶って分かるわけないのか!


『じゃあお名前はなんて言うの?』

「……有希」

『ユキだね!分かった!』


 レイは嬉しそうにくるくる回ってる。


 名前…レイに教えてよかったんだろうか。このレイという精霊も、信用できるか分からないけど。

 でも今はこの子しか頼れるものはないし…。


「レイ、私が異世界から来たって、ここの人は知ってるのかな」

『知らないと思うよ!異世界があることも知らないと思う!』

「じゃあ、私が言葉分からないことは伝えた方がいいのかな」

『うーん、どっちでもいいと思うけど、この世界の言語はひとつだからなぁ』


 なんだって?

 言語がひとつって言った?

 じゃあ、言葉が通じないなんてことはありえないじゃん!!


 冷や汗が出る。

 言葉が通じないことがバレたら、どこから来たんだってなるよね。この世界に他の言葉はないのに、なんで知らない言葉を話すのかって。


 そこから…異世界人って、バレる?

 バレたらどうなる?異世界ってどこなんだって、事情聴取とかされて、変な知識持ってないかって拷問とかされたりするのかな…。

 解剖とか、されないかな…。大丈夫かな…。



「と、とりあえず私は声出さないでおくから、レイに通訳頼める?」

『いいよ!任せて!』


 とりあえず言葉を覚えよう。私が覚えれば済む話だ。どれくらいかかるか分からないけど。


 レイが通訳してくれるから内容は分かるとしても、レイの言葉は私には日本語に聞こえるから、レイから教わることは出来ない。

 だから聞いて覚えるしかないんだな。


 なら暫くは無口の設定で行くしかない。

 ここが安心出来るところかも分からないし。


 私はぐっ、と拳を握りしめた。





 銀髪の人に拾われてから、はや2ヶ月。

 私はのんびり優雅に暮らしていた。


「お茶のおかわりはいかがですか?」


 侍女に聞かれてこくりと頷く。

 侍女はにっこり笑って、空になったティーカップに紅茶をいれてくれた。


 紅茶を淹れてくれた彼女ににこりと笑って、私は紅茶を飲む。


 あー…美味しい。

 目の前の花もすごく綺麗だし、穏やかな暮らしだ…。




 最初の警戒はどこへやら、なんの障害もなく私は暮らしてる。


 侍女と呼ばれる使用人は突然現れた私に優しく接してくれるし、私は言葉を出さないのに嫌な顔ひとつしない。

 得体の知れない人のはずなのに、みんな私を奥様と言って丁寧に扱ってくれる。


 ご飯もすごく美味しくて、夜ご飯は銀髪の人と一緒に食べている。どうやら彼が旦那様らしく、私の結婚相手だった。

 名前はまだ分からないけど、彼も私と会えば色んな話題を提供してくれて、言葉を出さない私にめげずに話しかけてくれる。



 私は銀髪の人の奥さんになるわけだけど、だからって夜の生活を共にとかしてこないし、そもそも接触してこない。私がこの家でやることも、のんびり過ごしてることだけで、まるでお飾りの妻のよう。


 それでも何も出来ない私はラッキーだと思っていて、のんびりニート生活を満喫してしまってる。



 いやぁ、幸せかも。

 最高、ニート生活。



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