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第77章 戦いすんで…

長江流域の上海(人口約40万)、武漢(ウーハン、人口約3万)、重慶(チョンチン、人口約2.5万)、及び長江支流流域の成都(チェンドゥ、人口約5千)には、それぞれ自治組織たる自経団がある。上海には10の自経団があり、それらを統括する自経総団が置かれている。自経総団は総書記と原則として9人の副総書記で構成され、それぞれ1つの自経団の責任者たる書記を兼務している。武漢自経団には地区ごとに漢陽ハンヤン漢口ハンコウ武昌ウーチャンの3つの支団があり、自経団の責任者たる書記と副書記2名は、原則として支団の責任者である支団書記を兼務。重慶には同様に3つの支団があるが、人口の少ない成都には支団はない。


上海マオ対策本部は、恒星間天台マオのインパクトに備え、月に本部を置く国際連邦が管轄するネオ・シャンハイへ上海をはじめ4都市の住民の避難を進めるための実働部隊として組織された。その幹部は上海出身、武昌出身の官民から登用された混成メンバーで、国際連邦から派遣され、月から赴任した3名もいる。


主な登場人物


ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、ネオ・トウキョウでターミナルケアを生き延びた。大陸の武昌に辿り着きダイチたちと行動を共にする、上海マオ対策本部技術第一部副部長、今は亡き同い年の従妹でカオルのフィアンセだったサユリに瓜二つ

周光武:(チョウ・グゥアンウー)周光立の従兄、上海自経総団副総書記兼第7自経団書記、上海の最高実力者周光来の孫、AF党の実質的オーナー

張双天:(チャン・シュアンティエン)上海マオ対策本部公安部部長

袁毅志:(ユエン・イージー)上海の食品卸業者、AF党党首

姜磊:(ツィアン・レイ)違法薬物を扱う組織の首領、AF党副党首

クロダ・ミカ:中国名は黒美香 (ヘイ・メイシャン)上海自経団の某支団の公安幹部、AF党副党首

ヤマモト・カオル:中国名は李薫 (リー・シュン)武昌支団副書記兼上海マオ対策本部リエゾンオフィサー

高儷:(ガオ・リー)本作のサブ・ヒロインの一人、ネオ・シャンハイのターミナルケア生き残り、武昌支団勤務を経て上海マオ対策本部民生第二部副部長

ミヤマ・ダイチ:ヒカリの従兄、中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、上海対策本部チーフ・リエゾンオフィサー、武漢副書記は兼務

潘雪梅:(パン・シュエメイ)双子の警務隊員(姉)、上海マオ対策本部公安部所属

潘雪蘭:(パン・シュエラン)双子の警務隊員(妹)、上海マオ対策本部公安部所属

周光立:(チョウ・グゥアンリー)ダイチの同級生で盟友、上海マオ対策本部の実務を統括する副本部長、上海自経総団副総書記を兼務、上海の最高実力者周光来の孫

杜美雨:(ドゥ・メイユイ)上海マオ対策本部本部秘書兼庶務担当

馮万会:(フォン・ワンフイ)報道機関である長江新報の主任編集員、ダイチと周光立の先輩


 正門から聞こえてくる銃撃の音の中、周光武が言う。

[2つの誤算があったようだ。一つは、張双天があちらについたこと。これだけ早くに対応できたのは、彼の人望とネットワークのおかげだろう]

[もう一つは?]と袁毅志。

 ヒカリに視線を合わせて周光武が続ける。

[この女性が、協力を拒み続けたことだ]

 姜磊の手下の者が入れ替わり立ち替わり戦況を伝えにくる。思わしくないようだ。

[裏門はどうだ?]と姜磊。

[今のところ動きはないようです]

[よし、脱出が可能か、見に行ってくる]

 そう言うと、姜磊は拳銃を持った手下を連れて、ドアから出て行った。

「しかし、なぜこの場所を奴らは特定できたんだ?」と袁毅志。

「この女のPITは取り上げて、電源もコンプリート・オフにしていたはず…まさか?」

 そう言うと袁毅志はヒカリの眼鏡に目をやった。

「危害は加えない。白状してください」と周光武。

「はい、お察しのとおりです。これは眼鏡型のポータブルデバイス。これを使って、マリンビークルに航跡データの送信をさせる指示を出して、それからわたしのGPS情報や録音内容を送信し続けました」

「そうか、私自ら墓穴を掘ったというわけか」

 そう言った周光武の顔に、うっすらと笑みが浮かんだ。

[私はそろそろ潮時だね]と黒美香。

[公安局局長を解任された。配下の警務隊員もあちら側についた。ヒラの公安局員が、もはや副党首のポジションにいる意味はない]

[どうしようと言うのだ?]と袁毅志。

[投降させてもらう]

[早まるな! まだ…]

[いや、自由にしてもらおう。黒美香、これまでお世話になりました]

[周光武、ありがとうございました]

 そう言うと彼女は、自分のレーザー銃を周光武に渡した。警務隊員と同じ設定の銃だ。

[何かのお役に立てば…袁毅志も、ご無事を祈ります]

 黒美香は席を立ち、ヒカリに向いてニッポン語で言った。

「ミヤマ・ヒカリさん。貴女とは…ニッポン人同士、もっと違う形でお会いしたかったですね」

 言葉を返せないでいるヒカリ。

 黒美香ことクロダ・ミカは、凛とした佇まいを背後に漂わせながら、部屋を出て行った。


---------------------------------------------


~カオル(李薫)の独白~

 PITに入った、高儷からのメッセージ。

「救出作戦遂行中。現場の周光立の話では、時間はかかっているが着実に相手方に迫っているとのこと」

 運転中のダイチにその旨告げる。

「そうか」ポツリとダイチが言う。


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 黒美香が部屋を去ってほどなく、裏門から姜磊が戻ってきた。一緒に行った手下のうち一人の姿が見えない。

[だめだ。こちらも敵の手勢が集まっている]

[表の連中を回して突破することはできないのか?]と袁毅志。

[出口が狭すぎる。体を出したとたんに両側からレーザー銃の光線を浴びる。人を集めても、次から次へとお陀仏だ]

[そうか]と周光武。

 正門側から聞こえていた銃声の嵐が止んだ。

 しばらくすると、塊のように一点に集中する銃声が聞こえた。

 一息つく間もなく、銃声の嵐が再開した。


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 正門から10mほどのところに横たわる、黒美香の引き締まった体。前第38支団公安局局長は、周光立と張双天のほうへ丸腰で歩み出したところを、背後から一斉に銃撃された。後頭部から臀部にかけて一面に銃弾を浴びて、即死状態だった。

 再び正門側からの激しい銃撃。ひるまずに前進する作戦隊員。一人、また一人と構成員をレーザー銃で仕留めていく。

 一人残っていた機関銃の射手にレーザー銃が命中し、失神した。火力が大幅に低下した構成員の側が、目に見えて劣勢になった。


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 戦況を伝える姜磊の手下の者が、機関銃が戦列から外れ、戦闘している構成員が20人を下回ったことを告げた。

[相手側はどうだ]

[まだ40人近く活動しています]

 一座を見回すようにして、周光武が口を開く。

[そろそろ我々も潮時のようだな]

[どうするんですか?]と袁毅志。

[二人で正門に行って、戦闘停止と投降を命じてくださいますか]

[副総書記はどうするんで?]と姜磊。

[私は、この女性と一緒にここで待ちます]

 そう言うと周光武は、ヒカリに向けていた視線を左右の双子の警務隊員に交互にやって、こう言った。

[お前たちもいままでご苦労だった。私の最後の命令だ。投降しなさい]

 その言葉を聞いた双子の顔から、笑顔が消えた。

「ニコニコしていない双子の警務隊員」を見るのは、ヒカリにとって初めてだった。

[周光武]と潘雪梅。

[局長]と潘雪蘭。

 彼女らにとっては、かつて自分たちの上司だった「公安局局長の周光武」の印象が強いのだろう。

[さあ、早く行きなさい]と穏やかな声で周光武。

 袁毅志と姜磊が立ち上がり、ドアへと向かった。しばらくして、目に涙を浮かべた潘雪蘭と潘雪梅が続いた。

 部屋の中は周光武とヒカリだけになった。黒美香から受け取ったレーザー銃を、ヒカリに照準を合わせたまま「殺害モード」にセットし、椅子を動かすとヒカリの隣に座った。


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 しばらくすると正門あたりの銃声がピタッと止んだ。

[終わったな]と周光武。レーザー銃はヒカリのほうを向けたままだ。

「どうするんですか」とヒカリが絞り出すような声で聞く。

[…]

 二人無言のまま待つことしばらくすると、正門のほうから聞こえてくる一団の足音。

 最初に警務隊員が二人、正面にレーザー銃を構えながら入ってきた。周光武のレーザー銃が動かないのを確認して後ろに合図する。

 さらに二人の警務隊員を伴って、周光立と張双天が入ってきた。

[周光武…やっと会えたのが、こんなこととは]と周光立。

 一呼吸あって周光武が言った。

[おれのほうも…よもやこんなところで、いとこと元部下と対面しようとは思ってもみなかった]

 近づこうとする周光立。周光武が手にしたレーザー銃をヒカリに近づけて牽制する。

[それ以上近づくな。警務隊員の銃も、床に置いてもらおう]

 二人から5mほどのところで一同が止まり、張双天が自分のレーザー銃を床に落とすと、4人の警務隊員が続いた。

[周光武。なんでこんなことになってしまったんだ?]と周光立。

[それは…今となってはおれにもわからん。ただ…どうしても連邦に頭を下げたくなかった。それだけだ]

[「星」のことがなければ、それもよかっただろう。でも、そうするしかないんだ]

[わかっている。けれど、おれも…いろいろなしがらみがあって、こうせざるを得なかったんだ]と声のトーンの下がった周光武。

[…さあ、もうすべて終わりにして、一緒に行こう」とできる限り穏やかな声で周光立。

[ふはははは]と周光武がゆっくりと笑い声を上げる。

[おれのアイディア自体は悪くなかっただろう。準備させるだけさせといたところで、この女性の仕組んだ「独立運動」を発動する…まあ終わったことだがな]

 無言で周光武を見つめる周光立。その視線を逸らすようにして周光武が言う。

[頼みたいことがある]

[なんだろう]

[反逆罪の極刑は銃殺刑だな]

[そうだ]

[他の連中が極刑にならないよう、どうか図らってほしい]

[わかった。だから…」

 そう言って一歩踏み出そうとした周光立。


 次の瞬間、周光武はヒカリに向けたレーザー銃の照準を、自分のこめかみのあたりにあてた。

 反射的に彼のほうに飛びかかろうとする張双天と4人の警務隊員。

 一瞬早くトリガーを引く周光武。

 カッと目を見開いたまま、彼の上半身はテーブルに倒れ込んだ。


 固まった状態で隣に目をやるヒカリ。

 張双天が寄り添い、穏やかな声で言葉をかける。

[もう大丈夫ですよ]

 ヒカリの口から言葉は出ない。

 4人の警務隊員が周光武の周囲に集まり、体を抱えて床に横たえる。

 一人が蘇生術を試みる。

[やめてくれ]と近寄りながら周光立。

[もういい。彼は自分で…終わりにしたんだ]

 そう言うと彼は、床に膝をついて、仲良しだったいとこの体にすがった。

 彼の口から嗚咽が漏れた。


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~カオル(李薫)の独白~

 高儷からのメッセージ。

「救出作戦は終了。ヒカリは無事収容されました。これから現場に向かいます」

 運転中のダイチにその旨告げる。

「そうか、よかった」

 ダイチの顔に広がる安堵の表情。

「さあ、ヒカリの顔を見に、急いで行くぞ」


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 ヒカリが警務隊員に付き添われて建物から出てきたときには、11時を回っていた。

 眼鏡をしたままの彼女の足取りは、ゆっくりだがしっかりとしている。

 凍りついたように無表情な顔。

 作戦本部からやってきた医務隊のスタッフが、仰向けに横たえられた黒美香の体を検死している。チラッと目をやるヒカリ。

 ちょうど到着した警務隊の車から、高儷と対策本部秘書の杜美雨ドゥ・メイユイが降りてきた。

 彼女らの姿を目にすると、ヒカリの歩みが止まった。

[ヒカリ!]と呼びかけながら駆け寄る高儷。目の前で止まって向き合う。

【ヒカリ、大丈夫?】

 ヒカリは無表情のまま黙っている。

【ごめん、大丈夫なわけ…無いよね】と高儷。

 ヒカリの表情が崩れ、目から涙が溢れ出す。高儷にすがりつくように抱きつくヒカリ。

【大丈夫…もう大丈夫だから】と、ヒカリの背中に腕を回して抱きしめる高儷。

 ヒカリはそのまましばらく、声を出さずに泣いていた。

 正門前の後始末は、張双天の指揮のもと粛々と進められた。

 作戦隊の負傷者は12人。被弾しているが意識は正常で、いずれも命に別状はない。医務隊員が手際よく応急処置をし、続々と到着する警務隊の車両で運ばれていく。

 最初に投降した40人ほどの構成員は、すでにトラックで運ばれていた。戦闘に加わった者のうち50人弱が失神した状態。医務隊員がチェックし手当てが不要であることを確認した者から、警務隊員が手錠をかけ正門前に整然と並べていく。最後まで残っていた20人ほどは、武装解除の後、手錠をかけられて建物内の一室に拘束されている。

 医務隊の搬送車が2台到着したころには、ヒカリは泣き止んで、高儷と並んで立っていた。高儷がヒカリの腰に腕を回している。

【大丈夫?】と高儷。

「うん…最後まで見届けたい、このままで」

 黒美香の遺体が担架に乗せられ、搬送車に運び込まれた。

「彼女、ニッポン人だって」とヒカリ。

【そうだね。そう聞いてる】と高儷。

 ちょうどそのとき、車体に「長江新報」と書かれた乗用車が到着した。

 降りてくる主任編集員の馮万会フォン・ワンフイ

[ヒカリさん、無事でよかった]

[ごめんなさい。今はそっとしておいてあげて]と高儷。

[わかりました]

[プレスの方への対応は、私が担当します]と秘書の杜美雨。 

 もう一つの担架が建物内に運び込まれ、ほどなく周光立が寄り添う形で、遺体が運ばれてきた。その目は泣きはらし、沈痛な表情だった。

 張双天の横を通るとき、ひとこと発した。

[あとのことは…お願いします]

[了解です。副本部長]

 搬送車に周光武の遺体が運び込まれるとき、周光立はヒカリたちのところへやってきた。

[シカリ…身内の争いに巻き込んでしまって、申し訳ない]

「そんな…」

[高儷、シカリのことをお願いします]

[わかりました]

[馮万会。落ち着いたら詳しく話をさせてもらいますから…]

[わかった。いまは無理するな]

[杜美雨。よろしく頼む。なにかあったら連絡してくれ]

[了解しました]

 周光立は沈痛な表情のまま、搬送車に乗り込んだ。後部ドアが閉まりほどなく発進した。

 残りの構成員たちのうち覚醒していた20人ほどが、トラックで連行されるべく、2列に並んで両側を警務隊員が監視する形で建物から出てきた。

 双子の警務隊員、潘雪梅と潘雪蘭がいた。制服姿だが、他の構成員と同様手錠をかけられている。二人揃って高儷に目をやり、次にヒカリのほうに視線を向けた。周光武の顛末を聞いたのだろう。目に涙を浮かべながら、それでもわずかに微笑んだように見えた。

 彼女らを乗せたトラックを見送ったところで、ヒカリが高儷にポツリと言った。

「結局、双子の見分けは…つかなかったな」

【そうね…さあ、そろそろ私たちも行きましょうか】

「うん。わかった」

 高儷はヒカリの腰に腕を回したまま、待機していた警務隊の車に連れて行った。

 見送る形の馮万会と杜美雨。

 曇り空。底冷えがする。


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 かくして、上海自経総団副総書記にして上海マオ対策本部副本部長である周光立の指揮で遂行された、ミヤマ・シカリ救出およびAF党壊滅作戦はいったん終了した。

 AF党側は、最高幹部のうち党首の袁毅志と副党首の姜磊が身柄を拘束され、もう一人の副党首である黒美香は、構成員に銃撃されて死亡した。その他に身柄を拘束されたのが総勢115名。その大半は副党首の姜磊が首領である、クスリを扱う秘密組織北東会の構成員。

 作戦隊側は負傷者が12名。死者は出なかった。

 また、艾総書記の指揮で同時に行われた各支団警務隊による摘発の結果、呼応する動きを見せていた組織の構成員約150名が連行された。

 そして、AF党を使って反連邦の謀略を遂行しようとした上海自経総団副総書記の周光武が、レーザー銃で自死した。

 ミヤマ・ヒカリの救出に成功し、AF党にも壊滅的な打撃を与えた。作戦は成功裏に終わった。

 しかしながら、周光立の当初の命令「だれも殺すな。そして、だれも死ぬな」は、達成されなかった。


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