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第76章 救出作戦始動

長江流域の上海(人口約40万)、武漢(ウーハン、人口約3万)、重慶(チョンチン、人口約2.5万)、及び長江支流流域の成都(チェンドゥ、人口約5千)には、それぞれ自治組織たる自経団がある。上海には10の自経団があり、それらを統括する自経総団が置かれている。自経総団は総書記と原則として9人の副総書記で構成され、それぞれ1つの自経団の責任者たる書記を兼務している。武漢自経団には地区ごとに漢陽ハンヤン漢口ハンコウ武昌ウーチャンの3つの支団があり、自経団の責任者たる書記と副書記2名は、原則として支団の責任者である支団書記を兼務。重慶には同様に3つの支団があるが、人口の少ない成都には支団はない。


上海マオ対策本部は、恒星間天台マオのインパクトに備え、月に本部を置く国際連邦が管轄するネオ・シャンハイへ上海をはじめ4都市の住民の避難を進めるための実働部隊として組織された。その幹部は上海出身、武昌出身の官民から登用された混成メンバーで、国際連邦から派遣され、月から赴任した3名もいる。


主な登場人物


ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、ネオ・トウキョウでターミナルケアを生き延びた。大陸の武昌に辿り着きダイチたちと行動を共にする、上海マオ対策本部技術第一部副部長、今は亡き同い年の従妹でカオルのフィアンセだったサユリに瓜二つ

周光立:(チョウ・グゥアンリー)ダイチの同級生で盟友、上海マオ対策本部の実務を統括する副本部長、上海自経総団副総書記を兼務、上海の最高実力者周光来の孫

周光武:(チョウ・グゥアンウー)周光立の従兄、上海自経総団副総書記兼第7自経団書記、上海の最高実力者周光来の孫、AF党の実質的オーナー

潘雪梅:(パン・シュエメイ)双子の警務隊員(姉)、上海マオ対策本部公安部所属

潘雪蘭:(パン・シュエラン)双子の警務隊員(妹)、上海マオ対策本部公安部所属

クロダ・ミカ:中国名は黒美香 (ヘイ・メイシャン)上海自経団の某支団の公安幹部、AF党副党首

張双天:(チャン・シュアンティエン)上海マオ対策本部公安部部長

カリーマ・ハバシュ:スペースプレインの若手航宙士、上海マオ対策本部民生第一部のミニプレイン操縦士兼整備士

高儷:(ガオ・リー)本作のサブ・ヒロインの一人、ネオ・シャンハイのターミナルケア生き残り、武昌支団勤務を経て上海マオ対策本部民生第二部副部長

ヤマモト・カオル:中国名は李薫 (リー・シュン)武昌支団副書記兼上海マオ対策本部リエゾンオフィサー

ミヤマ・ダイチ:ヒカリの従兄、中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、上海対策本部チーフ・リエゾンオフィサー、武漢副書記は兼務

姜磊:(ツィアン・レイ)違法薬物を扱う組織の首領、AF党副党首

袁毅志:(ユエン・イージー)上海の食品卸業者、AF党党首

張子涵:(チャン・ズーハン)本作のサブ・ヒロインの一人、武昌で物流業者を営みつつ上海マオ対策本部民生第一部副部長を務める

周光来:(チョウ・グゥアンライ)周光立の祖父。上海真元銀行の創設者にして自経団組織の立役者の一人。89歳にして上海の最高実力者

ミヤマ・マモル:中国名は楊守 (ヤン・ショウ)、ヒカリとダイチの祖父、調査隊撤収時に大陸に残った。武漢に自経団組織を創設した一人


 周光立のPITがとらえた音声情報は、以下のとおりだった。


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ヒカリ:…けれど貴女たちは、どうして周光武副総書記の命令で動いているの?

双子A:(どちらかは判然としない)それは、申し上げることができません。

ヒカリ:わたしは貴女たちに脅かされる形でここに来た。そして意に沿わないことを強要されようとしている。わたしには、その経緯について知る権利があると思うわ。

双子B:わかりました。私たちと周光武副総書記の関係についてはお教えしましょう。

双子A:私たちが警務隊員の訓練校を卒業し、仮配属されたのが第7自経団の第35支団の警務隊でした。その当時周光武副総書記は第35支団の副書記で公安局局長でした。

ヒカリ:そういう接点があったんだ。

双子A:副総書記は私たちのことを目にかけてださって、1年が過ぎて正式配属になったとき、今後どこに所属になっても、いざというときには自分の命令に従うことを誓ってほしい、とのお話をいただきました。

双子B:「周光来の孫」から直にお話をいただくのは光栄なことだったので、私たちはお受けしました。

ヒカリ:なるほど、それで…

双子A:そうです。その後第4自経団の第18支団の警務隊に2名欠員ができたとき、周光武副総書記が私たちを推挙されたのです。

ヒカリ:ところで貴女たちは、AF党の党員なの?

双子B:いえ、私たちは党員ではありません。あくまで周光武副総書記の命令で動いています…


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[自分が想定していたうちで最悪のシナリオのようだ]と周光立は呟いた。


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ヒカリ:ところで、貴女たちと黒美香の関係は? 彼女は公安局局長よね。

双子A:直接の指揮命令関係にはありません。周光武副総書記の指示があれば指揮下に入ります。


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[黒美香は第38支団の公安局局長です。彼女がAF党だったとは]と張双天。

 周光立は艾総書記に連絡し事情説明のうえ、緊急命令を発して、黒美香第38支団公安局局長を即刻解任、張双天を公安局局長代行に任命、また彼に第9、第10自経団の全警務隊への指揮権を与えるよう依頼した。

[張双天。これよりミヤマ・シカリ救出およびAF党壊滅作戦を開始する。作戦本部は現地点とし、第10自経団の各警務隊の半数の要員を警監クラスの隊員に率いさせ、重装備のうえ大至急集結させるように。また第9自経団には同様の体制でいつでも出動できるよう待機させてください]

[了解です。周副本部長]

 張双天は第10支団傘下の警務隊長に一斉メールで命令を伝達、電話で念押しをし、第9自経団傘下の警務隊長にはひとまずメールで命令を伝達した。

[それではこれから、偵察隊を出しましょう]と張双天。

[いや、それは私が自分で行きます]と周光立。

[いけません。副本部長の身になにかあっては]

[これは私の身内の不始末でもあります。周家の一員として、自分が先頭に立たないわけにはいきません]

[わかりました。くれぐれもお気を付けください]

[ありがとう]と言うと、周光立はミニプレインに向かい操縦席のハバシュに話しかけた。

[このプレインを飛ばして、相手に覚られないで近づけるのは、どこまでかな]

[そうですね…500mだと耳のいい人には気づかれるかもしれません。安全圏だと800mくらいまででしょうか]

[了解]

 そう言うと周光立は、自分についてハバシュのプレインで偵察に向かうことを、張双天から私服姿の警務隊員2人に命令させた。


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 ヒカリのメガネに短いメッセージが表示された。高儷のものだった。

「救出作戦遂行中。アルトのところまで来ている。がんばって!」

 監視している双子の警務隊員に目をやる。相変わらずニコニコしながら、「殺害モード」にセットしたレーザー銃の照準をヒカリに合わせている。


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 周光立は、私服姿の警務隊員2人とハバシュのミニプレインで、敵方に覚られずに近寄れる限界の地点に到着した。

[目印は、さきほどのGPSデータの地点だ。くれぐれも気をつけて、無理しないように]と言うと、周光立は2人を送り出した。

 20分ほどして2人が相次いで戻ってきた。PITで張双天とつないで報告を受ける。

[建物の出入口は正門と裏門2箇所。周囲を固めているのは、多くは組織の構成員のようです。ざっと100人くらいでしょうか]

[その他に正面の入口付近に、警務隊員の制服の者が30人ほどいます。どちらの支団かはわかりませんが、軽装備です]

[たぶん第38支団だろう。組織はどこの組織かわかるか?」と周光立。

「北東会の連中が多いようです]

[了解。だんだん全容がわかってきた]と言うと周光立は張双天に聞く。

[そちらの様子はどうですか]

[2個支団の警務隊の、合わせて31人がすでに到着しています。あと3個支団の47人がこちらに向かっています。敵方の人員がその程度なら、ひとまず増派の必要はないでしょう。第9自経団は待機させます]

[了解。到着しているうち1個支団と対策本部の3人を後衛要員として作戦本部に残して、張双天はあと1個支団を率いてこちらに向かってください。作戦本部に向かっている3個支団も直接こちらに向かわせるように。あと第10自経団の医務隊の派遣要請も]

「了解です。医務隊には作戦本部に向かうよう要請します」


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~カオル(李薫)の独白~

 僕のPITに、高儷からのメッセージが入った。

「ヒカリの所在を特定しました。救出作戦を進めるべく警務隊員が続々と集まっています」

 運転中のダイチにその旨告げる。

「いよいよだな。無事を祈ろう」とダイチ。


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~ヒカリの独白~

 周光立たちが、わたしを救出するための態勢を整えているところだろう。わたしにできることは、少しでも時間を稼ぐこと。


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 周光武とAF党最高幹部3人が部屋に入ってきた。先ほどと同じ並びでテーブルを囲む。

[さて、決心はつきましたか?]と周光武。

「いま、何時でしょうか」とヒカリ。

「9時半です」とクロダ・ミカがニッポン語で言う。

「では、期限までにまだ30分ありますよね」

[それがどうしたというのだ。命が惜しいなら選択肢は一つしかないではないか]と北東会の姜磊が言う。

[まあまあ、そう苛立つんじゃない]と袁毅志。

[「選択肢は一つ」というのはおわかりだとして、なにを考えておられるのかな]と周光武。

「わたしには、貴方がたから詳しくお話を聞く権利があると思います」と周光武をメガネ越しにキッと睨むような目つきで、ヒカリが言う。

[何を言われるかと思ったら…まあまだ30分ある。何を聞きたいということかな]

「AF党のことと、連邦に抵抗しようとしている理由です」

[では、AF党のことについて説明してくれるかな、袁毅志]

 袁毅志はAF党、すなわち、Anti Federation(反連邦)党の成り立ち、構成メンバーと設立から現在までの経緯について話した。キャラバン・コネクションが脱退したくだりでは、「武上物流総経理」の張子涵の名前が出てきた。

[本来自経団は、連邦と対立して袂を分かった者が作り上げた自治組織だ。反連邦の旗印が自経団には相応しいのだ。自経団の創設者の一人である周光来も、本来は反連邦の立場のはずだが、年を取って耄碌したのだろう。孫の一人の周光立副総書記と彼が連れてきた2人の連邦出身の女に、たらし込まれたようなものだ。貴女には失礼な言い方だが]

[周光来の孫でありながら、連邦と手を結ぼうとしている周光立を許すわけにはいかない]と姜磊。

「裏切者と言ってもいい」とニッポン語でクロダ・ミカ。

 周光武が大きく呼吸をして言う。

[貴女は、周光立を手助けして周光来を手なずけ、周光立のためにここまで働いてきた。楊家、というよりはニッポン人ミヤマ・マモルの血を引く者として、今度は、もう一人の周家の者である私を助けてはくれませんか。周光来の意思を継ぐ正統な後継者は、反連邦を掲げる私なのですよ」

「わたしは、おっしゃるようにミヤマ・マモルの血を引く者です。ただそれと同時に、ネオ・トウキョウの住民として連邦市民の地位を持っていた者です。連邦職員として連邦に忠誠を誓い、長く職務にあたってきました。そんな私が連邦をそう簡単には裏切ることができないことを、ご理解いただけませんか」と一座を見渡しながらヒカリ。

「そろそろ刻限の10時になります」とクロダ・ミカがニッポン語でヒカリに言った。

 そのとき、外が騒がしくなった。しばらくすると拡声器で呼びかける声が聞こえてきた。

[だれだ、あの声は]と慌てたように袁毅志。

[どうやら…張双天のようだな。私の元部下だ]と冷静な声で周光武。


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~ヒカリの独白~

 ああ、来てくれた!


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[第38支団警務隊員に告げる、総書記緊急命令により第38支団公安局局長の黒美香は、本日9時30分をもって解任された。同時に私、張双天が局長代行に任命された。ここにいる第38支団警務隊員は、ただちに私の指揮下に入るように。繰り返す。総書記緊急命令により第38支団公安局局長の黒美香は解任された]

 重装備をした第10自経団の警務隊員による混成部隊61人のうち、裏口に回った10人を除く51人が、建物の正門から50mほどの場所に配置されている。

 部隊の真ん中あたりに構えた作戦隊長の張双天が、古風な拡声器で正門前に詰めている敵方の人員に語りかけた。

 正門前を固める警務隊員の制服を着た者たちの間に、明らかに動揺が広がっている。

[指示に従い現時点で私の指揮下に入った者は、上官の命令に従ったものとして一切罪を問わない。ただし、ただちに私の命令に従った者に限る]

 建物正面に詰めていた第38支団警務隊員約30人全員が、一つの塊になって作戦隊の側に向かってきた。背後から銃撃されないよう、5人が後ろを向いてレーザー銃を構えながら動いてくる。組織の構成員たちは、呆気にとられたように見ている。

 警務隊員たちの塊が作戦隊側の陣の中に入ったのを確認すると、周光立が拡声器を取って話を始めた。

[ここにおられるみなさんに申し上げます。現時点で武装を解いて投降された方には、この場での安全を確保するともに、今回の事件に加担したことについての罪は問いません。もっともその他の犯罪事由に該当する場合は訴追の対象となりますが、情状面で配慮させることをお約束します]

 建物の他の部分を固めていた構成員たちも、正門に集まってきた。偵察隊の報告通り、ざっと100人だろうか。

 周光立がさらに語りかける。

[繰り返します。ただちに投降された方には、手厚い配慮を用意します。逆に抵抗を続ける方には、反逆罪の適用があります]

「反逆罪」と聞いて顔色を変えた者が、手にしていた古風な拳銃を投げ捨て、走って作戦隊側の陣の中に駆け込んできた。その数40人ほど。指揮下に入ったばかりの第38支団警務隊員に張双天が指示し、投降した構成員たちの身柄を確保、安全な場所に移動させた。

[あれは、たしか…周光立じゃねーか! 反連邦の旗に泥を塗った裏切り者だ! やっちまえ]と、構成員たちの中のリーダー格らしい男が叫んだ。

 その声を合図に、建物側から銃撃が始まった。建物の上層階には機関銃が2機据えられているらしく、夥しい数の弾丸が降り注いだ。

[いいか。周副本部長命令だ。だれも殺すな。そして、だれも死ぬな]

 張双天が叫ぶ。隊員たちのレーザー銃は「失神モード」に設定されている。

 雨あられのような銃弾を避け防護盾で前面を守りながら、警務隊員が建物のほうにじりじりと迫っていき、銃弾の切れ間にレーザー銃で構成員を撃つ。失神して倒れる構成員。そして被弾した隊員が、防護盾の後ろにしゃがみ込む。

 銃撃開始から15分ほど経った頃、構成員で戦闘を続けている者が機関銃のうち1機を含めて40人ほどに減っていた。一方作戦隊側は10人が被弾して離脱、正門前30mほどのところで41人が前進を続けていた。


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