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第83章 あしたは来月

長江流域の上海(人口約40万)、武漢(ウーハン、人口約3万)、重慶(チョンチン、人口約2.5万)、及び長江支流流域の成都(チェンドゥ、人口約5千)には、それぞれ自治組織たる自経団がある。上海には10の自経団があり、それらを統括する自経総団が置かれている。自経総団は総書記と原則として9人の副総書記で構成され、それぞれ1つの自経団の責任者たる書記を兼務している。武漢自経団には地区ごとに漢陽ハンヤン漢口ハンコウ武昌ウーチャンの3つの支団があり、自経団の責任者たる書記と副書記2名は、原則として支団の責任者である支団書記を兼務。重慶には同様に3つの支団があるが、人口の少ない成都には支団はない。


上海マオ対策本部は、恒星間天台マオのインパクトに備え、月に本部を置く国際連邦が管轄するネオ・シャンハイへ上海をはじめ4都市の住民の避難を進めるための実働部隊として組織された。その幹部は上海出身、武昌出身の官民から登用された混成メンバーで、国際連邦から派遣され、月から赴任した3名もいる。


主な登場人物


ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、ネオ・トウキョウでターミナルケアを生き延びた。大陸の武昌に辿り着きダイチたちと行動を共にする、上海マオ対策本部技術第一部副部長、今は亡き同い年の従妹でカオルのフィアンセだったサユリに瓜二つ

張子涵:(チャン・ズーハン)本作のサブ・ヒロインの一人、武昌で物流業者を営みつつ上海マオ対策本部民生第一部副部長を務める

ヤマモト・カオル:中国名は李薫 (リー・シュン)武昌支団副書記兼上海マオ対策本部リエゾンオフィサー

高儷:(ガオ・リー)本作のサブ・ヒロインの一人、ネオ・シャンハイのターミナルケア生き残り、武昌支団勤務を経て上海マオ対策本部民生第二部副部長

トンチャイ・シリラック:上海マオ対策本部連邦アドバイザー

カリーマ・ハバシュ:スペースプレインの若手航宙士、上海マオ対策本部民生第一部のミニプレイン操縦士兼整備士

ミヤマ・マモル:中国名は楊守 (ヤン・ショウ)、ヒカリとダイチの祖父、調査隊撤収時に大陸に残った。武漢に自経団組織を創設した一人

周光来:(チョウ・グゥアンライ)周光立の祖父。上海真元銀行の創設者にして自経団組織の立役者の一人。上海の最高実力者だったが死去、享年89歳

周光立:(チョウ・グゥアンリー)ダイチの同級生で盟友、上海マオ対策本部の実務を統括する副本部長、上海自経総団副総書記を兼務、上海の最高実力者周光来の孫

陳春鈴:(チェン・チュンリン)本作のサブ・ヒロインの一人、上海マオ対策本部民生第一部秘書、傷心の周光立に寄り添う

グエン:ベトナム人、中国名は阮華 (ルアン・フア)、武漢副書記兼武昌支団書記、ヒカリの元上司

ミヤマ・ダイチ:ヒカリの従兄、中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、上海対策本部副本部長代行兼チーフ・リエゾンオフィサー

ジョン・スミス:ドイツ人、武昌で電気電子修理工房を営んでいたが、店を閉店、今は上海マオ対策本部技術第二部副部長

タムラ・ヨウコ:中国名は田洋子 (ティエン・ヤンツー)上海の人気バンド「北斗七星」のMC兼メインボーカル

ミシェル・イー:本作のサブ・ヒロインの一人、香港系中国人で本名は于杏 (イー・シン)、上海マオ対策本部リエゾンオフィサー兼連邦アドバイザー、張皓軒と入籍

張皓軒:(チャン・ハオシェン)ダイチの1学年下でカオルの同級生、上海マオ対策本部民生第一部副部長、ミシェル・イーと入籍

楊清立:(ヤン・チンリー)ダイチの従伯父、武漢自経団の元書記、現在は武漢と漢陽の顧問を務める

徐冬香:(シュ・ドンシアン)楊清立の妻、武昌支団の幹部の一人で裁判所を統括する

 日付の変わる5分前、12人は底冷えする屋外に出た。大きめの輪を作って並ぶ。

 1分前。張子涵が正確に合わせた時計を見ながら10秒ごとに秒読みする。残り10秒から皆でカウントダウン。「3」になったあたりで各々ライターに点火する。

「0」と同時に皆、手に持った爆竹に火をつけ投げる。

 爆竹のはじける大きな音。それに負けないくらい大きな声で皆が叫ぶ。

新年好シンニィェンハオ!」

新年快樂シンニィェンクァィラ!」

 それから皆は、思い思いに花火に点火する。


 カオルの隣に立ったヒカリが、カオルを向いて言う。

「あけましておめでとう、だね。カオル」

「あけましておめでとう、ヒカリ」

 街中が爆竹の音、そして火薬の匂いに包まれた。


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~カオル(李薫)の独白~

 花火の光に映えるヒカリの横顔。

 こみ上げてくる懐かしさ…


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 夜が明け、武漢の空はきれいに晴れ上がっていた。武昌出身者は親戚や恩師、友人のもとへ拝年の訪問へと向かった。ヒカリは、高儷とシリラック、ハバシュを誘って、散歩がてら、武漢長江大橋を案内した。

【第四次大戦の間、よく残りましたね】シリラック

【武漢付近で長江にかかっていた橋は、ほとんど破壊されたらしいから、残ったのは奇跡と言われています】とヒカリ。

【武漢へ飛行するときの目印のひとつなんです。こうして渡ってみると、なんか不思議な気持ち】とハバシュ。

 橋の下を流れる、ゆったりとした川の眺望。

【もうすぐ、ここを多くの人がネオ・シャンハイに向けて移動するのね】と高儷。


 2月12日。春節2日目。武漢自経団には、自経団生みの親で、ヒカリの実の祖父にあたる楊守ことミヤマ・マモルが提唱して始まった「合同拝年」という催しがある。自経団スタッフ同士が新年の挨拶に訪問するのを、まとめて行う場を設けることで、親戚や友人と過ごす時間を長く取れるようにしよう、という趣旨である。

 会場は持ち回りで今年は武昌の番である。春節2日に開催されるためケータリングは休業。皆が飲み物やスナックなどを持ち寄って、立食パーティー形式で行われる。

 定刻の14時。武昌の大会議室は、武漢3地域の幹部に上海対策本部の面々も加わり盛況を呈していた。

 楊清立武昌顧問の発声で「新年好!」の乾杯。ネオ・シャンハイへの移動という一大プロジェクトが始まる前の、緊張感が漂いつつも和やかなひととき。そこここに談笑の輪ができ、握手を交わす者もいる。

 14時少し過ぎ、上海から到着した周光立が、陳春鈴を伴って入ってきた。周光来の孫である上海副総書記と、武昌出身のその実質的フィアンセの到来に、場内の視線が二人に集まった。進行役のグエンがマイクを周光立に渡す。

[ええー…何かとお騒がせしております]

 会場が一瞬ざわつき、すぐに元に戻る。

[ここ2ヶ月ほど、私の身にもいろいろとありましたが、支えになってくれる人たちに恵まれて、どうにかやっています]

 そういうと周光立は、陳春鈴のほうを向いた。はにかむ彼女。

[みなさまのご協力があれば、移動プロジェクトの成功は間違いないものと思っています]

 会場から拍手が起こる。

[みんな無事で、ネオ・シャンハイでお会いしましょう。ありがとうございました!]

 周光立が締めくくると、会場から一層大きな拍手が起こった。


 武昌第6区メインストリートから少し入ったところの地下に、最大収容人員約500名のこじんまりとしたアリーナがある。音楽、演劇などのライブパフォーマンスの会場になるとともに、会議等も行われる。11月の助理会(区長助理総会)も、武昌の回はここで開催された。

 春節2日目の18時半、上海対策本部の10人は、アリーナの門をくぐり指定された席へと向かった。全員のチケットは、入口で受け取ってダイチが持っている。

 カオルは、ヒカリの隣に座れるように、座席へと向かう間、ヒカリの隣を歩き続けた。

 ステージ正面の少し高いところの10人並んだ席。そのステージ側から向かって、ダイチ、張子涵、ジョン・スミス、ヒカリ、カオル、高儷、シリラック、ハバシュ、陳春鈴、周光立の順に座った。

 いったん会場が暗転すると、バンドのメンバー7人がステージに入ってくる。最後のチューニング。終わると、ステージの照明がフェイド・インし、リーダーの「ワン・ツー・スリー・フォー」とともに一曲目がスタートする。ヒカリの顔に浮かぶ笑顔。彼女のお気に入りのニッポン語のナンバーだ。終わった恋を前向きに生きて行こうとする女性を描いた、ミディアム・テンポの明るい曲が終わると、リーダーの女性のMCが始まる。

「新年好!」

 客席から「新年好!」が返ってくる。

[ありがとうございます。私たち「北斗七星」のライブにようこそお越しくださいました。1曲目は20世紀から21世紀にかけて活動したニッポン人女性アーティストのナンバー。ある催しに呼ばれたとき、主催者からこの曲の演奏を頼まれて、急遽音源から譜面を起こして演奏しました。いまではレパートリーの一つになっています…それでは2曲目をお届けします…]

 MCの後、オリジナル曲を3曲続けて演奏した。3曲目は去年の10月に周光来邸で演奏した「十七夜」。

[…ええと、それでは少し私たちのバンドのヒストリーを。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、私はここ、武昌の出身です。上海の高中を卒業して、戻って一度は家業に加わりました。それでも音楽を続けたくて、4人で始めたのがこのバンドです。最初のバンド名は「北斗星」。プロになりたくて、「3年たって芽が出なかったら戻ってくる」という条件で、親に許してもらって上海に出ました。おかげさまで3年目までにそれなりのヒット曲をいただいて、新しいメンバーも加入して、3年ほど前メンバーが7人になったときに、バンド名を「北斗七星」に変えました。そういえばこの前、MATESに「メンバーがもう1人増えたらバンド名は?」という質問が寄せられました。う~ん。悩ましい。「北斗七星プラスワン」とか…ちがうか。えへへ、すみません。それでは次の曲…」

 今度は21世紀のアーティストのカバー曲を2曲続けた。

「ここからしばらくニッポン語でMCやります。仲間のニッポン人が観にきてくれているのと、次の曲が、またニッポン語の曲なので…」

 ボトルの水を一口。さらに続ける。

「去年の秋、古いアーカイブスを何気なく漁っていると、21世紀に公開されたボカロ曲に出会いました。作者について、何もわかりません。この曲の他に残っているのは数曲だけ。詞も曲もありきたりなのに、どうしても心から離れません。それで譜面を起こして仲間に見せたら「レパートリーに入れよう」ということになりました。おそらく200年以上埋もれていた曲です。それではお届けします…」


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「あしたは来月」


あなたと歩いたこの道

今は一人歩く

いつか並木も過ぎた時の分

梢を高くする


どうしてだろう

溢れ出る想いが

薄れていく

なくなってく


あしたは来月

流れてく月日の早さに

あしたはもう来月

立ち止まることもできずにいる



頬をなでる優しい風

新しい季節告げる

そして窓辺に置いた鉢植えの

花も落ち実をつける


どうしようもなく

流されるだけなの

愛しい時間とき

遠くなってく


あしたは来月

移ろう季節の中で

あしたはもう来月

一人きり日々を重ねる


あなたのいないこの世界で…


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~カオル(李薫)の独白~

 右隣のヒカリの横顔を見ると、頬に一筋、涙が伝っていた。

 僕は、手すりの上のヒカリの左手に僕の右手を重ねた。

 ヒカリは、自分の左手を裏返しにした。

 僕はヒカリの左手を、優しく握りしめた。


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お願いだから

忘れさせないでいてね

あの横顔

眼差し 声


あしたは来月

流れてく月日の早さに

あしたはもう来月

立ち止まることもできずにいる


あしたは来月

移ろう季節の中で

あしたはもう来月

一人きり日々を重ねる


一人きり日々を重ねる


あなたのいないこの世界で


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 春節2日目の夜に催されたバンド「北斗七星」の演奏会は21時に終わった。上海対策本部の10人は、リーダーの田洋子ティエン・ヤンツーことニッポン人タムラ・ヨウコの楽屋に向かった。

「ヨウコ、久しぶり。とてもいいライブだったよ」とダイチ。彼女とは、上海の高級中学時代の同級生だ。

「ダイチくんにそう言ってもらえると、嬉しいね」

 ライブの高揚した気分が続いている様子のヨウコは、皆の方を向いて続ける。

「みんな、来てくれて本当にありがとう」

[とても楽しかったですわ]と高儷。

[お久しぶりです。高儷さんでしたっけ]

[覚えていてくださったんだ。嬉しい]

「そしてこちらがダイチのいとこの…ヒカリさん」

「はい、そうです。お気に入りの曲をまた聞かせていただいて、嬉しかったです」

「あなた方は、たしかあのとき、連邦からの調査団の」

【はい。エンジニアのシリラックです】

【パイロットのハバシュです】

「じゃあ、お二人はいま、上海の対策本部に」

[そうです。あと、ミシェル・イーが対策本部にいますが、春節は上海で過ごしています]と周光立。

「ニュース画像見ましたよ。まさかカオルくんと同期の張皓軒とゴールインとはね」

 ヨウコと初対面なのは3人。

[はじめまして。ダイチの幼馴染の張子涵です。いいライブでした]

[ありがとうございます]

[ダイチたちとは武昌の自経団からの付き合いのジョン・スミスです。楽しかったです]

[嬉しいです。お楽しみいただけたなら]

 そして、はにかみながら陳春鈴。

[あの、ええと…3年前に上海に遊びに行ったときに、ライブ観ました]

[じゃあ、ちょうど「北斗七星」になったばかりの頃ですね]

[はい…そうだ、忘れてた。名前は陳春鈴です]

[私たちの分の2枚を、急にお願いして申し訳ありませんでした]と周光立。

[なんのなんの。全員一列並びでご用意できたので、ラッキーでした]

 二人は「合同拝年」が終わった後に陳春鈴の両親のところに行き、そのまま過ごすつもりだったが、仲間がライブに行っていることを聞いた両親から「気兼ねしないで行ってきたら?」と言われて、急遽参加した。

「こちらにはみんな、明日までいるんだよね」とヨウコがカオルに聞く。

「うん。僕はこちらに残るけれど、他のみんなは明日中には上海に帰る」

「私たちも明後日上海に戻って、それからしばらく活動は中止になる」

「移動の間は、むつかしいですね」とヒカリ。

「メンバーが別々の自経団所属だから、移動のタイミングも違ってくるしね」

[移動が終わったら、ぜひ、ネオ・シャンハイでライブをお聴きしたいですわ]と高儷。


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 2月13日。春節3日目。今日で春節休暇は終わり。

 周光立と陳春鈴は、陳春鈴の両親に見送られて、昼過ぎに周光立のエアカーで上海へと向かった。陳春鈴にとっては、生まれ故郷の武昌で過ごすおそらく最後の日となる。

 夕刻までの時間を思い思いに過ごした他のメンバー。ジョン・スミス、ヒカリ、高儷にとっても、おそらく武昌は最後となる。

 全員ダイチ宅に集まって軽い夕食を食べた後、楊清立とカオルのエアカーに分乗して、武昌支団駐車場に駐機してあるミニプレインに向かう。

 ハバシュは最初に降りて、プレインを起動させる。

 楊清立と徐冬香夫妻は、上海に向かう全員と握手する。

[ダイチと張子涵以外は、次に会うのはたぶんネオ・シャンハイですね]と徐冬香。

[武昌第15支団は武漢で一番最後だから、5月半ばかな]と楊清立。

 起動作業を終えたハバシュが、いったん降りてくる。

[道中、お気をつけて]と徐冬香。

【はい。ありがとうございます】

 ジョン・スミスを先頭に次々とプレインに乗り込む一行。ヒカリ以外が乗り込んだタイミングでハバシュが乗り込む。

「それじゃあ」とカオルにヒカリ。

「じゃあ、また」とヒカリにカオル。

 ヒカリが乗り込むと、乗降口が上がり、ほどなくプレインは上海に向けて離陸した。


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