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第74章 独立運動

長江流域の上海(人口約40万)、武漢(ウーハン、人口約3万)、重慶(チョンチン、人口約2.5万)、及び長江支流流域の成都(チェンドゥ、人口約5千)には、それぞれ自治組織たる自経団がある。上海には10の自経団があり、それらを統括する自経総団が置かれている。自経総団は総書記と原則として9人の副総書記で構成され、それぞれ1つの自経団の責任者たる書記を兼務している。武漢自経団には地区ごとに漢陽ハンヤン漢口ハンコウ武昌ウーチャンの3つの支団があり、自経団の責任者たる書記と副書記2名は、原則として支団の責任者である支団書記を兼務。重慶には同様に3つの支団があるが、人口の少ない成都には支団はない。


上海マオ対策本部は、恒星間天台マオのインパクトに備え、月に本部を置く国際連邦が管轄するネオ・シャンハイへ上海をはじめ4都市の住民の避難を進めるための実働部隊として組織された。その幹部は上海出身、武昌出身の官民から登用された混成メンバーで、国際連邦から派遣され、月から赴任した3名もいる。


主な登場人物


ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、ネオ・トウキョウでターミナルケアを生き延びた。大陸の武昌に辿り着きダイチたちと行動を共にする、上海マオ対策本部技術第一部副部長、今は亡き同い年の従妹でカオルのフィアンセだったサユリに瓜二つ

潘雪蘭:(パン・シュエラン)双子の警務隊員(妹)、上海マオ対策本部公安部所属

潘雪梅:(パン・シュエメイ)双子の警務隊員(姉)、上海マオ対策本部公安部所属

高儷:(ガオ・リー)本作のサブ・ヒロインの一人、ネオ・シャンハイのターミナルケア生き残り、武昌支団勤務を経て上海マオ対策本部民生第二部副部長

ミシェル・イー:本作のサブ・ヒロインの一人、香港系中国人で本名は于杏 (イー・シン)、上海マオ対策本部リエゾンオフィサー兼連邦アドバイザー

張子涵:(チャン・ズーハン)本作のサブ・ヒロインの一人、武昌で物流業者を営みつつ上海マオ対策本部民生第一部副部長を務める

カリーマ・ハバシュ:スペースプレインの若手航宙士、上海マオ対策本部民生第一部のミニプレイン操縦士兼整備士

アルト:トウキョウ籍のマリンビークル「TYOMV0003」、ネオ・トウキョウからヒカリを上海に運び、高儷の脱出を助けた、今はネオ・シャンハイの基地に停泊している

周光立:(チョウ・グゥアンリー)ダイチの同級生で盟友、上海マオ対策本部の実務を統括する副本部長、上海自経総団副総書記を兼務、上海の最高実力者周光来の孫

張双天:(チャン・シュアンティエン)上海マオ対策本部公安部部長

周光武:(チョウ・グゥアンウー)周光立の従兄、上海自経総団副総書記兼第7自経団書記、上海の最高実力者周光来の孫、AF党の実質的オーナー

ミヤマ・ダイチ:ヒカリの従兄、中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、上海対策本部チーフ・リエゾンオフィサー、武漢副書記は兼務

アドラ・カプール:インド人、上海マオ対策本部技術第一部部長

ヤマモト・カオル:中国名は李薫 (リー・シュン)武昌支団副書記兼上海マオ対策本部リエゾンオフィサー

「リーン、リーン、リーン…」

 古風な電話のベルを着信音に設定しているヒカリのPITが鳴った。

 見ると高儷ガオ・リーからの着信だ。

「殺害モード」に設定されたレーザー銃を向けた二人に、PITのモニターを見せる。

 ニコニコした双子の警務隊員のうちの一人、潘雪蘭パン・シュエランがソフトな口調でヒカリに命令する。

[仕事が終わらなくなって、今夜はこちらに泊まる、と言ってください]

 ヒカリは電話に出た。

【ヒカリ、大丈夫? 夕飯が冷めちゃったよ】と高儷。

【う、うん。ちょっとトラブって…終わらなくなっちゃった】と、自分に向けられた銃口に目をやりながら、なるべく平静な口調でヒカリが答える。

【どうするの?】

【うん…今夜はこちらに泊まるわ】

【大丈夫? もう休み明けでいいんじゃない?】

【いえ…このまま続けた方が…キリがいいの】

【わかった。無理しないでね。少しでも睡眠とってね】

【ありがとう】と言ってヒカリは電話を切った。

 高儷との通話が終わると、双子のもう一人、潘雪梅パン・シュエメイがヒカリのPITを取り上げ、電源を「コンプリート・オフ」にし、通信のみならず位置情報の発信も止めた。


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 2289年12月30日月曜日22時過ぎ。上海の第4区にある通称「女子寮」のダイニングで高儷、ミシェル・イー、張子涵チャン・ズーハン、カリーマ・ハバシュの4人は、もう一人の住人であるミヤマ・ヒカリの電話の内容について話をしていた。

【どうやら急なトラブルが起こったみたいで、今日は帰れなくなったって】とヒカリと話をしたばかりの高儷。

【大丈夫かしら。最近ほとんど休んでないみたいだし】とハバシュ。

[ニッポン人は真面目だからな。ほどほどにしときゃいいのに]と張子涵。

【ほんと。さっき帰り際にシリラックが「年明けに手伝いますよ」って言っていたのにね】と高儷。

【どうしましょう。私がこれから行って、様子を見てきましょうか?】とミシェル・イー。

【そうですねえ。少し疲れたような声だけど、落ち着いていたようだし。明日の朝もう一度電話して、それから考えましょう】と高儷。

 しばらく四方山話をした後、4人は自室に入った。


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「殺害モード」のレーザー銃を向けていること以外は、あくまで丁重な双子の警務隊員の指示に従って、ヒカリはマリンビークルの基地の外に来ていた。ネオ・シャンハイの本部オフィスで銃口を向けられてから、30分ほど経過していた。

[これからご案内する場所の最寄りの埠頭跡まで、ビークルで向かいます]と潘雪梅。

[私たちの向かう先と私たちが向かったことを、決して覚られないようにしなければなりません]と潘雪蘭。

 彼女らはふだん通りニコニコ笑顔を浮かべている。

「それなら、アルトに私から厳しく言っておくのが一番よいと思うわ」とヒカリ。

[わかりました。では、そうしてください]と潘雪蘭。

 先に立った潘雪梅が、ビークル基地入口のコントロールパネルに、PITからイマージェンシーキーを送信し、ドアを開ける。潘雪梅、ヒカリ、潘雪蘭の順にビークル基地に入る。潘雪蘭のレーザー銃は、ヒカリを正確に射程に入れている。

 一行は小型のマリンビークル、アルトの係留してあるところへ。

「ヒカリさん。お仕事終わられたのですか」とアルトの声。

「アルト…よく聞いてちょうだい」

「はい」

「これから、こちらのお二人の指示するところへ、わたしたち三人を運んでほしいの」

[お二人は潘雪梅さんと潘雪蘭さんですね]と中国語でアルト。

[そうです]と潘雪梅。

「アルト。それからお願い、というか命令があるの」

「どうしました。ヒカリさん」

「わたしたちがあなたに乗ったこと、目的地に向かったこと、向かった先のこと、絶対に誰にも言わないこと。命令です」

「わかりましたが…」

「これはわたしの命にかかわることなので、絶対です。よろしいですね」

「わかりました。誰にも言いません。航跡データも送信しないように設定します」

 アルトに乗船していたのは30分ほどだった。暗がりの中よくわからないが、黄浦江を少し遡ったあたりで下船した。

 アルトにその場で待機するように命じたヒカリは、停められていた地上走行タイプの乗用車の後部座席に押し込められた。二人の警務隊員がヒカリの両脇を固める形になり、潘雪梅が目で合図すると、運転手が車を発進した。潘雪蘭がレーザー銃の設定を操作して、ヒカリのほうへ向ける。

[ご心配なく。失神モードです。しばらくの間、眠っていてください…]

 そう言いながらレーザー銃をヒカリに撃つ潘雪蘭の声が、遠くなっていった…


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 翌2289年12月31日火曜日。上海の10ある自経団、マオ対策本部ともに、今日と明日は年末年始の一斉休暇日。武漢、重慶、成都の3地域自経団も同じである。

 朝5時頃、上海自経総団副総書記でマオ対策本部の実質的総責任者である周光立チョウ・グゥアンリーのもとに、緊急モードの電話が入った。目覚めて電話に出ると、対策本部公安部部長の張双天チャン・シュアンティエンだった。

[こんな時間に申し訳ありません]と張双天。

[どうなされました]と周光立。

[クスリを扱う組織の構成員に動きが見られるという情報が、いくつかの支団の公安局長から入ってきています]

[年明けの一斉摘発の情報が流れたのでしょうか]

[わかりません。関係のありそうな支団の公安局でも動きを探ろうとしているようです]

[了解しました。引き続き調査をお願いします。艾総書記には、すぐに私から報告します]

[かしこまりました]と張双天が言うと、電話が切れた。

 周光立は、艾巧玉総書記のPITに電話をかけた。


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~ヒカリの独白~

 …ここは…どこだろう…椅子に座らされている…薄暗い、何時だろう…腕時計がない。PITもない。カバンは…見当たらない。

 部屋は、だだっ広い…わたしがいるのはちょうど中央…左手の先のほうにドアが一つ…

 拘束具は無いから立ち上がれ…だめ、痺れがあって腰が上がらない。レーザー銃の影響?

 …そう、私は車の後部座席で、双子の一人にレーザー銃を撃たれた。「失神モード」だって言ってたから、眠っている間にここに連れてこられた。アルト…絶対に秘密と命令したビークル基地…ネオ・シャンハイ本部オフィス。高儷と電話した。「夕飯冷めちゃうよ」。メニューは何だったのかな。まあ彼女のお料理はなんでも美味しいから…

 突然銃口をつきつけた双子。殺害モード。「命令は周副総書記」? どういうこと?


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 部屋に、男性3人、女性1人の四人連れと、制服姿の潘雪梅と潘雪蘭がドアのカギを開けて入ってきた。双子の警務隊員は、ヒカリにレーザー銃の照準を合わせている。

 先頭の二十代と思われる男性の顔に、ヒカリはどこか見覚えがあるように感じた。そう、顔の作り、背格好といい…

「あなたは、ひょっとして…?」とヒカリ。

[お察しのようですね。ミヤマ・シカリさん。お初にお目にかかります。周光武チョウ・グゥアンウーです]

(そうか、こちらの「周副総書記」というわけね)

[いとこの周光立が随分とお世話になっているようで]

 ヒカリは上海の最高実力者である周光来の「もう一人の孫」に視線を向けつつ、時々横目で双子のほうを見た。

 しばらく沈黙の後、警務隊員以外の4人は部屋の中に無造作に置かれていた椅子を持ってきて、上海副総書記兼第7自経団書記の周光武が先頭、残りの3人がその後ろに並ぶ形で、ヒカリのほうを向いて腰かけた。

[このたびは、いささか手荒なやり方でお迎えすることとなってしまい、誠に申し訳ない]と周光武は言うと、黙っているヒカリに向けてさらに話した。

[端的に申し上げましょう。「星」への対策として我々が秘密裏に進めている計画に、どうしても貴女のお力が要るのです]

「AF党ですか?」とヒカリ。

[ご存知ですか。それなら話が早い。お力添えいただきましょう]

 そう言うと周光武は、両脇に少し離れて立つ二人の警務隊員に目配せした。彼女らがレーザー銃を向けたまま、ヒカリに近寄った。

「脅しのつもりですか?」と左右の双子に目をやった後に、ヒカリは周光武を睨みつける。

[そのように受け取られても、致し方ありません。ただ、私としてはできる限り穏便に事を進めたい]

「わたしにどうしろと言うのですか?」

[貴女のいわゆる「独立運動」を、これから行っていただきたい]

 ヒカリは思い出した。「独立運動」の仕掛けのためにダイチとネオ・ティエンジンに行ったとき、警備のために双子の警務隊員が同行した。そのとき彼女らは言った。見聞きしたことを誰にも言わない。「周副総書記以外には」と。

(最初からすべて筒抜けだったんだ)と思いながら、改めて双子に目をやるヒカリ。

[そういえば、貴女の持ち物を、失礼とは承知しつつ調べさせました。眼鏡をおかけになるとは、報告には上がっていませんでしたが」

(そうか、いつぞや使ったのがそのまま入っていたんだ! あれを使えれば、GPS情報を発信したりメッセージを交信できる)

 ヒカリは、そのメガネタイプのウェアラブルデバイスを装着する手立てを考えた。

「あの、お手洗いに行ってもいいでしょうか」とヒカリ。

「おトイレに行きたいのと、コンタクトレンズを相当長時間つけているので、はずして眼鏡にかけかえたいので」

「コンタクトを長時間つけている」というのは事実だった。

[いいでしょう。ご案内しろ]と周光武が潘雪梅と潘雪蘭に言う。

 潘雪梅がカバンを持ってヒカリの前に立ち、潘雪蘭が銃を向けたまま後ろからついていく形で、三人は廊下に出た。20mほど歩いたところにあるお手洗いに入る。潘雪梅は、入口でカバンをヒカリに手渡すとその場に控え、潘雪蘭がヒカリの後ろから中に入る。

 最初に洗面台でコンタクトを外し、カバンの中にあったケースにしまうと、「メガネ」を取り出してかける。

 もう何年前になるだろう。トウキョウ・レフュージ統治部情報支援支部の副支部長に就任したときに、このデバイスを支給された。武昌で何度か使って以来だろうか。視力は変わっていないので、コンタクトの代わりに装置しても不都合はない。

 個室に入ると、ヒカリは「メガネ」を起動する。幸いバッテリーはまだ十分残っている。

 便器に腰かけ、怪しまれないように小用をしながら、慣れない視線キーボードでアルトにメッセージを送信する。

「ヒ・カ・リ・です。さ・き・ほ・ど・の・命令・は・撤回・です」

「了解です。航跡データ送信します」とアルトの返信。

 あまり長くなるとまずいので、GPS機能をオンにし、録音機能を立ち上げたところで、水洗を流して個室から出た。

[よろしいですか?]と相変わらずニコニコしながら潘雪蘭。

「はい。ありがとうございます」と洗面台で手を洗い、カバンから出したハンカチで手を拭きながらヒカリ。


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 上海第4区の通称「女子寮」。6時少し前に最初に目覚めた高儷に続き、ハバシュ、張子涵、ミシェル・イーの順番で6時半頃までには4人とも目覚めた。

 高儷が淹れたコーヒーを飲む。

[ひょっとして仮眠中かな」と言いながら、張子涵がヒカリのPITに電話をかける。

[おかしいなあ]と怪訝な顔で張子涵がつぶやく。

[電源すら入っていないみたいだ。寝落ちしてるにしても、おかしいよな、充電切れたか?]と皆に向いて言う。

[ヒカリのPITは特別仕様だから、たしか1ヶ月は充電しなくても大丈夫のはずよ]と高儷。

[この中で、昨日最後に彼女を見たのは?]とミシェル・イー。

[私です。残っていたのは彼女と、警務隊員の潘雪梅と潘雪蘭の三人]と高儷。

【警務隊員が一緒なら、安心じゃないですか?】とハバシュ。

[いや、双子が上海に戻って、シカリが一人、ということあるかもしれない。それになによりも…]と張子涵。

[ヒカリのPITがまったくつながらないのが、おかしいですね]と高儷。

[報告を入れましょう。周光立と楊大地ヤン・ダーディ。あと彼女の上司のアドラ・カプールでしょうか]とミシェル・イー。

 ミシェル・イーが周光立、張子涵が楊大地ことミヤマ・ダイチ、高儷がアドラ・カプールにPITで電話して、状況を報告した。

 周光立は、相次いで入ってきた二つの報告について考えた。

 ・クスリを扱う組織に動きが見られる。

 ・ヒカリと連絡がとれない。

 クスリを扱う組織は、AF党の有力な構成メンバーである。ヒカリはネオ・シャンハイのシステムのキーパーソンである。

 7時少し前、周光立は、武漢の武昌地区にいるダイチに電話した。

[聞いたか?]と周光立。

[聞いた。いま、李薫に伝えたところだ]

[それからクスリを扱う組織に不穏な動きがあるようだ。ひとつ教えてくれ。以前ふたりがネオ・ティエンジンに行ったときに「独立運動」と言っていたのを、かいつまんで説明してほしい]

 ダイチは周光立に、国際連邦との交渉が決裂したときのため、ネオ・シャンハイが独立して運営できるように、必要なシステムをマザーAIにハッキングしてダウンロードするための工作だ、と説明した。

[そうか…よもやとは思いたいが、最悪のケースを想定して対応を始める。おまえも可能な限り早くに、こちらに来てくれるか]

[了解。李薫リー・シュンと一緒に、すぐにもエアカーでそちらへ出発する]

[現時点では、本件については内密にしてほしい]

[わかった]

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