第三話 陰気
ダイニングテーブルの向こう側では、表情をコロコロ変えながら母がまたいつもの説教を始めた。心配そうにぼやいたかと思うと、唇を尖らせたり、「へ」の字に歪めながら、まくしたてる。
話の内容なんて聞かなくてもわかってる。髪がめっきり薄くなり、分け目が日焼けした母の頭皮が気になり話が入ってこない。
「ねぇ、美沙ちゃん、どうするの。もうすぐお父さんも定年退職するんだよ」
「……」
「最近は募集内容と実態が違うブラック企業も多いらしくて危ないと思うよ」
「うん」
「だから婚活して、ちゃんとした人と結婚したら、どう。その方が安全じゃない」
「どうせ、上手くいないよ」
「そんなことないでしょ。この前、同窓会に行ったら子供が結婚してる人が多くてびっくりしたわよ。もう、あなたも二十九歳だし、そういう年頃なのよ」
「私みたいなドン臭い女なんて相手にされないよ」
「やってみなきゃわからないじゃない。とにかく、もうお父さんも年金生活になって、あなたまで養えないから、次の養ってくれる人見つけないと」
「お母さんがダメって言うからオシャレしたり、男の人と関わらないようにしてきたけど、恋愛偏差値低すぎて使い物にならないよ」
「なに言ってるの。それは箱入り娘って言って市場価値が高いの。引く手数多になるわよ」
「……」
「それに、退職したお父さんがずっと家にいるなんて息が詰まるわよ。たまには娘の家に遊びに行ったり、孫の顔を見たりしたいじゃない」